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第2話危険な妹

その後、校庭に開いた大きな穴は、もしかしたら不発弾の爆発かもしれないという事で、学校は休みになった。比叡は勝手に教室を抜けだした為、先生に怒られることになったので、俺は空と一緒に帰ることになった。――ちなみにルビィだが、あの後「やることあるから」とどこかへ飛んでいってしまった。恐らく、いや、確実に俺はまたハムスターにさせられてしまうのだろう。
「どうしたの、お兄ちゃん? ぼーっと空見上げて」
「え」空にルビィが飛んでいるのではないか、と不安だったなんて言えず、俺は「なんでもねない」とだけ言っておいた。妹に脳みそを心配されるほど、惨めなこともないだろう。そもそも、空飛ぶやつを人類と呼んでいいのかというのも甚だ疑問だが。ていうか、ガイアモンドを早く体の中から出したい。とりあえず家帰ったら、トイレに籠ってみるかな。
「でも、お兄ちゃんの気持ちもわかるよ。急に学校休みになっても、暇を持て余すだけだもんね」
 まあそれもそうなんだけど。
 いま家に帰ったらトイレに籠ろうとか考えていたので、素直に頷けなかった。ひきこもりもびっくりな発想だ。
「なあ、空」
「ん?」
「もし、俺が宝石を飲み込んだらどうする?」
「……なにそれ?」
「いや、もしもの話。俺がお前の大事な宝石を飲み込んだら、どうするよ?」
「三倍返しを要求するかな」
 ……そら恐ろしい話である。ガイアモンドの値段なんて知らないが、いったいどれだけの価値になるのやら。
 今の俺は、借金返済に奔走するハムスター……。
 ていうか、出てこなかったら俺、魔法の国に拉致されんのかな? なんというヤクザ。今時どこの悪徳金融でももうちょっと優しいだろ。
 体を震わせ、空にちょっと心配されながら家に帰ってくると、玄関に俺と空の物ではないローファーがあった。誰だ? と首を捻り、空と顔を見合わせる。
「おかえりなさ〜い」
 と、リビングの方から母さんが出てきた。四〇歳、目尻のシワもあるが、基本的には一〇歳若く見られる母。
「学校、爆発したらしいじゃない」
「へ? ――なんで母さんが知ってんだ?」
 もう連絡行ったのか? 早くねえ? ていうか連絡すんの?
「ルビィちゃーん!」
 母さんが、今一番聞きたくない名前を叫んだ。
 ああ。どうしよう。悩みすぎて幻聴が。
 俺が頭を抱えていると、母さんが出てきたドアから、桃色の髪のあんちきしょうが出てきた。
「はーい、なんですかお母様ー……って、ああ。龍海さんと空ちゃんが帰ってきたんですね。はじめまして、今日から居候させていただきます、ルビィ・アンクリムです」
「え、居候?」
 空はそっちに食いついているが、俺はむしろ、何故ルビィが我が家にやってきているのかが不思議でならない。というか、なんでウチの学校の制服着てんの?
「そう。なんでもルビィちゃんは、お父さんの遠縁らしくてね。急遽居候させることになったのよ」
「へー……。そうなんだ。よろしくお願いします。ルビィさん」
「よろしくね、空ちゃん」
 硬い握手をするお二人さんだが、俺の顔は眉間にシワが集まって、穏やかではなかった。
「じゃあルビィちゃん。お部屋は二階の一番奥を使ってね。まだ何もないけど」
「ああ、もう全然お構いなく。――龍海さん、案内してくれませんか?」
 ウチは案内するほど広くないが……俺もルビィとゆっくり話しをしておくべきだろうし、頷いておいた。
「あ、案内なら私がしますよ?」と、空が純粋な善意から出てきたであろう
「ああ、いいのいいの。荷物とかもあるし、力仕事だから」
「……そう、ですか?」
「うん。じゃあ龍海さん、行きましょう?」
 とまあ、そんな風にして三人で二階へ上がり、空は自身の部屋へ。
 俺たち二人は、一番奥の空室へ入った。大体八畳程で、ダンボールがいくつか積んであるだけの部屋。
「……このダンボール邪魔ねえ。どこかに持ってけばいいのかしら?」
「二人になった途端口調変えやがって。……それは、あー親父の書斎にでも持ってくよ」
「お父さんの書斎ね。わかった」
 ルビィは、右手の人差し指に填められた腕輪を外し、空中へと放り投げる。
 その指輪があっという間に、先程ドレス時に持っていたステッキへと変化した。
「ルビィ・ウェアに告ぐ。彼の場所へとこれらを運びたまえ」
 すると、積まれていたダンボールが消えた。
 まともな魔法である。いや、魔法自体まともではないのだけれど。
「さて……。もう一仕事、お願い。この部屋を模様替えして頂戴」
 ステッキの先端が光り、俺がその眩しさに目をつぶってしまった。
 恐る恐る目を開くと、部屋の中はまるでお姫様の寝室のような、豪華な化粧台に天蓋付きのベットなど。気品があり、庶民を圧倒させる高級感に溢れている。
「……なんでもありだな、魔法って」
「そうでもないわよ。魔法は結構制限多いって。人の手で出来ない事は、絶対に出来ないしね」
「はあ? 今の、絶対人間にはできねえだろ」
「それはアンタが過程しか見てないからよ。『一瞬で』というのは無理だけど、時間をかければ『荷物を持って行く』という結果は得られるでしょう?」
「………は? あー、え?」
「……頭悪いわねえ」
 身も蓋もない言い草だ。というか、これ一発で理解出来たほうが頭悪くねえ?
