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第18話『イミテーション』

「第一回。ルビィお姉さまと私、スフィア陣営の共同作戦会議ー」
 いえーい、という合いの手が返って来てもいいくらい軽いノリで発せられたスフィアの
声。しかし、軽いのはノリだけで、この場の空気はとんでなく重たかった。この場、とい
うのは俺が人生でもっとも長い時間を過ごしている、俺の部屋。いるのは、もちろん部屋
の主である俺と、家族である空。我らがリーダーのルビィ。そして、なぜか敵のリーダー
であるスフィア。

「なーんであんたがここにいんのよ……」
 俺のベットに座っているルビィが、部屋の中心に立つスフィアを睨む。仁王立ちという
か、やけに優雅な立ち振る舞いをするスフィアは、「よくぞ訊いてくれましたわ!」と、
ルビィを指差す。ちなみに俺は、自分の勉強机に。空はその隣にそっと寄り添っていた。
「ラウドの裏切りによって、私たちは協力するしかなくなりましたわ」
 ――そう。あの後、俺達はラウド一人に全員やられた。すべての七天宝珠を解析したこ
とによって、強大な力を得た偽天宝珠の所為だ。なぜラウドが味方まで攻撃したか、俺に
はわからない。
「それは、私もですわ。龍海さん」
 顔を上げれば、目の前にはスフィアの顔があって、俺は思わず飛び退いてしまった。
「私にも、彼女が裏切った理由はわかりません。龍海さん。説明してくれませんか? あ
なただけが、ラウドと直接戦い、絶対宝珠(プリマ・フィナーレ)の片鱗を見ているのです
から」
 頷いて、俺はほんの三〇分前に起こった、ラウドとの戦いを思い出す。
 記憶がまとまり、輪郭がはっきりして、そのファイルを口から発声した。

  ■

 光源神社近くの森。そこで、俺は、アース・プリンセスの姿のまま、ラウドと向い合っ
ていた。
 ラウドの傍らには、俺が持っている以外の四つが転がっている。他の連中から奪ってき
たものだろう。しかし、それは使わず、なぜか自前の偽天宝珠を使おうとしていた。
「――そっち使えばいいだろ? なんで偽物使おうとしてんだ?」
 地面に転がる七天宝珠達を指差すと、まるで軽蔑したような目線を向けてきた。
「僕は、僕の作った偽物でしか戦わない。これが僕の力だ」
 そう言うと、ヤツの偽天宝珠が輝き出す。爆風も爆炎もない、ただ光だけが爆発したよ
うな閃光に包まれ、目を庇う。光が止んだのをまぶたの裏で感じ、そっと開くと、ラウド
がプリズムの代わりに、ティアラを持っていた。妙にきらびやかで、ラウドの服装とは合
っていない。
「なんだそれ?」
「……絶対宝珠(パーフェクト・セブンス)。その偽物だから……模造宝珠(イミテーション
・セブンス)って所かな。しかし、僕の偽物は、本物を超える」
 そのティアラ、模造宝珠が、今度は淡い光を発し、細長い何かに姿を変える。
「さ、後は君のガイアモンドとシードクリスタルをもらって、タイムアンバーを呼び出す

「やれるか。これはルビィの物だ。――つーか、お前なんで、仲間裏切ってまで、そのイ
ミテーションとやらを作りたいんだよ?」
「仲間になった覚えはないよ。利害が一致してたから、途中まで協力してただけ。僕がこ
いつを使って、向こうの世界を壊す」
「世界征服かよ。今時」
「いらないよ世界なんて。僕が欲しいのは完璧だ」
 そう言って、やつは手に持っていた白く長い一条の光を振り上げ、俺の記憶はそこでブ
ラックアウトしていた。
 
