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第9話『晴嵐学園』

 当然のことながら、学校は休みになった。生徒の半数以上は衰弱し、校舎は木に巻きつかれてしまい使えないのだから、当たり前の話だ。
「……最近学校休んでばっかりなんだけど、大丈夫なのか。単位とか」
 一応今までは不足なしでこれたのに、最後いきなり帳尻合わせ、なんて絶対に嫌だぞ。ベッドに寝転がって、天井を眺めながらそんなことを考えていた。
一階から電話の音が聞こえた。バタバタと足音が聞こえ、電話の音が鳴り止み、しばらくして「お兄ちゃーん」と空が部屋に入ってきた。
「ノックくらいしろよ」
「ごめん。――あ、でも大ニュース。今ね、連絡網があって、私たち他の学校で授業受けるんだって」
「他の学校……どこよそれ」
「えーと……『青嵐女学園』だって。あの、近所の女子校」
「じょ、女子校!?」
「うん。じゃ、私ルビィさんに伝えてくるね」
 ドアを閉め、おそらくはルビィの部屋へ向かったのだろう空の足音が遠のいたのを、ドアに耳を当てて確認する。
「女子校かぁ……男なら一回は憧れるよなぁ」
「ほうほう。それはなぜ」
「やっぱり男は入れないからな。入れない場所――しかも女の子だらけ――となったら、やっぱり入ってみたいと思うのが自然だろ」
 後ろを向くと、アスがベッドに座って楽しそうに俺を見ていた。
「勝手に出てくんなってアス!!」
「七天宝珠には自由意思があるんだ。拘束は無意味だよ」
「だからってなぁ……」
 俺を無視して、ベッドに寝転ぶアス。お前が俺のベッドに寝るんかい、と突っ込もうかと思ったが、そういえば俺はルビィの部屋で寝てたな。ここのベッドは今では使ってないし。――まあ、だからといって目の前で寝床を侵略されるのは、あまり気分のいい物ではない。
 その時、部屋のドアがノックされ、パジャマ姿のルビィが入ってきた。
「龍海ー。もう寝ましょー」
「あぁ。はいはい。アスはいい加減俺の中入れって」
「ベッドが使われないのはもったいないと思わないかい?」
「思わない」
 ため息を吐いて、アスは光の玉へ姿を変え、俺の中に戻った。
「そういやルビィ。空から聞いたか?」
「女子校に転入の話?」
「そうそう、それそれ」
「女子校かぁ。私、向こうにいた頃女子校に通ってたから、懐かしいわぁ」
「女子校に?」
「そう。私一応、王女だったんだから。格式高い、歴史、由緒ある所だったのよ」
 なるほど。そういや、こいつは王女だったな。プリンセスってやつ。我が家に馴染みすぎてすっかり忘れてた。
「もしかして、女にモテた――とか」
ルビィの顔が引きつる。「な、なんでわかんの」
「あ……そうだったんだ」
「女子校って、アンタが思う様な場所じゃないわよ。女が上品に見せるのは見栄の為。見栄を張る必要のない女の見苦しさは、本当トラウマ」
「やめて! 男の夢を壊さないで!!」
 布団を被り、必死にルビィの話を聞かないようにする。聞いたら最後、女が嫌いになりそうだ。
「いいから、もう寝るわよ」
 布団を引っ剥がし、俺をぬいぐるみ化して、ルビィの部屋まで運ばれてしまった。



 そして翌日、俺達はその『青嵐学園』の前へとやってきた。制服は通っていた光源学園のまま。
「……で、でけえ」
 目の前にそびえ立つ青嵐学園を見て、感想がストレートに出てきた。赤いレンガの校舎が、広大な森の中にいくつか点々と建っている。入口である門は、何人もの生徒を送り出してきた自信からか、なんだか胸を張っている気がする。
「本当に俺ら、こんなとこ通うのか?」
同じように呆気に取られている空を見る。
 「ま、間違いないよ。昨日連絡網回ってきたし」
「うだうだ言ったってしょうがないっしょ」
 入ろ入ろー、と物怖じせず入っていくルビィ。すげーなあいつ。さすが元女子校 出身者。しかし、どうも入りづらい雰囲気があって、俺は足を踏み入れることができなかった。空はすでに、ルビィの後について門をくぐっていた。くう。夢の花園を前にして、俺はびびってしまっているのか。するとその時、比叡が俺の肩を叩いた。
「いよう。龍海。なにしてんだ?」
「あ、比叡じゃん。おはよう」
「入ろうぜ?」
「ん、ああ、そうだな……。って、比叡はびびってないのか?」
「ビビる? ――ああ、お前、女子校を意識しすぎだぜ」
 一番意識してそうな比叡に言われるのは、酷く癪に障るが……。
「俺はほら。妹がここに通ってるんだよ」
「は? 妹?」
 そ、そういえば、比叡に妹がいるという話は一応知ってはいたが……。まさか、あの比叡の妹が、ここに通っていたとは。
「だから、ここには一回来たことがあるんだよねえ」
 それで意識してないのか。なるほど。比叡の妹が通ってるとなったら、俺も意識しなくていいな。比叡の妹だからな。
 気が楽になって、門をくぐった。森を割くように敷かれた石畳を歩いて行くと、一つの校舎が見えた。
「光源学園の生徒さんはあちらの講堂で、校長先生の話を受けてくださーい」
 晴嵐学園の制服――古風な黒セーラーを着た、清楚な女生徒が、その校舎へと俺たちを促していた。それに従い、その校舎へと入っていくと、いの一番に体育館ほどの広さの講堂が目に飛び込んできた。
「で、でけえ」本日二度目である。
「体育館はもっとでかいぜ。体育祭とかそこでやるんだ。妹の活躍を見てたからよく知ってる」
