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第一話 マジカルルビィ参上!

 
 

どかん、というど派手な音で目が覚めた。
 近所で運動会でもやっているのか? とその時は思ったけれど、よく考えれば、流石に四月から運動会をやり始めるというおめでたい学校はないだろ。
 そんな簡単な事さえわからないほど、俺は寝起きが悪かった。
 ありえない話ではあるものの、俺の目覚めがとてもよく、ついでに極度の心配性であったなら、『テロリストが外で暴れているかもしれない』みたいな理由で学校を休んでいたかもしれない。――いや、そんな想像をするようなら、速攻病院行きだろう。
 だから結局は、学校に行くしか選択肢はないわけで。
 俺はベットから這い降り、伸びをする。
「おはよーお兄ちゃん! もう朝だよー」
「……朝からうるせえ」
 勢い良くドアを開けて入ってきたのは、妹の村雨《むらさめ》空《そら》。
「……って、あれ? 龍海お兄ちゃんが起きてる」
 めずらしー、と笑いながら空は不法侵入してきた。。
 制服である紺色のブレザーを着て、茶髪に赤いリボンでサイドを結んでいる。
 顔は母さん似なのか俺にはあまり似ておらず、優しげに細められた瞳が可愛らしい。
「いや、さっき花火みてえな音しただろ? それで起きちまって」
「え? そんな音したっけ」
 起きていた空が首を傾げる。――なら、俺の夢だったのか。
 まあ、寝起きの自分ほど信頼できない物もあるまい。
「でもさ、なんにしてもお兄ちゃんにしては早起きだね」
「いや、普通の学生なら通常の起床時間だけどな」
 時間は七時四〇分。授業は八時半からなので、しっかり者であれば――まあ空のことだが――通常の起床時間である。
 俺? 俺はもちろん、いつも空に起こしてもらっているので、自分で起きれた試しはない。
「さて、準備すっかな……。ほれ、着替えるからお前は出て行け」
「はーい」
 そう言って、空は廊下に引き返し、一階へと降りていく。
 可愛らしい妹に毎朝起こしてもらう。
 そんなテンプレ状況ではあるものの、俺達は変わらない状況で日常を過ごしている。
 それを不幸と嘆く程贅沢ではないものの、多少のマンネリ感――退屈を感じてしまっているのもまた事実。
 なんか面白いことでも降ってこねえかなあ、という漠然とした願いを込めて、パジャマを脱ぎ捨て、俺は制服をクローゼットから取り出し、袖を通した。

