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第3話 意外な趣味

 
 寝苦しい。なんだこれは。
 体内時計が七時を告げ、半覚醒状態の俺は、苦しいやら暑いやらという謎の状態に襲われていた。
 金縛りか? 体も動かないし、これはやばいぞ。
 俺は必死に抵抗、というか体を動かそうともがき、やっとの思いで目を開けた。
「……んあ?」
 手を見る。指がねえ。
 足を見る。すね毛すげえ。
 ていうか、クマのぬいぐるみみてえ。
「……つーかぬいぐるみー!?」
 俺の体がぬいぐるみになってる。頬を触ると、もふもふとやわらかいし。
「う……るさい、なあ」
 その声はルビィの物で、何故か俺の隣に寝ていた。桃色をした薄手のパジャマの胸元ははだけ、胸の谷間が見えてしまっている。
 扇情的な格好ではあるが、今の俺に取っては怒りを誘う挑発でしかなかった。
 つーか、俺の部屋で俺のベットなのに、なにしてんの?
「おいコラルビィィィッ!! てめえなに勝手に人をぬいぐるみにしてやがる!? 起きて元に戻さないと胸揉むぞ!!」
 肩を掴んで必死にルビィを起こそうとする。が、ルビィの顔にシワが集まり、ゆっくりと伸ばしてきた手で俺の首を掴む。
「うるさいって、なんべん言わせんのよおおお!!」
 そして、思い切りベットの反対側の壁へとぶん投げられた。空を飛ぶ時のような奇妙な浮遊感の後、壁に叩きつけられて、勉強机の上に落ちた。体がぬいぐるみだからか、痛くはない。でもこええ。
「あー。あんまりうるさいから起きちゃったじゃないのよ」
「ああ、そうかい。それはよかった。さっさと俺を戻せ。つーか、なんで俺をぬいぐるみにしてんだよ」
「あたしー、ぬいぐるみがないと寝れないしー。弱い女なのー」
 弱い女ってのは、初対面で人をハムスターにして、その上ステッキごとぶん投げるのかよ。弱いのは頭だろ。どう考えても。
 しかしルビィは、渋々っぽいとはいえステッキを取り出し、まるでトンボを捕まえるかのようにくるくると回し、呪文を唱える。
「ルビィ・ウェアよ。彼の者を仮の姿から真の姿へ戻したまえ」
 ステッキから光が放たれ、俺はその光に包まれる。すると、まるで粘土の様に俺の体が練られ、元の姿に戻っていく。ものの数秒で、スウェットにタンクトップという俺の体が戻った。
「はーあ。まったく。まだ眠いんだから、魔法使わせないでよ」
「うるせえ。クマのぬいぐるみで学校行けるか」
「ん? 学校? 今日学校あるの?」
「は? あるだろそりゃ、平日だぞ」
「普通、前日に不発弾が疑われたら休みでしょ」
 あー、そりゃそうか。
 確かに普通休みだよな。
「というわけで、アンタはおとなしく、あたしのぬいぐるみ役に徹してなさい」
「断る。ハムスターにされるのは百歩譲って許可したんだ。それ以外で変身させんな」
「ケチ臭いわねえ」
「ケチって言うな。俺は豪気な男だ」
 というか、普通体を変身させられて怒らない男はただのバカだろ。
 もし怒ってなかったら、仮面ライダーは成り立ってないはずだし。
「ていうか、俺も二度寝したいから早く自分の部屋に帰れ」
「めんどい」それだけ言うと、ヤツはまたごろりと寝転がり、俺に背を向ける。……話聞きやしねえな。
「ていうか、お前ぬいぐるみないと寝れないんじゃないの?」
「その通り。だから、あんたには私のぬいぐるみになる義務がある」
「そんな義務あってたまるか」
 結局、ルビィも俺も寝れないということで、一階へ降りる羽目になった。まあ母さんが飯を用意してるだろうし。たまには早起き(でもねえけど)も悪くはない。
 俺についてくる様にしてルビィは階段を降り、一階のダイニングに降りてきた。

 ダイニングテーブルには、既に朝食の味噌汁と焼き魚、炊き立ての白飯とが湯気を立ててスタンバイしていた。それを、母さんと空が向かい合って食べている。空はすでに私服である。白いブラウスにスカイブルーのミニスカート。黒のニーソックスと派手さはないがとても爽やかな装いである。パジャマのままの俺たちとは大違いである。
「おはようございます、お兄ちゃん、ルビィさん」
「おはよー……」
 だらしない挨拶をし、空の隣に腰を降ろすルビィ。俺も、母さんの隣に腰を降ろし、手を合わせ、いただきます。ルビィもそれを真似る。
 最初、箸の使い方もおぼつかないルビィだったが、なんとか食事を済ませる。母さんの料理がよほど口にあったのか、嬉しそうに食事をしていた。
「ごちそうさま」俺の後に続いて、ルビィが言った。
 日本の文化をこれから教え込まないといけないのかな、めんどい。
「……で、龍海。今日なんだけど、街を案内がてら買い物に付き合ってくれない?」
「はあ? なんで」
「ぬいぐるみ買いたいのよ(七天宝珠探しに行くからよ)」
 めっちゃ副音声が聞こえる。二カ国後放送かよ。魔法の力か?