 講堂には、すでに光源学園の生徒がすでに五十人ばかりいた。無事だったのはこいつらだけか……。死人はいないらしいのが幸いだ。
 どうやらクラス順で並んでいるらしく、俺と比叡も自分のクラスへと並んだ。空とルビィも、すでに並んでいる。比叡と無駄話しながら、事の進展を待っていると、前に枯れ木のような細い中年男性がやってきた。スタンドマイクの前に立ち、『あー、あー』とマイクテスト。
『はじめまして。晴嵐学園の学園長、春日です』
 いろいろ言われて、結局どういうことかと言えば。
 この学校はキリスト系の学校であり、誰かに親切にすればその分徳をつめる。だから我が校の校舎を貸しますよ。なあに、広いですから。たくさん余っていますので、どうかお気になさらず。
 ということらしい。他にも、学校の地図が配られたり、どこに行って授業を受ければいいかなどいろいろ言われた。
 そうして、俺達は講堂を抜け、その上の階にあった教室へクラスごとに別れた。有名な女子校とは言っても、教室自体は俺たちの学校と対して変わらんようだった。
「なんか拍子抜けだ」
「女子校に夢見すぎだぜ、龍海同士」
 比叡に言われると腹立つな。席順はいつも通りとのことで、俺は席に座って、机に突っ伏した。
 女子校の机……。女子の匂いがする、という気がした。意識しすぎだよなあ。

  ■

 授業も別に代わりはなく、昼休みになった。
「龍海同士ー! 飯食おうぜー!!」
 比叡の言葉に頷いて、カバンの中を漁る。
「……あれ? ない、ない!!」
「なにがよ、龍海同士」
 向かいの席に座った比叡が、俺のカバンを覗き込む。
「弁当だよ。……はあ、マジかよ。比叡、分けてくれー」
「悪いな。高校生にとって、エロと食事は重大事項なんだ。エロの方は分けられるんだけどなあ」
「なんだよ役立たず! でもエロの方はお願いね!」
「了解!」
 そんな約束を交わし、俺は教室から飛び出した。地図を片手に、食堂を目指す。パンくらいあるだろう、という考えなのだが、お嬢様ってパン食うかな。……食うよな。というか、むしろパンの方がイメージ強いな。
 校舎を出て、地図の中心にあるカフェテリアへ向けて歩き出した。なんというか、公園を歩いている様な感じがして落ち着かないな。
 そんな事を考えていると、誰かにぶつかって地図を落としてしまった。
「あ、すいません」
 拾いながら、目の前を見ると、パンストに包まれた形の良い膝小僧が見えた。スカートで半分ほど隠れてしまっているが、とっても美しいラインの足だ。立ち上がって、徐々に視線を上げていくと、そこにいたのは晴嵐の制服に身を包んだ、ウェーブのかかった黒髪を腰まで落とした少女だ。ふっくらとした唇が麗しく、まつげも長い。
「すいません。ぼーっとしてました……。光源学園の生徒さんですね?」
「ああ、こちらこそ地図見てて……。すいません」
 その少女の横を通りぬけ、カフェへと向かおうとする俺だったが、少女が「あれ?」
 振り返ると、彼女が俺を見ていた。
「な、なんでしょう?」
「……もしかして、村雨龍海さん、ですか?」
「へ? なんで俺の名前を!?」
「兄から、写真見せてもらいました。話もよく聞きますし」
「兄?」
「比叡護。知ってますよね?」
「……比叡の妹!?」
「はい。比叡真守(ひえいまもり)っていいます」
 う、嘘だろ……。俺、比叡の妹って聞いて、なんか漠然と、比叡を女版にしたような感じを思い浮かべていだんだけど……。比叡と似てなさすぎだろ。血、繋がってんの?
「ところで、地図見てたってことは、どこかに行こうとしてるんですか?」
「ああ、うん。カフェに」
「だったら案内しますよ。私、兄さんの話を聞いて、龍海さんと話してみたいなあ、って思ってたんです」
 ね? と笑う真守ちゃん。俺はお言葉に甘えて、真守ちゃんの案内でカフェへと向かった。

 そこから二分ほど歩き、周り女子しかいない雰囲気のいいオープンカフェがあり、俺と真守ちゃんは、そこに入ると、テラスに出た席に座り、ウェイターにコーヒーとサンドイッチとボンゴレを頼み、真守ちゃんはオムライスと食後にミルクティーを頼む。
「ところで龍海さんは、どうやって兄と仲良くなったんですか?」
「向こうから話しかけてきたんだよ。俺にも妹がいてね。比叡が俺をダシに近づこうとしたのがきっかけ」
「すいません……。馬鹿な兄で。龍海さんの妹は、空さんでしたよね。よく話を聞きます」
「家でどんな話してんの?」
「兄さんとですか? 友達の話を聞きますね。それと、萌えとかなんとか」
 妹にまで話してんのかよ。と呆れた。
 そこで、注文したものがやってきて、俺達は食事を摂りながら、また楽しく話をした。


  ■


 比叡真守は、村雨龍海との食事を終え、自分の校舎へ向かって歩いていた。
「兄さんの友達、龍海さんかあ……。いい人そうでよかったよかった」
 兄さんちょっと変人だから、心配だったけどよかった。と、龍海の顔を思い出す。その時、がさっと、近くの茂みが揺れた。首を捻り、その茂みを割って入ると、そこにいたのはシュシュだった。樹の根元に座り、全身の力を抜いて、青い顔をしていた。
「大丈夫ですか……? この学校の生徒ですか?」
 真守はシュシュへと近づくと、隣に座った。
「ああ、大丈夫。ちょっと体力を使っただけさ……。ここは緑が多くていいね」
「この学園は、勉強する環境を整えることが、知識を蓄える近道だという教育目標があるんです。――それより、保健室に行きましょう。具合悪そうですよ」