  ■

「――で、目覚めた俺の手元に、全部の七天宝珠があったってわけだ」
 おそらく俺は一瞬でやられた
 俺を気絶させたラウドは悠々と、タイムアンバーを手に入れて、模造宝珠を完全な物に
したのだろう。あるいは、完全な物に近づけたのか。
「……でも、全部じゃないよね?」空は、俺に収まっている六つのアクセサリーを見る。 
 ガイアモンド、ブラティルビィ、ウィップサファイア、ディープアメジスト、バレット
パール、シードクリスタル。六つだけだ。七つじゃない。後一つがない。
「……ああ、そうなんだよな。タイムアンバーだけ持ってったのか?」
「そうでしょうか。私なら全部持っていきますけど……」
 確かに、スフィアの言う通りだ。俺でも全部持っていく。
 俺と空とスフィアは、雁首揃えて無愛想な顔を見せ合う。三人でうんうん言ってみたが
、さっぱりその心理がわからない。
「……持っていったんじゃなく、持っていけなかったんじゃない?」
 ポツリと、部屋にそんな声が響いた。声の主はルビィだ。
 ベットの上に体育座りしたヤツは、まるで当たり前みたいにそっけなく言ったが、俺達
三人はそんな発想がまるでなく、親鳥の餌を待つひな鳥みたいに、口をポカンと開けてい
た。
「え、なに、私なんか変な事言った?」
 俺達三人の様子が尋常ではない様子に引いたらしく、ルビィは顔が引きつっていた。 
「……そうか。持ってかなかったんじゃなくて、持っていけなかったんだ。あるいは……

「タイムアンバーが出現しなかった、ということですか?」
 スフィアの問に、俺は頷く。
「七天宝珠の六つが揃ったら出現するんじゃないんですの? お姉さま」
「ちょ、私に振らないでよね」
 初めて見る姉妹っぽい会話だ。こいつら普段はこんな感じで話してるのか。
「……っていうか、まず七天宝珠の誰かに訊けばいいじゃないの」
「あー、またまたその発想はなかった」
 さっきからルビィは俺達の発想の盲点を突いてくるなあ。
「んーじゃま。アスー出てこーい。タイムアンバーを呼び出す方法教えてくれー」
『断る』
 出てくる前に、声だけ響いてきた。
 しかも食い気味で。
「んでだよ! 俺らもう条件クリアしてんじゃん!! お前ら全員揃えたぞ! タイムアン
バー出せ! それともなにか? タイムアンバーはホントはないとか、お前らが合体して
タイムアンバーになるとか、『今までの時間がタイムアンバーだ』とか言い出したら俺怒
るからな!」
『言ってはいけない決まりだから、許してくれ』
「俺とお前の仲じゃん! いいから教えろっての!」
『龍海の頼みでもこればっかりはな……。タイムアンバー――コークの言いつけは破れな
い』
 どうにも恐る恐るな会話だ。アスはよっぽどその、コークとやらが怖いらしい。どんな
女なんだか。
「なあ、ヒントくらいはくれないか? タイムアンバーはどうやったら出てくるんだ?」 
『………………』
 アスから返事が返ってこない。息遣いは聞こえるから、まだ会話する意思はあるようだ

