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第19話『手を取り合って』

 変身して魔法少女姿になったルビィが、エプロンドレスのポケットに七天宝珠を乱暴に、押しこむみたいにして突っ込んだ。俺は横に立ち、緊張するヤツの面持ちをジッと見ていた。それなりに長い付き合いかと思えば、意外とまだ半年も立っていなかったりして、随分濃密な時間を過ごしたんだなと、過ぎ去ってみればそう思える。もちろん、それが充実していたかどうか判断できるほど、まだ大人ではないけれど。
 場所は俺の家。正確には屋根の上。俺は久しぶりのハムスター姿になって、ルビィの肩に乗っていた。どうもこの姿を懐かしんでしまうのは、巻き込まれた当初を思い出すからなのか。
 ちなみに、スフィアと空は家の中にいる。七天宝珠はルビィがすべて使うため、やつらは今回お休み。
「すー……はー……」
 ルビィの深呼吸と同時に、肩が揺れ、俺の視界も引っ張られる。最終決戦ということで緊張しているのだろうか。もう王権はルビィの物だし、本来なら戦う事もないのだが。ラウドが何を企んでいるかもわからないし、王になったからにはラウドのような反逆者を許しておくわけにはいかないのだろう。つまりは、王としての初仕事。緊張するのも無理はない。
「今から、魔法の国とやらに行くんだろ?」
 話す事によって緊張が解れたらと思い、俺はルビィに話しかけた。ヤツは視線をまっすぐにしたまま、独り言みたいに呟き始めた。
「そうね。別に意識することはないわよ。言ってもあんまり、こっちと変わらないし」
「へー。どうやっていくんだ?」
 でも確か、前に宝石が地面に転がってるって言ってたような……。
 ……持って帰ったら売れないかな。
「魔法。入り口を開けるのよ」
「……なんか結構行き来自由な感じだな」
「まあね」
 なんだか普段よりそっけなくないか、お前?
 そう聞こうとしたのだが、すぐにステッキを取り出し、何かをブツブツ呟いたかと思えば、蜃気楼みたいにゆらゆらと、段々輪郭がハッキリしてきて、目の前にワインレッドのドアが現れた。これが魔法の国への入り口らしい。
「さて。二人だけで戦うのも久しぶりね」
「そうだなあ。最初の内は、これが当たり前だったんだが。アスが目覚めてからは俺が戦えるようになったしな」
「うん。やっぱこっちのが好きだな、私」
「なんだよ、いきなり可愛いことを」
「可愛いってあんたね……。まあいいわ。この扉開けたら、もう後は戦うしかなくなるんだから。頭が空っぽになるわよ」
 頷くと、俺も高鳴る心臓を自覚した。結構いろいろあったが、これがラスト。ルビィと戦うのも最後。これが終わったら、ルビィはどうするのか考えたけれど、普通に考えて帰るんだろう。
 どうにも、寂しさに似た感情が胸の鼓動を乱す。まったくもって情けない。あるいは、カッコ悪い。
「じゃ、行くわよゴン」
「ああ、了解だ」
 一歩踏み出し、ドアノブを捻る。
 中から吹き込んでくる風に吹き飛ばされそうになるが、ルビィの肩を掴んで、なんとか耐え、その先に広がる光景を見た。
 曇天の空と、アスファルトの地面。まるで繁華街のような、人っ子一人いないビル群と、まるで俺達が住んでいる世界のようだった。
「……ここが、魔法の国か?」
「ええ。大して変わってなくて、拍子抜けした?」
「いや。逆に驚いた」
 見渡してみると、確かに細部が違う。広告には魔法塾などと、聞き覚えのない言葉が綴られていて、一応は違う世界なのだと信じる事ができた。それに、遠くの方に、明らかに周りの景色から浮いている欧風の城も見えて、なんとか事実と頭の中がマッチングした。
「あれがお前の住んでたとこか?」
「そうね。――にしても、人が一人もいないんだけど、これって、どうなってるわけ?」
 それは俺が聞きたい。
 ルビィは最初から俺の答えなど期待していなかったらしく、空へと飛び上がった。高い場所から周辺を見渡すが、風の音が聞こえてくるだけで、人の気配なんてしなかった。ところどころ電気がついていたので、窓から覗きこんだりしてみたのだが、まるで突然消えてしまったかのように、誰もいなかった。