「……それなら、もっと手っ取り早くすむ方法がある」
「へ?」
 シュシュが真守を抱き寄せる。そして、耳元で「ごめんね。体借りるよ」と呟く。そこで、真守の意識は途切れた。


 俺達が晴嵐学園に臨時転入してから、大体一週間ほどが経過した。まるで小説のページを捲るみたいにあっさりとした日々で、俺も女子校という得意な環境に少しずつ慣れ、平穏な日々を過ごした。
 昼休みになると、比叡は妹の真守ちゃんとカフェで待ち合わせているらしく、教室から飛び出して行った。俺も誘われたが、妹と学校で昼食をする機会などそうそうないはずだ。兄妹水入らずにしてやるべく、断って、俺は教室で空とルビィと共に母さんが作ってくれた弁当を箸でつついた。
「そういえば、お兄ちゃん」と、玉子焼きを咀嚼し終えた空は、口元を手で隠しながら言う。「最近、この学校で神隠しっていうのが流行ってるんだって」
「なんだそりゃ。――つーか、神隠しって流行るモンなんか?」
それ、普通に考えて、大事件なんじゃ……。しかし違うらしく、空は大して深刻では無さそうな顔をして、タコさんウィンナーを口に放り込んだ。
「それがね、隠された生徒はみんな、数時間すると帰ってくるんだよ」
「……イタズラなんじゃねえの?」
「みんなしばらく足腰が立たなくなる、らしいけど。原因訊いても、恥ずかしそうに顔を赤らめるだけらしいの」
なんだろう。デジャブを感じる。危機感が蘇ってくる、というか。
「シードクリスタルかしら?」ルビィは頬についた米を指で取り、それを弁当の蓋につける。
「じゃなくても、放ってはおけないだろ。なんとかできるのは、俺達ぐらいなんだから」
「そうね。シードクリスタルだったら、スフィアより先にゲットしないと……。これで、私が持ってる七天宝珠はブラティルビィと――」自身の胸を指差し、ルビィは次いで俺を指差す。「――ガイアモンドと。空が持ってるディープアメジストの三つ。シードクリスタルを手に入れられればこっちは四つ。向こうより、こっちのが多い!」
多少でも有利に事が運ぶのを喜んでいるのか、ガッツポーズをするルビィ。
「水を差す様で悪いけど、それでも勝てるかわかんなくね? スフィアは強いぞ」
「なぁに。七天宝珠が四つあればイケるんじゃない?」
そうかなぁ、と首を傾げる俺。楽天的にしてはいけないと思うのだけど。



そして放課後。俺達は三人バラバラになって、神隠しの原因を探ることにした。なんであれ、七天宝珠が関係ないとは思えないのだ。
「……つっても、どうやって探すかなあ」
石畳が伸びる林を歩きながらうんうん唸っていると、道の向こうから真守ちゃんが歩いてきた。
「お。真守ちゃーん!」
手を振りながら、彼女の元へ走っていく。すると、なぜか一瞬バツの悪そうな顔をして、「どうも」と頭を下げる。
「なにしてんの真守ちゃん」
「ちょっと生徒会で遅くなってしまって。龍海さんは?」
「いや、探し物があって。……最近神隠しが流行ってるんだし、早く帰らないと」
「探し物? なんですかそれ」
「えーと。クリスタル? の模造品?」
もの凄く曖昧ではあるが、まさか『七天宝珠のシードクリスタルを探したるんだ!』なんて言えば、首を傾げられるだろう。ゲームの専門用語だって、知らない人に言えばほとんど外国語だというのに。
「なんでそんなの学校にあるんですか?」
「比叡……じゃなくて、キミの兄さんのだよ。コスプレのセットだったんだけど、落としたらしい」
「……あー。兄さんの、ですか」
納得する真守ちゃんだが、その表情からは一抹の恥ずかしさが感じ取れる。
「じゃあ私も探します。神隠しがあるなら、龍海さんも早く帰らなきゃですから」
「いや、大丈夫だって」
「遠慮なさらずに。『汝、隣人を愛せよ』と主も仰ってますから」
よくわからないが、断り切れずに結局二人で探すことになってしまった。とは言っても、二人ぶらつくだけになっていて、見つかりそうもない。二人して、目を皿にして地面を探してみたり、林の中を覗いてみたりしたが、予想通り見当たらない。
「見当たりませんね……兄さんはどこに落としたんですか?」
「さあ……カフェテリアかな?」
「え、でも兄さんコスプレ衣装なんて持ってませんでしたよ?」
そりゃそうだ。持ってないもんあいつ。
嘘だとは口が裂けても言えない俺がしどろもどろになっていると、真守ちゃんが「うっ」と頭を押さえ地面に膝をついた。
「ど、どうしたの真守ちゃん!」
真守ちゃんの傍らに寄り、肩を揺する。しかし、真守ちゃんはふらついた足取りで立ち上がるも、やはり具合が悪いのか、俺の胸に寄りかかってくる。
「だ、大丈夫?」上擦る声で、俺はゆっくりと離れ、手で支える。
「す、すいません。ちょっと目眩がして……」
「無理しない方がいい。やっぱり帰りなよ」
「大丈夫です。……ちょっと、あそこで休ませてください」
指差した先は、石畳の道から逸れた場所の林だった。とりあえず従い、真守ちゃんに肩を貸して林に入り、木の根元に彼女を置いた。
神隠しが流行っているという中、彼女を置いてはいけないだろう。仕方なく、俺は彼女の隣に腰を下ろした。
「すいません……。兄さんの探し物なのに、私まで迷惑かけちゃって」
「あぁ。いいよ別に」
目を伏せ、申し訳なさそうに口を紡ぐ真守ちゃんを励ます為、笑顔を見せた。
「そうだ龍海さん。――実は、私も探し物があるんです」
「へ?」
突然、真守ちゃんの目つきが鋭くなると同時に、俺の腹に入っているガイアモンドが警報を鳴らした。
「ガイアモンド、いただきます」
