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第4話 謎の声と運命の出会い

  気づけば、真っ白な部屋にいた。
 確か俺は、あの後ルビィに無理矢理ぬいぐるみにされて、彼女と共に眠りについたはず。癪だが、人肌と共に眠るのは、一人で眠るより格段に気持ちがよかった。
 そのはずなのに、俺はなぜ、人の姿にもどって、ただ椅子が二つあるだけの真っ白な場所に立っているのだろうか。
「ふむ。ようやく繋がったか」
 どこからか声がする。少女の声だが、なぜか洗練された大人の喋り方だ。
「誰だお前は!」
「誰だ、とは無礼だね。少年」
「少年じゃねえ、村雨龍海だ」
「ああ、そうだったね龍海少年。私は……そうだな、アスとでも呼んでくれ」
「あ、アス?」
「そう。アス。偽名だけどね」
 偽名って、そんな堂々と宣告していいもんだっけ?
 いや、別に本名は気に入らないからいいんだけど。
「それで? 俺になんか用? 俺、寝てたはずだよな?」
「私が呼んだ。声を伝えられる程度には繋がったから、一応の注意だけはしておこうと思ってね」
「繋がった?」
「そうだ。私と君は、ほとんど一心同体と言っても良い。だからあまり無茶をされて、死なれては困るんだ」
「俺がいつ無茶をした?」
「今日の昼頃だ。ジミーに生身で立ち向かっただろう。私が防御魔法を展開したからよかったが、本当ならあれで終わっていた」
「ああ、あれあんたが守ってくれたのか。ありがとう」
「……礼はいらない」
 とか言いつつ、照れた様な間があったのはなんでだろう。
 素直じゃねえんだなあ。
「だが、それに甘えるな。私だってまだ完全に力が出せる状況じゃないんだ。次また助けてやれるともかぎらない」
「そっか。じゃあ、次から死なない様にする」
「そうしてくれ。私も肝を冷やしたくはない」
 どういう事なのだろうか。
 何故俺が死にそうになって、肝を冷やす?
「まあ、もうちょっとしたらすべて話すよ。それまでは、死なないよう頑張ってくれ」
「は、まあ。死にたくはないし、頑張るよ」
 よし、と呟き、彼女が消えた気配がする。その瞬間、俺の意識も遠のいていく。彼女は誰だろうとか、いろいろ思うところはあるのだけど、今は眠くてしょうがない。パタリと白い部屋の中心に寝転がった。


 そして、目を覚ますとまた白い天井。さっきの天井は本当に真っ白だったが、今見える天井はちょっと薄汚れている。
「……夢、か?」
 妙な夢だった。覚えてるし、なによりあの声は奇妙だ。妙に聞き覚えがある。
「んー、なによ龍海……起きたの……?」
 ぬいぐるみとなった俺を抱きしめているルビィが、目を擦りながら上半身を起こす。そして、指輪をステッキに変え、俺を元に戻した。……どうでもいいが、人間の姿で女の子のベットにいるって、なかなかに居心地悪いな。ぬいぐるみ状態だと気にならなかったのに。
「なあルビィ。今、妙な夢を見たんだけど」
「妙な夢?」
 ベットから降りたルビィは、覚束ない足取りで窓へと向かい、カーテンを開けた。真っ白な光が部屋に差し込み、明るくなる。
「そう。妙な夢。変な女の子に死なないで、って言われた」
 すると、なぜかルビィは自分の体を抱き、大きく一歩後ろに下がった。
 俺を見る目は、まるでウジ虫を見るかの様な目だ。
「え、なにそのリアクション」
「……変態」
「なんでだ!?」
「欲求不満だからそんな夢見るのよ。さすが童貞気持ちが悪い」
「違う! 断じて違う!!」
 そりゃ確かに童貞こじらせたみたいなシチュエーションだけど!
「でも姿見えてないんだ、声だけだぞ!」
「ごめん。欲求不満な感じで近寄ってこないでくれる?」
「だから違うってんだろーがあああ!! その言葉を撤回しろ!」
「きゃあああ! 童貞が近寄ってくるー!!」
 ルビィの肩を掴んで揺するも、ルビィが俺の手を掴んで抵抗してくる。そんな状態のまま「撤回しろ!」やら「その汚い手で触るな!」やらの小競り合いが続いた。
 しかしその問答は、部屋のドアが開いた事によって幕を閉じることとなる。
「ルビィさーん。朝から大声は……」
 空がルビィの部屋に入ってきた。
 俺はルビィの肩を掴み、またルビィのパジャマがいい具合にはだけているものだから、情事に及ぼうとしたような光景になってしまっている。
「えー……」
 空の口から漏れるため息にも似た声。いや、まあそうはなるだろうけど。
「お、お盛んです……ね?」
「それは今もっとも言っちゃいけない言葉!!」
 そして、そんな地雷だけ残して、空はゆっくりとドアを閉めてしまった。
 俺とルビィはしばらく掴みあったまま、空虚な時間を過ごし、ぽつりとルビィからの一言。
「……なんか、ごめん」
「こっちこそ、なんかごめん」
 そう言って、俺は一階へと降りていった。
 これ以上ルビィの部屋に居ていいことなどないだろう。
 一階のダイニングにいる空を捕まえ、適当に誤解を解いておく。「あれはルビィが俺のマンガを勝手に持っていったから喧嘩になってた」という具合にだ。そして、それを信じる空もちょっと不安になった。
「おはようございまーす」
 ちょうど誤解を解いた所で、ルビィが制服に着替えてやってきた。それを見て俺も制服に着替えなくてはと二階に戻り、ブレザーに袖を通す。昨夜比叡から連絡があったのだ。今日からやっと、学校である。

