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第12話『複雑関係』


 全身筋肉痛アンド内出血。
 それが今回の代償だった。前回は筋肉痛のみだったので、確実に代償が増えている。俺こと村雨龍海は、その事実に戦慄することしかできなかった。
 今までは単純に、『多く使えりゃその分強いから特だよなー。筋肉痛くらい屁でもねー』とかくらいにしか考えていなかったが、ここまでくるとさすがの俺も(なにがさすがだ)七天宝珠同時使用は控えた方がよさそうだ。しかしそうなると、これから激化するだろう戦いについていけるか。
 ――まあ、そんなわけで、俺は今日も今日とて、貴重な休日を、療養に浪費していた。ある意味、正しい使い方ではあるが。
「……まぁ、暇なんだよね」
 天井を見ながら呟き、次いで、壁掛け時計を見る。昼の十二時。昨日、ルベウスに体を渡し、ルビィに家へ運ばれ、それからずっとベッドにいる俺は、さすがに退屈が爆発しそうだった。
 筋肉痛など、実際もうほとんど回復している。だからルビィや空や母さん、それに七天宝珠達は出かけている。しかしそうなると暇だ。誰でもいいからついててくれるのが優しさってもんだろ。男だって、優しくされたい時はあるぞ。
 ――まあ、いいか。今日はいい天気だし、俺も勝手に出かけよう。ほとんど治ってるしな。
 そんなわけで、俺は私腹に着替えて家を出た。ちょっとだけ体が軋んでいる気がするけど、気にしなければなんてことはない。
 街に出て何をするわけでもないのだが、暇している今よりは幾分マシだろう。
「――さて、どこへ行こうかな」
 光源駅前に出て、ぼんやりしていた。どこへ行くにしても、街の中心である駅を起点に動くのがいいのだ。いいに決まってる。決まってるんだってば。
「比叡とか、誰か呼ぶ手もあるんだけど、今は一人の気分だしなぁ……」
 そう。一人の気分。というか、筋肉痛がダルいから、あまりはしゃぎたくないという感じだ。
 本屋でも行こう。小説でも買ってじっくり家で読む。小説ってやつは、暇つぶしに最適。噴水を囲むように配置されたパイプベンチから立ち上がり、駅に隣接するショッピングモールへ向かう決意を固めた所で、目の前にすらりと伸びる足が現れた。
「お久しぶりですわ」
 その足から視線を上げて行って、俺は叫びそうになった。麗しい足の持ち主は、スフィアだったからだ。
 どうやら、前回のことでチャイナドレスは目立つと知ったらしく、今日は淡い水色のフレアワンピースに、黒いレギンス。そしてパンプスと、お嬢様らしい姿。
「あ、う、その、……どうも」
 うろたえるのを精一杯隠して、俺は胡散臭い笑顔を貼り付ける。一応、間接的にとはいえ、彼女には「皮を剥いで三味線にしてやる」とか言われてるので怖いし苦手。一応、俺が憎むべきハムスターとバレてはいない。
「この間はありがとうございました。おかげで、ジミーと会えましたし」
「い、いや、俺はコーヒーを奢っただけだから」
「ふふ。紳士的なエスコート、でしたわ」
 しとやかに笑う彼女と、ぎこちなく笑う俺。なんていうか、相手に対してどでかい秘密を抱えるというのは、酷く居心地が悪い。
「ところで、龍海さん。今日暇ですか?」
「え、はあ、まあ」
 暇も暇、超暇。
 ――ではあるが、あまり素直に頷けない、やんごとなき事情ってやつがある。
 だってこの状況、どう考えても「お礼させてください」ってシチュエーションじゃん。そういうのは男の憧れといえば憧れなのだが。
「よかった。では、今日は龍海さんにご同伴させてください」