 ■

 俺たちが通っている学び舎、私立光源学園。
 丘の上にある立地の悪い学園である。とはいえ、なかなかにマンモス校なのは、その立地の悪さを忘れさせる程度に設備が整っているからだ。
 他愛も無い話をしながら空と額に汗して丘を登り、白い校舎の中にある我らがクラスへと向かう。まだ一年生だが、それでも目をつぶって楽勝で辿りつける。
 もちろん、本気で目を閉じることなんてしないが(というか、そんなことしたら空に正気を疑われるだろう)。
「ういーっす。龍海ー」
 教室に入って、いの一番に話しかけて来たのは悪友の比叡《ひえい》護《まもる》。ブレザーを俺と同じ様に着崩しており、髪型は軽いパーマを巻いたショートカット。口元はだらしなく緩めっぱなし、目も垂れていて、一見してだらしない印象を受ける。まあ、見たままのヤツなのだが。
 俺はカバンを置くため、自分の席へと向かう。それに着いてくる比叡。俺はふと、朝の事が気になって、カバンを置くと同時に振り向き、「なあ、朝になんか、爆発音しなかったか?」と訊いてみた。しかし、彼は首を傾げて「いや、知らねえなあ。俺、今日は徹夜してたけど」
「徹夜? ――お前まさか」
「当たり前でしょ。ヒロイン全員攻略してやったぜ」
 比叡は、まあなんというか。美少女ゲームフリークなのだ。毎日毎日徹夜して、買ったゲームは出来る限り早くクリアすることを生きがいにしている。バイトの給料も、ほとんどをそれに費やしているくらいなのだから、驚きである。俺がこいつと知り合ったのも、空と俺が兄妹だと知り(その容姿から、空は入学当初から話題だった)だと知り『そんなギャルゲーヒロインみたいな妹がいる人生、どうやったら送れるんだ?』と訊かれたのがきっかけだったくらいだ。
「いやあ、今回のゲーム。『魔法少女リヴァイアサン☆』は神ゲーだったね。ヒロインの一人が究極魔法を使って敵の首領と相打ちシーンは、バットエンドだというのに燃えてしまった」
「ああ、そうかい。俺にはわからねえけど」
「だから貸してやるって言ってるだろ? やろうぜ同士!」
「俺はな、隣の部屋に空がいるんだぞ?」
「三次元を気にしていては崇高なる二次元にはたどり着けません」
 いや、空ならなんとかなりそうな気もするが、俺はそっち側に行きたくねえんだ。行ったらどっぷりハマるのは目に見えているからな。
「二人とも、何の話?」
 空の声に、俺と比叡が同時に飛び退いた。どうやら空もカバンを置いて、俺達の方にやってきたらしい(俺達は双子だから同じ学年で、同じクラスなのだ)。俺は比叡に、「なんでもないよなあ?」と同意を求め、「そうそう、なんでもないよ」と頷いてくれる。
「お前、なんだかんだ言って三次元を気にしてんじゃねえか」
「なにを馬鹿な! 俺は何一つ気にしてはいない。――だが、同士龍海が三次元を気にするというなら、一応の配慮をしようという俺の心遣いをわからないとは」
「オーケイオーケイ。お前のメッキの下にある本心はよくわかった」
「いやっ! 違うぞ同士龍海! 俺は二次元が至高だっ!」
「二次元とか三次元とか、本当になんの話?」よくわかっていないのか、空は首を傾げている。
「空ちゃん。キミが望むなら教えてもいいが、同士になるというのなら、この――」
 そう言って、やつは懐からフリルやらがたくさんついた、わかりやすく可愛らしい青い服を取り出した。日曜の朝っぱらからやってる、あのアニメのコスチューム。
「この、マリンの服を着てもらおう」
「可愛い服ですね。着てもいいけど、それ学校じゃ恥ずかしいです」
「おい。人の妹を悪い方向に導くなっつの!」
「悪い? いえいえ。むしろプロデュースですよ。これを着て、『海より広い私の心も、ここらがそろそろ限界よ!』ってポーズを決めていえば、学校のスター間違いなし」
「こんなもん一般人は知らなくていい世界なんだよ! ただでさえこのアホは影響されやすいんだ」
「人のこと捕まえてアホって、酷い言い草だよお兄ちゃん。お兄ちゃんのが成績悪いのに」
 頬を膨らませ怒っている空だが、その怒り方が酷くアホっぽいということには気づいているだろうか。


 ■

 

同時刻。俺や空、比叡が教室で馬鹿なことを話している時。街の上空にて。
 フリルやリボンのついた赤いミニワンピースのドレスを着て、魔法少女が持っている様なステッキを振り回す少女がいた。桃色の髪に赤い瞳。傷だらけの彼女は、目の前に立つ男に向かって特攻。
「いい加減、諦めなさいよっ!」
 しかし、男は紙一重で後方に移動。ステッキは空を斬る。
「そうはいかない。お前の持つ七天宝珠《プリマ・セブンス》、ブラティルビィとガイアモンドを渡してもらうぜ」
 男は、青いソフトモヒカンの髪を撫でながら、ニヒルに笑う。その男は、まるでロックバンドのボーカルの様なロックな見た目をしている。黒い革ジャンに同じ素材と色のパンツ。手には、マイクスタンド。
 少女は、胸元のリボンに付けられたルビーの留め具を触りながら、「いやよ!」と力強く咆える。だが、その咆哮とは裏腹に、彼女の体力はもはや無いに等しい。
「俺の主を王女にするには、その石が必要なんだ。さっきのシャウトは効いただろ?」
「あんなヤワな叫びでシャウトですって? 笑わせないでよ。聞いてるこっちが恥ずかしいわ」
「……まだそんな減らず口が叩けるか……! なら、もう一度喰らわせてやるっ! ロッカーのシャウトを馬鹿にすんなよおおおッ!?」
 彼はマイクを持ち替え、口元へとあてがうと、思い切り歌い出した。どこぞの洋楽か、とにかく汚い英語を片っ端から叫んでいるだけのような、品の無い歌。その歌が衝撃破となり、少女へ向かって飛ぶ。
「それを、待ってたのよおッ! 防御魔法展開! アイツにお返ししてやりなさい!」
 彼女がそんなことをしなければ、俺が悲劇に見舞われることもなかったのだが、その衝撃破は彼女の前に展開された魔法陣に跳ね返され、ロッカーに向かっていく。しかし、予測をしていたのか、迅速な対応で避け、行き場を失った衝撃破は、なんと我らが学び舎である光源学園へと向かっていった。

