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第5話 謎の声と運命の出会い

 耳にバレットパールをつけたルビィと教室に戻ると、すでに教室はもぬけの殻。空すらいないとは。
「……まぁ、友達と一緒に帰ったかな」
「あっそ。それじゃ、私らも帰りましょうか」
 自身の席から鞄を取り、帰ろうとするルビィ。俺も鞄を取ろうと身を屈めるが、何か違和感を感じた。
「……ん?」
 残り香、とでも言うのか。
 何か魔力のような物の香りを感じる。
「どうしたの? 龍海」
「……いや、なんでもねえ」
 おそらく、ルビィがしているバレットパールの魔力だろう。一日に二つも七天宝珠を見つけられるわけもないし。
 そう結論づけて、俺とルビィは帰路へついた。


  ■


「うきゅ……」
 ジャニス・サザンフォートは、しょんぼりと肩を落としながら、宮殿へ戻っていた。
 一度はバレットパールを手にしながら、ルビィに奪われた。間違いなく怒られるだろうと確信する彼女は、一歩踏み出す度に憂鬱が心に降り注ぐ。
「あら? おかえりなさいジャニス」
「ふえ?」
 いつの間にか玉座までやってきていたジャニス。目の前にはスフィアが足を組み挑発的なポーズで座っていた。
「あう、えと、す、スフィア様」
「ん? どうしましたのジャニス。口ごもってしまって」
 俯き、指を弄びながら、ジャニスは小さな声で「……バレットパール、取られちゃった」と恐る恐る呟いた。そして「ごめんなさい」と付け加え、俯いたままでいると、スフィアから返事はない。様子がわからず怖くなり、顔を上げる。
 スフィアは、目を閉じてこめかみに指を当てながら、何かを考え込んでいた。自分への処罰を考えているのか、もしくは怒りを抑えているのか。不安が胸を駆り立てる。
 しかし、目を開いたスフィアの表情は、存外あっさりした物で、呆れというより「まあいいや」というような軽い物だった。
「まぁ……ゲットできるに越したことはないんですけれど、まだ勝負が決した訳ではないですし。慌てることはないですわ」
「え、あの……怒らないんです、か?」
「チャンスがある内は怒りませんわ。私も、心は狭くないので」
 安堵のため息を吐くジャニス。
 怒ったスフィアが怖いことは、ジミーが怒られている場面を見たことがあるので知っているのだ。鬼のような表情でウィップサファイアを振るスフィアは、ジャニスのトラウマである。
「……でも、どうするんですか? 向こうは七天宝珠を三つ。こっちはスフィア様のウィップサファイア一つ」
 七天宝珠の威力を彼女は知っている。彼女自身、自分の能力に自信を持ってはいるが、それでも勝てるかはわからない。スピードで圧倒すれば勝てるかもしれないが、バレットパールは相性が悪い。
「……では、私が行って、お姉様から七天宝珠を取り返して来ますわ」


  ■


 自宅に戻ると、パタパタとスリッパがフローリングを叩く音と一緒に、玄関まで空がやってきて出迎えてくれた。
「おかえりなさいっ。お兄ちゃん、ルビィさん」
「よう。お前が先に帰るなんて珍しいな」
「たまにはそういう日もあるよ」
 まぁ、そうだよな。普通高校生で兄妹肩を並べて帰るなんて、そんなにないことなはずだし。ルビィが来て、ついに兄離れを実行し始めたか。俺の後ろにいたルビィは、「ふ〜ん」と対して興味も無さそうに靴を脱ぎ、さっさて階段を上がって行く。俺もちょっと部屋に戻って、晩飯まで寝よう。
 そして、空の横をすり抜けた時、ふわりと上質なブランデーのような、高貴さに酔いそうな香りが鼻をくすぐる。これは、学校で嗅いだあの魔力。俺は思わず空の顔を見てしまった。
「……なに? お兄ちゃん」
「お前、宝石かなんか拾ってない?」
「いや? ……宝石でもなくしたの」
「……本当か」
「本当だよ。宝石なんて拾ったら、まず警察に届けるって」
「……そうか。ならいい。晩飯できたら起こしてくれ」
「うん。わかった」
 そう言って、俺は階段を上がって自室に戻る。制服を脱ぎ捨て、肌着とトランクスだけになり、ベットへと倒れ込む。意識がベットに吸い込まれていき、疲れていたのか俺は一瞬で眠りに落ちてしまった。