 そのままじっと待っていたら、『勝利者がいないんだ』なんて言われた。
「――ああ、なるほど。そうか。確かにそうだな」
 俺も巻き込まれて早一ヶ月だか二ヶ月ほど経った。そのおかげでこういうことの察しが
良くなったようだ。
「え、ちょ、お兄ちゃんどういうこと?」
 しかし空はまだまだ察しがよくないようで、俺は咳払いをする。
「いいか、空。これはルビィ対スフィアの戦いだ。けど、まだこの二人のどっちかが七天
宝珠を集めたわけじゃない。ラウドの手で、偶然一箇所に固まっただけに過ぎないんだ」
「――え、ええ? ……でも、ああ、そう、なのかな?」
 まだよくわかってないみたいだな。しょうがない。
「だからな、まだ決着がついてないんだよ」
「いや、それはわかったんだけど……。じゃあどうやって決着つけるの?」
「だから、決着が――」
「……お兄ちゃんもよくわかってないんじゃないの?」
「……はい。すいません」
 うん。決着がついてないから来ない、っていうのはわかるんだけど。もう全部あるのに
決着がつかないって、もうそっからどうしたらいいのか。
「そう、でしたわね。ラウドが来てたからすっかり忘れてましたけど、私達決着つけてな
かったですわね……」
 スフィアが微笑むみたいに、ルビィを見た。殺気も怒気も、おおよそ負の感情を感じら
れない表情。しかし対するルビィは、警戒で表情を歪めに歪めていた。
「ふっ。冗談ですわ」
「……ふえ?」
 ルビィの表情から、警戒が消える。その代わりに、どんな顔をしていいかわからないと
いうような感じだ。
「この勝負、私の負けです」
「……負けず嫌いのアンタが、どうしたのよ?」
 ルビィは双子の姉として、スフィアの性格とその発言が食い違うのだろう。違和感とい
うか、再びルビィの顔に警戒の色が戻ってきた。
「この戦争は、人の上に立つ人間を決める為の戦争ですわ。……私は部下に裏切られてい
るんですもの。負けに決まっています」
「……お前、意外と色々考えてんだな」
 感心した俺は、感慨深さからため息混じりで言った。すると、スフィアはなんでもない
風に
「ええ。私は別に暴君ではありませんので」
 と素っ気ない返事。
 ……そうだっけ。俺の知ってるスフィアは、すげえ暴君っぽいんだが……。
 三味線にするとか言われてるしなー。まだ苦手意識が強いんだよなあ。こいつ。
「……一応勝者は決まったけど、だから何? って感じだな」
 どうも釈然としない。長い間戦ってきたのに、決着は随分あっさりとしているなあ。
 でも結局タイムアンバーは来ない。なんかサンタクロースにプレゼントを祈っているよ
うな気分になってきた……。
「ルビィ、これお前が持ってくんねえ?」
「は?」
 手の中にあった七天宝珠六つをルビィに差し出した。
 しかしやつは呆気に取られたような顔して俺を見るだけで、それを受け取ろうとはしな
い。
「なんでよ急に」
「重たいんだよこれ。なんだかんだ言っても貴金属だからな」
「重たい物を女の子に持たせようとしないでよ」
「ここには俺以外、女の子しかいねえだろう。だったらなんとなくルビィでしょ。……あ
? 俺以外全員女の子? すっげえなにこの状況!」
「なにテンション上げてんのアンタは! っつーかなんで私になら持たせてもいいのよ!

 しまった。ついテンション上がっちまった。一人は妹なのに。
 その妹はなぜか輝いた目で俺を見ていた。おいやめろ。なんでか知らんけどやめろ。そ
の『お兄ちゃんやっと私を女と認めたのね』的な目は毒だ。俗に言う毒フラグだ。
「わーかったから。とにかく、一旦私が預かるから。ほら」
 そっとルビィに七天宝珠を渡す。
「――タイムアンバー、どうやったら出るのかしらねえ」
 ルビィが手の中にある七天宝珠に視線を落とすと、七天宝珠が淡い光を発しはじめた。
「うお?」
 その光は心臓の鼓動みたいなリズムで強弱を繰り返し、そして、一瞬消えそうな蝋燭み
たいに力強く輝いたかと思うと、光が収まった。
「……え、なに、もしかして、来るの? タイムアンバー、来るの!?」
 今の光の正体がわからない所為か、ルビィのテンションがおかしくなっていた。
「い、いったい何がきっかけで……?」
「もしかして、勝者の手に収まることが、条件だったのではないしょうか。あるいは、王
位正統後継者の手に収まることが」
 スフィアの言葉に「あっ、なるほどね!」とルビィは納得したらしい。俺もやっと腑に
落ちた。
 部屋が納得ムードに包まれた中、タイムアンバーは来る気配を見せない。
「…………タイムアンバー来ねえじゃねえか!!」
 俺の叫びが響いた。イライラしてしまった所為で、つい。そして俺は、ルビィに詰め寄
って、ルビィの手に収まっていた七天宝珠共に向かって再度叫ぶ。
『コークは時間にルーズだから、もうちょっと待ってあげてちょうだい』
 ディープアメジストの精、リオにそう言われた。まあ、確かに待つしかないので、俺は
机に戻って腕を組んだ。
 その後、一時間ほどして。
 俺達はトランプで遊びだしていた。全然来ないもんだから、俺が『ババ抜きでもやるか
』と提案し、スフィアとの親睦を深める意味も込めて、四人でババ抜きを始めた。
 空の負けが込んできて、背中から紫色したオーラが醸し出されてそろそろヤバいんじゃ
ないかとなってきたあたりで、部屋のドアがノックされた。
「やっと来たか……」
 ため息と共にトランプを放り出し、ドアへと向かう。ノックで来るとか普通すぎるだろ
友達か。そんな言葉を飲み込んで開けると、そこにいたのは母さんだった。
「……なんだ母さんか。どうかした?」
 露骨にがっかりしてしまったが、しょうがない。すると母さんは、エプロンのポケット
から、派手な髪飾りを取り出した。たくさんの宝石で煌びやかな、高そうなそれは、我が
家の収入――父さんの甲斐性では確実に買えない物だった。
「はいこれ。タイムアンバー」
 母さんは髪飾りを俺に渡すと、じゃあねなんて何事もなかったみたいに下へ帰ろうとし
た。俺は頭が真っ白になって、危うく母さんを帰しそうになったが、なんとか腕を掴んで
阻止した。
「な、んで母さんがタイムアンバー持ってんだ!? まさか、母さんがコークとか言わない
だろうな!?」
「言わない言わない。コークさんは間違いなくそっち」
 母さんが妙に落ちついていた所為で、俺も落ち着いてきてしまった。後ろの、女三人が
ポカンとしているのがアホらしいと思える程度には、我に戻った。
「なに、母さん、七天宝珠知ってたの。つか、俺らが何してたのか」
「知らないよ?」
「……はぁ?」
 ダメだ。母さんがどの程度情報を知ってるかわからないから、話をどう進めていいやら