 ■

 そして、光源学園一年A組。俺達の教室である。俺達はまだ馬鹿な話を続けていた。
「つまり、子供向けアニメに出て来るヒロインが一番萌えるってことなんだよっ!」
「……その理屈はおかしいと思うが」
「まあ確かに、昔見てたアニメの女の子達って、可愛いとは思いますけどね」
「わかってくれるか空ちゃん!」
 そう言って、空の手を握ろうとする比叡だが、空は華麗にそれを避け、にこやかに「あははは。比叡さん、何度言ったらわかるんですか? 私に触っていいのはお兄ちゃんだけだって」と、ろくでもないことを言う。その発言は、おそらく大いなる誤解を生むだろうので、やめてほしいのだが。
「あー、そろそろ授業だ。準備しようぜ、そろそろ予鈴も――」
 呆れながら、俺がそう言った瞬間。予鈴の代わりに花火を打ち上げた時のような大きい爆発音が鳴った。一瞬教室が静かになり、途端に騒然。それは俺も、比叡や空も同じだった。
「……今日の予鈴はど派手だな」
「どう訊いても予鈴ではないと思いますけど」
 比叡の冗談に真顔で返す空。普段なら可哀想だな、くらいは思ってやるのだが、正直それどころではない。なぜそんな音が鳴ったのかを調べるべく、俺はとりあえず窓へ向かい、校庭を見た。そこには、直径二十メートルくらいのドでかい穴が口を開けていた。
「な、なんじゃありゃあ!?」
 俺の声で何かあることに気づいたのか、クラスメート達が続々と窓際にやってくる。すると口々に「でけえ穴だ!」やら「不発弾でも爆発したのか?」など騒いでいる。
「みんな! 静かにして!」
 と、ぱんぱん手を叩き、今しがた教室に入ってきた女性教諭が叫ぶ。
「今先生方が原因を調査しています。指示があるまで教室で待機。いい?」
 そう言って、彼女は再び廊下へと駆け足で出て行った。比叡は俺に笑顔で耳を寄せ、「行くべ」と当然の様に言い放つ。
「行くって、外にか?」
「当然。興味あるだろ同士龍海」
「まあ、ねえわけじゃねえけどさ。お前が期待する様な面白い事はないと思うぞ」
「それでも挑むのが男道!」
「わけわからねえが、まあいいや。乗った」
「空ちゃんはどうするー?」
 比叡が言うと、一瞬空はなんのことだかわからないという顔をしたが、すぐに察したらしく「私は怒られそうだからいいです」と自分の席に戻った。興味ないことにはほんと冷たい妹だが、まあいいだろう。俺と比叡は廊下に出て、先生に見つからない様、こっそり校庭に出るべく、一階へと向かう。そこから、適当な窓から外に出て、校庭へと向かう。校庭には、あの大きな穴を中心に、先生たちがなにかを話し合っている。見つからない内に、俺達は校庭の端にある林の影に隠れた。
「もしかして、事と次第によっては、今日休みになるんじゃね?」比叡は目を輝かせ、そんなことを言った。
「もし休みになったら、遊びに行くか」
 どこに行こうか迷っている比叡を置いておいて、俺は穴を見つめる。穴が大きいので、見えないということはないのだが、やはり穴の底は見えない。もう少し近づかなくては。
「今行くのは見つかるよなあ。おい、どうする比叡」
「突貫!」言うや否や走りだしたので、俺は止める暇すらなかった。
「お前! なんも考えてねえんじゃねえか!」
 アイツを追ったら俺まで怒られる。悪いな悪友。俺はもう教室に帰るよ。
先生達に捕まった比叡を横目に、俺は元来た道を帰ろうとする。「親友がいるんだあ! ヤツも一緒に捕まえてくれえ!」と、先生達に捕まった比叡は叫んでいた。おいおい。捕まって俺を売るなんて、アイツ最低だな。