  ■


「ふう……」
 空は、龍海が寝ていることを確認し、部屋に戻るとポケットから七天宝珠の一つ。ディープアメジストを取り出した。
「あ……危なかったぁ。お兄ちゃん、なんでこんな時に限ってカンがいいのかなぁ……」
「そりゃ、あの男の子の中に私と同じ七天宝珠、ガイアモンドがあるからでしょ」
「へ?」
 ディープアメジストが淡く光り、空はそれを放り投げる。すると、空中でディープアメジストが姿を変えて、腰まで伸びる紫色の髪をウェーブにしたタレ目の美女が空のベットに座る。
 肩にファーを乗せた紫のジャケットで、チャックの隙間からはツヤのある黒いコルセットが覗いている。ジャケットと同色のタイトスカートからは、瑞々しく長い美しい曲線を誇る足が、惜しげもなく晒されていた。女性の空でさえ嫉妬してしまう美しさである。
「まあ、どうしてそうなったかはわからないけど。……アスも可愛いそうねえ」
 クスクスと笑うディープアメジスト――リオを見ながら、空は自身のデスクから椅子を引き、腰を下ろした。
「……ところで、魔法少女、でしたっけ?」
「そうそう。事情は道すがら説明したでしょう?」
「はい。あなた達七天宝珠が王権の奪い合いに使われるのは気に食わないから、目一杯邪魔したいんですよね?」
「そうそう! あたし達だって宝石とはいえ、一応は人格があるのよ? それをあんな扱い……ちょっとトサカに来るわよ」
「はぁ」
「それで、あなたはなんかストレスたまってそうだし、あたしの手伝いで解消させてあげようかなって」
「わ、私はストレスなんて」
 慌てて否定しようとするが、いつの間にか目前までやってきたリオに、人差し指で唇を塞がれた。
「嘘はよくないわ。解るのよ、そういうの」
 艶やかな笑みに、空の心臓が跳ねた。
「ルビィちゃんに嫉妬してるんでしょう?」
「ち、ちがっ……」
 否定の言葉が出なかった。嘘がつけない。深い深い、アメジストのような瞳に見られ、魅入られる。
「私に体を貸しなさい。すべて、解決してあげるから」
 空には黙って頷くことしかできず、リオは宝石へと戻り、空の手に収まる。
「……変身」