「母さん、タイムアンバーに知ってることを短くできるだけ詳しく」
「え? 未来を教えてくれるすごい髪留め、でしょ? 髪留めが喋るなんてすごいねー。
でもそのおかげで、お義父さんが来るの事前にわかったから、おもてなしの準備できてよ
かったー。それで、さっきコークさんから、龍海にタイムアンバーが必要だって言われた
から、持ってきたってわけ」
「あ、あぁ、そうなんだ。で、どうやって母さんはタイムアンバーを手に入れたのさ」
「拾ったよ。道に落ちてたから。派手だからつけなかったけど」
 誰だよタイムアンバーは最後まで出でこないなんて言ってたのは。普通に母さん拾って
んじゃねえか。
 っていうか、俺の身内魔法少女ばっかりか。母さんが変身してないっぽいのは救いだけ
ど。
「ま、とにかくこれ。タイムアンバー、あげるね」
「あぁ、どうもね……」
 さっきからタイムアンバーが俺の期待を裏切ってくる所為で、テンションが落ちまくっ
てしまう。母さんにタイムアンバーを手渡され、下に降りていく母さんを見送って、部屋
のドアを締めた。
「タイムアンバー、手に入りました……」
「あ、そこら辺置いといて」これはルビィ。
「その現れ方は酷いですわ」そんなこと言うなよスフィア。
「お母さんが持ってたとか、伏線弱すぎ」怖い事を言うんじゃねえ空。
「お前らもっと感動しろよ! わかるよ! 気持ちはわかるが!」
 もっと神々しい表れ方してほしいって気持ちはわかる。
 こんなお客様に出すお茶菓子みたいな表れ方は、そりゃあがっかりさ!
 でも来ちゃったんだからしょうがないでしょ!
『あー、あー。マイクテステス』
 俺の手にあったタイムアンバーから、そんな、妙齢の女性の声が聞こえてきた。
 お前らそれ、マイクで話してたの?
『ごめーん。呼び出しは結構前に受けてたんだけど、ついうとうと来てて』
 そんな理由で俺達に一時間ババ抜きさせたのか。もう呆れて何か言う気力すらない。時
間を司る力を持ってる癖に時間にルーズってどうなの?
『じゃ、そんなわけで。勝利おめでとう。えーと、ルビィちゃんが勝ったんだっけ? お
めでとーおめでとー』
 このやる気のなさなんとかならねえのか。最後にアスが出てきたほうが、威厳出ていい
んじゃねえのか。勝ってこれだと、さっぱり労られてる感じがしない。タイムアンバーぶ
ん投げたい。
『これで王位の証、絶対宝珠(パーフェクト・セブンス)が作れるねー』
「あ、そうだった。さっき聞き忘れたんだけどよ。その、絶対宝珠ってなに?」
 スフィアとの話でスルーしてしまったが、地味に気になっていたのだ。その疑問に答え
てくれたのは、コークだった。
『七天宝珠はねえ、もともと一つのティアラでねー。女王はそれを被って、初めて一人前
の女王として認められるのよー。まあつまり、正統な王位継承権ってことねー。ちなみに
、兵器としても七天宝珠を凌ぐ力を持っているからねー』
「はあん。――つまり、ラウドはそいつを超えようとしてたってことか」
『あ、ごめ、ちょっと外出ていい?』
 コークは俺の返事など待たず、タイムアンバーから出てきた。
 光の粒が目の前で煌めき、部屋の中心に、白いローブを着た、金髪の女性が現れた。軽
いウェーブのかかった髪は足首辺りまで伸びていて、絵画とかに出てくる女神そのまま、
って感じの格好と美貌を持っている。こいつがタイムアンバーの精、コークか。
「あー、久々外出たー。中に閉じこもって時子さんと話してるだけだったから、体も随分
鈍っちゃったなー」
 コークは、伸びをしたり体中の間接を動かしながら、あくびをした。どうも威厳がねー
なあ。アスやらが怖がってたとは思えん。俺にはルベウスのが怖い。