 頭を押さえるルビィが、酷く憎らしい。
「つまりさ、魔法ってのは過程をショートカットするだけなのよ。時間をかければできることを出来るようにするだけ」
「……飛んでたり、エネルギー弾出したりしてたのは?」
「飛んでたのは過程を長くしてただけ。ジャンプ自体は誰でもできる。対空時間を長くしただけ。エネルギー弾は、そっちから言わせるとなんでもありって話になるのかもしれないけど、魔力を勢い良く出してただけよ。ホースだって、普通に水撒けば花の命を育むけど、先を摘まんで水撒けば、根元の土が削れるでしょう?」
「……要は、使い方次第、ってこと?」
「その理解でいいわ」
 ……なんか腹立つなあ。でも、理解できていないのでその扱いはしょうがないのか。
 とはいえ、俺が理解していなくても、別にどうでもいいだろう。だって、どうせ魔力送るだけだし。
「さて……。じゃあ、ちょっと七天宝珠(プリマセブンス)を探しに行きましょうか」
「は、はあ? 今から?」
「当たり前でしょ。あんまりゆっくりしすぎて、先に全部集められでもしたらたまらないし」
 それにあんた、暇でしょ? と決めつけられてしまった。
 いや、確かに学校が急に休みになって、暇ではあるのだけど。でも、宝石探しなんて事に費やせるほど、無駄な時間でもないのだ。
「だいたい、宝石ってここら辺にあるのかよ? 人間界に散らばせたんだろ? だったら、外国にあるかもじゃん」
「それはないわ。あるのはこの町内だけ」
「……都合よすぎやしませんか」
「仕方ないじゃない。決闘の舞台を選ぶダーツ投げたら、ここになったんだから」
「ダーツの旅か!」
 そんな適当な決め方でいいのか。というか、そんなんで巻き込んだならもっと誠心誠意、全力で感謝しろと。
「言っとくけど、アンタに拒否権なんてないんだからね」
 言うや否や、ルビィがステッキの先端を俺の鼻に向ける。
 一瞬なんのことかわからなかったが、三〇分ほど前の記憶と完全に一致。
「ルビィ・ウェアに告ぐ。彼の者を再度下賤の姿に!」
「ちきしょー!! やっぱ魔法って、なんでもありじゃねえか!?」
 大体、これは人間の手にはどうやっても不可能じゃねえと、俺は小さくなりながら思った。


 俺はハムスターにされ、ルビィは魔法少女ルックに変身すると、俺を肩に乗せ、窓から外へ向かって文字通り飛び出した。
 相変わらずの奇妙な浮遊感に慣れず、俺は必死で服に捕まると、すぐに街の上空へとたどり着く。
「どうゴン。七天宝珠の魔力、感じる?」
「……さあ、わかんねえ」
「まだガイアモンドに体が慣れてないのかしらね……」
 というか、ガイアモンドのレーダーってそんなに精度高いもんなの?