真守ちゃんが、その腕を俺の腹に突き刺した。生暖かい感触が腹の中で蠢き、緩やかに熱が外へ流れ出て行く。不思議に痛みは無く、ガイアモンドを探しているのであろう真守ちゃんの腕の、虫みたいな動きを感じている。そして引き抜くと、真守ちゃんの手には、血で濡れたガイアモンドが収まっていた。
「くっ、なんで……」
痛みがジワジワとやってきた。俺はたまらず、仰向けに倒れてしまい、立ち上がった真守ちゃんを見上げる形になってしまった。
「なんで、って。鈍いね、龍海くん」
にやにやと笑いながら、俺の腕に膝を起き、動きを封じたマウントを取る真守ちゃん。
何故か彼女はセーラー服のリボンを解き、それを捲って上半身を露わにした。俺はそれに劣情を抱くことはできなかった。可愛らしい白のブラジャーは確かに女の子らしいし、白い肌に豊かな乳房は酷く魅力的だが、胸の中心に痛々しく埋め込まれたシードクリスタルに、俺は目を奪われてしまった。
彼女は再びセーラー服を着ると、にっこり笑って「どういうことかわかった?」
「……おま、え。シュシュか」
「そういうことだよ」
「神隠しもお前か……?」
「そう。怪我を全快するためにちょっとずつ魔力をもらって、後はまあ、欲求不満を解消させてもらったんだよ」
「はぁ?」
「一応言うけど、同意の上だから。魔力は有無を言わさずもらってたけど」
……いや、よく意味がわからん。
「さて。それじゃ、キミの魔力も貰うよ。完全に行動不能にしておきたいからね」
そう言って、ヤツは腕から生えてきた木の根を俺の首に刺す。
「ぐっが、ううう……ッ!!」
確実に何かが吸い上げられていく気だるさと鋭い痛みに耐えきれなかったのか、俺の意識はそこで途絶えてしまった。



ルビィと合流した空は、もう遅くなってきたので帰ろうと龍海のケータイに電話するが、もちろん龍海は出ない。
「……おかしいなぁ。お兄ちゃん、どうしたんだろ」
首を傾げ、ケータイを睨むと、もう一度電話をかける。だが、相変わらず出ない。
「まさか、神隠しに合ったのかしら?」
空の隣に立ち、ルビィは辺りに広がる林を見渡すが、何も発見出来ない。
林から石畳の先へ視線を移すと、比叡真守が歩いてくるのを発見する。だが、二人とも比叡護に妹がいることは知っているが、彼女がそうだとは知らなかった。
「やあ、お二人さん」
だから、真守がそう声をかけてきた時には、ルビィと空は互いに顔を見合い、目だけで『彼女は知り合い?』と訊ね合う。しかしどちらの知り合いでもないのだとわかると、ルビィは猫をかぶり「どちら様ですか?」と笑顔を見せる。
「猫をかぶるのはやめなよルビィちゃん。僕だよ。シュシュだよ」
「……は?」
「その体、乗っ取ったんですね!?」
空の叫びでルビィも理解したのか、表情を強ばらせる。そして、ブラティルビィを取り出す。
「だったら、倒して奪い取ってやる。行くわよ空!!」
「了解しました!!」
空もポケットからディープアメジストを取り出すと、同時に「変身!」と叫ぶ。二人は光に包まれ、一瞬で魔法少女へと姿を変えた。
「へえ。それじゃ、僕も変身」
真守の体が光に包まれ、一瞬で巫女装束へと姿を変えた。前髪の一部だけ緑だが、黒髪のポニーテールに、通常の巫女装束ではなく、袴はほとんどミニスカートであり、二の腕部分には大きく切れ込みが入っているため、形のいい二の腕が露出していた。武器は手に持っている木刀らしい。
「……僕はシルド・リーフ。とでも名乗ろうかな。呼ぶときは、気軽にシルフでいいよ」

「誰が呼ぶか」一瞬で真守――シルフの目の前まで接近したスカイが、鎌を振り下ろす。だが、「おっと」とおどけた声を出しながらバックステップで避けるシルフ。
「ディープな世界に、ハマってみる?」
「お断りだ。キミの能力はほとんど反則だからね」
まるで指揮棒の様にシルフが木刀を振ると、スカイの足元から石畳を突き破って大量の木の根が飛び出してきた。
「スカイ! 跳びなさい!!」
その声を聞き、スカイは跳躍。後ろから飛んできた斬撃が木の根を切り裂き、そのままシルフを狙うが、シルフは斬撃を木刀で叩き落とす。
「ふふ。甘い」
「わかってるわよッ!!」
スカイと入れ替わり、今度はルビィがシルフに向かって突撃し、ステッキを振り回す。それを体の捻りで避け、シルフは余裕の笑みを見せていた。
「残念だけどね、ルビィちゃん」
シルフの腕から生えてきた木の根が、ルビィからステッキを奪い取り、もう片方の腕でルビィ首を掴み、握り締めようと力を込める。
「はっ、あっ……!!」
「キミじゃ僕に勝てない。レベルが違う」
「しる、かっ……!!」
精一杯啖呵を切り、ルビィはシルフの腹に前蹴りを放った。それが見事ヒット。怯んだ隙にステッキを奪い返し、ステッキで思い切りシルフの肩を切った。が、浅かったらしく、軽く装束が切れていただけだった。
「無駄な足掻きをするな、キミは」
「無駄なもんです、かァッ!!」
ルビィはステッキの先端部にブラティルビィの魔力を集め、それを超至近距離の状態でシルフへ放った。赤い閃光がシルフの上半身を撃ち抜くも、腕を上げガードしたからか、多少腕が焼けたただけになった。
「今のは軽く驚いたが……甘い」
木刀で切りつけられそうになり、ステッキでそれをガードするも、林にぶっ飛ばされてしまう。
「ルビィちゃん! ――ッのぉ!!」
スカイは、自分の目の前の空間を切り裂くと、その裂け目からライラックが飛び出す。まるでミサイルの様に飛び、口を開いてシルフを食おうとするが、彼女は高く飛び上がり、ライラックもそれを追って空へ舞い上がる。