「……」お礼じゃなかったが、やっぱり同伴願いらしい。
「昼食くらいは、奢りますわよ」
「行く」
 違うぞ、決して奢りという言葉に釣られたわけではない。そんな餌に釣られクマー。あ、これじゃ釣られてるじゃねえか。
「ふふ。じゃあ行きましょうか」
「ああ、行きたいところあるか?」
「――そうですわねえ。あなたにお任せしますわ。いつものおでかけと同じようにしてください」
 なんだ。いつもと同じでいいのか。
「こっちの庶民の暮らしも、見ておきたいのです」
 ――さすがお嬢様。行動原理がそれっぽい。
  ■
 そんなわけで、俺とスフィアは、ショッピングモールのハピモアまでやってきた。とはいっても、駅に隣接しているので、移動距離はそんなにないのだが。
 以前ジミーと戦闘した場所で、俺はジミーにボコられた。あれからそんなに日は経っていないはずなのに、もう営業を再開している。吹き抜けのガラスは完全に修復されてるし、やってないテナントは一つもない。商魂たくましい。
 そこで、俺は目的の本屋へと入った。大手チェーンで、品揃えはここらで随一。整理された白い本棚がそこかしこに並んでいる。
「広い本屋ですわー……」
 感心した様に呟くスフィア。俺は構わず奥に入っていき、小説のコーナーへ。出版社別に並んでいるので、俺は一つピックアップ。
「んー、どうしようかなー」
 暇を潰すのだから、結局は長編がいい。しかし、どうせ俺は読むのが遅いのだから、そこそこでいいのだ。上下巻とかはお断り。長いし、俺は小説を読むほうだがそこまで読書家ではない。
「いろいろあるんですのねえ……」
「んー。まあねえ」
 俺は慎重に、目の前の本棚と、記憶の中にある空の部屋の本棚とを見比べる。空が持っているのなら、借りればいい。家の中に二冊同じ本があるというのは、落ち着かないからな。決して金がもったいないとか、そういうんじゃないぞ。
 空の本棚にないことが確信できて、自分のアンテナにびびっと来た一冊を手にとって、俺はスフィアを見る。
 彼女も本棚から一冊取って、それを立ち読みしていた。いつのまにか赤ブチの眼鏡までしている。知的な雰囲気がするなあ。俺の周りにはいないタイプだ。
「よし」その声と同時に、読んでいた本を閉じる。「私もこれ買います」
 見せられた本は、明らかに百合ものライトノベルだった。
 俺はそれを見せられて、どういうリアクションをするのが正解なんだ……!? スフィアの性癖を知っているから冗談じゃないのはわかるけど、しかしそれを出してリアクションするのは完全におかしい。スフィアの中の俺が知っているはずがないし。
 そんな葛藤など露知らず、スフィアはすたすたとレジに向かって行った。リアクションは求められてないのか……。




  ■


 本屋を出て、腕時計を見ると、腹時計も同じ時刻を差している。ようは昼飯時、ってことだ。
「さーて、飯どうすっかなー」
 ここは大きなショッピングモール。飯食うとこくらいはたくさんある。
 できれば安いとこで食べたいが、女性と一緒でそういうところを選ぶのは、なんというか、プライド的なものが邪魔をする。奢ってもらえるという話だが、俺は奢ってもらうときも、できるだけ安く済ませたい。
「龍海さん」
 後ろに立っていたスフィアに袖を引かれ、振り向くと、彼女はとあるテナントを指さしていた。
「私、あそこがいいですわ」
 その店は、なんで大衆向けショッピングモールにあるんだよ、と思うくらい高級な中華料理屋だった。
「えー……」
「あら、中華料理はお嫌いでしたか?」
「いや、大好きですけど……!」
 違うの、値段が嫌なの! 料理に零二つ以上つくと拒否反応が出るの!!