 そして、俺が踵を返そうとした時、頭の上に何か硬いものが落ちてきた。
「いたっ」
 ちょうど良く俺の手元に落ちてきたそれは、ダイヤモンドだった。綺麗にカッティングされた石は、高貴な佇まいを見せている。――しかし、なんかこの石、ちょっと普通のダイヤモンドと違う気がする。いや、俺は普通の高校生だし、ダイヤモンドを見た機会はそうそうあるわけしゃないけど。でも、なにか異質な空気が漂っている。例えるなら、氷が熱い様な、確信にも近い奇妙な違和感。
「ま、こういうのはあれだ、捨てちゃうに限る」
 鑑定番組にでも出したら高い値がつきそうではあるが、呪われたアイテムとかだったりしたら目も当てられない。そうと決めたら、俺はその石を思い切り空中へと放った。しかし、それはまっすぐ樹の枝へぶつかり、俺の元へと帰ってくる。
「――あ」
 そして、まるで校庭に開いた穴の様に大きく開かれた俺の口へと、その石は入ってしまった。
「あぐっ!?」
 そして、まあ、お約束というか、そのまま飲み込んでしまった。食堂を通る異物感は、そのまま真っ直ぐ胃へと落ち、消えてしまう。
「あああああああああああああッ!?」
 どこからか絹を裂くような女の悲鳴。というか、怒号。
「アンタあッ! なにガイアモンド食べちゃってんのよっ!!」
「は? ガイアモンド?」
 何を言われているのかさっぱりわからず、声の主を探していると、一番最後に見た空中にいた。まるでアニメから飛び出してきた魔法少女だ。赤いドレスにはたくさんのフリフリとリボン。肩口まで伸ばされた髪は桃色で、手にはおもちゃのようなステッキを持っている。――ていうか、白いパンツが見えてるんだけど。
「アンタねえ! それは、私があの魔法使いに勝てる最終兵器だったのよ!? どう責任持ってくれんのよこのアホんだらあ!」
 急速なスピードで降りてきて、俺の肩を掴み、揺する。酔ってしまいそうだが、それでさっき飲み込んだあの石が出てくれば御の字だ。
「ちょい待ち、酔う……出るぅ……!」
「酔って吐いて出て来るくらいならこんなに怒ってないわよッ!!」
「そ、そんな大事な石だったのか……?」
「当たり前でしょう! 権力の象徴にして最終兵器。七天宝珠《プリマ・セブンス》一の攻撃力を誇るガイアモンドよ!? ああ……! なんでこんなことにいいい!!」
 それは俺が聞きたいのだが……。悔しそうに地団駄を踏む少女を見て、俺はちょっと引いていた。ほら、例えばスポーツ観戦なんかで、自分は緩く観戦したいのに、となりのヤツがガチすぎると引くだろ? あんな感じだ。それで専門用語なんかを使ってプレイの解説なんかしてきた日には、友達を辞めたくなる。
 ありし日の比叡を思い浮かべていると、彼女は突然後ろを向いて、ぶつぶつと何かを呟き始める。
「……いえ。だめよルビィ。くじけちゃだめ。ここはプラスに考えないと……。パートナーもできるし、生半可な方法じゃガイアモンドは奪取されなくなった。万々歳じゃない」
 ……なんだろう。酷く嫌な予感がする。
 俺は逃げ出そうとしたが、それを察知したかのように彼女は振り返り、ステッキの先端を俺に向けてきた。
「ルビー・ウェアに告ぐ。この者の魔力をその身に宿せ!」
 すると、ステッキの先端が光り、その光が俺を包んだ。
「ううああっ!?」
 一瞬何事か、とも思えたが、その光はやたらと気持ちがよかった。例えるなら、春の日差しを浴びてうたた寝をしている様な心地良さ。――なのだが、気のせいか、俺の体はどんどん縮んでいるような気がする。――ていうか、体中から毛も生えてねえか!?
「おいっ! なにしてんだこの野郎!」
「あー、もうちょいもうちょい。話しかけないでよ。変身魔法は神経使うんだから」
 変身魔法!? 俺姿変えられてんの!?
そう驚いている間にも、姿はどんどん変わっていく。
抵抗することもできず、変身魔法が終わると、俺は地面に尻餅を突いてしまった。
「いてっ」
 尻を摩る。もさもさと毛の柔らかな感触。……なんですかこれは。
「どう? 人間で呪いじゃない変身魔法を受けられるなんて、貴重な体験よ?」
 ええ? っていうか、女の子がめちゃくちゃ大きくなっていた。ガンダム並だ。
「すげー! サイコガンダムだあ!」
「よくわかんないけど、不愉快な言われ方だわ」
 そう言いながら、彼女はポケットからコンパクトを取り出し、開いて俺の前に放り投げた。その鏡を覗き込むと、そこに居たのはハムスターだった。額に星のマークが輝くハムスター。
「……………」
 右手を挙げる。左手を挙げる。そして左右に移動。鏡の中のハムスターもついてくる。
「か、鏡の向こうに新しい自分発見……」
「案外余裕があるわね……」
 そんなもんあるか! 目が覚めたら女になっていたとかとはワケが違うんだ!