 
 ■


 スフィアは強大な魔力を感じ、戦いの舞台である光源町へとやってきていた。恐らく七天宝珠の魔力。部下に任せても良かったのだが、ジャニスが一度失敗している。幼子を怒る訳には行かず優しい物言いになったが、やはり出来る限りは有利に勝負を進めたい。姉であるルビィをモノにするためのチャンスは、これしかないのだ。
「さて、魔力の出所は……」
 ウィップサファイアにサーチさせようとしたその時、目の前に転移魔法陣が展開される。その中から、ゆっくりと一人の少女が出てきた。一瞬ルビィかと思ったのだが、髪が紫色なので違う。
「あらぁ。スフィアちゃんじゃない」
 ツインテールの少女は、何故か年上然とした態度で微笑む。紫色を基調とした白いフリルのゴスロリドレスを着た、明らかに同年代ほどの少女からされる態度とは思えない。
「……なぜ私を知っているんですの?」
「さぁ? ……あぁでも、あなたは私のこと知らないから。一方的に知ってるだけよ」
 一方的に知られているというのはわりかし不愉快なことだが、スフィアはそれを無視して「あなた、七天宝珠を持っていますわね?」と彼女から流れてくる魔力から推測したことをぶつけてみる。「何者ですの?」
「私? ……そうねえ。スカイ・デイブレイクとでも名乗ろうかしら」
「スカイ・デイブレイク?」
「そうそう。今日からの魔法少女なの」
「……で、あなたが持っている七天宝珠。渡していただけません?」
「なにを馬鹿な事を……。これが大事なものだっていうのは、あなたならわかってることでしょう?」
 そう言って、少女はゴスロリドレスのポケットから、紫色の宝石を取り出す。スフィアの記憶が正しければ、あれはディープアメジストのはず。
(ディープアメジスト……厄介ですわ)
 彼女自身、自分のウィップサファイアには自身を持っているが、ディープアメジストの能力は油断ならない。
 ネックレスを引きちぎり、ウィップサファイアをムチに変える。そして、いつでも魔法が撃てるようにと魔力を高ぶらせる。
「あらあ、やる気なの?」
「私には、それを手に入れなくてはいけない理由があるんですの」
「王様になりたいんでしょう? 知ってるわ」
「……なぜ、どこでそれを?」
 くすくすと笑うスカイ。きゅっとディープアメジストを握ると、宝石の形から巨大な鎌の形になる。スカイの身の丈より、一メートル以上はある巨大な大鎌。
「あたしの同胞を、乱暴に扱うわねえ。それ、返してもらうわ」
「……私の物ですわよ? どう扱っても、私の勝手という物ですわ」
 スフィアがムチを振る。紐が波を打ち、先端の膨らんだ部分がスカイを襲う。
「同胞を傷つける訳にはいかないか……」
 呟いて、スカイはわざと右手を差し出し、ムチを右手に巻きつかせる。一瞬皮膚を強く叩かれ、痛みに顔を歪めるが、そのままムチを引いてスフィアを引き寄せる。
「きゃ――!」体勢を崩し、勢い良くスカイへ向かって向かっていく。
「カモーン……」開いている左手で鎌を構え、切り裂くタイミングを計るスカイ。そんな彼女を見て、スフィアは舌打ちをする。まだ使いたくなかったのに、と。
「ウィップ! もう一本お願い!」
 すると、ウィップサファイアからムチがもう一本飛び出し、その一本を掴んでスカイの顔面へと振る。ムチがスカイの顔面にヒットし「痛っ!」と悲鳴を上げ、飛んできたスフィアは、勢いを殺さずにスカイをタックルして吹っ飛ばす。
「ちっ……そうだったわね。ウィップサファイアには、そんな能力があったっけ……」
「これ、あまり使いたくないんですわよね……。品がいいとは言えないので」
「わかるわあ。七天宝珠って戦略兵器だし、ちょっと大味な技が多いのよね」
 くすくすと笑って、スカイは大鎌を起用にくるくると回す。その仕草、気配を見てスフィアは察した。ディープアメジストの力を発揮するのだと。回していた鎌を脇に挟み、目の前の空間を斬る。空間が裂け、中から紫色の世界が覗く。
「ディープな世界に、ハマってみる?」
 妖艶な笑みを見せるスカイ。その笑みは、同姓であっても心奪われそうになるほど魅力的である。しかし、スフィアは知っている。その笑みは、食虫植物が漂わせる甘い香りと同じ、危険で蠱惑的な物だということに。
 スカイの笑顔に注目していたスフィアだったが、切り裂かれた空間が蠢いている事に気づく。
「な……!」
 そして、その裂け目の縁を掴むのは、巨大な爬虫類の手。宝石の鱗に、鉄の爪。スフィアの記憶が正しければ、そんな肉体構造を持つ生き物は、この地球と魔法界を合わせても一匹しかいない。
「来なさい、ライラック」
 裂け目から這い出して来たのは、体長五メートル程の翼竜だった。普通の翼竜と違うのは、歯や爪は鋼鉄で鱗は宝石と、高級感のある出で立ちをしている。しかし、スフィアにはその輝く体が、自分を威嚇している様にしか見えなかった。
「何故、……何故絶滅したはずのジュエルスドラゴンがそこにいるんですの!?」
「五百年くらい前だったかしら? 王国で暴れてたから、私の力で封印したのよ」
 ディープアメジストの力は『封印』
 空間を切り裂き、その中に万物を封印することができる。その事は知っていたが、中に何が封印されているのかまでは、スフィアは知らなかった。まさか、ジュエルスドラゴンが封印されているとは、彼女にとっては想定の範囲外だったのだ。
「でも、そのドラゴンが、あなたの言う事を聞くと思って?」
「聞くのよそれが。五百年掛けてたっぷりと調教したからね……」
 ジュエルスドラゴン――ライラックは、頭をスカイに摺り寄せ、頬ずり。その頭を優しく撫でる様は、まるでペットを可愛がっている様にしか見えない。が、そのペットが桁違いの迫力なのだ。
「さあ、行きなさいライラック。あの子を食い尽くし、ウィップサファイアを取り返しなさい!」
「ゥゴオオオオオオオオッ!!」
