第17話『レッド・ペア』
■ルビィ・ルベウス組最終決戦の舞台である光源神社。そこから百メートルほど上空。俺ことルベウスと、スフィアが向かい合っていた。俺はもう楽しくて楽しくてニコニコ笑ってるんだけど、スフィアは不機嫌そうで、眉間にシワを寄せていた。釣れない女だ。
「お姉様と変わってくださらないかしら……? 久しぶりの対面なんですの」
「お嬢が出てくれっつったんだよ。まあ、あれだな。お嬢に会いたきゃ、俺を倒してからにしな。ってやつ」
「……上等ですわ」
スフィアは、手首のスナップを効かせ、ウィップサファイアを投げるみたいにして鞭を振るった。ここは俺のハンマーより、お嬢のステッキの方が向いてるな。
お嬢のステッキを剣に変形させ、飛んできたウィップを切り裂き、次はスフィアを狙う。
「ウィップ、お願い!!」
俺の突撃を見越して、スフィアはウィップの本数を八本に増やしてきた。
頭上から襲ってくる一本を躱し、左右から挟み撃ちしてきた二本を掴み。残りの五本が一斉に向かってきたが、俺は掴んでいた鞭を引いて、スフィアを引き寄せた。
ウィップに触れても能力が改竄されない所を見ると、能力の発生源自体に触れられないと能力の改竄はされないらしいな。
「っ!!」
悲鳴を噛み締めたヤツの顔面に前蹴りを放ち、突き放す。
そしてステッキの先端に魔力を溜め、斬撃を飛ばす。
が、スフィアはウィップを新体操のリボンみたいにクルクル回し、斬撃を無効化。
「……いいからお姉様を出しなさい。あなたでは私に勝てませんわ」
その言葉が、俺の堪忍袋の緒をぷっつん切った。
「て、めぇ……! 俺をナメんのもいい加減にしとけや……!! お嬢より俺のが強ぇってんだろうがッ!!」
「あなたに用がないだけですわ。私はお姉様に用があるのです」
……ちっ。タツミもスフィアも、お嬢お嬢って。もうちょい俺のことも見てくれねえかな。出てきた甲斐がねえ。
「残念だけどな、お嬢はお前に会いたくないんだとよ」
「そんなバカなこと、あるはずありませんわ」
あるんだよ。双子のシンクロニシティはどこ行った。つか、この期に及んで好かれてると思えるおめでたい頭が羨ましいね。人生楽しいだろ。
「私とお姉様は、元々一つだったのです。なのだから、また一つに戻るのは当たり前です」
「一卵性双生児だっただけだろ……」
なんか、段々とお嬢が可哀想になってきたな……。それと同時に、なんでまたここまで実の姉に愛情を向けてるのかが気になってきた。
「――なんでそこまでお嬢にこだわるんだ? 実の姉だぞ? 実のって時点でヤバいのに同性なんだぞ?」
「知れたこと。私の上に立つお方だからですわ。姉であるお姉様は、生まれた時からこの私の上に立っているのです」
……イマイチ話がわからないな。まあ頭おかしいヤツだし、話を理解できるとは期待してなかったけどな。
「そろそろ行きますわよ」
言うや否や、鞭が飛んできた。
斬撃を飛ばして斬ってやろうかと思ったが、どうせ無効化される。
後ろへ跳び、顎に掠めそうになった鞭を弓反りになって躱す。
魔力を高め、思い切りスフィアに向かって、それこそ矢のように跳ぶ。
迫り来る鞭を体の捻りで躱しながら、懐に潜り込んでヤツの腹に拳を突き刺す。
「は――ぐっ!」
スフィアは体を折り、腹を押さえた。その拍子にヤツのポニーテールが俺の前に来たので、それを掴む。
「カエルみたいになって死に晒せ」
ハンマー投げの要領で、スフィアを地面に向かって投げる。ここは空。地面に叩きつけられたらスフィアだって一溜まりもない。
しかし、地面に叩きつけられそうになった瞬間、ウィップがスフィアの下に敷かれ、バネのように衝撃を吸収。
「ちっ……! コラムの仕業か」
トドメの為に、ステッキからハンマーに入れ替え、急降下。回転させ遠心力もオマケにつけ、スフィアへ振るう。
だが、ウィップを畳んだヤツは地面を転がって、俺のハンマーを躱した。
後に残ったのは砕けた地面。俺はすぐにステッキを左手に、ヤツが逃げた方へ斬撃を飛ばす。
その速さに対応できなかったらしく、畳んだ鞭を伸ばせず、ヤツの左足首に切れ込みが入る。
「あ――っ!!」
