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第14話『赤いあいつ』

 意識が朦朧とする中、俺が覚えているのは懸命に俺の治療に当たっている、ルビィや空。そしてシュシュとリオの姿だった。
 上着を脱がされ、うつ伏せに部屋のベットに寝かされ、なにやらシュシュが俺に薬を飲ませ、ルビィと空は俺の傷に治癒魔法をかけている。
「ダメ……傷が大きすぎる! これじゃ医療魔法使える人間じゃないと……」
 ルビィの額に汗が流れている。俺の傷は、よほどの大きさなのだろう。以前ルビィに「向こうには医者はいないのか」と訊いたことがある。その答えは「多少の傷なら一般人が使う治癒魔法でなんとかなる。しかし、よほどの大怪我や病気は専門技術である『治療魔法』を使える人間じゃないと治せない」らしい。
 今の俺は、治療魔法でなければ治せないような怪我を負っているようだ。――偽物とはいえ、ガイアモンドの一撃。当たり前だ。
「僕の丸薬じゃ、応急処置しかできない――。リオ、傷口の封印はできないか」
 シュシュの言葉に、リオは「無理よ。呪いによるダメージだったらなんとかなるけど……」
「手持ちの七天宝珠じゃ、どうにも……」
 焦燥に駆られる空の声。
 現在持っているのは、『ディープアメジスト』と『シードクリスタル』そして『ブラティルビィ』
 どう贔屓目に見ても、回復に使えるモノではない。シードクリスタルは多少使えるが、それも回復魔法より少し使える程度。
「病院に連れて行くのは……」
 恐る恐る、一応、空は提案するが。ルビィは「こっちには詳しくないけど、向こうじゃこの手の怪我は「面倒くさいこと」になるんじゃない。……そもそもこの怪我、人間に治せないと思うけど」
 俺は自身のケガは見えないが、空が黙り込んだ所から、相当深いらしい。

 俺の上半身に白い包帯が巻かれ、治療は一旦打ち止め。やつらができることはないという、遠回りな悲しい知らせ。
 俺の看病は交代制になったのか、部屋には俺とルビィの二人だけ。
「……なんとかしないと」
 俺の意識は相変わらず混濁していて、ルビィの呟きもうっすらとした意識で聴いていた。
「――使える物は、親でも使え、か」
 そう呟き、やつはこっそりと、俺の手にブラティルビィの指輪をはめた。


  ■


「起きろクソガキ!!」
 胸を思い切り踏まれ、俺の意識は急速に醒めていく。目を開いた視界の先には、俺の胸を踏みつけ、サディスティックな笑みを浮かべる、見知らぬ女。
 血のように赤い髪をボブカットにし、目つきは抜き身の刀みたいに鋭く、犬歯は犬みたいに尖っている。そして、ルビィと同じ魔法少女ルック。
「いよぉタツミぃ」
「……お前、ルベウスか!」
 ニヤニヤ笑っているルベウスだが、やつのパンツばっちり見えてる。赤くてフリフリしてる、見たことないくらい派手なパンツ。
「なぁルベウス。パンツ見えてる」
「ヤボいこと言うなよ。スカートがなんでヒラヒラしてるか知ってるか? 風で捲れたり下から覗かれてっていう不可抗力で、パンツ見せやすいだろうが」
「パンツ派手なんだけど」
「衣服は見せるためのモンだろうが。見せるからには派手な方が目に焼き付くだろ」
 まあ、そう考えているのなら、成功している。俺の目蓋の裏には、ばっちりルベウスのパンツが焼き付いている。堂々と見せられるのも悪くない。
「よっ――と」
 ルベウスが俺の腹に、跨るように座った。いろいろドキドキする体勢だが、そんなことを言っている場合でもない。