  ■

「転校生、だそうな」
 ルビィは職員室へ。俺と空は自分のクラスへと足を運ぶと、久しぶりに会った比叡は、真顔でそう言った。
「転校生、ですか。それ、多分ルビィさんですよ」
 空は、なぜだか誇らしげにそう言った。情報を先に得たという優越感だろうか。
「る、びぃ? 外国人か?」
 腕を組み、頭を捻る比叡。まあ、外国人というか、異国の人というか、まあ異世界人というか。
「そうなんです。可愛らしい人ですよー」
「おいおい。そんな事言って、ハードル上げていいのかい? 空ちゃん。俺はそういうのには厳しい男だ」
 ……威張って言うことじゃねえよなあ。
「あはは。気持ち悪いですねー」
「あれっ!? 空ちゃんそんなキャラだっけ!?」
 そんなキャラだったよ。お前に対しては。明確には聞いてないが、実は空って比叡の事嫌いなんじゃないかあ。
 俺たちの会話――というか、比叡による尋問をなんとか躱していると、担任が入ってきた。それぞれ自分の席へと散り散りになり、皆一様に担任を見る。転校生という期待感なのか、いつもは多少なり声がするのに、今日はまったくしない。恐るべし、転校生パワー。みんなどれだけ変化を望んでるんだ。おそらくこの中に、転校生との恋愛を妄想している奴が何人も居ることだろう。……なんか比叡が照れくさそうにしてるし。
「席についてくださーい。……って、もう席についてますね」
 担任の長谷川教諭がその代わり身に呆れて、薄い頭頂部をがりがりと削る様に掻く。
「聞いてるかと思いますが、今日は転校生を紹介したいと思います」
「キャッホー!!」
 比叡が立ち上がり、バンザイをする。しかし、いきなりテンションを上げてくるのはいつものことなので、長谷川先生は無視して進行する。その様は、まさに名司会者である。放って置かれてスベった事を実感したのか、比叡はゆっくりと恥ずかしげに腰を下ろした。
「では、ルビィさん入ってきてください」
 ドアがスライドし、ルビィが一歩教室へと踏み出す。その瞬間、教室の空気が止まった。皆教師の顔を見ることをやめて、ルビィの顔を凝視し、彼女の一挙手一投足をじっくりと観察する。長谷川先生の横に立ち、黒板に名前を書いてスカートを翻す。
「ルビィ・アンクリムです。皆さん、これからよろしくお願いします」
 恭しく頭を下げるルビィに、俺は酷く違和感を覚えた。あいつ、猫被るの上手いんだよな。