ライラックは鋼鉄の爪を振りかぶるが、シルフにあっさりと避けられ、そのまま接近を許してしまい眉間を木刀で突き刺す。
「ガァア――ッ!!」
弱点だったのか、異常な痛がり方をして落ちていくライラック。
「ふふっ。ジュエルスドラゴンも大したことないな」
「そうね」ライラックを囮に、シルフの後ろを取ったスカイは、背中に鎌を振り下ろした。だが、シルフの背中から生えてきた木の根が壁になり、スカイの鎌を防いだ。
「はっ!?」
先端が刺さってしまい、鎌が抜けなくなる。肩越しにシルフは、「大したことないのは、キミもだよ」と体を翻し、スカイから鎌を奪い取った。
「あっ!」
「バイバイ」
 シルフは、スカイの脇腹を斬りつけ、地面に思い切り叩き落とす。
派手な土煙と、爆発音の様な激しい音がした。土煙が引くと、中から石畳に叩きつけられ、変身が解除された空が気絶していた。
そこへ降り立ち、空の傍らに転がるディープアメジストを拾い上げ、うっとりとした顔つきでそれを覗き込む。
「……あぁ、素敵だ。さすがリオ。美しい――」
その蠱惑的な美しさを堪能していると、近くの茂みからカサカサと、葉が掠り合う音がする。見れば、茂みにいたルビィが出てきたのだ。
「痛たたっ……って、空!?」
「お目覚めかな。ルビィちゃん」
そう言いながら、ワザとらしく手に持ったディープアメジストを見せつける。
「これで、僕の七天宝珠は自分を合わせて二つ」
「こっちだって、龍海が来れば二つよ!!」
「ふふっ。ははははっ。来ると思ってるのかい? ここまで大騒ぎしてるのに、彼はまだ来てないんだよ?」
確かに、それはルビィもおかしいと思っていた。彼が逃げるとは、考えられない。しかし、それ以上は頭が考えないようにしているのか、頭にシャッターが下ろされ、働かない。
「彼は来ないよ。絶対。これが答えだ」
そう言って彼女は、巫女装束の振り袖からガイアモンドを取り出した。よく見れば、そのガイアモンドはうっすらと血に染まっている。
ルビィは地面がなくなっているにも関わらず、地面が揺れているような不思議な感触に捕らわれた。心臓も大きく跳ね上がり、目の前に龍海が倒れている様な気さえした。
「……あ、あんた。龍海をどうしたの」
「彼なら、腹を破ってガイアモンドを取り出してから、どこかに放っておいたよ。そろそろ死ぬんじゃないかなぁ」
クスクス笑うシルフを見ていると、ルビィの心臓が高鳴る。悔しさや怒りが腹の中で渦巻き、体が強張る。その瞬間、頭の中でピンと張った糸が切れた。
ガクンとうなだれたルビィは、ボソボソと何かを呟き、胸元のブラティルビィを引き抜いた。
「ん?」
ルビィはブラティルビィを使いこなしていなかった筈じゃ、と首を傾げるが、ルビィはドンドン魔力を込めていく。まさか、とは思うが、シルフはそのまさかに戦慄せざるをえない。
「ブラティルビィ、発動おぉぉぉぉぉッ!!」
魔力の波長が止まり、ルビィはゆっくりと顔を上げる。
「……キミは、どっちかな? ルビィちゃん、それとも」
「ひひひ……。わかってんだろ? 俺だよ、ルベウスだ」

ルビィの表情は、普段のそれとは違い、酷く下衆めいた笑顔を見せていた。髪を掻き上げ、ステッキを肩に乗せ、一歩踏み出す。
「ルベウス……。キミは封印されていたんじゃ」
「この小娘のおかげさ」と、ルビィ――ルベウスが、自身の胸を指差す。「しこたま魔力を送って、封印をぶっ壊してくれたんだよ」
「ルビィちゃんにそこまでの魔力が……?」
「んなの俺が知るか。目覚めたらこの体なんだからよ」
ところで――、そう言って、ルベウスは自分の手の内にあるブラティルビィを真上へと投げ、キャッチする。
「お前。いま、俺の宿主を攻撃してたよなぁ……?」
ぞくん、と。シルフの皮膚が粟立ち、一歩退き、空中へ飛び上がって逃げ出した。
「お?」
「悪いが、キミと戦う気はない!」
ブラティルビィはある意味で、どんな七天宝珠よりタチが悪い。それと戦うよりは、欲張らずガイアモンドとディープアメジストを持って逃げた方が得策だと。シルフは判断した。
だが、ルベウスは一瞬でシルフの目の前に移動し、ブラティルビィを巨大なハンマーへと姿を変える。
「逃げんなシュシュ。俺と一手……、打ち合えよッ!!」
そのハンマーでシルフの頭を打ち抜き、地面に向かって思い切り叩き落とした。

 あまりの激痛に気絶していたらしく、なんとか目を覚ますことができた。シュシュに腹をぶち抜かれて生きていられるとは。我ながらしぶとい。……しかし、行動不能にしたいのなら、魔力を吸うのではなく、完全に心臓をぶち破ってしまえば良かったのに。
「痛っ……!!」
 腹を押さえるも、やはりそこには大きな穴が出来ていた。しかし傷は浅いのか、血の流れは止まりつつある。それでも、死が近づいているのを感じる。このままでは死ぬ。その前に、なんとか二人と合流しなくては。――しかし、どこにいるのか。
 激痛で脂汗が止まらない体を引きずって、とりあえず林から出る。その時、遠くから爆発音に似た、激しく大きな音が聞こえた。
「……もう戦ってんのか」
 ちょっと目覚めるのが遅かったか。その音が聞こえる方向へ、足を引き摺る。
 大体五分ほどでその場所に到着して、俺が見たのは、地面に倒れている空と、魔法少女化したであろうシュシュだった。
「……は?」