「はいはい。騒がないの。アンタは私の相棒。――そうねえ、アンタ名前は?」
 言われながら、俺はコンパクトと一緒に拾い上げられ、少女の手の中に収まった。
「村雨龍海《むらさめたつみ》……」
「じゃあ、その状態はゴンでいいわね。私はルビィ・アンクリム」
「ああ、わかったよルビィ。でも、なんでゴン?」
「龍海の龍はドラゴンでしょ? そこからゴンを取っただけよ」
「あ、なるほど……」
 まあ、そこまで酷い名前じゃないし、ハムスターの名前だと考えたらむしろ上等と言ってもいい。まあ、問題は俺の心が人間だということだが。
「さって、……そろそろアイツにも発見されるし、長いことゆっくりしてられないわ」
 俺を肩に乗せ、コンパクトをポケットにしまうと、ジャンプの要領で空中へと舞い上がった。
「うおおっ」まるでジェットコースターに乗った時のような感覚で、どんどん地上から離れていく。俺は今人間状態よりも小さいので、十メートル上がっただけでも百メートル上がったかのような感覚。
「いい、ゴン。戦いは全部私がやるから、あなたは私に、ガイアモンドの力を送ることだけに集中して」
「力……? 送る?」
「腹に入ったエネルギーを、掌越しに私へ送るイメージ。魔法はイメージが大事なの。イメージで大体のことは上手くいくから」
 言われた通りにイメージしてみる。腹が熱くなってくるが、それに耐えて掌から熱を放出する様にイメージ。
「おっ。魔力きたきた……。人間のクセに、筋がいいわねゴン」
「ホメるなら素直にホメろってんだ」
 と、その時、遠くの方からなにか――禍々しいオーラを感じた。先程変身魔法で当てられた光とは対照的なものだ。
「おい。なんか感じる。――向こうの方」俺は太陽の真下辺りを指差した。
「へえ? 魔力の感知もできるの? 優秀だわ」
「なんのことだよ」
 問い詰める間もなく、俺が指差した辺りから、何かが飛んできた。八十年代のロックンローラーの様なその男は、ルビィの前まで飛んでくると、その場で急ブレーキ。
「ヘイ! 見つけたぜマジカル・ルビィ!」
「……ま、マジカル・ルビィ?」
 俺はその間抜けな呼称が気になったので、ルビィの顔を見つめる。ルビィは何も考えていない様な顔で、「気にしなくていいから」と言ってのけた。この世界では、高校生の女の子がマジカル・ルビィなんて呼ばれたら、お脳の病院を紹介するのが通例だ。
「そのハムスターは……。そうか、緊急の策としてマスコットを決めたか」
 マスコット? ああ、魔法少女の肩に乗ってるあれね。
「いいから、戦いに集中。私に魔力を送り続けて」
「了解。さっさと終わらせて、解放してくれ」
「アンタの働き如何にかかってるわよ」
 俺そんな重要? あんなダイヤモンドを飲み込んでしまっただけなのに。
――とはいっても、彼女が言うにはとても大事な物だったらしいから、仕方ないのかもしれない。あまり深く考えず、魔力とやらを送り続けよう。
「さて。始めましょうか、ジミー」
「オーライ、ルビィ。時間がもったいねえからな」
 あのロックンローラーの名前、ジミーっていうのか。派手なのにジミー、とはこれいかに。
「ヘイ、ハムスター。なにが面白いんだ?」
「いや、別になんでも」
 ニヤニヤしていたのがバレたか。ハムスターでも、意外と表情って気取られやすいんだな。
「そうかい? ――まあ、いいけどね」
「よそ見するなんて余裕があるわねえ! 攻撃魔法展開! 弾き飛ばしなさい!」
 ルビィの前に魔法陣が展開され、その魔法陣から光弾が飛び出し、ジミーに向かって飛んでいく。
「シールドォォォォッ!」
 持っていたスタンドマイクに向かって叫ぶと、光弾がジミーの前で弾けた。すげー、VFXみてえだ。
「ちいッ! やっぱり遠距離じゃ埒が明かないわ……」
「そうだろ! 遠距離ではこちらに分がある。こっちはほとんど呪文詠唱無しで魔法を実行できるからなあ!」
 苛立っているのか、ルビィのの歯ぎしりが聞こえる。女の子と距離が近すぎるのも考えものだ。
「……まあでも、こっちにはもう、秘密兵器もあるし、今のはほんの小手調べ」
「へ? 最終兵器? おい、ちょっと待てよ。さっき言ってたガイアモンドってやつか? それなら、さっき俺が飲み込んで――」
「ねえ、なんで私が、アンタをハムスターにしたと思う?」
「……マスコットっぽいから?」
「違うわよ。弾丸にするには、丁度いいサイズだったから」
「はっ!?」