「状況はわかってるよー。ラウドって子が、私達の偽物作ってどっか行ってるんでしょ?
 さっき他の子達に聞いたー」
「他の子達って、七天宝珠?」
 ルビィが恐る恐る会話に参加してきた。すると、勢い良くコークが振り返り、「いえー
す!」とはしゃいだ。
「まあ王位正統後継者しか私は呼べないからねー。ラウドって子も諦めたんでしょ。とり
あえず、ラウドって子は倒さないとねー」
「そうね。私の国になる前に壊されたんじゃ、たまらないし」
 苦虫を噛み潰したような顔をするルビィだが。
「ラウドに勝つって、どうやって?」
 俺の言葉に、もっと顔が険しくなった。
 現実的に考えて、ルビィ側とスフィア側全員を倒したラウドに勝つのは現実的じゃない
。もし手段があるとすれば。
「全七天宝珠同時仕様、ってところか」
 もちろん、下手すれば……っつーか、下手打たなくても死んじゃうな。俺が三つ使った
だけで、しばらく体から激痛が取れなかったのに。
「絶対宝珠を使うってことね。まー、オススメはしないけどー。使ったら死んじゃうよー

 以前シュシュやリオに言われた事が、もう一度コークの口から確認された。
「しかしよー。ラウドはその絶対宝珠とやらの、偽物だけど、普通に使ってるじゃねえか
。ってことは、使っても死なないじゃね?」
 それに首を振ったのはスフィアだった。
「ラウドの偽物は、使いやすさが重視されているのですわ。絶対宝珠は、強大な魔力が必
要な上、使うとなると、その負担は尋常ではないですし……。けれど、ラウドのイミテー
ションは使いやすさ重視で改良されています。そういう意味では、本物を超えていますわ