 ここはどう見ても、アスがいた白い部屋。言うなれば、俺と七天宝珠の精神空間。
「お前、今死にそうになってるな」
 唐突に、俺の体をじろじろ見ながら呟くルベウス。
「つうか、俺なんでここにいんの。なんか用か?」
「あぁ、ウチのお姫様が、藁に縋るような気持ちで、俺をお前に持たせたんだよ。俺にお前のケガ治せってことかね。無茶言うよなぁお姫様も」
「そうだな。お前はどう考えても壊す専門だ」
「ぎゃははははっ! そうそうその通り。俺ぁ壊す専門なんだよ。――だーがぁ、だからって治せないってのは早計。早いってのは時に嫌われるぜ。特に男女の間ではな。長くゆっくりじっくり、ポリネシアンが好きなんだよ俺ぁ」
「お前が気長だったとは驚きだ」
「戦いについてはそこそこ短気なのは認めるが、色恋沙汰にそんな無粋なこと言うかよ。恋と戦いは違うぜ。よくんなこと言うやつがいるけど、それは大袈裟だろ。人生小さすぎ」
「お前の考えはどうでもいい。――とにかく、なにが言いたい」
「まあ、あれだ。壊すやつこそ治し方を知ってるっていうか、壊す為には体を知らなきゃならないんだよ。だから俺は、ポリネシアンが好きなんだ。人の体ってのは神秘の塊だからなぁ……」
 ……いや、だから知ったことじゃないんだけど。
 俺にそんなご高説垂れても、価値なんか知るか。
「早い話、お前は治療魔法が使えるんだな?」
「せっかちだねえタツミ。お前の名前には海が入ってんだろうが。海の様に広い心を持てよう」
 ルベウスは俺の胸を人差し指で突く。
「海だって荒れることはあるさ」
 それに、俺の名前はじじいがつけた。由来は龍と海みたいに荒々しく優しい男になれ、みたいな意味だったはず。
「けっ。一本取られたぜ」
「じゃあ、俺の体を治せ」
「いやだ」
「いやだ、ってお前なあ……。何しに来たんだよ」
「俺は退屈してんだよ。ちょっとだけ、暇つぶしに付き合え。な?」
 立ち上がり、俺の胸ぐらを掴み、畑から野菜を引っこ抜くみたいにして俺を引き抜き投げた。
 何をされてもいいよう警戒していた俺は、すぐに空中で体勢を整え着地。俺こんなに運動神経良かったっけ?
「ここは夢の中だからよぉ、大体のことはなんとでもなるんだ。七天宝珠、どれでも一つ好きなの使え」
 奴がそういうと、俺の前に七つの宝石が浮かび上がる。
「どれでも好きなの使って、俺に勝て。そうすりゃ治してや、る、よ」
 語尾をセクシーにしたらしいが、そうは聞こえなかった。
 ――まぁ、そういうわかりやすいの、嫌いじゃない。俺は白い宝石、ガイアモンドを取り、剣に変形させる。
「ガイアモンドか。使い馴れたのを選んだわけね」
 ……いや、別にそういうわけじゃない。何も考えてはいない。だが、勝手に手がガイアモンドを取っていた。
「よっし。んじゃ行くか」
 やつは、巨大なハンマーを出現させると、地面に引きずりながら、ゆっくり近寄ってくる。
 俺の体は女体化していない。ここは夢の世界だから、そういう俺にとって『厄介なこと』は無視されるらしい。よく見れば、服は学ランだ。
「さぁ、シようぜタツミ。戦いはちんたらしねえで素早く、しかし早い決着はなしだ。早く倒れてくれるなよ」
「……そいつぁ、俺のセリフだぁぁッ!!」
 俺は剣を構え、ルベウスへと走り出した。
 勝てば怪我を直してくれるらしいが、負けたらどうなるんだろうか。