 その瞬間、先程までルビィに送り込んでいたエネルギーが俺の体の中でぐるぐると回りだした。体中が熱くなり、淡く発光している気さえした。
「な、なんだそのハムスターの魔力――! 七天宝珠並の熱量だ……!!」
 ジミーが額に汗をしながら、そんなことを言った。
そりゃ、俺の体の中にガイアモンドがあるんだもん。
「射出魔法展開!」叫ぶと、俺を掴んでステッキの先端に乗せる。ハムスターなので抵抗できないが、正直言って体中から恐怖に寄る粘ついた汗が吹き出している程だ。
「上下角修正、ガイアモンド、魔力コンバート、オールグリーン!」
「あの、あのあのあのっ! すいませんルビィさん!? 俺、これから自分がどうなるのか、わかっちゃったんですけどおおおッ!!」
「勘がいいじゃない、ますます気に入ったわ。わかったら覚悟もできるでしょう? さあゴン! ぶち抜きなさいッ!!」
「あああああっ! やっぱりかクソッタレェェェェェッ!!」
 まるでレールの様に、ジミーまで続く魔法陣が展開。その魔法陣を目がけて、ルビィは槍投げの要領でステッキを投げた。もちろん、俺を乗せたまま。
「なにッ!」
 どうやらジミーも軽く驚いたらしく、一瞬固まったが、そこは場慣れしているのか、すぐにマイクに向かって先程の様に叫んだ。
目の前に空気の壁が展開し、俺もルビィの魔法陣で目一杯加速していたのだが、その空気の壁に阻まれ、あと一歩というところでジミーには届かない。
「はんっ! どうだいハムスター。所詮小動物の力はこんなもんだ!」
「うるせえ! 俺だって好きでハムスターやってんじゃねえんだ!! この似非ロックンローラーがあああああッ!!」
 その瞬間、体の中に溢れる魔力が、額に集まっていくのがわかる。なるほど、イメージだ。さっきルビィが言っていた。イメージで、大体のことは上手く行くと。俺のイメージは、目の前の男に一撃を、だ。
「ぶち抜けっ! ガイアモンド!」
 額に全力を込め、目の前にあるシールドをぶち抜いた。
「へ――?」
 ジミーは間抜けな声を出し、飛んでくる俺をただ見ていた。その表情は酷く間抜けで、爽快なもので――次の瞬間には、俺はの額とジミーの額が、勢い良く激突していた。
「か、かてえっ……!
 ジミーはそんな事を言いながらも、マイクスタンドを必死に握り直し、マイクに向かって何かを呟くと、まるで霧が晴れるかの様に消え去っていた。
「あれっ? ――あ、ていうか、これ落ちるんじゃあ……」
 予想的中。重力につかまり、俺はとんでもない高さから地面に向かって真っ逆さま――かと思いきや、何時の間にやら接近していたルビィによってステッキが支えられ、俺は落ちずに済んだ。
「よくやったわね、ゴン」
「……そりゃ、どうも」
 ルビィに頭を撫でられるが、俺はどうも納得が行かない。
「……もしかして、あの校庭の穴。あれ、お前がやったのか?」
「そうよ。――まあ、責任はあのジミーと半々ってところかしら」
 人の学校の校庭に穴を明けておいて、悪びれる様子もないルビィ。ニュースとかで流れる建物が壊れたりした類の物は、全てこの女の仕業なのではないかとさえ思えるほどだ。
「……さて、撃退もできたし。そろそろ身を隠しましょうか」
 彼女は伸びをしながら、そう言った。まあ確かに、俺も疲れた。高い所も怖いしな。
「きちんと俺の姿戻せよな」
「わかってるわよ」
 本当かよ、と突っ込みたかったが、その後すぐに先程の林に戻り、俺の姿を戻してもらえた。俺の姿が完全に戻った事を確認すると、ルビィは俺の体をベタベタとボディチェックでもするかのように触ってくるので、「なにしてんだ?」と尋ねてみる。
「アンタとガイアモンドのシンクロ率を調べてんのよ。さっきアンタ、人間のクセに魔力に順応してたからさ。――あー、こりゃダメだ。ほとんど完璧にシンクロしちゃってる」
 俺の体から手を離すと、頭を掻いて盛大なため息を吐いた。大変な事態、というよりは、酷く面倒な事態になったのだろう。
「シンクロ率ってのが高いと、どうなるんだ?」
「……まあ害はないと思うけど。さっきみたいに、多少の魔力コントロールくらいならできる様になるみたい。これじゃあ、ほとんどアンタ自身がガイアモンドみたいなもんだわ」
「あー、そういや、そもそもガイアモンドってなんなんだよ? さっきお前、『権力の象徴にして最終兵器。七天宝珠《プリマ・セブンス》随一の攻撃力を誇る』とか言ってたよな」
「そうねえ、それを話すには、私の目的から離さないと行けないわ」
 そう言って、頭を掻きながら、ルビィは天を仰いだ。

