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まだないよ

第14話『宿題は人生の縮図です』

  お泊り会が終わった後も、もちろん夏休みは続いた。
 薬師寺邸から自宅に帰ってきた私は、もうそのままベットにばたんきゅー。ずっと華と甘利がうるさくって、寝られなくって、眠くって眠くって。久しぶりに夢すら見ない快眠ができた。
 しかし――長い休みってありがたいんだけど、どうしても暇になる。友達だってみんな毎日遊べるわけじゃないし。だからしばらく家にこもったり、一人でショッピングに行ったりしていたわけだけど。
 夏休み最終日、八月三一日。えんぴつが見ているテレビを、テーブルに座ってぼんやりと片ひじついて見つめていると、目の前のケータイが鳴った。開いてみると、液晶には華の文字。

『緊急招集。我が家に来られたし』

 ……あー、やっぱりなー。
 頭を掻きながら、あくびを一つして、「ちょっと華の家に行ってくるね。留守番よろしく」とえんぴつの背中へ声をかける。「ぐわー」という返事を確認し、私は立ち上がって部屋に戻り、勉強道具を取りに向かった。
 ついでに、パジャマから外着に着替える。今日は――襟元にレースが飾りつけられた白のブラウスと、紺に白の水玉模様のミニスカートにした。
 準備を整え、あんこちゃんの部屋の前で「出かけてくるねー」と声をかけてから家を出る。仕事中らしいんだけど……あんこちゃんって仕事なにやってるんだろう?


  ■


 私の住んでいるマンションから華の家まで、最寄りの駅から電車に乗って一五分。さらに駅から徒歩十分。住宅街の真ん中ほどにある一軒家に、『鈴江』という表札が掲げられている。
 インターホンを押す。間抜けな音がした後、華の「おー、みゃこ。鍵は開いてるよ入ってきて」と一方的にまくし立てられて、がちゃりと切れた。
 よっぽど時間がないと見える。ため息を吐いてから、玄関を押して家の中へ足を踏み入れた。
 玄関から伸びる廊下を無視して、階段を登り、二階に幾つかあるドアから、ノブに『はなのへや』とひらがなで書かれている木のプレートが引っかかったドアを選び、開く。
「おー来たきた!」
 華の声に出迎えられ、私は、「みんなおはよう」と部屋の中にいる居残り部みんなに手を振った。それぞれから挨拶をもらい、私はみんなが囲んでいるローテーブルに腰を下ろした。その上には勉強道具がところ狭しと置かれていた。
「華、やっぱり夏休みの宿題終わらせてなかったんだね……」
 ため息混じりの言葉に、華は慌てて「わ、忘れてたんだよ! 今年こそはと計画立てたもん!」と身振り手振り。今日の華は、黒いキャミソールの上に肩出しの薄い白地のTシャツにひざ上まである深緑の半ズボン。
「それがさあ、華の言う計画って、八月に入ったら一気に宿題片付けるって程度のモノだったのよ」
 肩を竦め、呆れ顔の甘利。
 甘利の今日の服装は、淡い水色のワンピースシャツに黒いレギンス。明るめのトップスに足元が暗めで明暗分けられていてバランスがいい。
「そりゃあ……無理だよ華……現に無理だったみたいだし」
「ま、来年からしっかりするから……今年だけは! 助けてちょうだい!」
 合掌して頭を下げる。
 正直、甘利が居ればそれでどうとでもなるだろうけど。まあ、私も別に暇だし……夏休み最後の火を一人で過ごすよりはマシだし。
「ところで――二人はなにしてんの?」
 部屋にある二〇インチほどのテレビにPS3をつないで、奏と風和はブレイブルーをやっていた。
「いや、風和がゲームやってみたいって言うから、付き合ってたのさ」
 こちらを振り向かず、ゲームに釘付けの奏。どうやら奏はバングを使っているみたいだった。
 奏の服装は肌に張り付くようにぴったりな黒いポロシャツ。そのボタンは胸元まで開いている。ボトムはサイズに余裕のあるベージュのカーゴパンツ。ラフというか、ボーイッシュなファッション。
「ゲームって初体験ですけど……面白いですねえ……」