 空は大丈夫か、と急いで駆け寄る。息はあるが、すでにボロボロだ。ディープアメジストを持っていない所から察するに、奪われたのか。
「おい、空。しっかりしろ!」
「う……お、お兄、ちゃん。どこ、行ってたの……」
「見逃してくれ……。腹に穴が開いてんだから」
 俺の腹を見た空は、さすがに驚いたらしく、顔を強ばらせ、俺の腹に手を伸ばす。
「大丈夫……!? 待ってて、今、治癒魔法を……」
「お前、今ディープアメジスト持ってないだろ。取ってくるから」
 立ち上がり、シュシュの元に歩み寄る。彼女の傍らには、ガイアモンドとディープアメジストがあり、それを拾い上げる。
「おい。そこのお前」
 上から声がして、見上げると、そこには見慣れないハンマーを担いで、俺を見下すルビィだった。
「よう、ルビィ……。なんだ、そのハンマーは? つか、パンツ見えてる」
「あぁ? パンツくれえ別に構わねえよ」
 ルビィは地面に降り立つと、一瞬シュシュを見下してから、俺に手を差し出す。
「その二つの七天宝珠。俺に渡してくんねえか」
「……お前、なんか様子違うぞ」
 一人称は『俺』じゃなく、『あたし』だったはずだ。それに、いつもと雰囲気が違う。ルビィに合った、ちょっとの高貴さが消え失せた、というか。
「ちっ。いいから、さっさと渡せ!!」
 その言葉と同時に、ハンマーを振り抜いた。俺はそのハンマーに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「ぐっ、が……!!」
 絶対どこかの骨が折れた。もはや全身が痛すぎて、痛いのかどうかわからなくなってきた。
「ルビィ!! ……てめぇ、どういうつもりだ!!」
「うるせえなぁ……。黙ってその二つ、渡しゃいいんだよ。それは俺のモンなんだからよぉ」
「様子がおかしいお前に、渡すわけにいくか!!」
「ちっ。面倒くせえ」
 なんとか立ち上がって、全身のダメージを計算する。そして、ディープアメジストをポケットにしまうと、俺はガイアモンドで変身した。アース・プリンセスになれはしたが、正直満身創痍だ。
「……なんでおとなしく渡した方が得だ、ってわからんかねえ」
 その言葉を無視して、俺は治癒魔法を自分にかけた。体の傷は一応全快したが、完治とまではいかない上、体力と魔力の消費はどうしようもない。
『龍海。彼女はいま、ルビィちゃんじゃない』
 俺の中にいるアスが、そんなことを言った。ルビィじゃない?
「久しぶりだなぁ、アス。おい! アスの宿主。俺はルベウス。ブラティルビィだ」
「……なんとなく、状況は把握した」
 おそらくは、ブラティルビィに意識を持っていかれたのだろう。そうとしか思えない。俺は剣を魔力で作り上げ、構える。
「お? やる気かよ。悪いが、俺は手加減なんて――」
 言葉を言い終わる前に、一瞬で俺の懐に潜り込んで、ボディブロウ。
「――しねえから」
「うぶっ……!!」
 野郎……!! あんなデケェハンマー持ってるくせに、なんて速さだ。肋は折れたかもしれない。反撃しようと、剣を振り下ろすが、ハンマーに叩き折られてしまう。
「なん――っ!?」
 そして、ハンマーで胸を思いきりフルスイングされ、ぶっ倒れた。その拍子に、ディープアメジストが転がり落ち、ルベウスはそれを拾い上げる。
「さて……。残りはガイアモンドだ。渡してもらう」
 俺の頭を踏みつけるルベウス。その時、俺の魔力が切れたのか、変身が解除され、ガイアモンドが排出される。それをキャッチしたルベウスは、俺の頭から足を下ろし、今度はシュシュの方へ向かっていく。
「残るは、シードクリスタルだけ……」
 シルフの傍らに立つと、ルベウスはハンマーを、いつものステッキに持ち替え、振りかぶる。
「や、めろぉぉぉッ!!」
 俺は、近くにあった石畳の欠片を、ルベウスに向かって投げた。それは、ステッキを持つ手の甲に当たり、ヤツはステッキを落とした。そして、ゆっくりと俺に顔を向ける。眉間にシワを寄せ、俺に殺意を向けている。
「んだよこの野郎……! 宿主の友達っぽいから、見逃してやろうっつってんのによぉ。――そんなに死にてぇなら、ソッコーで殺してやるよぉ!!」
 ステッキを拾い上げ、俺の元に跳ぼうと、するが、地面から生えてきた木の根に体を縛られた。
「あぁ!? ……っち、起きやがったなシュシュ!」
 素早く起き上がり、ルベウスの手からガイアモンドとディープアメジストを奪い取って、龍海と空の元へ駆け寄った。
「逃げるぞ二人共!」
 そして、二人を抱え上げると、空中に飛び上がってその場を離脱した。後ろからルベウスの叫び声がしているが、声が荒すぎて、何を言っているかわからない。おそらくは、殺すとかの物騒な言葉を叫んでいるのだろう。
「……お前、俺の腹に穴開けたくせに。助けてくれんのか?」
「今は緊急事態だし……。ブラティルビィ相手には、戦力は多い方がいい」
「協力しろってことか?」
「嫌ならいいよ。ガイアモンドとディープアメジスト。それにブラティルビィは、僕が貰う」
 思わず舌打ちが出た。一気に二つの七天宝珠を失うのはデカい。もしルビィが正気を取り戻しても、「何やってんの龍海! しっかり守りなさいよね!!」と大目玉を食らうだろう。
 シュシュは林の中に降り立つと、俺と空を下ろした。そして、袖口から種を取り出し、俺に差し出す。
「これを飲んで」
「……なんだそれ」
「僕らの世界にある植物の種だ。品種改良してあるけどね」
 その種をムリヤリ俺の口に押し込む。仕方なく飲み込むと、体にふっと力が戻り、腹の傷が塞がっていく。制服を捲り上げると、腹に木のさらしが巻かれていた。
