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第10話『たまにはこうして』


 その後、体が動かない俺をルビィが引きずり、を空と真守ちゃんの元へと戻る。真守ちゃんに治癒魔法と記憶操作を掛け、何事もなかったことした。空も一応、治癒魔法により全快。
「今回は降参だ。ルベウスにやられたんだし、奪われるまではキミたちの軍門に下るよ」
 シュシュはそう言って、自らの本体であるシードクリスタルをルビィに渡した。これにて一件落着――とは、行かなかった。
「いっ、でででぇぇぇッ!!」
 翌日、自宅にて。俺はベッドの上で、全身の痛みに悶えていた。
「な、なんなんですかこれはぁッ……!!」
 汗が噴き出し、全身カチカチだ。ベッドの縁に座ったアスが、手に収まったガイアモンドを見ながら「七天宝珠の使い過ぎによる副作用だな」と呟いた。
「まあ、痛みは一日で取れるだろうが、私の魔力も尽きたし、しばらくアース・プリンセスにはなれんな」
「マジか……!」
 女体化しないのは良かったけども、戦力は減るのか……。
「だが、変わりにシードクリスタルを手に入れた。キミはゆっくり休め」
 幸い、今日は日曜日だしな。
 そう言って、アスは俺の部屋から出て行った。
「確かに、最近いろいろあったし、ゆっくり休むとするか……」
 体の痛みも、無理に動かそうとしないかぎりは筋肉痛程度の痛みだし、寝てしまって、早く一日を流そう。目を閉じ、水面の波を無くそうとするかの様に。意識を集中する。
 その時、ドアがノックされ、俺の意識に波が戻ってきた。
「はーい」声を出すとちょっと痛むので、静かに返事をする。聞こえるか不安だったが、聞こえたらしく、ドアを開けて私服に着替えたらしい空が入ってきた。
「お兄ちゃん……大丈夫?」
 不安げな顔をしており、よほど心配なのが窺える。それを安心させようと、笑顔で「大丈夫だ」と言った。
「アスさんから聞いたよ。体中が痛いって」
 空は俺の頭を見下ろせる位置を陣取り、俺の顔を覗き込む。
「まあな。――動かないかぎり平気だから」
「そう? ……無理しないでよお兄ちゃん」
「大丈夫だってば」
「でもお兄ちゃん、強がりなとこあるから。不便があったら言ってね?」

「今のところは何もない。あったらケータイで呼ぶから」
「そうだ! 汗かいてるし、体拭いてあげようか?」
「人の話聞いてるかお前?」
 確かに汗だくだが、今拭かれると体に響くので遠慮したい。が、話を聞かない空は俺の腕を掴んで無理やり上半身を起こした。
「ぎゃぁぁぁッ!!」
「それじゃ、服脱がすね」
 痛みによる悲鳴を無視して空は俺の肌着を脱がす。上半身が裸になると、汗の所為か、肌に当たる空気が酷く冷たい。
「体拭くよー」そう言って、タオルを取り出す空。……最初から、俺の体を拭くつもりで来てたのか。
 タオルが体に当たると、その箇所が鈍く痛む。それが全身を練り歩くのだ。なんというか、ロードローラーに引き伸ばされている様な感覚である。要するに、汗は拭けたが痛みは増したという感じ。上半身を拭き終えた空は、よしと誇らしげに息を吐いた。俺も「やっと終わった」と胸をなで下ろす。
「じゃ、次は下半身拭こっか?」
「……は?」こいつは何を言ってるんだろう。「空、お前頭は正常かな。プリンでも入ってんのか?」
「正常だよ。プリンじゃなくて、お味噌が入ってるよ」
「や、そんな真面目に返されても困るんだが……」
「いつも通り、隙あらばモノにしたいと思ってるよ」
「何をだ!?」
 妹が怖いと感じたのは初めてだった。風邪でも引いたのか、寒気すら感じる。
「いいから、パンツ脱いで」
「スウェットだけでいいじゃないですか! ――ていうか、下半身はいいから!」
「えー」
「えーじゃねえよ!」
 痛む体で、Tシャツを着直す。
「なんかあったら、マジで呼ぶから。大人しくしてくれ」
 入ってきた時は不安げだったというのに、今度は不満げな顔で「はーい……」と言った。明らかに納得してないが、一応は出て行った。
「ひ、酷い目にあった……」
 善意なのか下心なのかさっぱりわからん。しかし、何にしても体の痛みが悪化したのは事実である。背中を布団に落とし、再び意識の水面から波を排除するべく集中した。
「龍海くーん! 大丈夫かしらー?」
 と、ノックもせず入ってきたのはリオとシュシュだった。
「……ノックくらいしてもらえないかな?」
「あらぁ、ごめんごめん。――で、お加減はどう?」
「よろしくねえよ」
「あれ? さっき空ちゃん来たでしょう。看病してくれなかった? チャンスだから、看病して落としてきなさいって、送り出したんだけど」
「落とす!? そんなことされなくても自力で寝れるよ!」
「……いや、そういうことじゃないと思う」
 呟いたのはシュシュだった。じゃあどういうことだと言うんだ? そう訊こうかと思ったが、それより先に訊かなければならないことを思い出した。
「なあシュシュ。これ副作用なんだよな? もしかして、七天宝珠って使う量が増えればもっと酷くなんの?」
「ああ、うん。三つでそれくらいらしいね。一つならどうってことないけど」
「もしかして、全部一片に使ったら……」
「最悪死ぬかも。運が良くて、植物人間かな?」
 全部一片に使うことなどないと思うが、一応肝に刻んでおこう。
「……残りの七天宝珠ってなんだっけ?」
「相手が持ってるウィップサファイアとバレットパール。それから、まだ見つかってないタイムアンバー」