「あ、それだったらルビィさん、私も行きますよ」
 ルビィの隣に座る空が、笑顔で提案するが、ルビィはゆっくり首を振り、ノーサイン。
「そんな、空さんの手を煩わせるほどじゃないんです(アンタに着いてこられると邪魔なの)。荷物も多いし、歩き回りますし、体力的にきついかと(もし敵に会っても、あんたは足手まといにしかならないし)」
 すげー副音声。テレパシーか?
 これずっと聞いてたら、人間不信になりそうだ。
 ていうか、敵に狙われる様な外出なら、俺もお断りしたいんだけど。
「大丈夫ですよ。私、体力には自信あるんで」
「いいです。大丈夫です。そこまで迷惑はかけられません(いいからあきらめなさいよ。しつっこいわねえ!)」
 面倒くせえ、というかこええ。
 俺は空に向かって微笑み、「いいよ、空。俺とルビィで行くからさ。行こうぜルビィ」
「はいはーい(ざまあみろ)」
 その副音声はやめてくれないかなあ。
 お前との付き合いを考えなきゃいけなくなるだろ。仲良くやってかなきゃいけないのに……。
「あ、ちょっと待って!」
 空の静止も聞かず、俺達はリビングを出て二階の自室へと戻り、各々で準備を開始する。
 ここから先は、後に聞いた、空と母さんの会話である。
「……行っちゃった。ねえお母さん。なんかお兄ちゃんとルビィさん、昨日初対面の割には仲良すぎないかなあ」
 母さんは、人差し指をアゴに当て、首を傾げる。「確かにそうねえ」と、どうやら母さんも俺とルビィの間柄に疑問を持っているらしい。
「でも、そういうことってあるじゃない。一緒にいる時間の長さ=仲の良さじゃないでしょ? ものすごく気があったんじゃない?」
「なの、かなあ」
 物憂い表情で、残った目玉焼きの白身を箸で引き裂く空。そんな空の頭を、母さんは微笑んで撫でる。とても優しく、母性を滲ませる笑み。
「だったら、二人についていっちゃえば?」
「……え」

  ■

「……妬ましいですわ」
 突然呟いたスフィアに、ジミーは相当驚いた。そろそろ新曲(新しい魔法)でも作ろうかとイメージを膨らませていた所だったので、アイデアが飛んだのは酷く惜しい気持ちにさせられた。しかし、それを主人であるスフィアにぶつける訳にも行かず、「なにが、でしょうか?」と尋ねてみる。玉座に座り、首にかかった七天宝珠のウィップサファイアを指で弄びながら、「あのハムスターが、ですわよ」と呟く。まるで魔法の国にある城、その謁見の間を模した様な空間には、ジミーとスフィアしかいない。他にもジミーの同僚はいるのだが、基本的に自由というか個性派が多いので、あまりこの場にいないのが現状。ロックンローラーであるはずのジミーが一番真面目とは、どうなんだろうか、実は少しジミーも悩んでいる。
「ハムスターって。ルビィ様の肩に乗ってる、あの星マークの?」
「ええ。……お姉さまは、あのハムスターを頼りにしているっぽいので、引き裂いて小さな三味線にでもしたいですわ」
 ……そりゃ、ルビィ様はノーマルだしなあ。
 ジミーは心の中で呟く。言ったら多分、ムチが飛んでくるし。彼は意外と小心者なのだ。
「あのハムスターは、ルビィお姉さまにとっての切り札(ジョーカー)、なのですわ。――これが何を意味するか、あなたにはわかる?」
「えー……、ルビィ様は、あのハムスターを頼りにしてる、ってことですかね」
「そうなのです!」
 まるで馬鹿にしていた生徒に割と難しい問題を答えられた様なリアクションで、スフィアは叫んだ。
 軽くびっくりしたが、余計な事は言わずに話を聞くことだけに徹するジミー。スフィアの扱いには慣れているのである。
「いいですかジミー。ルビィお姉さまは生粋の王(キング)。そのキングに頼られるのは、この私。女王(クイーン)でなくてはならないのです」
「……はあ」