「ならいいじゃありませんか。奢りますわよ」
 俺は、「あー」とか「うー」とか何かを言おうとしているのだが、結局言葉が出てこず、店内に引っ張られていく。
 出迎えた店員さんは、高校生ほどの男女二人を訝しみ、ジロジロ見ていたが、スフィアの「一番いい席を」という言葉に一応従って、俺達は奥の席へと通された。
 ここってチャージだけでもかなり高いんじゃないのか。胃が痛いよ。料理吐き出すわ。
 腹を摩っていると、スフィアは手元にあったボタンを押しながら、次々注文を口にしていく。高そうなメニューばっかり。北京ダックとか麻婆豆腐とか、知ってる物からよくわからないものまで様々だ。
 俺は、エビチリを咀嚼しているスフィアに「スフィアさんはどこに住んでるんですかー」とか、他愛もない話を振る。無言に耐えられないからね。しかしもちろん、一般人である俺に本当の事は言えないらしく、ほとんどが嘘っぽかった(と思う)。
 まあ、中華料理美味しいし、俺は本当の事を知ってるから、全然構わないのだけど。
「――ねえ、龍海さん」
 フカヒレスープの味に溺れていると、スフィアが箸を置いて俺をじっと見ていた。真剣な表情で、この空間が中国映画の世界に早変わり。
「あなた、私の所に来る気はありません?」
「……それは、どういう意味ですか」
 これはもしや、俺がルビィ側の人間だと気づかれたか。俺にルビィを裏切れって、そういう意味なのだろうか。
「私の故郷に来てほしい、と言っているのです」
「故郷?」それって魔法の国だよな。
「ちょっと遠いところではありますが、どうでしょう? ぜひ、龍海さんには来ていただきたいのです」
「ちょ、なんでまた? 僕達、会ったのまだ二度目だし、そもそもなんで?」
「実は私、仕事の都合でこっちに来ているのですが、そろそろ仕事が終わりそうなのです」
 七天宝珠が全部揃う、って意味だろう。
 スフィアはルビィに勝てる算段があるのか。
「それで、帰った暁には、結婚しなくてはならないのです」
 なんだろう。すごく嫌な予感がするんですけど。
 その嫌な予感というのは当たったらしく、スフィアの次の言葉に、俺は絶叫しそうになった。
「あなたには、私の婚約者になっていただきたいのです」
「な――ッ!!」
 なんだとおおおおおおおおおおおお!?
 その叫びをなんとか飲み込んで、俺はがくがく震える足をなんとか押さえ込む。今のはだって、どう考えてもプロポーズじゃねえか。俺まだ高二だよ? しかも自分からじゃなくて、されるんだよ? そんなの驚くに決まってる。しかも、ほぼ初対面の相手にされてるんだからな(ハムスターの姿では何回も会ってるけど)。
「いや、でも、僕達まだ会ったの二回目だし……」
「関係ありませんわ。どれだけ会っていても箸にも棒にもかからない男もいますし、こういうのは運命ですの」
 そうかなあ。疑問がぽんぽん咲いてきて、頭の中がお花畑状態。
「もちろん、急に決めろだなんて言いません。もうちょっと考慮してからでも、全然構いませんわ。普通、こういう事は時間をかけて考えるのが当たり前ですもの」
 そういう常識はあるようで助かった。
 いや、助かってねえ。やっぱ助かってねえ。俺は一応ルビィ陣営の人間で、こいつに恨まれてるハムスター。しかも部下を何人か倒している。
 俺がもし、村雨龍海でありゴンでありアース・プリンセスであることがバレたら、どうなるんだ? 婚約者にされんのか三味線にされんのか倒されんのか。
 ――なんっだこの状況!?
「あら、どうされました?」
「……いや、いろいろ悩みがね」
 頭を抱える俺を見て、心配そうに覗き込むスフィア。しかし彼女が今後、俺にどういう対応をしてくるかがわからないもんで、俺もどう接していいやら。なんだよこの複雑な人間関係。胃が消滅してしまう。
 まあ、胃が消滅する前に絶品中華に舌鼓を打っておいて、俺とスフィアは中華料理屋を出た。
「はぁー、美味かった」
「まぁまぁでしたわ」
 このリアクションの差に生まれの差がある。ルビィは母さんの料理も美味い美味いって食うんだが。一体何が違うんだろう。