「どうなってんだよこれ。魔法の国って普段からこんなんなのか?」
「まさか。向こうより人の出は少ないけど、これはいくらなんでも異常よ。……まあ、大方、ラウドの仕業でしょうけど」
 ため息をついて、地面に降りようとした瞬間、俺の視界の端に、何か光る物が見えた。それを中心に持って行くと、それは明らかに攻撃の意思を持った光る斬撃。
「ルビィ! 攻撃だ!!」
 慌ててルビィの耳を引っ張り、その斬撃に気づかせた。一瞬だけ狼狽えたようだが、ルビィはすぐにポケットからバレットパールを取り出し、腕にガトリング砲を装着。その斬撃を撃ちぬいた。
「……ラウドね」
「その通り」
 俺達よりずっと上空に、ラウドが立っていた。手には、ガイアモンドの大剣が握られている。
「ルビィ様が来たんですねえ。スフィア様が来ると思ってましたが……」
 拳を口元に置き、笑いを堪えるような、嫌味ったらしさを見せる。
「街の住民達はどうしたのよ。事と次第によっては――殺すしかなくなるわ」
「ディープアメジストの力で封印させていただいました。私はもう死刑しか道はないと思っていましたが?」
「すぐ殺すっていうのは、好きじゃないのよ。いくら無礼な態度取られてもね」
「そうですか。上から目線、ありがとうございます。しかしそれは、私を踏み台にできて初めて言っていいセリフですよ。私を踏めるとは思えないことだ」
 ルビィもラウドと同じ位置まで上がると、ポケットに入れていた七天宝珠を取り出す。タイムアンバーも手に入れたので、七つすべてが揃ったことになる。
「……タイムアンバー」
 自分では手に入らなかったタイムアンバーがルビィの手の中にあることが、どんな感情を呼んでいるのか。プライドの高いヤツだから、きっと、屈辱だろう。
「手に入れたんですねえ、それ」
「あんたには手に入らなかったものよ」
「……つくづく嫌味なお方だ」
 ラウドの顔が、地割れのようなシワで満たされる。酷い怒気だ。
 そのまま、力のこもった仕草でポケットに手を突っ込み、ゆっくりとティアラを取り出した。それは、絶対宝珠(パーフェクト・セブンス)の偽物。やつの自信そのものである、まさに自信作。模造宝珠(イミテーション・セブンス)。王位の象徴の、偽物だ。
「前にも言いましたが、僕はあなたが嫌いです。運だけしかもってないあなたが」
「運だけじゃないわよ」
 ぴくりと、ラウドの眉が動く。ルビィは、自分が持っていた七天宝珠達に、念を込める。頭の中で、七天宝珠達が合体する様でも思い描いているのだろう。七天宝珠が輝きを放ち、一つの珠になると、徐々にティアラへと輪郭を変えていき、七天宝珠は、絶対宝珠へと姿を変えた。ラウドの模造宝珠と姿は似ているが、向こうがきらびやかなのに対し、こちらの絶対宝珠は、しとやかな輝きを放っていて、有り体に言えば、こちらの方が品があった。
 ルビィはその絶対宝珠を頭に被る。今までルビィが王女である、ということに少し懐疑的だったのだが、ティアラを被ったルビィは、酷く魅力的で、高貴な雰囲気を醸し出していた。俺は自然と
「似合ってるな」なんて、柄でもないし、そんな場合でもない、呑気な事を言っていた。
「ありがとう」にっこりと笑うルビィ。俺はルビィの肩に乗って、至近距離からその笑顔を見ているのに、ドキドキは出来なかった。もう慣れてしまったからだろうか。なんだか、損したような気がするのは、なんでだろう。
「さあ、とっとと行きますよ!」
 ラウドは模造宝珠を、大剣に変化させる。柄が金で縁取られた、成金趣味のモノ。
 ルビィは手の平から光を出し、それををレイピアへと変化させた。ナックルガードに七つの宝石――ダイヤモンド、ルビー、サファイア、クリスタル、真珠、アメジスト、琥珀――が嵌めこまれたそれは、中世ヨーロッパの貴族が愛用していそうな、伝統のオーラに溢れている。
「ゴン! 魔力ちょっと流すわよ!」