「応急処置だ。じきに治る」
 シュシュは自身の胸からシードクリスタルを引き剥がし、俺に投げる。なんとか受け取ると、ついでガイアモンドとディープアメジストも投げてきた。
「もう真守ちゃんは無理だ。空ちゃんもすぐには戦えない。キミがその三つを使って、ルビィちゃんからブラティルビィを奪うんだ」
「……三つありゃ余裕じゃねえか?」
「そんなことないさ。ブラティルビィ――ルベウスは七天宝珠一、戦闘狂の女だ」
「あ? 俺、って言ってるじゃねえか」
「僕だって僕だ。――って、話を戻そう。七天宝珠は、一つ扱う分にはいいが、数が増えれば増えるほど、難易度が増す」
「……そうなのか?」
「あぁ。それに、厄介なのはそれだけじゃない。キミはブラティルビィの能力は知ってるかい」
 ……たしか、ルビィが最初に言ってたな。
「魔力を『強化』するんじゃなかったのか?」
「違う。『強化』じゃない。『狂化』だ」
 イントネーションが変わっただけだったので、どういう文字を当てていいかわからんかったが、ちょっと考えてわかった。
「『狂化』って、どういうことだ?」
「魔力を作る脳内回路を一時的に狂わせる。そして、魔力をキャパ以上に引き出すことが可能になるんだ。――もちろん、使いすぎれば死ぬ」
「はぁ!? ……ってことは、俺が止めないと死ぬのか?」
「もちろん。ルベウスは宿主を気遣うことをしない。僕は生かさず殺さずだけど、ヤツは憑いたら殺す。だから、先代が封印していたのだけど……ルビィちゃんが解いてしまったらしい」
 あいつめ。……面倒かけさせやがって。しょうがない。ちょっくら助けて、お尻ペンペンでもしてやるか。
 立ち上がると、シュシュは見上げて、「もう行くのかい?」
「あぁ。ウチのじゃじゃ馬をしつけてくる」
「そうかい。――ちょっと慌ててる?」
「まさか」
 ガイアモンドで、アース・プリンセスに変身し、飛び上がる。俺が慌てるか。クールが売りの龍海さんだぜ。
 とはいえ、できるだけ急いでブラティルビィの元へ戻るべく魔力を辿り、上空から探す。
『……素直じゃないなぁ。しっかり慌ててるじゃないか』と、呆れた風なアスの声。
『まぁまぁ。龍海くんはツンデレだから』と、笑い混じりのリオ。ディープアメジストを持ってるから、俺に声が聞こえてんのか。
「つうか。誰がツンデレだ!」
 魔力を感知し、降り立つ。そこには、顔に全身のシワを集めた様な形相のルベウスだった。足元には、ズタズタに引き裂かれた木の根。
「よう……アスじゃねえか。俺、今イライラしてんだよ……!!」
「ふん。知ったことか。叩き潰すぞ」俺の口を使って、アスが喋る。
 勝手に出てくるなよ、と言いたかったが、俺も同じことを言おうと思っていた。
「お前が、俺を潰す? 面白えこと言うじゃねえか」
「うるせえ。いいから来い。時間がねえんだ」
 剣を取り出し、俺は一歩踏み出して、ルベウスに斬りつけた。確かに当たったと思ったのだが、紙一重で避けられていて、地面を叩いていたのだ。
「お前。一撃で決めようとしただろ」
 ルベウスが俺の髪を掴んで引くと、俺の鼻に膝蹴りを叩き込む。
「ぶっ……!!」
「戦いはなぁ、一手ずつ勝利への足掛かりを積み上げて、やっと勝利できる物なんだよ。――それを急ぐなんて、百年早え!!」
 そして、腹にそのまま前蹴りを食らわされるが、腹に木のさらしが巻かれており、ダメージは少ない。俺は体重を前に掛けて、ルベウスを押し倒そうとする。だが、やつの足は鉄棒みたいに固く、倒れてくれない。ルビィの体格から見て、筋力はそんなに無いはずなのに。
「驚いてるか? お前は魔法の素人だから知らないだろうが、筋肉に魔力を通して、増幅できるんだよ」
 言って、俺を蹴っ飛ばした。そしてそのまま、ステッキを取り出して、俺の頭を殴った。鈍い痛みが頭に響いて、血が流れてくる。
『龍海! ディープアメジストを!!』
「了解だ!」
 剣でステッキを受けるが、猛攻は止まらない。受けるのが精一杯で、攻めに回れない。
「おらおらぁ!! 攻めてみろよぉ!!」
「わかってらぁ!」
 剣でステッキを押さえたまま、俺はディープアメジストを取り出し、それを刀身に押し付ける。するとディープアメジストの形に刀身が凹んでハマる。
「ディープアメジスト、発動!!」
 押さえたまま、切っ先だけを動かし、空間に穴を開ける。
「ライラック!」
 俺とルベウスの横に開いた穴から、ライラックの腕が飛び出し、ルベウスの体を掴んだ。
「こりゃあ……! ジュエルスドラゴンか!!」
「ライラック! そのまま押さえててくれ!!」
 俺の言うことを聞いてくれるか心配だったが、ライラックが手を離す様子はない。動きが封じられている内に、ルベウスの胸へ手を伸ばした。
「ブラティルビィ、いただき!!」
「さ、せるかぁぁッ!!」
 と、ライラックの指を押し返し、上空に脱出して飛ぶ斬撃を俺に放つ。素早く刀身のディープアメジストとシードクリスタルを入れ替えて、地面から木の根を生やし、それで壁を作りガード。そして、その根に乗って飛び上がり、シードクリスタルで木刀を出し、二刀流でルベウスへ追撃を図る。
「おおぉ!!」
 とにかくデタラメに剣を振り回して攻撃するが、さすがルベウスも戦い慣れしている。ステッキ一本だけでいなされてしまい、攻撃がまったく当たらない。
「はっ! 一本でダメなら二本でってか!? あめぇ! 『イグニッション』!!」