 気のない返事。ジミーは、世界が滅びるとかそういう事情がないと、ルビィ様がスフィア様を頼るなんてないんじゃないかなあ。と考えているからだ。あの人、スフィア様の事普通に嫌いっぽいし。
「いいですかジミー。あのハムスターと、ガイアモンドとブラティルビィ。この三つは、無傷で持ってきなさい」
「……わかりました、スフィア様」
 はあ、とため息を吐き、ジミーは時空移動魔法を使う。
 戦いの舞台、光源町へと。


  ■

 俺とルビィは、朝食から一時間後、街へと繰り出していた。
 ルビィは、桃色のミニスカートワンピースに青色のクロップドジーンズという軽い粧い。ちなみに俺は、紺色に白い『07』と書かれたTシャツに、白いシャツを羽織り、黒のジーンズ。ていうか、ルビィの服はどこで手に入れたんだ? 持ってきてたのか?
「さーて、どこ行くの?」
「……七天宝珠探すんだろ? 俺に任せていいのか?」
「どっちにしても、七天宝珠の場所はアンタにしかわかんないわよ。だから任せる」
 俺達の家がある住宅街から、街の中心ほどにある光源町駅へと向かっていた。大きなビルであり、駅の近くには大型のショッピングモールもある。ルビィのぬいぐるみ探しをするのに、これ以上うってつけな場所はないだろうという事で、そこへ向かっているのだが。ちょっと七天宝珠の件もあったし、「勝手に行動するな」と言われるかもしれんと不安だったので、ちょっとホッとした。
 天気もいいし、気温も丁度いい。お出かけ日和だしな。七天宝珠探しはついでに、今日はデートを楽しもう。
「あーあ。向こうにいた頃は、跳躍魔法でひとっ飛びだったのになあ」
「跳躍魔法って」ああ、ドラクエで言うルーラね。「こっちでそんなもん使ったら、無駄に目立つだろうが」
「目立ってもいいじゃない」
「お前は目立つという事のデメリットがわかってねえなあ。有名税って言葉もあるんだ。無駄に目立つこともない」
「あたし、一応向こうの国では知らない人間がいない有名人だったけど。困った事なんてなかったわよ?」
 ……それはお前が偉かったからであって。こっちでお前はただの変人にカテゴライズされちまうぞ。

  ■       

 俺はルビィに、こっちでは無駄に目立つなとしっかり言い聞かせ、光源町駅へとエスコートした。
 そこそこ大きなビルで、駅ビルとショッピングモールが直結している。俺たちの目的地は、ショッピングモール『ハピモア』である。東京ドーム程の敷地に、クリーニング屋から映画館までがテナントに並ぶ五階建てのショッピングモールである。
「うへえ……」
 その大きさに驚いたのか、ルビィはそんなため息を吐いた。田舎もんかよ、と茶化す。それにルビィは「異界もんよ」と俺の腕を小突く。確かに、異界もんである。田舎もんよりよほど珍しい。
「ほんと、こっちの人間って集まるのが好きよねえ。こんなに人が集まるのって、向こうじゃ記念日くらいよ」
「そうなのか?」
「そうよ。転移魔法で物は飛ばせるから買い物なんて行かなくていいし。特定の人間の場所に転移会話できるから。友達とかじゃないかぎり、他人と会うのなんて学校か職場くらい」
 最近は、魔法の発達で通信教育を主体にする予定だしね。と語るルビィ。俺たちの世界も科学技術の発達で、その内魔法の国の様になるのだろうか。ただでさえケータイの発達などで人間関係が薄くなった気がするのに。もしそうなったら、どんどんコミュニケーションというのは廃れてしまうのではないだろうか。寂しい物である。
「ていうか、そんな話はどうでもいいじゃない。七天宝珠とぬいぐるみ探しに行くわよ。案内しなさい」
「はいはい。お姫様」
 そんな訳で、俺達は適当なファンシーショップへと足を踏み入れる。ルビィの魔法少女ルックと同じ色合いの、ピンクとか赤ばっかりなショップ。白い棚には、女の子が好みそうな可愛らしいグッズが沢山並んでいる。
「……あ」
 その並んでいる商品を見た時、俺は大事な事を思い出した。そうだよ、金がねえじゃん!