 俺にはぜんぜんわかんないんだけど。
「……んー。ガイアモンドは結構謎が多いから、私にもよくわかんないのよね。最大の攻撃力があるって、お父様が言ってたけど。さっきのくらいなら、まだバレットパールの方が威力高い気がするのよねえ……」
 さっきのとは、俺を弾丸にしたジミー戦のことだろう。
 正直あれでコブができねえのはすげえ。ハムスターって骨堅いのか? ……いや、絶対そんなことねえだろ。
 むしろ人間より柔いはずだ。あいつらひまわりの種しか食わねえんだろ?(偏見だけどさ)
「しょうがない。ぐるっと一回りしたら、家に帰りましょうか」
「そうしてくれよ。俺は帰って寝たい」
 くん、っと体の中身が右に寄るような感覚に襲われると、ルビィの体は方向転換して、学校へ向かって飛ぶ。
 相変わらず、飛ぶというのは心地が悪い。
「……ん?」
 その時、俺の腹にあるガイアモンドが熱を発した。
 どこかへ行きたがっている様に思える。……この方向は、光明神社か。
「なあ、ルビィ」
「ん?」
「ガイアモンドがあっちの方に行きたがってるんだけど」
 あっち、と小さな手でガイアモンドの意志を表した。
 ルビィの視線が俺の指先と交差すると、にやりと笑って「でかした」と人差し指で俺の頭をぐりぐりと撫でた。普通にうっとうしい。
「やめろっつの」
 俺の言葉など聞かず、ルビィはさっそくそっちに向けてスピードを上げた。
 光明神社は、そんなに高くない山の上にある小さな神社だ。もうなにを奉っていたのかも忘れられる程度には寂れてしまっている。
 その神社にある鳥居の上に立つと、ルビィは神社を見下ろし、きょろきょろと辺りを見回す。山の拓けた場所に石畳を引いて、境内を置き、鳥居で迎え入れるという、一応神社と言える程度の場所。
 そのちょうど中心に、人影があった。
「……あれ、は」
 ルビィの表情が、露骨に嫌そうになる。
「お久しぶりですわ、お姉さま」
 凜とした、風鈴の様に涼しげで余裕のある声。
 彼女は、水色の髪を腰まで伸ばし、青い瞳はサファイアの様に爽やかな美しさがある。顔はルビィとは対照的に、可愛いというよりは美しい顔立ち。鼻筋の整った、シャープな美女である。
 着ているのは、体の線をこれでもかと強調させた、スカイブルーのチャイナドレス。ソリットは腰まで入って、ちょっと黒いパンツが見えている。足もチャイナドレスと同じく、スカイブルーのハイヒール。
 ……めっちゃタイプだったり。

「――って、今、お姉さまって言ったか?」
「あら、お姉さまのマスコットさん? はじめまして、ジミーから話は伺ってますわ。私はサファイア・アンクリム。ルビィお姉さまの、双子の妹ですの。スフィア、とお呼びください」
 こいつがジミーのボスで、ルビィの妹か……。
 まあ、似てなくはないな。面影はある。
 けど、姉のルビィのが発育が若干貧相なのはなんでだろう。
「なによスフィア。雑魚けしかけるのも飽きて、直接対決でも仕掛けにきたのかしら?」
「……それもいいですけど、今日は様子見ですの。お姉さまが心配になったので」
 心配になった?
 ……それを言葉通りに受け取れば、普通にいい妹じゃん。
「騙されないで、ゴン。あいつはいい妹なんかじゃないわよ」
「……いや、まあ敵役だし? 腹に一つ二つなんか持ってるだろうな」
 当然である。
 彼女が姉を思ういい子であれば、この話はここで終わり。ただ互いが納得の行く様に話し合えばいいだけである。
「じゃあ聞くけど、あんた、なんで女王になりたいんだ?」
 スフィアはふっと鼻で笑う。まるで、空は何色ですか? と訊かれたようなリアクションである。
 そんなに愚問なの?

「私の望みは、お姉さまと添い遂げる事ですわ」

 ……ああ?
 なにを言っているんだろう。
 思わず首を傾げる俺が目に入ったのか、いいでしょう説明しましょうとスフィアはうんうんと頷く。心なしかうれしそうだ。
「私が王になった暁には、魔法界の法律に、同性婚の許可と近親婚の許可を加えたいと思っているんですの。お姉さまをどこぞの馬の骨に渡すなんて、できませんもの」
 ……ああ、なるほど。
 ルビィが必死になって勝ちたがるわけである。
 過剰な愛は嫌がらせと同義だもんな。壮大な嫌がらせすぎる。
「何回言えば気が済むのよスフィア! 私は妹と結婚する気はない! というか、そんなの許されるわけないじゃないの!? 跡継ぎ途絶えるしっ!」
「ああ、その時は男の側室を取るだけです。私、男も女もどっちもいけますから」
「変態! この変態!!」
「変態じゃなく、純愛とお呼びください! こんなにもお姉さまを愛しているのに!」
 ……なにこの姉妹。比叡がよろこびそうだ。
「側室っていうと、あのジミーか?」
 俺の言葉に、今度は余命を宣告されたような衝撃を受けた顔をするスフィア。
「やめてください。あんなエセロッカー、私の箸にも棒にもかかりません」
 ……なんか、ジミーかわいそうだなあ。