 そう叫ぶと、俺の体に懐かしい感覚が巡る。血がサイダーにでもなったような刺激が、全身を駆け巡る。それはある種の爽快感があった。しかし、少しでも気を抜くとどこかへ吹っ飛んでいきそうな危険さも感じるので、やはりルビィ一人に任せておいたら大変なことになっていただろう。契約しておいてよかった。
 俺が有り余る魔力のコントロールに専念し、ルビィが戦いに専念する。最初の頃と同じだ。俺が、ガイアモンドの魔力を操作していた頃と。量が桁違いではあるが。
「とっとと行きますよ!」
 叫んだラウドが、一瞬でルビィの懐に潜り込む。タイムアンバーの力だろうが、ルビィにもタイムアンバーの加護がある。そのスピードをきちんと捉え、やつが振るった剣を、ルビィはレイピアで受けた。
「ブラティルビィ!」
 ルビィの叫びに、レイピアに嵌めこまれたブラティルビィが光る。ルビィの魔力が狂化され、筋力が爆発的にバンプアップする。ラウドを押し返し、地面に叩き落とした。
 落下していくラウドを追い掛け、ルビィも、地面に向かって飛び込む。
「ガイアモンド!!」
 その落下中、ルビィがガイアモンドを発動させ、レイピアの先端に魔力を集中。腰の後ろに回し、居合いみたいに思い切り振り抜いた。光の波動がラウドに向かって飛んでいく。
「ウィップサファイア!」
 ラウドの前に何本かの鞭が立ちはだかり、さらに残った鞭が、落下の衝撃を和らげるクッションになる。ウィップサファイアの能力で破壊という能力が改竄された光の波動は攻撃力を無くし、ラウドをただ通り抜けるだけの結果に終わる。
 そのまま落下した勢いで、ラウドの脳天目掛けてレイピアを振り下ろす。ラウドは降ってきたレイピアを、斜めに構えた大剣で受け流し、そのまま無防備になったルビィへ剣を振り抜く。
 体をくの字に曲げ、その剣を腹に掠めた程度でなんとかやり過ごした。
 繁華街の道路、その中心に降りた二人は、レイピアと大剣で打ち合いを重ねた。武器の質量など些細な問題なのだろう。レイピアと大剣なのに、二人の打ち合いは互角。大剣はレイピアのスピードについていき、レイピアは大剣のパワーに当たり負けしていない。
 二人の鍔迫り合いに、火花と甲高い金属音で華が添えられ、二人の戦いが白熱していく。ルビィも、額の汗に汗が滲んできており、ラウドの表情も真剣そのものだ。
「シードクリスタル!」
 ルビィの叫びに呼応するかのように、地面から生えてくる無数の木の根。ラウドを襲うそれらを、ラウドは冷静に一つずつ対処していく。
「バレットパール!」
 ラウドは、大剣をガトリング砲に変身させると、生えてきた木の根の根本を掃射。すべての木の根を根本から撃ちぬいて折った。そのままルビィへ銃口を向け、魔力の弾丸を連射。それらをもろに体へと受け、ルビィの体に幾つもの穴が空く。
「……っ!」
「ルビィ!!」
 俺の叫びに、ルビィはにっこりと笑い、レイピアを振るう。しかし、望んだ現象が起こらなかったらしいルビィは、きょとんとした表情で、レイピアを見つめる。
「……無駄ですよ」呟いたのは、ラウドだ。「先程、私の時空移動を防いだように、あなたが時間を巻き戻してダメージを回復しようとしても、私の偽タイムアンバーが防ぎます」
 なるほど、今のはタイムアンバーでダメージを回復しようとしていたのか。
 タイムアンバーを持っている者同士。タイムアンバーは通じない。偽物さえなければ、タイムアンバーこそ最強の兵器だったのだ。
『なんか、ムカつくわー。私、今回すごい役立たずじゃなーいー?』
 コークの不満に満ちた、ため息混じりの声。
 まあ、今まで出なかったのが悪いのだ。活躍のタイミングは何度もあったのに、母さんに拾われてぬくぬくやってたのだから。
「続き、どんどん行きますよ。ディープアメジスト!」
 ラウドは、大剣で空間に穴を開ける。その中から出てきたのは、ライラックではなく、炎の鬣を携えた、戦車ほどの大きさをしたライオンだった。
「な、なんだよあれ!! あんなのスカイ使ってたか!?」