  ■


「……ジミー」
 あぁ、またかよ。ジミーは酷く気怠げに、玉座に座るスフィアを見る。謁見の間には、ジミーとスフィアの二人きり。他の同僚達は、またもやいない。忠誠心があるのは間違いないのだが、その勤務態度はとても真面目とは言えない。
「他の三人はどうしてまして?」
「……アクセルは修行。ジャニスはそれについてってるんだと思います」
「……ラウドは?」
「さぁ。アイツの考えが俺にはわからんです」
 ジミーはラウドが苦手だった。
 一応同僚ではあるが、彼がどんな魔法を使うかもわかってはいないのだ。
「ねぇジミーさん。なんの話?」
「え、うわっ!」
 ジミーの隣にはいつの間にか、金髪の少女が立っていた。肩より少し下まで伸びた髪。蒼い瞳はくりくりと丸く、ジミーを無垢に捉えている。服は、青いエプロンドレスを着ていた。
「ジャニスか……。びっくりさせないでくれ。ラウドかと思った」
「ラウドさんなら今頃、発明でもしてるんじゃないのかなぁ。ものすごく張り切ってたもん」
「あぁそう……」
 げんなりしてしゃがみこむジミー。そんな彼を、ジャニスは優しく頭を撫でる。モヒカンがぺちゃんこになるのではと心配ではあったのだが、なんとなく癒やされるためそのまま撫でられることに。
「……ところで、ジミー。あなたに頼みがあるのですけど」
「……何でしょう?」
「私のウィップサファイアが、新たな七天宝珠を見つけました。探してきてはいただけません?」
「あ、スフィア様! 今度は私に行かせて?」
「ジャニスが? ……アクセル抜きで平気ですの?」
「んぅ。多分……」俯き気味に言うが、すぐに顔を上げ「でもでも。アクセルさんに頼りっぱなしなのもダメだし。今回は私が行くです」
 スフィアはアゴに手をやり。じっとジャニスを見つめた。おそらく、彼女一人でいかせることに多少なり不安があるのだろう。
「……わかりました。無理はしないように」
「はーいっ!」
 元気良く手を挙げ、ジャニスは跳躍魔法を使ってワープする。