「私、女性のタイプはお姉さまの様に可愛らしいお方ですが、男性のタイプはもっと繊細な男性ですから」
 まあ、ジミーはセックス、バイオレンス、ロックンロールな男だからな。繊細とはほど遠いだろう。繊細が具体的に、なにを差すのかわからないけど。
「……それにしても、さすがお姉さま。素直ではありませんね」
「いや、これ以上ないほど素直だと思うが……」
 しかし、都合の悪い言葉はスルーが基本なのか、スフィアは腕を組んだままうんうん唸っている。
 俺には関係ないから、まあいいんだけどさ。
「やはり、無理矢理でも倒して、ゆっくりとお話するしかないようですわね……」
 スフィアは、首に提げられたネックレスを引きちぎる。
 そのネックレスは、一瞬で鞭へと形を変え、スフィアの腕の動きに伴って空気を裂き、地面を叩いた。
「ウィップサファイア……」
 ルビィの呟きが俺の耳に届く。
 あれが七天宝珠の一つ、ウィップサファイアか……。
「ゴン。全魔力を私に送りなさい」
「……いいのか? 素人の俺が言うのもなんだが、もっとペースを作った方がいいんじゃ」
「いいのよ。……さすがに、七天宝珠のぶつかり合いなら、勝負はどうしたって短くなるし」
 そうか。どっちも最終兵器なのだ。
 大砲の撃ち合いが連射戦になるわけがない。
 納得した俺は、手のひらからルビィへと魔力を送る。胃の中のガイアモンドが、突然存在感を無くした。なくなったわけではないのだろうが、しばらく魔力とやらは使えまい。
「はあああああっ!」
 ルビィのステッキが、先端と言わず全体が紅く光りだした。まるで血のように紅く、強い光。
 一方、スフィアの鞭は、先端のすこし膨らんだ部分のみではあるが、ルビィのステッキの様に、青い光ではあるが強く光っている。
「行きますわよ……お姉さまっ!」
 そのスフィアの声と同時に、二人は腕を振るった。互いの武器の先端から、まるでドラゴンボールとも言えるようなとてつもないエネルギー弾が放たれた。
 空気が震え、耳に爆音が叩きつけられ、俺は思わず目を閉ざし、耳を塞いでしまう。五秒ほど、だろうか。おそるおそる目を開くと、すべてが終わっていた。神社は半壊、石畳は所々虫食いのように剥がれ、境内にいたっては半分ほどが抉られて崩れていた。
「……やはり、お互いこれでは、決着がつきませんわね」
「はあ……っ、はあ……」
 ルビィは額に汗し、腰を曲げて若干前のめりの姿勢になっていた。それに対してスフィアは、疲れなど微塵も感じさせない顔で平然としている。
「……お互い、もっと七天宝珠を集めてから、また再戦しましょう」
 それだけ言うと、スフィアの姿が消えた。
 ルビィは、スフィアの姿が消えた事で緊張の糸が切れたのか、地面に膝を突き、四つん這いの形になる。その動きの所為で、俺はルビィの肩から転がり落ち、自然とルビィの顔を見上げる形になってしまった。
「ちっ……なにが決着つかない、よ。こっちは七天宝珠二つ使ってるっつーの……」
 ガイアモンドと、ブラティルビィ。
 その二つを、ウィップサファイアだけで相殺してみせた。実力の差は、非常に大きいのだろう。ルビィの顔は非常に悔しそうだ。
「わかったでしょ、ゴン。私が早く、七天宝珠を集めなきゃいけないわけが」
 彼女よりも多く七天宝珠を集めなければ、ルビィの勝ち目は薄い……という訳か。もし負けたら、無理矢理妹と結婚させられる。
「お前も大変なんだな……」
「ええ。……そりゃあもう」
 まあ、俺もガイアモンドを飲み込んでしまった責任があるしな。その上、ハムスター姿にまでされてしまっているのだ。無関係とは、既に言えない。
「しょうがねえな。ちょっと本腰入れて、協力してやるよ」
 俺は、自分の横にあったルビィの手首をぽんぽんと叩く。なんか俺、マスコットぶりが板についてきている気がするんだけど、気のせいだよな?
「本当?」
「ああ。……まあ、どっちにしても、ガイアモンドも返さないとだしな」
「さっすがゴン!」
 言うや否や、ルビィは俺を掴んで立ち上がり、先ほどとは打って変わって表情が明るくなっていた。
「いやー。成り行きで選んだパートナーにしては、覚悟決めるの早いじゃない!」
「一応言っておくが、俺にできるのは七天宝珠を探すことか魔力供給くらいであって……」
「なに言ってるの? 弾丸になったり、囮になったり、仕事は山ほどあるじゃない」
「ああ!? そこまでやらせる気かよ!?」
 ていうか囮!?
 この姿のまま攻撃魔法食らったら、俺木っ端微塵になるんじゃないの!?
「まあ、人間の姿のまま食らっても、木っ端微塵かもしれないけどね」
「嫌だ! そんな目も当てられない死に方は!」
 村雨龍海、一六歳。
 魔法少女のマスコットという役割に、ちょっとずつ染まってきている気がしていた。

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