 もしかして、俺が奢るのか!?
「ん? なによ龍海。間抜けな顔して」
「お前、金持ってんのか?」
「は?」
「金だよ! こっちじゃ物を手に入れるには金だ必要なんだぞ!?」
 バイトもしていない、お小遣いで生活している身の上である。言わば学生ニートの俺に、他人を養ってやる余裕など存在しない。
 しかし、何故かルビィは、なんだそんなことかと胸を撫で下ろす。
「お金ならあるわよ。ほら」
 ポケットから取り出してきた白い革の財布を俺に手渡す。つるつるとした食感を確かめながら財布を開くと、そこにはユキチで束が出来ていた。
「り、リアル松方弘樹!?」
 わかんないやつは無視でもいいよ!
 ていうか、こいつやっぱり王族だな! すげえよこれ。高校生ならバイトせずに毎日カラオケに行っても尽きないレベル。
「お前、まさか魔法で銀行強盗……」
「そんなわけあるか!」
 どこから取り出してきたのか、ハリセンで俺の頭を叩く。
 音はいいけど痛くない。笑いをわかってやがる、と言いたいところだが、店内で大きな音を立てたもんだから、さっそく無駄に目立っちまった。周りにすいませんと頭を下げてから、「……じゃあ、どうやって手に入れたんだよ」と小声で尋ねる。
「宝石を質に入れたのよ。こっちの世界って、宝石が貴重品なんでしょう? 向こうじゃ、宝石と言えば七天宝珠だけ。こっちでいう宝石なんて、そこら辺に転がってる石っころよ。価値なんてないわ」
 ……なんか、バブル期の十倍くらい裕福な国ですね。悪趣味と言ってもいい。
 あ、でも宝石に価値がないだけで、日本と同じくらいの経済状況なのかな。でも絶対王政の国って、なんか裕福なイメージあるけど。
「……いいや、俺が買ってやるよ。ぬいぐるみくらい」
「へ? いいの? あんた見た目的にケチなんだけど」
「おいコラ。そんなキャラが混じりそうな事言うのはやめろ」
 俺はセミくんとはちがうぞ。あそこまで所帯づいたケチではない。ていうか、俺はケチじゃねえんだよ。豪気な男なんだ。
「俺をぬいぐるみにしないと誓うなら、買ってやる。誓うか?」
「ち、誓う!」
「ならよし。好きなの選べ。買ってやる」
「うん!」
 満面の笑みで、店の奥に設置されたぬいぐるみコーナーへ走っていく。
 ……ちょっとルビィが可愛く見えたのは、一生の深くだ。俺もゆっくりとルビィの後を追い、かごいっぱいに積まれたぬいぐるみを見上げる。クマやらペンギンやらが大量に山を成しているのは、正直こええ。呪われそうだ。
「んー……。どれにしよっかなあ」
 上から下まで値踏みするかの様に品定めするルビィ。その感じだけ見ると、普通の女の子っぽい。
「これかなあ。でも、これなんか抱き心地よさそうだなあ」
 ぶつぶつ呟くルビィを横目に、俺はふと店の入口の方に目をやる。そこには、見覚えのある黄色いリボンが入り口横の壁からはみ出ているのが見えた。……あのリボン、空のに似てるけど、気のせいかな?