「んあ? ――龍海じゃねえか」
 と、中華料理屋の前で、突然名前を呼ばれ、振り向いた。そこにいたのは、白髪を結わいたじいさんだった。紺色の甚平と、腰に差した日本刀がやたら目を引く。
 何を隠そう、俺の父方の祖父、村雨東龍(むらさめとうりゅう)だ。
「よーう。こんな高そうな中華料理屋でハンバーグってか?」
「なにを言ってるんだじじい……」
「合い挽きだよ、逢引。なんちゃって」
 じじいギャグ、だな……。
 何年ぶりかもわからんくらいなのに、いきなりこのノリ。ついていけない。
「――龍海さん。誰ですの、この方」
 隣に立つスフィアが、訝しげというか、見下しげな感じでウチのじじいを見ている。当たり前の話だ。こんな恥ずかしい身内は俺の身内じゃないと全力で主張したいくらいのもんだからな。屋上で叫んでもいいぞ。比叡とこのじじいは俺と無関係だって。
「おう、異国の方。わしは龍海のじいちゃんで、東龍ってもんだ」
「サファイア・アンクリムですわ」
 二人は握手すると、じっと見つめ合う。一瞬恋にでも落ちるのか、なんてふざけたことを考えてみたが、どうやらそんなわけでもないらしい。互いに険しい顔をしている。握手を終えると、スフィアは俺に微笑みかけて、「では、今日はここまでにしますわ。あの話、考えておいてくださいね」
「ん、ああ……」
 考えるもなにも、もうなにから迷ったもんか。
 立ち去るスフィアをじじいと一緒に見送って、俺はじいいに「スフィアと何睨み合ってたんだ?」と訊いてみた。するとじじいは、胸元から煙草(キャスター)を取り出して、咥える。
「なーんか。あのお嬢ちゃんから、妙な雰囲気を感じたんだよ」
 さすが、年寄りってのは勘が鋭い。
 ――いや、それよりも。
「なあ、じじい。その腰、捕まんないのか」
 腰とは――腰にある日本刀の事だ。田舎は山奥だったから、まあ百歩譲って(譲歩と言ってもいい)捕まらないのはわからんでもないが。
「意外と捕まらねえもんだな。こそこそすっから、逆にいけねえんだよ」
 この人捕まえてくれおまわりさん。
 きちんと日本刀の免許持ってんだろうな? いや、持っててもダメなんだけどね。
 
隣に日本刀引っさげたじじいを連れて歩くというのは、当たり前だが非常に注目を集めた。知り合いに見られてないといいなぁ、というのは淡い期待だろう。ハピモアは光源学生にとって庭だし。
 できれば五メートルは離れて歩きたい。
「つーかじじい。来るなら来るって連絡してくれよ」
「サプライズってやつだよ。時子さんはいい反応してくれるんだ」
 ちなみに、時子とは俺の母さん。村雨時子がフルネーム。普通といえば普通だが、時という漢字の異質な雰囲気が妙に目を引く。
「じじい……もしかして、母さんを驚かせたいからいつも連絡してこないのか」
「ピンポーン」
 いつもより少し大きく、高い声で言った。楽しそうだなと思うが、母さんは「おもてなしの準備出来てないのに来ないでくれないかなぁ!」と陰ながら怒っている。義父だから表立っては怒れないが、いつか爆発するんじゃねえかなぁ。

  ■

 じじいを案内するつもりで歩いていたのだが、じじいも家の場所くらいは覚えていたらしく、わりかし早く帰ってこれた。ポケットからカギを取り出し、帰宅。
「ただいま〜」
「お邪魔〜」
 軽いノリで我が家へ足を踏み入れるじじい。そして、俺たちの帰宅を察知したらしく、廊下奥のリビングから母さんが出てきた。
「おかえりなさい龍海。……あら、お義父さんまで!」
 母さんはやはり驚いたらしく、口を押さえ、目を見開いている。少々大袈裟な驚き方だ。じいちゃんが急に来るくらい、慣れっこだろうに。
「いよぉ時子さん。いつもながら急に来て悪いな」
「もう慣れました。――でも良かったぁ」
「は?」
「実は今日、ちょっと奮発してお寿司取ろうと思ってたんです。多めに取りますね」
「お、おう……?」
 じいちゃんの表情が、つまらなさそうに引きつった。まあいつもに比べてリアクションは確かに小さかったけども。