  ■


 後少しで昼休み。
 俺はじっと時計を睨みつけながら、鳴こうとする腹を押さえていた。
 隣に座るルビィは、朝からの質問攻めに疲れたのか、船を漕いでしまっている。
 秒針が頂点に近づいていく。後少し、後少し。その短くも長い時間をやり過ごしたら、祝福のベルが鳴る。
「それでは、今日はここまで。次回は桐壺更衣の心情に迫ろうと思います」
 白髪とシワが目立つ初老の古典教師の宣言で、四時限目の授業は終了し、俺はすぐに立ち上がる。
「ん……? 龍海……どこ行くのよ」
「購買。弁当だけじゃ足りないからな」
 とりあえずボリュームありそうな物を買おう。普段は手が出ない物でもいい。そうと決め走り出そうとした瞬間、腹が熱くなった。
 どこかから魔力を感じる。
「な……?」
 だが、これはなんだ?
 魔力のような反応だが、その熱量はジミーやルビィ達の物とはケタが違う。たとえて言うなら、ダイナマイトと核爆弾くらい。
「……ルビィ。なんかものすごい魔力が近くにあるんだけど」
「うそっ。どこ?」
「わかんねえよ。でもすげースピードで移動してるな――あ?」
 俺の中のガイアモンドが、その魔力を追いかけるもう一つの魔力を発見する。
「おい、もう一つがその魔力を追っかけてる」
「へえ……。んじゃ、ボチボチ変身できるとこまで連れてきなさい」
 了解、と俺は教室を飛び出した。その後をルビィが追いかけてくる。ルビィを従え、向かった先は屋上。本来生徒は立ち入り禁止なのだが、俺達二年生の校舎の屋上はカギがかかっていないため、侵入が容易なのだ。
 屋上に誰もいないことを確認し、俺達は変身する。
 ハムスターとなった俺は、魔法少女となったルビィの肩に乗って飛翔。この浮遊感に慣れてきたのは内緒の話。
 学校を巻き込まない程度に離れていくと、ルビィが思い出したように「それで、魔力はどこから?」と訊いてきたので、腹のガイアモンドに従ってその方角を指差す。
 すると、その方角から何かが飛んでくる。
「んあ?」ようく目を凝らし、それを見てみると、真珠のイヤリングがもの凄いスピードでこちらに向かってきている。
「あれは……バレットパール!?」
 ルビィが目を丸くし、口を大きく叫んだ。どうやら七天宝珠の一つらしい。俺の腹にあるガイアモンドも、それを認めているようだ。
バレットパールは俺達に気づいたのか、急ブレーキ。そのバレットパールの後ろから、同じ様に一人の少女が飛んできた。金髪碧眼。青いエプロンドレスは、不思議の国のアリスを彷彿とさせる。
「あれ? ……ルビィさまだー!」
 彼女は、なぜか嬉しそうにバンザイをする。飛んでいるから魔法は使えるのだろう。ジミーの仲間か。
「あんた……ジャニスじゃない」
「ジャニス? あのちびっ子の名前か……」
 ジャニスと呼ばれた少女は、俺を見てにっこりと微笑む。「ジャニス・サザンフォートです。よろしくお願いします、ハムスターさんっ」勢い良く頭を下げるその姿は、子供ながらの純粋さを感じた。きっといい子なのだろう。
「ねえねえルビィさま。ルビィさまもそれ、狙ってるんだよね?」
 ジャニスは、自分とルビィの間で止まっているバレットパールを指差す。心なし、バレットパールが焦っている様に見えるのはなぜだろう。
「ええそうね。大人しく渡してくれないかしら? 渡してくれたら、お菓子上げるわよ」
「え、ほんと!?」一瞬で誘惑に負けるジャニスだが、首を振って誘惑を振り払う。「あ、ダメダメ! みんなに怒られちゃう! バレットパールは渡せないよっ!」
「ちっ。子供をナメ過ぎたか……」
 お前性悪すぎるだろ!
 まあ、ハムスターという弱い身分なので、今俺は何も言えないのだが。
「だからルビィさま。ごめんなさい」
 その瞬間、なぜかジャニスから青白い一条の光が見えた。なんだろう、と目を凝らしてみると、その光は幾重にも折り重なり、まるで電気の様に彼女の体を包んでいた。
「あの、ルビィさん? あの子、スーパーサイヤ人2みたいになってません?」
「あれは電魔法……。あの子は、電気属性を扱う天才なのよ」
「へ?」
「行くよ、ルビィさま!」
 瞬間、ジャニスの姿が消える。次の瞬間、ルビィの体が後方へ吹っ飛ばされていた。
 突然の事に、俺は急いでルビィの服を掴む。おかげで俺は吹っ飛ばされずにすんだが、ルビィは腹を押え、苦悶の表情を見せている。
 そして何故か、先程までルビィがいたと思わしき場所にジャニスが浮かんでいた。手には、バレットパールが収まっている。
「えっへへー。どう? また少し早くなったよ」
 得意げな笑みを浮かべるジャニスだが、俺にはその無垢な笑顔が酷く不気味に覚えた。
 何も感じていない、純粋に言いつけられたことだけを守る行為。