「決めた。これにする」
 と、一匹の大きなクマのぬいぐるみを胸に抱いた。誇らしげな顔をした、なんかおっさんくさい(気がする)クマだ。確かにこれを抱いて寝たら、安心感はある気がする。
「値段いくらだ?」
 首輪についた値札を取り、裏返す。値段、五六八〇円なり。
「た、たっけえ!!」
 え、ぬいぐるみってこんなにすんの? たかが布に綿詰めただけで? これを詐欺って言うんじゃないの?
「……やっぱ、私が払おうか?」
 あ、しまった。俺のリアクションから懐事情を察したのか、ルビィは遠慮がちにそう言った。……一度払うと言っておいて、値段見てからやっぱ嫌だというのは、男として格好悪いよなあ。
「いや。遠慮すんなよ。俺は豪気な男だって言ってるだろ?」
 このくらい、なんでもねえよ。
 そう言って、ルビィの胸の内からクマのぬいぐるみをかっさらい、レジに持っていく。店員の笑顔に金を払い、ルビィの元にクマのぬいぐるみを届ける。
「ほら、プレゼントだ」
「たしかに、豪気な男ね。ありがと、龍海」
 ……人から言われるとこっぱずかしいのだが。
「……ん?」
 頭が熱い。この感覚、どこかに魔力がある……。
 頭を押さえ、目を閉じ、場所を探る。このモールの上!?
「おい、ルビィ」
「ん? どうしたの?」
「魔力だ。このモールの上にいる」
「え、もしかしてスフィア!?」
「違う。これは多分ジミーだ」
 よくわかる。二度目だからな。
「ちっ。めんどくさい」
 お前の戦いだろうが。本気で面倒なのは俺だぞ?
「しょうがない。それじゃあ、一丁行きますか。変身、まじか――「ちょっと待てコラァッ!」
 俺はルビィの口を押さえ、変身ポーズをやめさせる。
「バカかお前は。さっき無駄に目立つなと言ったばかりだろうが」
「……じゃあ、どこで変身しろと?」
 そもそも、変身しないと戦えんのか?
「ちょっと来い」
 ルビィの手を取り、ファンシーショップから出て、近くにあるトイレを指さす。
「あそこで変身してこい」
「ええ!? それ、あたしのプライドが許さないんだけど!?」
「いいから! ジミーが来るぞ!?」
「うぐぐぐぐぐぐぐ……!」
 プライドとの葛藤か、ルビィは頭を押さえて唸る。
 別に、変身くらいトイレですればいいだろうに。
 その瞬間、天井のガラスが割れ、大きな音が響き渡り、同時に客達の悲鳴。そして、割れた吹き抜けのガラスから、ジミーが降ってきた。
「ハローハロー! オーディエンスの諸君!!」
 ジミーの姿を見て、迷ってる暇はないと悟ったのか、ルビィはトイレに向かって走る。モールの中心に降り立ったジミーは、マイクスタンドをくるりと回し、ポーズを決めた。
「ロックンロール!」
「おいコラ、似非ロックンローラー!」
 ルビィが来るまでの時間稼ぎとして、俺はジミーに向かって叫ぶ。暴れられては困るし。
「んん? 誰だ、どこぞのハムスターの様に俺を呼ぶのは」
 俺を目で捉え、ジミーは上から下までじろじろと見てくる。あまり男に見られるのって、気持ちのいいもんじゃないな。
「人間にしては勇気があるな。もうお前と、あそこの女の子以外の人間はみんな逃げたぞ?」
「へ」まだ逃げてない子がいるのかよ! 早く逃がしてやらねばと思い、ジミーが指さす方向を見ると、先ほど俺たちがいたファンシーショップの前に、空が震えながら立っていた。
「な――空、お前何やってんだ!?」
「ご、ごめんお兄ちゃん。ちょっと気になって、ついてきちゃった……」
 ついてきちゃった、ですませられる問題じゃねえだろ……?