 普段のルベウスとは違って、非常に緩やかな動きだった。いつもなら突貫、先制、必殺。自身の攻撃力を存分に活かしたスタイルを取っているのに、今回はモデルみたいなウォーキングで、ハンマーを引きずりながら、俺に迫ってくる。
 酷いプレッシャーだ。
 相手に攻めっ気がないというだけで、こんなにも動き方がわからなくなる物なのか?
 剣を握る掌からは汗が滲む。相手が一歩踏み出す度、こちらは一歩下がってしまう。
 膠着状態に見えて、その実、俺はルベウスに呑まれていた。
 これでは勝てない。決着がつかない。俺はぼやぼやしてられないんだ。
 覚悟を決めて、一歩踏み出し、ルベウスに向かって地を蹴った。剣を腰に隠すみたいに構え、振るう。
 ルベウスは、ハンマーの柄でその斬撃を受け、押し返し、開いた俺の左わき腹をインパクト。
 肺の空気が口から逃げていき、想定外の衝撃を受けた肋骨が悲鳴を上げる。折れたかもしれない。
「バァカ。とりあえず、で攻撃すんな! カウンターの可能性も考えろ!」
 そうか。そういうことも考えないといけないわけか。
 俺はすぐに剣を真上に投げ、ハンマーの柄を掴んで、ルベウスを引き寄せて、ヤツの腕を脇に挟んで、空いた手でヤツの腰に巻かれていたリボンを掴む。
「うっ、るぁぁぁぁッ!」
 叫びながら、後方にブン投げた。
「おぉぉぉ!?」
 ルベウスの、悲鳴というより興奮の叫びとデュエットしながら、やつを背中から地面に叩きつける。素早く起き上がって、先ほど上に投げ、地面に突き刺さった剣を取り、距離を取る。
「どうよルベウス。龍海式スープレックスの味は」
 カウンター返しって感じか。
 プロレスはガチでも強いんだぜ。女の姿だと、なんつーかしにくいけど。女子プロは見てないんだ。
「――不覚にも、ちょっとキュンときたな。投げられたのは、初めてだ」
 ふらついた様子もなく、立ち上がったルベウスは、ニヤニヤと笑っていた。受け身でも取られたか。投げられたのは初めて、とか言っていたクセに、とっさに受け身が取れんのかよ。さすが闘い慣れしてらっしゃる。
 口笛でも吹いて賞賛してやろうかと思ったが、ルベウスがハンマーを振りかぶっていたので、サイドステップで死角に周り込み、打ち終わりの隙を狙う。が、やつはなんと、自分がハンマーより軽いことを利用して、そのままハンマーを基点に、ちょうど巨大なレバーを押すみたいに放物線を描いて跳び、俺の斬撃を躱す。
 そして、ハンマーを俺に振るう。急所とか、どこが一番効率的にダメージを与えられるとか、そんなこと一切考えていない。当たれば一撃で大ダメージが望める武器だからこそ。こんな無茶な振り方ができるのだ。
 華奢な体してるクセに。
「おいおいヤリ返してこいよ! 一方的じゃつまんねえよ!」
 カウンターを狙いたいが、隙だらけに見えて意外にきめ細やかな攻撃を繰り出してきやがる。受けるので精一杯だ。それも手が痺れてままならなくなってきた。
 一回距離を取って、手を休めないと、必殺の一撃を入れられる。
 バックステップで距離を取ろうとするが、やつはそれを追いかけてくる。この状況じゃ、追われる側が不利。
 そんな時、アスの声が頭に響く。
『ガイアモンドの使い方を思い出せ。お前はガイアモンドの使い手だろう』
 今、俺はガイアモンドを持っていない。だからこそ、ヤツの言いそうなことを思い出したのだろう。俺が戦う時、いつも傍らにはヤツがいた。……思えば、ヤツと俺は戦友みたいな物だ。
 だから、奪われたヤツを取り返さなくてはならない。こいつ相手にうだうだやってる暇はないんだ!
「金剛壁(ダイヤモンド・ウォール)!!」
 俺とルベウスの間に、ダイヤモンドの壁が出現し、やつはその壁を叩き、ハンマーを後方に弾き返される。
「あぁ、そんなんあったなぁ!」
 俺はその壁に拳を突き立て、壁を破壊し、ルベウスに破片を放った。
「うぉ!?」
 そうしてヤツが怯んだ内に、俺は後ろに回り込んで羽交い締めにし、再び後ろに放り投げた。
 またすぐに起き上がられると困るので、今度は喉元に剣を突き立てる。やつは意外そうに俺の顔を見て、「やるじゃん」と呟いた。
「そりゃどうも」
「久々に楽しかったぜ。……あと、男に跨られたのも初めてだ」
「光栄だね」
「――ちょっと気になってたんだが、お前、何でお嬢様に協力してんだ?」
「あぁ?」
「お前が巻き込まれた大筋は知ってるが、ガイアモンドが体の外に出た段階で、協力する義理はないんだぜ?」
 ――よくよく考えてみれば、確かにそうだ。俺はヤツが大事にしていたガイアモンドを飲み込んでしまい、それからガイアモンド分の働きをするべく、ルビィに協力していたが。
 シュシュとの戦いでガイアモンドは外に出た。
 それから俺は、ルビィにガイアモンドを返し、戦いから離れる事もできた。
「義理はねえけど、協力したかったんだよ。ほっとけねえだろあいつ。プライド高いクセに詰めが甘いっつうか、危なっかしくてさ。誰かがそばにいないと、ダメなんだよ」
「……かっ。それがお前でなきゃいけない理由もねえだろ」
「……いや、まあ、そうだけども。あーなんだよ! 惚れたんだよ! 言わせんなよ!!」
 クマのぬいぐるみ買ってやったあたりから気になってきてたんだよなぁ……。面倒くせえな、と思いつつもなんかほっとけなくなってたというか。
 俺もうちょっとおしとやかなのがタイプだったはずなんだけど。
「きゃはははっ! 俺に言うなよ恥ずかしい!」
「お前が言わせたんだろ……。まあ、とにかく、体直してくれ」
「おう。――ただし、今回だけだぜ。俺あんま治療魔法得意じゃねえんだ。一応できる、ってレベルだからよ」
「……お前、本当に大丈夫か」
「任しとけ。傷は塞いでやるから。――ちょっと時間かかるが、まあ、ゆっくりシようぜ」
 本当に大丈夫か。
 それ以上追求して、期限損なわれても困るし、俺は黙ってヤツに身を委ねた。