 さすがラスボスということか。どれだけ手強いかは、身を持って知っている。
 しかし戦うためには、どうしても絶対宝珠の力が必要だし……。でもこの場に扱える人
間なんていないわけで……。
「お嬢にやらせりゃいいんじゃねーの?」
 俺の思考に水を差したのは、ルベウスの声だった。いつの間にか人間体になって、ルビ
ィの隣に座っていたのだ。初めてルベウス単体の人間体を見たが、その姿はルビィそっく
りだった。まるで双子の様に。
「わ、私? なんで?」
 当のルビィは、狼狽えて隣に座るルベウスを見ていた。
 ルベウスは、ルビィと無理矢理肩を組んで、いつも通りのゲスい笑顔。
「お嬢の潜在魔力を使えば、絶対宝珠は楽勝で動かせる」
「な――!! いくらお姉さまといえども、絶対宝珠を動かせるはずが……」
 ルビィ第一主義のスフィアが叫ぶ。しかしルベウスの神経は、そんなもので揺らぐほど
細くはなかったようで。
「いーや。お嬢ならやれる。まず、お嬢は俺の封印を解いた。七天宝珠の一つ、ディープ
アメジストで作った封印を、魔力流し込んだだけでな。これだけでも並の魔力じゃねえこ
とはわかるだろうよ。そして、俺を使っても息切れ一つしないキャパシティ。知ってんだ
ろタツミィ。俺を使えば、どんだけのリスクを負うかくらい」
 そういえばそうだった。
 シュシュとの戦いでブラティルビィを初めて発動させたルビィは、ルベウスに操られて
いたにも関わらず、呪縛が解けた後にも変化はなかった。俺が後日使った時は、七天宝珠
複数仕様という要因もあったが、ブラティルビィ単体で魔力を引き出された所為で、体は
ボロボロになっていたのに。ルビィにはそれがなかった。
「……でも、そんなことさせらんねえだろ。ルビィが死ぬんだぞ」
「うん。そうだよね……。いくらなんでも、命と引き換えは、重たすぎるよ……」
 スフィアだけでなく、俺達村雨兄弟もルビィに絶対宝珠を使わせるのは反対だ。勝って
生きて帰ってきてくれるならともかく、絶対に死ぬなんて。そんなの認めるわけにはいか
ねえ。
「しょーがないでしょ。私しか動かせないんだっけ? だったらやるしかないでしょーが
。故郷が危ないってのに」
「ルビィッ!」
 俺の口から出た大声に、俺自身も驚いてしまった。周りの連中も、目を丸くして俺を見
ている。だがこの大声に続きなんてなく、叫んだ俺自身が途方に暮れてしまった。けれど
、口は勝手に動く。
「絶対に死ぬんだ。使えば、死ぬんだぞ。その意味をもっと考えろよな……」
 ボソボソと呟く様な言い方になってしまった。届いていたか不安だったけれど、ルビィ
の耳にはきちんと届いていたようで、「……ごめん」と同じくらい小さな声が返ってきた

「それなら今度は、私に考えがある」
「だああ! びっくりしたああ!!」
 今度は、いつの間にか俺の隣に立っていたアスだった。
 驚いた俺は飛び退いてしまう。そんな俺を、アスはニコニコと嬉しそうに見ていた。こ
いつ、いつのまにそんなユーモアを身に着けた。
「てッめえ! いきなり出てくんじゃねえ!」
「まあまあ。許せ龍海。私に、絶対宝珠を扱う為の、いい考えがあるから」
 したり顔をして、俺が飛び退いた所為で空いた椅子に腰を下ろすアス。仕方なく俺は、
空の隣に立っていた。
「そもそも、絶対宝珠を使用するとなぜ死ぬか。それは、仕様した際に流れてくる絶対宝
珠自身の魔力に身体が耐え切れないからだ。……なら、その負担を分散すればいい」
「……理論としてはわかりますが、その負担を分散する方法は?」
 頭よさげな会話担当のスフィアが、良い感じに相槌を挟む。
「龍海。キミはそもそも、ルビィちゃんのマスコットだったはずだ」
「……あ? あーあー。そういや、ハムスターになった時、そんなこと言われたっけな」
 ジミーとかに、苦し紛れにマスコットを作ったかー、的な事を言われたのを思い出した

「……そうか! マスコットの役割は魔力のタンク……。お姉さまが負担できない分を、
龍海さんがフォローすれば!」
「え、なに、え?」
 頭よさげな会話担当だけが、その内容をわかっているようで、俺はさっぱりわかってい
ない。多分話の中心にいるのに。
「いいですか龍海さん。あなたは参戦当初、ガイアモンドを身体に入れていましたね?」
「まあ、そうだけど」
 スフィアが教師みたいに見えてきた。パッツンパッツンの女教師。最高じゃないか。
「そもそも他人に魔力を送ることはできません。それをするためには、マスコットになる
という契約が必要不可欠。つまり、あなたとお姉さま。二人でなら絶対宝珠を使えるとい
うことなのです」
「な……んだ、とおおおおおおおお!?」
 またハムスターになんのかよ俺!!
 アースになれるようになってから、お役御免だと思ってたのに!!

 

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