 初めて見る魔物に、俺は慌てざるを得なかった。コピーだと思っていたら、まさかオリジナリティを出してくるとは。しかし、冷水でもぶっかけられたみたいに、リオの叫びが頭に響く。
『あれ、私の切り札よ。名前はフレイア。一回、あなた達と別れて戦ってた時に使ったわ。抑えておくのに魔力がたくさんいるから、あまり使ってなかったんだけど……』
 なるほど、そういう事か。向こうに召喚されたということは、もうこちらから呼び出すのは無理だろう。対抗できそうな魔獣は、ライラックしかいない。
「ルビィ。ライラックを呼べ!」
 俺の叫びに渋い顔を見せるルビィ。
「……大丈夫なの? あいつ、正直初見から弱くなってる気がするんだけど」
 心ない事を言うんじゃない。ライラックだって頑張ってるじゃないか。
「だとしても、二対一でやるわけにも行かねえだろ。呼ぶしかねえって!」
「そ、そうよね……ディープアメジスト!」
 ルビィはレイピアで空間を切り取り、亜空間への入り口を開いた。
 その中から、のそのそと這い出てきたのライラック。
 フレイアと向かい合い、魔法少女同士の戦闘というよりも、なんだか怪獣大決戦みたいになってきた。
「ライラック、頼りにしてるぞ!」
 なんだかルビィが期待してない感じなので、俺がモチベーションを上げるべくライラックへ向けて応援をする。すると、ヤツは、振り向いて、親指(?)を立てサムズアップ。どうも任せろ的な意気込みらしい。
『フレイアの方がライラックより魔獣としてのランクは上なのに……ライラック、大丈夫かしら……』
 リオは力ない声でそう言ったが、ここはもう信じるしかない。
 ライラックがフレイアに向かって飛びかかる。その様は、なんだか食物連鎖という言葉を思い出す、なんとも泥臭いものだった。
 フレイアの鬣がさらに勢いを増して燃え上がり、ライラックの皮膚を焼く。しかし忘れていたが、ヤツの皮膚は宝石。炎の攻撃は通じない。どうやら相性がよかった様だ。

 ライラックの鉄の爪が、フレイアの鼻っ柱を切り裂き、そのまま掴んで、首にかぶりついた。フレイアは首から血を出し、倒れた。野性味を魅せたライラックが、見事勝利を掴んだのだ。
「すっげーぞライラック!!」
 下馬評を覆したライラックを褒めてやると、やつはなんだか笑顔になったように、表情を崩した。
『あらら……偽物で呼び出したから、フレイアの魔力が落ちてたのかしら……。なんにしても、ライラック、よくやったわ!』
 ライラックの勝利に若干の幸運があったらしいが、まあとにかく、ライラックは勝利した。今までの不遇を覆すいいきっかけだったはずだ。ラウドがフレイアを引っ込めたのを確認し、ルビィもライラックが下げた頭を一撫でしてから、ライラックを引っ込める。
 しかしその隙に、ラウドは大剣を鞭へと変え、構え直すと、ルビィに向かって振るった。飛んでくる改竄の鞭。ルビィも鞭を取り、目の前に渦巻状にして展開。シールドのようにして、改竄能力をぶつけつ。同じ改竄能力がぶつかる。そうなれば、どちらにも転ばない。マイナスをマイナスが打ち消したのだ。
 それがいけなかった。
 俺達の視界が、自ら作った鞭の盾で埋まってしまい、ラウドを認識できなくなっていたのだ。
 ラウドはその隙に、ガイアモンドの力を使って、大剣の先端に魔力を溜めていた。
 ルビィがシールドを解いた瞬間、ラウドは波動砲を放った。
「あぶねえルビィ!!」
 俺は、魔力を逆に流し、魔力の流れを停滞させる。そして、絶対宝珠が分解。個々の七天宝珠に戻すと、ガイアモンドを取り、アース・プリンセスへと変身する。
 魔力を全開にし、やつの波動砲を剣で受けた。
「なにしてんのよアンタ!!」
 ルビィの怒りの声が俺の背中に突き刺さる。しかし、しょうがないじゃないか。引っ込めたウィップサファイアは出すのに少しタイムラグがあるし、いま防ぐには、これしか手が思いつかなかったんだから。
 しかし、向こうは本物と寸分違わない偽物の模造宝珠。大してこっちは、ガイアモンド一個。