「今、なにがあった……?」
「……し、痺れる」ちょっと震えた声で、ルビィがゆっくりと背筋を伸ばす。「あれがジャニスの力よ……。自身の体を電気に変化させる事ができる」
「ま、魔法ってすげーな。そこまでできるのか」
「馬鹿。できるわけないでしょ」
 へ? と間抜けな顔でルビィを見る俺。
「ジャニスは天才なのよ。普通、人間が電気になったり出来ると思う? 魔法はね、物理から外れた事はできない」
 例えば、ジャンプするだけなら誰でも出来る。魔法で空を飛べるのは、そのリミッターを解除し高く長く対空するという結果に変えたから。
 例えば、体に火を纏うだけなら誰でも出来る。ライターオイルでもガソリンでも体にぶっかけて、火を灯せばできあがり。
 しかし、体を電気に変えることはできない。そんな過程は存在しないから。魔法は、どこかにある事実を無理矢理当てはめるという技術なのだと――ルビィは説明する。俺はその説明を聞いても、納得できない。
「おい。俺をハムスターにしたのはどうやったんだ」
「遺伝子情報ってわかるかしら? 人が進化してきた情報は、すべて遺伝子の奥深くにあるって話。そこから取り出してるって説が一般的だって、学校で習ったわ」
 そうなのか。役に立たない知識をありがとう。
「ルビィさまー。難しい話終わったー!?」
 遠くから手をメガホン替わりにして声をかけてくるジャニス。そして、イラついた様に顔をしかめ、大きな声でルビィは「終わったわよーッ!!」とステッキを構える。すると、ステッキが変形し、まるで剣の様な形になった。ハートをデザインの基板にしていたからか、どこかスペードスートに似ている。
「ゴン! 魔力供給!」
 はいはい。また戦うのか。
 俺はいい加減うんざりしながら、掌からルビィに魔力を送った。


「だあぁぁぁああぁっ!!」
 ルビィがステッキを思い切り振ると、赤く光る斬撃がジャニスに向かって飛ぶ。それを、また超スピードで下に避けルビィに向かって特攻を仕掛けてくる。
 指を折り、右手でルビィの顔面を狙ってくるが、ステッキでそれを防ぐ。しかし、がら空きだった首を左手で掴まれる。
「ビリビリしちゃえ!」
 その瞬間、ルビィの体に電撃が走り、肩に乗っている俺にも電気が流れてくる。
「っがああああっ!」
 体中の毛が逆立ち、全身くまなく針で刺された様な痛みが走る。俺はたまらず悲鳴を上げてしまうが、ルビィは歯を食いしばってそれに耐えつつ、なんとかジャニスを振り払い、後方に飛んだジャニスを追いかける。そして、頭の上までステッキを振り被り、ジャニスの脳天めがけて振り下ろす。
 が、ステッキが目前を両断する頃には、ジャニスは後ろにいた。
「遅い、よ!」
 そして、ルビィは思い切り背中を蹴られ、体がくの字に曲がり、衝撃の方向へ吹っ飛ぶ。
「く、ふ……っ!」
 しかし、吹っ飛ばされた先には、すでにジャニスがいて、ルビィへソバットを繰り出すが、それをなんとかステッキでガード。
「ルビィ……インパクト!!」
 ステッキから放たれた鮮紅の閃光が、ジャニスに直撃。「ひゃあ!」と小さな悲鳴を上げるが、少しスカートの裾が切れた程度のダメージだった。おそらく、超スピードで動いて直撃は避けたのだろう。
「おいルビィ! これじゃ勝てっこねえぞ!!」
「……ところがどっこい。ここに居るのはルビィ様。そうは問屋が卸さないわ」
 訳はわからないが、自信満々なルビィ。なんか、覚えたての言葉を無理やり使ってる感があるのはなんでだろう。
「行くわよ、ゴン」
 そう言って、ルビィは俺の首根っこを掴み、ステッキに乗せる。この構えは、ブラッティインパクトか。……あんな幼子に放っていいのか、この技。
「ガイアモンド、魔力コンバート! 射出魔法陣展開!」
 ステッキがルビィの命令を受け、俺の腹にあるガイアモンドとルビィ自身を繋げ、前方に幾何学的な魔法陣を展開させる。
 その時、ルビィが俺に耳打ちする。
「……いい、ゴン。よく聞きなさい」
 その前置きで始まったこれから行われる作戦は、俺にかかる負担が半端じゃなかった。しかし、この状況を脱するには、それしかない。
「行くわよゴン! 必殺、ブラッティインパクト!!」
 そして、ルビィは槍投げの様に、ステッキごと俺を投げた。射出魔法陣を通り抜け、加速。矢の如く飛ぶ景色を横目に、俺はステッキからゆっくり立ち上がって、覚悟を決めると、ジャニスに向かって思い切り跳躍。
 ステッキのスピードに乗った俺は、相当な速度でジャニスの横を通り抜けた。
「……へ?」
 一瞬呆気に取られたジャニスだったが、目前まで迫り来るステッキに気づき、すぐさま超スピードで避け、ルビィを見る。
 俺はというと、落下しそうな所をステッキに助けられ、なんとかルビィの下に戻ることが出来た。
 し、死ぬかと思った。
「……今の何? ルビィさま。もしかして、ハムスターさんで私の気をそらしただけ?」
 だったらつまんないなぁ、と唇を尖らせるジャニス。しかし、ルビィは口を歪め、今にも笑い出しそうな顔をしていた。
「……ぷ、くくっ! さすがお子様、底が浅い……。バレットパールをゲットした時点で、ささっと逃げたら良かったのに」
「へ?」
「ゴン、見せてやりなさい」
 そう言われ、俺はゆっくりと、自分の背に隠していた『バレットパール』をジャニスに見せた。
「えっ。あれ!? なんで!?」
 自分の体を弄り、ポケットなどを確認するが、先ほどまで自身の手に収まっていたバレットパールはこっちにあるのだ。もちろん出てくるはずもない。
「さっきゴンが跳んだのは、あんたからバレットパールを奪い取る為。わざわざ必殺技を使ったのは、それを悟られないミスディレクションよ」
 この戦いは、倒せば勝ちではない。どちらが先に七天宝珠を揃えるかなのだ。
「じゃあね、ジャニス。これ以上あんたと戦ってたら、体が保たないわ」
 そう言って、ルビィは転移魔法を唱え、学校の屋上へと戻った。……ジャニスの悔しがる表情が、目に浮かぶなぁ。
「バレットパール、ゲット!!」
 変身を解除した俺達は、屋上で喜びを分かち合っていた。手なんか取ったりしてね。
「これで残りは、スフィアの持ってるウィップサファイア、タイムアンバー、シードクリスタル、ディープアメジスト!」
 妹との結婚からまた一つ遠退いたからなのか、ルビィは目に見えてテンションが上がっていた。
「今回、龍海の協力なしじゃ、ジャニスからバレットパールは奪えなかったわ……。ありがとう、龍海」
 真剣な表情で頭を下げるルビィに驚かされたが、俺は「協力するって言ったからな」と頭を掻いて照れ隠し。いつも強気なヤツからいきなり殊勝な事を言われると、扱いに困る。
「頼もしかったわよ、龍海」
 にっこりと笑い、髪を翻して屋上を去るルビィ。そんなルビィが、初めて可愛く見えたのは、内緒の話。