 こりゃ、さっきルビィが言った足手まといという言葉も、頷かざるをえないだろ。
「いいからとっとと逃げろ空!」
「お兄ちゃんも、でしょ!?」
 ……俺が逃げる訳にもいくまい。ルビィと戦わなきゃいけないし、な。
「美しい兄妹愛、だねえ。あの二人とは違うね」
 おそらく、ルビィとスフィアの事だろう。確かに美しい姉妹愛ではないが……。
「うるせえ。いいから大人しくしてろ」
「……いやあ? ルビィ様がこっち来るまで、俺は暴れさせてもらうさ。鬱憤も貯まってるしな」
「だから、ここで暴れられちゃ困るんだっての!!」
 ジミーに向かって走り、俺はぶん殴る為に、思い切り腕を振り上げる。しかし、ジミーはマイクスタンドで俺の腹を突き、一気に突き放した。
「げふッ……!!」
 俺の体が一気に一〇メートル程吹っ飛び、地面に背中が叩きつけられた。頭はズキズキするし、腹もぐるぐると回って気持ち悪い。そんな俺を心配したのか、空が駆け寄ってきて、俺の上半身を起こしてくれる。
「お兄ちゃん! なにしてんの!?」
「だ、から空……早く逃げろって」
「できるわけないじゃん! お兄ちゃん置いて逃げるなんて!!」
 ……まあ、俺も逆の立場だったら逃げられないよなあ。空を逃がして、はぐれたとか言って戻ってくればよかった。経験不足がもろに
出たなあ。
「あー、本当美しい兄妹愛だ。お嬢ちゃんみたいなのが上司だったら、俺はこんな事しなくて済んだのになあ」
 そう言うや否や、ジミーは大きく息を吸い始める。アレは、ルビィに向かって放った衝撃波の構え。
 やばいんじゃないの? あ、これ死んだかな。
「グッバイお嬢さん方。死んだらレクイエムくらい歌ってやるよ」
 大きな声と同時に、衝撃波が飛び出し、俺たちに向かって飛んでくる。
 瞬間、空だけは助けようとして空を抱きしめ、ジミーに背中を向けた。
 しかし、パキンとガラスを割った様な音がしただけで、俺の体に異常はない。胸の中に居る空も怪我はなく、目をぱちぱちさせて、状況を整理しようと必死に頭を捻っている。
「な、なんだお前……」
 ゆっくりと後ろを向くと、何故かジミーが目を見開いていた。まるで犬が喋ったみたいな驚き方だ。絶対に有り得ない、有ってはいけないことを目撃したような。
「なぜ、お前は――」
「お待たせッ!」
 ジミーの言葉を遮る様に、俺達の前に魔法少女ルックのルビィが降ってきた。片手にステッキ、片手にクマのぬいぐるみと。戦う気が見られない姿だが。
「さあ、早く逃げなさいお二人さん!(龍海。途中で空を撒いてきなさい!)」
 と、ルビィがテレパシー混じりで言ってきたので、俺は空の手を取って立ち上がり、ルビィに「ありがとう!」と言ってさっさと出口へと向かう。俺の手を掴み、後ろを走ってくる空は「あの人はいいの!?」と叫ぶ。「いいんだよ! なんかヒーローぽかったろ!?」
「そ、そうかなあ?」
 いいんだ、と念を押す。まだ納得していない風だが、今は逃げるしかないのはわかっているのか、それ以上何も言わない。
 このまま、一旦外まで逃げて――と思った瞬間。俺の体から一瞬意識が跳び、次の瞬間何故かハムスターになってルビィの肩に乗っていた。
「え、あ、え!?」
「ごめん。遅いから呼んじゃった」
 ウィンクするルビィだが、まあ空を撒くよりこっちのが早いが……。空にどうやってフォローしようかなあ。
「いいから、魔力送りなさい!」
「りょ、了解……」
 今回も、掌からルビィへガイアモンドの魔力を送る。
「さあ! こっからが本番よ!」
「なーに。慌てなさんなルビィさん。俺は七天宝珠を集めるって目的もあるが……。今回一番の目的は、そのハムスターなんだよ」