 攻撃を防いでいる今、もう一度絶対宝珠を作るほど集中も出来ない。
『龍海! そろそろ限界だ……! 私が抑えるから、早く変身を解け!!』
 アスのありがたい、気持ちの籠った言葉。しかし、ここを独りでアスに任せられるほど、俺は薄情じゃない。俺と一緒に戦って、守ってくれた、ルビィとは違う意味でパートナー。戦友なのだ。
 けれど、そんな二人でも、目の前に迫ってきている死の光を抑えることに出来ない。徐々に押し負けてしまい、剣を弾き飛ばされ、俺の体をラウドの波動砲が貫いた。
 胸の真ん中辺りに大きな穴が開いて、俺の体は、地面に背中を引っ張られ、倒れた。人間の、男の姿に戻って、曇った空を見上げる。
「ゴホッ……ゴホッ……!」
「龍海! 龍海!?」
 駆け寄ってくるルビィに、俺は唇の端を吊り上げ、手を挙げて、拝むみたいにして謝った。
「わりっ。ちょっとミスった……」
「ちょ、ちょっとじゃないでしょ!! 胸に穴開けて何言ってんのよ!? アンタこんな時まで軽口言って、どんな神経してんのよ!」
 そうなんだよなあ。俺って、どうにも軽口がないと会話が出来ない男らしい。こんな時まで軽口が出るとは思わなかった。そういや、前に死にかけた時も、結局出てきたのはルビィと空へのお別れの言葉だけだったし。
「ちょっと、待ってて。すぐラウドを片付けて、タイムアンバーで巻き戻してあげるから……」
「あ……? ちょい待て……俺がいないと使えないだろ、絶対宝珠は……!?」
「こうなったら、一人で使うしないじゃない」
「死ぬ気かバカ!! ……痛ッ!」
 胸の穴が痛んで、言いたいことが半分も言えなかった。
 絶対宝珠は、二人で使ってやっとの代物だ。一人で使えば死ぬと、スフィアが言ってたじゃないか。
 ルビィは、俺の手に収まっていたガイアモンドを取り、すべての七天宝珠を再び絶対宝珠に戻して、被る。
「ふざけんな……! そこまでしてどうするんだよ……死んだらどうすんだよ……!!」痛みを堪えて、なんとか口から言葉を紡いでいく。
「死んでほしくねえって、言ってるだろ……!」
「……ここはもう、私の国よ」
 ルビィの声が、今までにないくらい低くなった。
 それは威厳を含んだ、目上の人間のような声だった。
「それに背き、危害を加えたラウドは、倒さなきゃいけない。これは、王の責任だから」
 言うや否や、ルビィは再びレイピアを出現させた。
 今はまだ、魔力による負担は出ていないらしいが、すぐに体が壊れ始めるはずだ。スフィアが言っていた。
『魔力の暴走が持つのは、おそらく五分程度。ブラティルビィの使いすぎと同じ様な症状が出るはずですわ。魔力が体の中を壊し、皮膚が赤くなっていく。ブラティルビィの名前の由来は、使いすぎて身体が血のように赤くなるから、ということなんです。ですから、もしなんらかの理由で魔力が暴走し、お姉さまの身体が赤くなったら、龍海さんが止めてください』
 そう、約束したのに。
 ごめんスフィア。約束は守れそうにない。あのわがままな姫は、俺に抑えられる器じゃなかったようだ。
 でも、まだ五分経っていない。五分以内に勝負を決めれば、ルビィは助かる。
 俺は、後少しで死ぬかもしれないが、まあ、ルビィも死ぬよりは、マシだろう。
「ラウド。もう、アンタにかまってる暇はなくなった」
「……こちらこそ。茶番を見るのは退屈でしたよ」
 ニヤニヤと笑うラウド。俺が胸に風穴開けたショーだというのに、茶番とは言ってくれる。ブロードウェイにも負けないと思うのだが。
「王として、五分以内にあんたを裁く」
「僕の罪が五分でまとめられるといいですけどねえ……」
 相変わらず、余裕の表情を崩さないラウド。そりゃあそうだろう。現段階で、圧倒的にラウドが有利なのだ。
『五分で終わらせるのなんて無理なんじゃねえのかお嬢よー』
 ルベウスの声が、俺とルビィの頭に響く。ここで俺にまでテレパシー飛ばしてくる辺りが非常にタチ悪い。どうせ慌てふためき絶望する俺を見たかったとか、そんな理由だろうけれど。
「……やるわよ、それでも」