 死んだ瞳で一心不乱にボタンをペチペチと押していく風和。彼女が使っているのはハザマだった。ブレイブルー主人公『ラグナ』の仇敵で、まあ有り体に言ってかなり嫌なヤツ。だから、風和がハザマを使っているという印象があまりにもちぐはぐ。性能だけの話をすれば、トリッキーでちょっと使いにくい。その割には風和が使いこなしているのが恐ろしい。
 風和の服装はスカートに花ガラが描かれた白のマキシワンピ。あれはつい先日、居残り部みんなで出かけた時に買った物だ。
 そんな可愛らしい格好をしているというのに、風和の目は死んでいる――まるでネトゲ廃人が期間限定イベントで経験値一・五倍になるからやりこんでおこうとしているような感じ。
「でも、二人共宿題は?」
「僕らはもう終わってるさ。終わってないのは華だけ」奏はゲーム画面から目を離さずにそう言った。「教えるのもアマリンだけ居ればいいだろ?」
「まあ、そうだね」
 じゃあなんで来たんだと思わなくもない。遊び目的だよね、完全に。
「で、いまは何の教科やってるの?」
「英語……」教科名を言うのすらイヤなのか、華の声と表情はひどくげんなりしている。
「ああ。確か教科書の五〇から六五ページまでだっけ? いまどこまで終わったの?」
「半分ってとこかなあ……。翻訳サイト使ったら楽なのにさあ……アマが許してくれないんだよ……」
「そんなもん使ったら考えるのやめるでしょアンタは。時間もあるし、いざとなったら私らが手分けして手伝うから、自分の頭と辞書を使いなさい。英語なんて辞書がありゃ楽勝でしょ」
 さすがに今日ばかりは、華も甘利に逆らえないらしい。
 甘利が見てるのなら私の出番なんてないだろうし、私はなんか漫画でも読もうっと。
 華の部屋はだいたい八畳くらいで――本棚は部屋の片隅にものすごく大きいのが置いてある。基本的に少年漫画しか置いていない。少女漫画は読まないって言ってたっけそういえば。
「あ、ジョジョ全巻ある……」
 アニメを見て興味を持っていたので、私はすぐに飛びついた。なんか、イメージだけで語るけど、ジョジョ全巻ある部屋って、漫画喫茶感増すよね?
 まあ、そんなわけで、ジョジョを最初から楽しむ私。どうでもいい話だけど、私は歴代ジョジョの中でジョセフが一番好きです。スタンドだとピストルズです。と、ジョセフがワムウを翻弄してる所を楽しんでいたら、そんな私をちらりと見て、華が呟く。
「スタンドってさあ、どうやったら出るかなあ。波紋はまあ、出来そうじゃん?」
「あんた、今自分がどんだけアホ面ぶら下げてるか確認した方がいいんじゃない」これは甘利の言葉だ。言い方は悪いけど、半分くらい同意。
「波紋、というのはなんでしょう?」
「簡単に言うと呼吸法で生命エネルギーを活性化させる物で、それは太陽の光と同じ波動だから、吸血鬼に対して有効な力になるんだ」
 と、ゲームをしながら、風和の疑問に答える奏。
「なるほどー。でも、呼吸法なら真似できそうですね?」
「一秒間に十回の呼吸と、十分息吸い続けて十分息を吐き続けるなんて、できると思う?」
 甘利の言葉に、風和の笑顔が凍った。それ、人間の技じゃないような……? と首を傾げているが、それでもまだゲームから目を離していない辺り、どんだけハマってるんだ。
「っていうか、華ってジョセフと同じタイプじゃん。努力とガンバルなんて言葉、嫌いでしょ」
「あれ、バレてる。そう、私の座右の銘は『楽してナンボ』だからね!」
「あんた宿題自分でやんなさい」
「ひどい!! 助けてくれるって名目で集まったんじゃん! 今日だけは努力するしガンバルからお願い!」
 と、甘利の腕にまとわりつく華。しかし、そのロックをあっさりと外し、「じゃあ黙ってやんな」と華の前に広がるノートを指さした。
「……あ、そうだちょっとごめん」