  ■


「うわぁぁぁぁッ!!」
 勢いよく体を起こし、辺りを見回す。俺の部屋で、俺はベッドに寝ていたらしい。傍らには、目を丸くして俺の顔を見るルビィ。
「よ、よぉ……ルビィ」
「た、龍海……あんた、大丈夫なの?」
 体は元気だけど心が大丈夫じゃない……。ほとんど解剖だったぞあれ。どこが魔法だ。どこが治療だ。
「俺が寝てから――つうか気絶してから。どれくらい経った」
「あ、朝になったけど……」
 マジかよ。
 ……思ったより時間食ったみたいだな。じじい大丈夫か。さすがにあの五人相手に勝てるとは思えない。
 俺はベッドから降り、部屋を出ようとドアに手を伸ばすが、ルビィが俺の腰を抱きついてきた。
「離せルビィ」
「傷治ったのかもしれないけど、ダメよ。万が一があるんだから」
「大丈夫だっての! もう塞がってるだろ?」
「だからってねえ……また倒れたらどうすんのよ?」
 どうやってルビィに離してもらおうか考えていたら、ドアが開いて、じじいが顔を覗かせた。
「よう。なにしてんだお前ら」
 一瞬固まった俺達だが、ルビィはすぐに離れ、俺達はなんでもない風を装った。
「じじい……。大丈夫なのか?」
「ちょっとてこずったが、途中で逃げてきた。何者だよあいつら。ガトリングとか電気とか鞭とか。本当にただのカツアゲかぁ?」
 ……いや、カツアゲとは一言も言ってないんですけど。
 ていうか、じじいすごいな。本当に人類かよ。
「なぁじじい。あんたなんでそんな強いんだよ?」
「そりゃお前、何年も武術やってるからだよ」
「……ちょっとだけ教えてくれないか?」
「なんで」
「さっきのヤンキー連中に勝つ為。なあ、頼むよじじい」
 腕を組み、苦い顔をするじじい。
「いや、でも俺今日帰るし……」
「はぁ!? 今日帰んの!? 話し急すぎるだろ……」
 昨日連絡もなしに来てさっさと帰っちゃうとか。何しに来たんだよ。
「だから、簡単なので良かったら、ちょっとだけ教えてやるよ」
 ――え。
「ま、マジで?」
「あぁ。簡単なのなら、な。いきなり奥義とかは無理だぞ。こういうのは積み重ねだからな」
「ありがとうじじい! 持つべきは祖父だね!」
 思わずじじいの手を取って、それをブンブン上下に振り回した。じじいの手を改めて触ってみると、非常にたくましいことがわかる。
「あー、ルビィちゃん?」
 俺が手を振り回していることなんてどうでもいいのか、じじいは俺の後ろに立つルビィに視線を向けていた。それでなんとなく手を離す。
「一応、こいつは一子相伝なんだ。ルビィちゃんは部屋の外に出てくんねえか」
「……わかった」
 素直にじじいの横を通り抜け、やつは部屋から出て行った。一子相伝とは、随分大袈裟だな。
 じじいは、俺の勉強机とセットになっていた椅子を引いて、それに座る。
「いいか。俺がお前に教えるのは、村雨流古武術っていう、戦国時代に端を発した、抜刀術を基礎とした武術で。人間の体に流れている『気』を剣に宿したりして使うんだが――」
「そこはまた今度ゆっくり頼むよ!」
 歴史まで聞く気はない。
 というか、ウチ古武術とかある家系なんだ。知らなかった。もしかして親父もやってたのかな?
「そうか。……稽古つける時間はねえから、基礎だけ話してやる」
「おう」
「お前にこれから教えるのは、『骨抜き』と『虚破撃(きょはげき)』だ」
 じじいはいつも見せない真剣な表情で、淡々と技の名前らしき物を口にした。
 ……不謹慎ながら、ちょっとわくわくしてる自分がいるのは内緒だ。
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