 体から血の様に赤い炎が出て、ハンマーを取り出したルベウスは、そのハンマーで俺を地面へ叩き落とした。
「ぐぁっ!!」
 背中から石畳の上に落ち、血が口から漏れ出す。先ほどより、筋力も魔力も格段に上がっていた。ルベウスは倒れる俺の元に降りてきて、首を掴んで持ち上げる。
「あぐっ……!!」
「さて、終わりかなぁ……?」
 首を握る手に力がこもる。自然、それを離そうとルベウスの手首を掴んでしまう。――違う、ダメだ。それでは勝てない。真っ赤に染まっていく視界をなんとか意識から外し、頭を回す。考えろ。今こいつに勝つ為には、策しかない。
「まだ、終わらねえぞ……!」
 俺は足を思い切り上げて、ルベウスの腹に前蹴りを喰らわせ脱出した。無呼吸状態から溜めのある蹴りだったので多少苦しかったが、死ぬよりマシだ。
「ちっ! ……油断したか」
 前蹴りは大して効いていないらしい。服の汚れを払って、ハンマーを取り出し、追撃を仕掛けてきた。だが、剣を振り上げた俺の構えを見て、ルベウスは急ブレーキ。
「……その構え。『ガイア・ス・モーゼ』か」
 なんだかわからず首を捻っていたら、アスが『キミが波動砲と呼んでいるあの技だ』と教えてくれた。
「いいのかよ? もし決まっちまったら、この体が消滅するぞ?」
『そうだ龍海。自分で言うのもなんだが、その技は七天宝珠一の攻撃力がある。ルベウスでも受けきれるかわからない』
「……」
 大丈夫だ、とは言えないが、俺は自分の策をアスに心の中で話した。
『……へえ。その戦い方は、私も考えなかったわ』答えたのはリオだった。『でも、確かに不可能じゃないわよ』
 ちょっと不安だった俺は、その言葉に安心して、策を実行することを決心する。
「行くぞルベウス!!」
「はっ! 来いよアス!! 防ぎ切ってやらぁぁぁぁッ!!」
 切っ先に魔力を込める。耳元で、アスの『よく狙いなさい』という声がした。切っ先に集まった魔力で、剣全体を伸ばすイメージを膨らませ、振り下ろした。
 真っ白な光が、俺の視界を両断する。全てを壊す光だというのに、酷く優しい光だ。
「叩き返してやらぁ!!」
 ハンマーを取り出したルベウスは、その光をアッパースイングで打ち返そうとする。だが、さすがに必殺技を一瞬で消すことはできないらしく、踏ん張っている。
「ぐ、っなぁぁぁぁらぁぁッ!!」
 しかし、さすがルベウスというべきか、その必殺技を掻き消した。ハンマーを振り切って、ルベウスは「どうだアス!!」と、俺がいるであろう前方を見る。だが、そこに俺はいない。
「なっ……」
 驚くルベウスの後ろ。そこに俺はいたのだ。
「こっちだ、ルベウス」
 素早く振り返ったルベウスの胸元。そこにあるブラティルビィに、俺はディープアメジストで取り出した鎌の刃先を突き立てた。
「……てめえ、どうやって俺の後ろに」
「さっきライラックを呼び出した穴から、異空間に入って後ろに回り込んだんだ。あの波動砲は囮で、威力はギリギリまで落とした」
 それでも、どれだけ落とすかは本当に綱渡りだった。強すぎてもルビィを殺してしまうし、弱すぎても感づかれる可能性がある。
「はっ、なるほどね。……まさか、俺が七天宝珠三つごときに負けるとはな」
「違う。敗因はお前だ。自信過剰で、油断があった。もし油断がなかったら、俺は負けてたかもしれない」
 それを聞いて、ルベウスはニヤリと笑って、「そうかい。……じゃあ、さっさとやんな。俺を封印すんだろ?」
「あぁ。ルビィは、返してもらう」
 ディープアメジストの能力、『封印』で、俺はブラティルビィを再び封印した。ぱきん、とガラスが割れるような音がして、ルビィは膝から崩れた。鎌を地面に置き、急いでルビィを支える。気絶しているらしいルビィは、安らかな寝顔を見せ、俺の胸でおとなしくしている。
「はぁ……終わったか」
 俺の中の魔力が切れたのか、体が魔法少女から男に戻った。戻ってわかったのだが、体中が痛い。
「ん……」
 ルビィの吐息がしたと思いきや、ルビィはゆっくりと目を開け、上目使いで俺の顔を見た。
「よう。目、覚めたか」
「……あたし、何してたんだっけ」
「ブラティルビィに支配されて、暴走してた。もう封印してやったから、心配すんな」
「そっ、か……。あたし、失敗したんだ」ルビィの表情が曇る。「あたし、こんなに弱かったっけ……。自分では、もっと強かったつもりなのにな……」
「そんなもんだろ。人間、自分で思うほど強かない。けどまあ、自分で考えるほど弱かないと思うぜ。……くよくよすんな。俺は、いつもの強気なルビィじゃないと、落ち着かねえんだ」
 俺がハムスターになってまで支えてやった女だ。弱いはずがない。俺は、誰よりもルビィが強いと信じている。
 するとルビィは、一瞬微笑んだかと思いきや、俺から離れて、「ありがと龍海。あんた、意外とかっこいいじゃない!」と、俺の肩を叩く。その瞬間、叩かれた肩からびきっと音がして、俺は無言のまま倒れた。
「えぇ! どうしたの龍海!?」
「た、戦いの所為で、全身痛いんだ……。優しく扱ってくれ……!」
 声は震えているのに、体は固まっている。そんな俺を見ながら、ルビィは慌てふためき、わたわたと体を揺さぶる。
「ごめん龍海! 大丈夫!?」
「お、お前はなんともないんかい……!」
 恐ろしい女だ。ルベウスにムチャな魔力を引き出されていたクセに……。

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