 しかし、今日は寿司か。ラッキーだ。昼は高級中華、夜は寿司。俺の舌が肥えちゃうなぁ。
「ニヤニヤしてるな龍海」
 じじいに表情のたるみを指摘され、急いで口元を押さえる。
「まあ昼は高級中華だったみたいだしな……。豪華な一日だ」
「え? 龍海……お昼高級中華だったの?」
 あ、やべ。じじい余計なことを。
「そんなお金どこに……。お小遣いじゃ足りないよね? バイト?」
 してません。というか、バイトでも足りないんじゃないかな。月の給料ほとんど持ってかれそうだ。
「女に奢ってもらったんだとよ」
「えっ……龍海そうなの!?」
「あぁいや、ちょっと、あれ……?」
 余計なこと言ってんじゃねえじじい。
「うわぁ。龍海にもようやく彼女が……」
 見ろ、母さんがめちゃくちゃ喜んでるじゃねえか。母親世代ってのは、恋話が大好きなんだから。
「一生童貞だと思っていたのに……」
「えっ! 俺の将来そんな悲観的に見てたの!?」
 いくらなんでもそこまでのレベルじゃねえよ。確かに、彼女できたことないけどさぁ。
「良かったじゃねえか時子さん。龍海に春が来て」
「本当に。今日はお寿司で良かったみたいね」
 なんだこれ。
 完全に外堀を埋められつつあるじゃねえか。スフィアと会うのは(人間の姿で)まだ二回しかないのだが。
「たーつみー……」
 その時、まるで隙間風のようなささやかな声がする。上を見ると、階段の手すりからルビィが顔を出していた。
「か、顔が怖いんですけどルビィさん……」
 にっこり笑っちゃいるが、なんか怖い。怒ってると知られたら獲物が近寄ってこないから、わざと怒っていないとアピールしているような。
「ちょっといらっしゃーい」
 手をひらひらと振り、俺を招くルビィ。
「ちょ、ちょっと……用事が……」
「いいから来いっ!!」
 一瞬、ルビィが手すりの握り潰したように見えたが、どうやら幻覚だったらしい。手すりに異常はない。しかし、そんな怒気に逆らえるはずもなく、とぼとぼ渋々階段を上がっていく。
「……なんだあの女の子」
「遠い親戚の、ルビィちゃんです。いま訳あって、居候してるんです」
「ふーん……」

  ■

 ルビィに招かれ、俺は彼女の部屋にやってきた。ぬいぐるみになって毎晩来てはいるが、人間の姿で来るのは、ちょっと違う。女の子の部屋を訪れる緊張はすごい物だ。今みたいに、怒られそうな時は尚更(理由はこれさっぱりわからないが)。
「……デートして来たって? この大変な時に」
 ルビィはベットに腰を下ろし、床に正座する俺をきつく睨んだ。なんで俺睨まれてるんだろう。いや、確かに戦いの最中にデートって、あまりよろしくはないだろうが。
「違うんだって。違うんですよ。違います!」
 必死な言い訳、というか事実を叫ぶ。
「デートっていうか、隙を持て余しててさ。そしたら流れで一緒に飯食っただけだって」
 なんだろうな。彼女に浮気現場を目撃されて、言い訳を連ねるような、情けない感じ。
「起きたらお前らもいないしさ。ちょっとした息抜きですよ」
「息抜き、ねえ……。ま、そうならいいけど。けど、まだ私で良かったじゃない?」
「はい?」
 意味がわからず、首を傾げる俺。
「空だったらどうなってたか……話すら聞かなかったかもね」
「はははっ。またまたご冗談を」
「顔笑ってないわよ」
 笑えねえよ!!
 おかしいなぁとは思うし、そんなことないだろうとも思うが、なぜか笑えねえんだよ!!
「んで? 相手は誰よ。クラスメートとかかしら」
 素直に言ったらもちろん怒られるしなぁ。まあ、クラスメートでいいか。という考えで、俺は頷いた。
「嘘言わない」
「えっ! なんでバレた!?」
 目を見開いて驚いた。まさか一瞬でバレるなんて。
「あ、やっぱり。カマかけたのよ。ちょっーと疑わしかったからね」
「マジかよ……」
 女というヤツは怖い。ちょっと疑わしいとカマかけてくるのかよ(確かに嘘ついたのでなんも言えない)。
「んで、誰よ。――まぁ、隠したってことは、私が知ってる人ね……スフィア?」
 おいおいおいおいおい。
 なんてことだよ。あのカマだけでバレたよ!!