 だが、華はノートに問題を書き込む前に、なぜかスマホを取り出し、操作しだした。
「え、なにしてんの? 連絡しなきゃいけない用事でもあんの?」
「連絡じゃないけど、大事な用だよ。仕事仕事」
「仕事ぉ? バイトでもしてんの?」
「いや、本職だから本職」
 全然わけがわからない。甘利が華のケータイを覗き込む。すると、なぜか顔をしかめて一言。
「……なにこれ」
「モバマス。正式名称『アイドルマスターシンデレラガールズ』」
「どこが仕事だコラァァァァ!!」
 甘利は華の顔を掴み、渾身の力でアイアンクロー。
「いだだだだだだだだ!! アマお前どんな馬鹿力なんだよ! ちょっ、ごめん! いや確かに協力頼んでゲームした私も悪いけどぉ! 頭割れる! 隙間から脳みそ漏れるぅぅぅ!」
 あーあ。甘利が怒っちゃった。もうちょっとやられててもいいかとは思うが、私は「まあまあ、甘利。離してあげなよ」と甘利を止めた。
 渋々華の顔から手を離し、「人をナメ腐るのもいい加減にしとけよコルァ……!」と、まるで高三のベテランヤンキーくらい険しい顔をしていた。それ、女の子がしていい顔じゃない。
「ナメてるわけじゃないけどさあ、違うんだって。こないだ課金してついにSR艦隊できちゃって。ハマっちゃってやめられないんだって。CoPなんだけど、ついにクールの理想フロントを作ることに成功し――」
「だからなんだぁぁぁ!!」
 今度は華の顎を掴み、タコ唇を作らせる甘利。
「あ、あまりカリカリしない……あれ、カルシウム足りてないんじゃないの?」
「足りてないのはアンタの計画性でしょうが……。それに巻き込まれてるあたしらの為にも、早くしなさい早く……」
「はい……すいません……スタミナの回復とか功コストの回復がもったいないとか今日はいいません……。その代わり、アイドルマスターミリオンライブの方をやってもよろしいですか……」
「よろしくない」
 半べそで問題を解いていく華。その隣で、囚人を見張る看守みたいな存在感を放つ甘利。私はジョジョの続きを読み始めた。
 やっぱりジョセフみたいに頭で戦っていくタイプの主人公ってバトルに見応えがあるなあ。まあジョースター家って結構そうなんだけど。
「んー、風和も強くなってきたし、ブレイブルーは今日このへんにしとこうか」
「はい、奏さん」
 飽きたのか、それともよくわからないけど頃合いだったのか、二人はPS3を切って伸びをする。
「私達、華さんの宿題を手伝わなくていいんでしょうか?」
「いいんだよ。アマリンだけで。めんどくさ――もとい、勉強はアマリンの役目だし」
「めんどくさいって言った!? ねえ今めんどくさいって言った!?」
 甘利の言葉は無視。っていうか、その声がした瞬間に素早く首にかけてたヘッドホンを耳に被せた。
 不都合な事は聞かないらしく、その清々しさに甘利もそれ以上の追求ができないようで。ぐぬぬと拳を握りしめながら、奏を睨んでいた。そして最終的に手元にあった消しゴムを奏の頭に投げる。しかしそれさえ無視して、「まあ、なんだ。ボクらみたいに気楽に、一緒に遊び出しそうなやつより、厳しい甘利だけの方がいい。華はアメをあげたらどこまでもつけあがるタイプだからね」
「ねえ、なんか今日奏厳しくない? 大丈夫だよ、今のその言葉充分ムチだから大丈夫だよ」
 そんな華の言葉さえムチ。じゃなかった。無視。
 あれだよ、別に変換ミスって『あ、まあこれも小ネタになるからいいや』ってほっといたわけじゃないからね。ちょっと噛んだだけだから。
「あー、カラオケ行きたいなー」と、奏は風和に笑顔を向ける。
「うわぁ、すごいやこの人。ここまで堂々と人を無視できるなんて」
 華の真顔とか初めて見た。しかし今日の華は罪悪感が普段の五倍は働いてるので、それ以上は何も言わない。黙々と勉強しろ、というサインとして受け取ったのか、ノートに向き直る。