 雄々しい叫びを上げ、ライラックは羽撃き、スフィアに向かってくる。その一瞬で、スフィアは頭を全回させて考える。勝てるか? もし勝てないとして、どうやって最良の結果を上げる? それだけを考え、ウィップサファイアを振るう。
 顎を跳ね上げる軌道を描き、ムチが飛ぶ。そのムチは、空気を弾けさせた様な快音を鳴らすものの、ライラックへのダメージは見込めない。
「ちぃっ!」
 ライラックは口を開き、そのままスフィアを喰らおうとするが、スフィアは転移魔法でライラックの真上へとワープし、それを避ける。一瞬、スフィアを探し首を左右に揺らすライラック。だが、すぐにスフィアに気づいて上空を見上げる。だが、七天宝珠を装備したスフィアなら、それで充分な時間。
「喰らいなさい!」
 極大の魔力を込めたウィップサファイアを振るう。本当は幾重にも式を織り込んだ複雑な魔法をぶつけてやることも考えたが、チャージ時間と七天宝珠の威力を考えると、これでも充分。人なら細胞の一つも残さず消滅するほどだ。
 しかし、ライラックはそのウィップサファイアを見つけると、大きく息を吸い込み、突風を吐いた。その突風の勢いに負け、ウィップサファイアの威力は殺されてしまい、ライラックまで届かずにスフィアの手元まで戻ってくる。
「う、そ――!!」
 そして、その魔法はスフィアの前で発動し、大爆発を起こした。
「あーらら。自滅しちゃーった」
 楽しそうに笑うスカイ。そして、褒めてほしそうにスカイを見るライラックに投げキッス。
 煙が引いていき、中からスフィアの姿が現れる。ボロボロになったチャイナドレス。彼女から発せられる魔力は酷く弱々しい。先程の攻撃で、ほとんど魔力が尽きてしまったのだ。息も荒く、体中に激痛が走る。しばらく戦闘は無理だろう、と歯を食いしばる。
「スフィアちゃーん。大人しくウィップサファイアを渡せば、見逃してあげるわよー!」
 手をメガホン替わりにし、叫ぶスカイを睨む。
 どれだけボロボロにやられても、ウィップサファイアを渡すつもりはない。しかし、ライラックは正直驚異である。魔力を込めた七天宝珠の一撃を、ただの吐息だけで吹き返したのだ。相性が悪いというのもあるだろうが、やはりジュエルスドラゴンはほとんど反則。
「ガイアモンド、ディープアメジスト、タイムアンバーは、最優先で確保に回るべきでしたわ……!」
 王権争いは基本的にほとんどなんでもありだが、いくつかルールが存在している。それは、相手を殺してはならないということ。もう一つは、ディープアメジストで相手を封印してはならないということ。封印してしまえばそれは死と同様だからだ。
 そして最強と呼ばれる魔法兵装、七天宝珠には三強と呼ばれる宝石が三つある。それが、ガイアモンド、ディープアメジスト、タイムアンバーの三つなのだ。その内一つはルビィが確保。タイムアンバーはまだ発見出来ていないが、ディープアメジストは、どこの馬の骨ともわからないイレギュラーが持っている。ルビィの味方、という訳でもないが、現在は彼女の敵で間違いない。これはいささか芳しくない状況。
「……逃げる、しかないですわね」
 彼女とて王女の端くれ。本来逃げるのはプライドが許さない愚行。しかし、戦略的撤退となれば話は別。プライドに首輪をしてでも耐える心持ちだ。しかし、どうやって逃げようか。転移魔法は目的地が遠くなればなるほど時間がかかる。しかし、一瞬で宮殿に戻れるほどではないと、あのドラゴンにすぐ見つかってしまうだろう。
「なんとか隙を見て、足止めしてから……」
 愚策ではあるが、それしかない。自分の持つウィップサファイアなら、それくらいは余裕だと鼓舞する。
「さあ! 行きますわよ!」
「元気がいいわねえ。まあでも、ライラックには敵わないでしょ」
「ゴオオオオオオオオッ!!」
 雄叫びを上げ、再びスフィアに向かって飛翔。また全力の魔力をぶつける程度の抵抗しか出来ないが、やらないよりはマシ。ウィップサファイアの先端に魔力を集中させ、もう一度放つ準備をする。しかし、圧倒的に魔力が足りない。これで終わりかと諦めた瞬間、目の前にジミーが現れ、マイクスタンドに向かって思い切り歌い出した。その歌は衝撃波となり、ライラックを弾き飛ばす。
「えっ!」スフィアとスカイは同時に声を上げ、いきなり現れたジミーに注目する。
「あっぶねえ……。スフィア様、ありゃあ一体なんですか?」
「い、いや、それより私は、いきなり現れたあなたに釘付けなんですけど……」
 うれしいことを言ってくれるじゃないですか。と、ソフトモヒカンを整えるジミー。
「ジャニスに出かけたって聞いて、一応あなたの活躍を見に来たんですよ。そうしたら、未知の敵に襲われてるってんで、助けに来たと」
 一瞬、「余計なお世話ですわ」と毒吐こうともしたのだが、助けられたのは事実だしこの状況では一瞬で強がりだと看破されてしまうだろう。なのでスフィアは、大人しく「……感謝しますわ」と呟く。確かに、こういう原始的な敵には物理的な魔法を得意とするジミーが最良かもしれない、と一筋の光明を見出すスフィア。
「あなたから感謝の言葉がもらえるとは、思いませんでしたねえ」
「うるさい。いいから、この状況をなんとかしなさい」
「了解。それじゃ、この場より離脱しますよ」
 そう言って、ジミーは先程から体内で練っていた転移魔法を発動させ、一気に戦場から離脱した。
 それを見ていたスカイは、「あ」と小さく口を開く。
「伏兵がいたなんて、ミスったなぁ。……まあ、でもいいか。ここで倒さなくても、彼女が七天宝珠を集めた時に倒せば、私がおいしいトコ総取りできるし」
 うふふ、と笑い、空間を切り裂く。ふらふらと戻ってきたライラックを軽く叩く。お仕置き的意味合いを込めた張り手は、ライラック
の心にしっかりと効いたらしく心なししょんぼりして切り裂かれた空間の中に入っていった。
「さーて、家に帰ろっと。これで空ちゃんのストレスも、ちょっとは解消されてるかしら?」