「もんっのすごい汗だけど……」
「いや、俺も行きたかったわけじゃないぜ!? お昼奢ってくれるっていうからさ!!」
「あんたそんなんで敵のボスについてったんかい……」
 確かに今思えばバカな理由だ。
 昼飯に釣られて、危険を無視して昼飯に同伴したんだからな。
「あんまり思慮に欠いた行動は慎みなさいよね? あんたは一応大事な戦力なんだから」
「うい……」
 ルビィの言うことが存外まともで何も言えない。いや、もうおっしゃる通り。俺がバカでしたって素直に土下座できるレベル(もちろんしないが)。
「……ん?」
 その瞬間、悪寒が背筋を襲う。
 なんだろうな。この死の予感と言っても全然差し支えないくらいの悪寒。ルビィも感じているらしく、自分の体を抱くようにして体をさすっている。訝しげに辺りを見回すと、彼女の視線が一ヶ所で止まり、顔が青ざめる。俺もルビィの視線を追うと、部屋のドアにたどり着く。
 ほんの少しだけ開いた扉、その隙間から見える一つの目。
「い――ッ!!」
 血走ったその目には、いろんな感情が見え隠れする。俺は思わず退くと、扉が開いて、その目の主が出てくる。というか、もう誰だかわかりきってるのだが。
「お兄ちゃーん……」
 ルビィが来てからちょっとおかしくなった我が妹、空である。
「デートしてたんだって? ……スフィアさんと」
「ち、違うよ? デートじゃないよ?」
 なんで俺は妹相手に必死こいて弁解してるんだろう。アホかと思うが、空のプレッシャーが怖すぎて、もうそれ以外何も言えないのだ。ここで弁解しないと、俺は殺されるんじゃないかとか、そんなありえないことを考えてしまうほどに。
 いやあ。俺の頭もいい具合にテンパッてるなあ。ははは。
 ――殺さないよね?
 妹にデートの事を問い詰められて殺されるって、どういう事件だよ。迷宮入りだわ。
 いや、デートじゃないんだけどね!!(心の中で統一しないと、どっかでポロッとボロだしそうなので)
「そうだよね。デートじゃないんだよね? ちょっと一緒におでかけしただけだよね?」
「そ、そうそう。なあルビィ?」
「え、えええ?」
 あからさまに、「関係ないんだから私に振らないでよ」という顔をするが、すぐに「ま、そうなんじゃない?」と慌てて言うルビィ。もっと誠意を持って否定してくれよ、とも思うが、俺もルビィの立場だったら、それくらいの物だろうし。
「もうお兄ちゃんてば。節操がなさすぎるよ。ルビィさんに続き、今度はスフィアさんまで毒牙にかけるなんて」
「なんの話だ!?」
 ちょっと待ってください。人間体で会ったのは、何回も言うが二回目なんですよ(この人間体というくくりも、あまり一般高校生的ではないので使いたくはないのだが)?
「もうこれは、あれかな。これを使うしかないのかな……」
 と、悲しそうに呟き、ポケットからディープアメジストを取り出す空さん。
「……えーと、それはつまり、俺を異空間に閉じ込めるとか、そういう話ですかね?」
「うんっ」
 と、今まで見たことのないような笑顔で答えてくれる空さん。
「いやいやいやいや!! 嫌だよそんなの!? 一生出られなくなるんだよね? っていうか、その中にはライラックもいるじゃん! 食われちまうよ!!」
 最近どうも役に立ってないライラックさんだが、一応彼は宝石をおかずに人間を食べる化物なのだ。食われちゃうよ。魔力だってもうない状態なのに。
「ほらほら空ちゃん、落ち着いて」
 いつの間にか、空の後ろに立っていたリオが、空の肩を抱く。そして、耳元で何かを呟くと、空は「……それもそうだね」と納得したらしく、呟いた。
「お兄ちゃん。今日は許してあげるけど、次なんかしたら、絶対閉じ込めて、調教してあげるからね」
 と言って、部屋を出て行った。
 残されたリオに、「なんて言ったんだ?」と訊いて、俺は軽く泣きそうになった。
「ここで龍海くんを閉じ込める前に、龍海くんを狙ってきたスフィアちゃんを倒してからの方が、すっきりするわよって言ったのよ」
 それってつまり、単純に閉じ込められるという話が保留になっただけではないか。
 思わずルビィを見ると、「私に振らないで」と顔で仰っていた。
 誰か助けてくれたっていいじゃないか。



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