  ■


 その頃、学校は放課後になっていた。
 陽が傾き、どこか懐かしさを感じさせる頃合い。村雨空はため息をついていた。理由は、兄――村雨龍海の前に現れた少女、ルビィ・アンクリムの所為である。
 また、お兄ちゃんとルビィさんが消えた。その事実ばかりが頭を巡り、誰もいない教室でため息を吐いているのだ。
 なにも言わずに、というのが彼女にとっては痛い。何故その場を去ったかがわからず、悪い方向に考えてしまうから。
 もしかして、二人は付き合っているのではという想像を抱いて、彼女は頭を振り、その想像を掻き消す。
 違う。まだ出会ってから、三日くらいしか経ってないはず。そんな軽い男の人じゃない。
 自分にそう言い聞かせ、空はまたため息を吐いた。
『あら? ……随分深くて暗〜い心の闇を抱えてるわね、お嬢さん……』
「へっ?」
 謎の声。酒とタバコに焼けた、やたらとセクシーな女性の声。しかし、辺りを見回しても声の主らしき人間どころか、誰一人として見当たらない。
「……だ、誰?」
『大した者じゃないわよ。……そうねえ、リオとでも呼んで頂戴』
「リオ、さん? どこにいるんですか?」
『ここよ、ここ』
 空の机に、コツンと紫色の宝石が降ってきた。深い深い紫は吸い込まれそうになるほど美しく、それは蠱惑的だった。呪いの宝石と言われても、空は信じたかも知れない。呪いの品には、人知を超えた美しさが憑き物だ。
 しかし、肝心の声の主が見えない。
「……どこですか?」
『だぁから、ここよ! 目の前にあるアメジストが私!』
「……へ?」
『ところで、お嬢さん。――あなた、『魔法少女』に興味ある?』

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