  ■


 コンコン、というノックの音で俺は目を覚ました。今日はあの白い部屋には飛ばなかったな、と考えながらもドアを開ける。そこには空が立っていた。
「おはよ、お兄ちゃん。晩ご飯できたって」
「おお、そうか。ありがとう」
 と、俺は空の顔を見て、なんだか違和感を覚える。
「お前、どっかに顔ぶつけた?」
「ふぇ? いや、そんなことはないけど」
「……なんか、一本線が走ってるような」
「嘘っ! ……ファンデで隠したつもりだったんだけどなあ。実はそうなの。ちょっとボウっとしてて、電柱に」
「お前でもそんなことあるんだな」
 そして、俺はまた違和感を覚えた。
「お前、なんか顔がイキイキしてんな。なんかいいことあった?」
「え、……うーんよくわかんないけど、多分いい趣味が出来たからかな?」
「へえ、趣味か。何?」
「ゲームだよ。友達から勧められたの。……って、それよりご飯。冷めちゃうよ。ルビィさんはもう下行ったよ」
「あ、ああわかったわかった」
 そう言って、先に廊下を歩いていく空の背中を見ていると、右手首の何かが巻かれていた様な跡が目についた。何かに力強く巻かれたような、痛々しい痣。
「……なんだあれ」
 もしかして、空の気晴らしって……SMか!?
 妹がそんな趣味に走ったのか!?

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