痛みから地面に尻餅を突いたスフィア。もちろん俺がその隙を逃すわけがない。
地面を蹴飛ばし、ハンマーに狂化した魔力をありったけ注ぎ込んだ。
――しかし、その攻撃が届くことはなかった。
突如空から降ってきたどでかい塊に道を阻まれたからだ。
よく見ると、それはジュエルスドラゴン。
「こいつ……んで空から」
白目を向いたジュエルスドラゴンは、答えることをしない。俺の思考を邪魔するかのごとく、空からプレッシャーを感じ、バックステップ。まるで巨大な拳でも突き刺さったような衝撃に空を見れば、黒い革のジャケットに青いソフトモヒカンのスタンドマイクをもったおっさんが降りてきて、ライラックの上に着地した。
「スフィア様ぁッ!! 大丈夫ですかぁ!?」
威勢のいい叫び。
俺はこのおっさんが嫌いだ。今、そう思った。
うるせーのは苦手なんだよな。
「大丈夫ですわ!! ジミー……あなたがジュエルスドラゴンを倒したんですの!?」
「はい、なんとか!」
「悪いんですが、少しの間お姉様はあなたに任せます!」
「マジすか!?」
嫌そうな顔を俺に見せてきて、思わず舌打ち。俺にじゃなく、スフィアにしろよな。俺だって、テメェとはやりたかねえ。
今スフィアをやらないと、治癒魔法で回復されて厄介だしな……。
「――不本意ながら、この俺が相手しますよ、ルビィ様」
「チッ」二回目の舌打ち。「俺はお嬢じゃねえよ。ブラティルビィのルベウスだ」
「はー、なるほど。どうりでいつもより目つき悪いと」
「あんま目つきのことは言うなよ。――ちょっと気にしてんだっ!!」
地面に置いていたハンマーの頭を蹴り上げ、肩に置き、一瞬でおっさん――ジミーの元へワープ。
ヤツの頭を薙ぐようにハンマーを振るうと、ヤツはスタンドマイクの足で受け止め、口元に向いたマイクに向かって叫ぶ。
声が衝撃波となり、俺の体に叩きつけられた。
だがなんとかこらえ、ハンマーを握る手に力を込め、さらに筋力増強魔法を施す。
「邪魔だぁぁぁぁッ!!」
おっさんのマイクスタンドを弾き飛ばし、前蹴りで沈める。
「こっ――がぁぁ……」
口から漏れる酸素の音を聞き、さらに回し蹴りでおっさんの顔面をインパクト。
倒れたおっさんを踏みつけ、俺はそのままスフィアを倒すべく、ライラックから降りた。
その先に待っていたのは、信じられない光景。
ラウドが、スフィアの首を絞めていた。
「……ぐっ、あなた、裏切ったんですの……?」
「ええ、まあ、そういうことですね」
自分の手の内で苦悶の表情を浮かべるスフィアがおかしいのか、ラウドはニヤニヤと笑いながら、手に力を込める。
んだありゃ? 仲間割れかよみっともねぇー。
『スフィアッ!?』
「ん、おぉ!?」
突然、俺の中にいたお嬢が暴れ出し、俺から体の操縦権を奪い取りやがった。
この俺にそんな真似ができるとは、お嬢の能力を少し見誤っていたかもしれねえ。
「スフィアを離しなさい!!」
体を取り戻したお嬢は、俺のハンマーをラウドに向かって振り下ろした。
しかし躱され、ラウドはスフィアからウィップサファイアを奪って、それを反撃に使ってきた。
「きゃぁ!」
お嬢はあろうことか、ハンマーを防御に使い、俺の能力は改竄。役立たずにされてしまった。
「っ……」
魔力が狂化されない。
持っていても無駄だと思ったのだろう。ハンマーをしまって、お嬢はステッキを構えた。
「ルビィ様……あなたじゃ私には勝てませんよ。才能もない、親の七光りだけのあなたには」
「お、姉……様……」
掠れた声で、お嬢を案じているのか、倒れたままのスフィアはお嬢を見て何か言おうとしている。
「……うるさい! だからって、妹を見捨てるわけにはいかないのよ!」
そう言って、お嬢はステッキを振り上げる。
しかし、七天宝珠を使えない今、ウィップサファイアに勝てる道理はない。お嬢の顔面をウィップが叩き、ステッキを落としてしまう。
さらに鳩尾にボディブロウ。お嬢の口から、血が漏れる。
「あぐっ……」
膝をついたお嬢。その肩を足蹴にし、ラウドはお嬢を、仰向けに倒す。
そして
「ブラティルビィ、いただきます」
俺はラウドの手に落ちた。