「……なに?」俺が目的? なにそれ怖い。
「どういうことか、説明しなさいよ、ジミー」
「俺の主であるスフィア様が、そのハムスターに大層お怒りなんだよ。王(キング)に愛されるのは、切り札(ジョーカー)でなく女王(クイーン)でなくてはならないそうだ」
「……切り札、って俺?」
 なにそれ恥ずかしい。でも悪い気分はしないな。少なくとも、ゴンなんて名前より遥かにマシだ。
「あたしが王か……」
 なんで女じゃないのよ、とボヤき、頭を掻くルビィ。でもそのイメージはなんかわかる。
「だから、そのハムスターと七天宝珠ををもって帰ってこいと俺に命令されたのさ」
「え」
 頭が真っ白になった。あれ、俺関係なかったはずなのに。いつの間にか七天宝珠と同じ扱いになってるんですけど。
 いや、実際俺の体の中にガイアモンドあるから、ほとんど一緒なのかもしれないんだけど。
「だからルビィ様。今回は、そのハムスターを渡してくれさえすれば、引き上げますよ?」
「ふざけないで。ゴンを渡せるわけないじゃない。どうせあの子『あのハムスター妬ましいですわ。三味線にでもしてやりたいくらい』とか言ってるに決まってるわ」
 こえええええええええええええ!!
 ていうかモノマネすげえ似てる! 流石双子だぜ!
 俺が拍手すると、ジミーも割と本気で驚いたのか、目を丸くして拍手していた。
「今のは虚を突かれたぜ……。そんな隠し玉を用意していたなんて、驚きだぜ」
「……そんな改まったリアクションされると、恥ずかしいんだけど」
 アンタもよ、と指で小突かれる俺。だってめっちゃ似てたんだもん。入れ替わってたの? ってくらいに。まあ、それの所為で三味線の件が説得力増したから、手放しで褒められないんだけど。
「交渉決裂。力づくで持って行くぜ。そっちのが、ロックンロールだしなぁ!!」
 空中へ跳び、マイクスタンドを振りかぶって、ルビィの頭目掛けて振り下ろす。
 しかし、それをステッキで受け止め、ジミーと鍔迫り合い。
「なあルビィ様……! あなたがスフィア様に勝てる訳ないじゃないですか? スフィア様には部下がいる。あなたはハムスター一人だ。不利な戦況にあるのが、わかっているでしょう……」
 にやりと笑い、徐々に力を込めていくジミー。片手のルビィは力が足りず、徐々に押されてしまっている。何故両手で押えないんだ、と思っていたら、片手にクマのぬいぐるみを抱えていたからだった。
「なにしてんだルビィ! んなもん捨てちまえ!」
「嫌よ……! せっかく買ってくれたのに、捨てられる訳ないじゃない……!!」
 馬鹿! トイレに置くなり出来ただろうが!! なんでここに持ってくるんだよ!?
「だって、トイレに置き去りにしたら可哀想だし……」
 ……はあ?
「ぬいぐるみはぬいぐるみだろ!! 可哀想もクソもあるかあ!!」
 ないよ、そんなもんないよ!
 無機物なんだもん!
「そんなことで片腕封じてるのかい? ルビィ様、あなたはもうちょっと賢いお方だと思っていたけど……!」
 一気にルビィを突き放し、再びマイクスタンドに向かって大声を叫び衝撃波を放つ。突然の事で防御魔法も張れなかったルビィは、反射的に手を前にして顔を庇う形を取ってしまった。その所為で、クマのぬいぐるみに衝撃破が当たり、無残にも引きちぎられてしまった。
「「あ」」
 俺とルビィの声がシンクロする。俺の五六八〇円が。
 ゆっくりとクマのぬいぐるみが地面に落ち、腹から両断された無残な亡骸になってこっちを向いていた。……相変わらず、ぬいぐるみってのは視線があった人間を呪いそうで怖い。
「わ、私のクマダンディが……」
 え、クマダンディ? もう名前つけてたの?