  ■

 昔むかし、とは言ってもつい三日くらい前。ルビィが言うには魔法の国という所。その国は世襲制を行っており、王の子供が一人であれば、その子供が自動的に王になる。
その王になる資格がある人物。それがルビィなのだという。それだけなら、ルビィが王女になってハッピーエンド。――だが、ルビィには双子の妹がいたのだ。双子の妹、だと言うのなら姉であるルビィが王女になればいいと思うが、ルビィの父親は国の事を思うあまり、優秀な方が王になるべきだと言った。そして、王を選ぶ試練として、もうカビが生えたような伝承を採用することにした。
 それこそが、人間界に七天宝珠《プリマ・セブンス》と呼ばれる宝石をばら撒き、先に七つ集めたほうが王になるという儀式だった。
七天宝珠《プリマ・セブンス》は、ウィップサファイア、ディープアメジスト、タイムアンバー、ガイアモンド、バレットパール、シードクリスタル、ブラティルビーの七つから成り、それは普段は王冠に収まっている権力の象徴。そして、他国を寄せ付けない戦争の最終兵器なのだ。

  ■

「で、ちなみに、私の変身はブラティルビーを使ってるのよ」
 これね、と胸元のリボンについた赤い宝石を指差す。確かに、ガイアモンドと同じような違和感を感じる。俺の体の中にガイアモンドがある所為か、何か親近感のようなものさえ感じる。
「七天宝珠《プリマ・セブンス》はね、その一つ一つに特殊能力があるのよ。ブラティルビーは装備者の魔力を底上げする。ガイアモンドは――使ってるところを見たことないから、私にもわからないけど」
「そんな訳のわからないもんを飲み込んじまったのか……」
「まるで赤ん坊ね」
「うるせえ!」
 飲み込みたくて飲み込んだわけでもないし、そんな魔法の国の王位争いに巻き込まれるだなんて――比叡なら喜ぶだろうが、俺は無理だ。

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