 そこから、またしばらく沈黙。
 ちなみに、私はジョジョが四部に突入した。祖父から孫への時代が流れるくらいの沈黙。まあ仗助はジョセフの息子だけど、年齢的にはほぼ孫でしょう。
「あー、あとすこし、もうちょっと、もうちょっと……」
 伸びをする華。そして、その横から華を睨む甘利。
「アンタ、なんで一文字たりとも手をつけずに八月三一日まで過ごせるの? まずそこから信じられないんだけど」
「信じてたから……」
「……なにを」
「仲間の力、ってやつを……あいたたったたッ!!」また甘利にアイアンクローされる華。
「言っとくけど、仲間の力に頼っていいのは一人でやれることやった後だから。全部仲間に放り投げる主人公とか、読者に嫌われる前にその仲間に嫌われるから。嫌われる前にきちんとやんな。後は現文だけだから」
「はーい……」
 華が大人しいと話がつつがなく進んで楽でいいなあ。
 とはいえ、何か物足りない気もする。
 華と甘利はしばらく勉強から離れないだろうし、奏と風和の仲間に入れてもらおう。ジョジョを本棚に戻し、二人を見ると、何かを話しているようだった。
「どうでもいいことだけど、『這いよれ!ニャル子さん』が二期やるねえ。あれのおかげでクトゥルフが再評価されて、『デモンベイン』がスパロボに出たキッカケに少しでも貢献したような気がするんだよ」
「クトゥルフですか? 昔読んだことありますよ。神話を自分たちで作ろうという試みは面白いものがありますよね。それも以前からある神話にはない、宇宙をモチーフにしているところが、いい目の付け所だなーって思います」
 レベル差が一周して逆に話が噛み合ってる……!!
 このバランスが取れた話に、私が入ってもいいのか……!?
 迷いはしたけど、暇だし結局入ることにした。
「ニャル子さんの正体がタコをドロドロに溶かしたみたいなやつだって知ってる人は、どれだけ居るんだろうね?」
 そんな言葉を手土産に、私はその二人の間に割って入った。
 風和は、唇に人差し指を添えて言う。
「ニャル子っていうのは、『ニャルラトテップ』ですよね? 原典くらいは知ってるんじゃないでしょうか。なにせ無貌の神ですから」
「どうかなあ。日本人のクトゥルフ好きは結構なものだけど、詳しく知らないって人は多いと思うよ。確かペルソナも最初の方は、ニャルラトいたんじゃなかったかな」
「あー、いたねー……。3から急に消えちゃったけど」
 2はまだメガテンのスピンオフっぽい感じが残ってたけど、3から完全にペルソナっていうシリーズになったように感じるよ。フィレモンも消えちゃったよね。イゴールがいるんだから、まだいるんだとは思うけど。
「まあとはいえ、クトゥルフが流行ってるんだから、そろそろTRPGも流行りだしてもいいと思うんだよねえ。SAN値の元ネタを知ってる人はどれだけ居るんだろうか……」
 ちなみに、私は知らなかった。あとでこっそり調べると、クトゥルフ神話のTRPGでどれだけキャラが正気かを表す数値らしい。つまりこれが減るというのは、どんどん正気じゃなくなっていくという事らしい。なかなか怖い意味があった。なるほど、宇宙的恐怖を表現したクトゥルフらしい……。
「TRPGといえば、家にいくつかゲームブックありましたねえ……」
「へえ、風和の家ってなんでもあるなあ。んじゃあ今度、やってみようか。TRPG」
「いいね! って、誰かGM(ゲームマスター)? っていうのできる人がいないと、ダメなんじゃないの? 二人はできる?」
 しかし、二人共そんな経験がないのか、首を振った。
「はい、私一応できるわよ」
 その言葉に手を上げたのは、華に勉強を教えているはずの甘利だった。振り向いた私達。が、そこに華の姿は見られない。
「――って、あれ。華は? まさか、逃げ出した?」
「安心しなさい。さすがにそれは私が許さないから。ここよ、ここ」
 甘利は何故か床を指差す。そこには、華が甘利の膝枕で気持ちよさそうに眠っていた。幸せそうで子供みたいだ。
「ま、今日くらいは許してやるわ。頑張ったんだし、ね」
 そう言いながら、甘利は華の髪を指で梳いて微笑んだ。気持ちよさそうに身を捩り、「へへへ……」と笑う華。
「なんか、華の寝顔見てたらどっと疲れを実感するような気がするね」と、肩を竦める奏。
「そうですねえ……。今日は大変でした」
 風和は、苦笑しながら自分の肩を叩く。
「お腹も減ったよねー。晩御飯どっかに食べ行く?」
 私の提案に、風和と奏は「いいねー」と同意してくれた。
「……あんた達、一仕事終えたみたいな顔してるけど、華の宿題手伝ったのって私だけよね」
 私達三人は、聞こえない振りをした。
 奏はヘッドホンを。私と風和は手で耳を塞ぐ。
「あんたらゲームしたり漫画読んでただけでしょうが! 聞けコラァァァァ!」

 耳を塞いでいる私の耳にも聞こえるくらいの叫び。そんな大ボリュームの怒鳴り声でも、華は全然起きなかった。……寝付き良すぎ。

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