 指折り数えながら、呟くシュシュ。
「タイムアンバーかぁ。面倒くさいなぁ」言ったのはリオ。
「何が面倒なんだよ」
「七天宝珠には、特に強い三つがあるのは知ってる?」
「一応、ルビィに聞いたことがある」
「その三角形を支える下二つの角。そこに私、ディープアメジストとガイアモンドが入るワケ。上の角にはもちろん、タイムアンバー。もう正三角形なんて差じゃないわよ。二等辺三角形」
 辺の長さを能力の差と捉えているのだろう。よくわからないが、とりあえずタイムアンバーが強いということはわかる。
「一応言っておくけど、僕はキミたちに負けたつもりはないよ。実力なら負けないつもりだ」
 腕を組み、リオを睨むシュシュ。
「封印して閉じ込め殺してもいいのよ?」
 と、酷く挑発的な視線で言った。身長の関係で、互いに床へ腰を下ろしているのだが、どうしてもリオが見下す形になって、その視線は神経を逆撫でしそうであり、偉そうだった。
「キミは確かに美しいが、性格はちょっと悪いな。ライラックのように、ちょっと五百年くらい閉じこもってみたらどうだい?」
「それはあなたもでしょ。 ディープな世界にハマってみる? 病みつきになるかもよ」
 女二人は、視線をぶつけ合い、互いのプライドをぶつけ合う。俺はたまらず、「喧嘩なら余所でやれ!」と怒鳴った。
「あら、ごめんなさい。いやぁ、どうも七天宝珠同士だと、意地とかプライドとかが競り合って駄目だわ」
 頭を下げるリオ。
「あぁ。仲良くしたいとは思ってるんだけどね」
「あなたの仲良くは微妙に信用できないのよね……」
 うん。その気持ちはわかる。リオの仲良くというのはつまり、ベッドインまでの道のり、ということに思えてしまう。
「話を戻すぞ。タイムアンバーは、つまりどういう能力なんだ?」
「『時間』を操るのよ、タイムの名前通り」
 そう言ってリオは、壁に掛かった時計を指差した。
「はぁ? ……時間を操るって、無敵じゃねえか」
「そうね。普通じゃまず勝てない」
 だったら、率先して取るべきはタイムアンバーじゃないか。
「だからって! 私たち他の七天宝珠を蔑ろにしてもらっちゃ困るわ。一応三強なんだから」
「僕だって、実力には自信がある。さっき言った通りね」
「ああ。頼りにしてる」
 胸を張り、笑い合う二人。そして、リオは立ち上がり、シュシュに「そろそろ引き上げましょう」と言った。
「そうだね。ゆっくり休んでよ。……一応、僕がキミに寄生したのも、具合が悪くなった原因の一旦ではあるんだから」
「わかってるって」
 二人が部屋から出て行くのを見送り、俺は頭を枕に落とした。 
 そして、波に揺られる小舟に乗る夢を見た。ゆりかごのように安らぎを与える揺れで、俺は夢の中だというのに、心地良く眠っていた。見上げる青空も鳥が飛び、久しぶりに疲れが取れた気がする。風の音だけが聞こえるそこへ、陶器にサイコロを落としたときの様な音がした。その音がきっかけとなったのか、俺の意識は現実へと帰ってきた。
「……ん?」
「あ、起きた」俺の目の前には、ルビィの顔。どうやら、ベットに寝る俺の顔を覗き込んでいるらしい、耳に髪を乗せて、微笑むルビィ。顔を引っ込め、床に置いてあったお盆を持ち上げ、俺に差し出す。
「これ、お母様が作ってくれたおかゆ」
「ああ、悪いな」
 上半身を起こそうとするが、ルビィは俺の胸を押え、「食べさせてあげるから」と言った。
「いや、別に起き上がるくらいはできるぞ」
「いいから。気持ちよ。……悪かった、とは思ってるんだから」
「は? 何を」
「私を止めるために、こうしてることよ」
 なるほど。俺がルビィを止めた結果として、こうして副作用に苦しんているのに罪悪感を抱いているのだ。
「気にしなくていいのによ。――まあ、お言葉に甘えて、食べさせてもらおうかな」
 口を開けると、ルビィは皿に入ったおかゆをれんげで掬い、ふーふーしてから俺の口元に運ぶ。口を開け、それを頬張る。ほのかな塩気のあるどろりとしたそれを咀嚼して、飲み込む。
「うん。美味い」
「そう。よかった」
「母さんの料理もそうだが、ルビィの愛情入りだからな」
「調子に乗るなって」
 はは、と力なく笑うルビィ。もう一口食べさせてもらうと、やつは俯いて、いきなり「ごめん、龍海」と言った。
「だから、気にしなくていいんだって」
「でも、あんたがガイアモンド飲み込んじゃったからっていっても、ちょっとここまで巻き込むとは想定外だったし。あんたがいなかったら、ここまでやれてたかも怪しい」
「……お前、しおらしくなることあるんだな」
「どういう意味よ!」
「いいんだよ。最初は無理やりだったが、今はほとんど自分の意思だ。お前はくだらないこと気にしてないで、この戦いに勝つことだけ考えてればいいんだ」
「……龍海。あんた、たまにいい男になるわね」
「俺はいつだっていい男だよ」
 言ってから、ちょっと照れくさくなって、布団を被った。
「照れるくらいなら言うなよばーか。――ほら、出てきておかゆ食べちゃいなさい」
 ルビィに布団をひっペがされ、俺は母さんが作ったおかゆを食べさせてもらった。
 たまには休むのも、こうして甘えるのも悪くない。
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※この話のアニメは、ワンパンマンのアニメを作った際に提供された背景素材を使用しているそうです。
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