 ブルブルと震えるルビィ。その体から発せられる怒気に、俺は内心ビビリながら、「あの、ルビィさん?」と恐る恐る声をかけてみる。俺の声が聞こえたのかどうかは知らないが、いきなり俺の首根っこを掴み、ステッキの上に乗せて槍投げの様な構えを取る。
「あ、これってまさか……!!」
 俺を弾丸にする必殺技じゃん。
「え、ちょっと待ってルビィ様! あなたぬいぐるみ大好きなキャラでしたっけ!?」
「……必殺、ブラッティインパクト!!」
 その掛け声と同時に、ステッキを俺ごとぶん投げるルビィ。ジェットコースター並の風圧が俺に襲いかかり、真っ直ぐジミーの元へ向かっていく。なにを驚いているのか、ジミーは一瞬遅れてマイクに何かを叫ぼうとするが、俺の方が声より早く、ステッキごとジミーの腹へのめり込んだ。
「く……!!」
 どうだ!? 効いたか!
 ルビィが転移魔法で俺とステッキを手元に戻し、ジミーの様子を覗う俺たち。
 しかしジミーは、ゆっくりと腹筋を押さえながらにやりと笑い、顔を上げる。
「へへへ……。結構いい一撃だったが、ロックンローラーの腹筋は、そこまでヤワじゃねえ」
「へえ……? だったら、後百発くらい受けてみる? ガイアモンドの一撃……!!」
 よほど怒っているのか、ルビィの声が怒りに震えている。ジミーは「ひぃ!」と小さな悲鳴を上げ「きょ、今日はこれまでにしておくさ」と負け惜しみ。思い切り膝笑ってるんだけど、つっこんだほうがいいかな。
「いい情報も手に入ったしな。今日はもういい」
 それだけ言うと、ジミーも転移魔法を使って姿を消した。
 いい情報って、なんだろう?

  ■

 荒れたショッピングモールから文字通り飛び出し、俺達は天高く飛び、空を探していた。
「……なあルビィ」
「なに、ゴン」
 互いにいつもより、声のトーンが一つほど低かった。ルビィはまだ期限が回復していないし、俺はそんなルビィが怖いのだ。
「さっきも言ったが、ぬいぐるみくらいトイレに置いてくるなりしてこいって。戦う最中には邪魔だろ」
「だって、トイレに置いといた物を抱いて寝れないじゃない」
 それはそうだが、ハピモアのトイレは綺麗だぞ?
 キチンと荷物置く為の棚だってあるし。
「でも、誰かに持ってかれたりとかさ……」
「そんな火事場泥棒がショッピングモールにいるかってんだ」
「ああんもう! 手放したくなかったのよ! 悪い!?」
「何を切れてんだおま――えっ!?」
 いきなり体を握り締められ、肩から眼前に持って行かれる小さな俺。ルビィが手を離すとは考えられないが、下にミニチュアの街が広がっているのはやっぱり怖い。
「いいじゃない! あたしだって女の子よ? ぬいぐるみ好きになって何が悪いのよ!」
「悪いとは言ってないが……」
 いい歳して、とか思ってないよ。
 状況考えろよ、とは思ってるけど。
「……じゃあ、俺をぬいぐるみにしてもいいから。これから我慢しろよ」
「へ、……いいの?」
 本当はいやだが、こんな機嫌の悪いルビィを家に連れて帰る訳にもいかない。
 俺の体で接待できるなら、まあ安上がりである。
「さっすがゴン! あたしのマスコット!」
 ……なんか、回を増すごとに俺の奴隷感が高まるのは、なんでなんだろう……?

  ■

「……それ、本当ですの?」
 スフィアの宮殿に帰ってきたジミーは、腹の痛みをなんとか抑えながら、先程ルビィと戦った際にわかった情報をスフィアに話していた。
 なぜハムスターを連れてこれなかったんですの!? お仕置きですわ! と来たスフィア相手に慌てて話した甲斐があってか、お仕置きを免れることができた。
「ほ、本当です。俺はあの攻撃を二回も受けたんですから、間違いないですよ。あのハムスターの中に、ガイアモンドがあります」

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