 言うと、ルビィはレイピアからガトリング砲に変え、ラウドに向かって放った。
 しかしラウドは当然、それを大剣で弾いていく。タイムアンバーの力か、もう弾丸くらいは見えているのだろう。
「この期の及んでバレットパールなんて効きませんよ!」
 ラウドは剣に魔力を込め、何かに変えようと振るった。のだが、なぜか剣に輝きが灯らない。
「……? これは、改竄されてる……!」
 どうも、ラウドの模造宝珠が改竄されているという。
 しかし何故だ。ルビィはどこにもウィップサファイアは使っていなかった。
 ルビィはその現象に驚いていないらしい。つまりは狙ってやった、ということなのだろう。
 ガトリングをレイピアに戻し、特攻。狼狽えるラウドは、一瞬体勢を整えるのが遅れたものの、すぐにルビィの斬撃を剣で防いだ。だがその瞬間、なぜかルビィが二人居た。
 いや正確には、ラウドの前で剣を振るった人影は、シードクリスタルで作った木偶人形だった。
 本物は、後ろに居た。
「そっちか!!」
 ぐるりと腰を回して、後ろでレイピアを振りかぶっていたルビィを斬る。
 が、そっちも木偶だった。
 しかも斬った瞬間、ガイアモンドの破壊の光が中から漏れて、爆発するというおまけ付き。
 ラウドの身体が光に飲み込まれ、吹き飛ばされた。
「あぐ……ああ!!」
 悲鳴を出しはしたが、空中でくるりと体勢を整えて着地する。だが、きちんとダメージは受けているらしい。
「本物は……!」
 辺りを見回し、ラウドは最後に空を見た。
 そこには、ルビィがいた。しかし、ラウドはバックステップをして、そのルビィは切らずにいた。地面にそのまま落ちたルビィは、バラバラに、ヒモのようになった。どうやらこちらも、植物でできた木偶人形だったようだ。
「……ちっ」
 ラウドの舌打ち。そして、
「そう。今アンタが考えてる通り、全員偽物」
 俺の隣には、先程特攻したはずのルビィが立っていた。
 今しがたラウドに仕掛けていったのは、すべて偽物だったらしい。
「なるほど……それで? どうやって、僕の模造宝珠を、バレットパールで改竄したんです?」
 俺にもそれが分からない。何故、バレットパールで能力の改竄ができたのか。
 すると、俺の耳元で、アスの声がした。
『ウィップサファイアの、改竄だ。どれか一つの七天宝珠を、ウィップサファイアで、『合体』の能力に改竄する。それを繋ぎにして、七天宝珠同士を合体させる。――ルビィちゃんのアイデアださすがだね……』
 なるほど。ルビィはさすがだ。
 俺が命を張っただけはある。
 アスから種明かしをしてもらったが、ルビィはラウドに種明かしする気はないらしい。嫌味ったらしく笑った。
「自分で考えればいいじゃない。あんたは、考えるのが得意なんじゃなかったの?」
 血管がブチ切れる、電話が切れた時のような音がした気がした。
 ラウドの顔が真っ赤になっていた。バカにされているというのが、やつの逆鱗に触れたんだろう。
「テメエ!! いい加減にしとけよクソアマッ! テメエみてえなボンボンがなあ、僕は一番嫌いなんだよ! 僕が努力してる間、お前ら何してた!? 遊んでただけだろうが。僕の踏み台になるべきなんだよテメエらはッ!!」
 そんな、絶叫にも、悲鳴にも似たラウドの声は、俺の傷口を刺激した。
 痛くて、痛くて、なんだか、寂しいと言っているようにも、俺の胸が受け取っている。
 ルビィは、サラリと髪を掻き上げ、ふう、と遠くに飛ばすようなため息。
「アンタが努力してる間、何してたって……」
 こめかみ辺りを、人差し指で掻きながら、ルビィは一言。

「仲間、作ってた」

 呆気に取られ、表情が消えるラウド。
 どうやら怒りがどこかへ行ったらしい。
 仲間を作ってた、か。たしかに、ルビィは仲間を作っていた。仲間を作る、という言葉ほど、お上品な手段ではなかったけれど。



「私は、確かにアンタみたいに上手くはやれない。運だけなんて言われてもしょうがない。だから、上手くやれる人間を信じて、頼る」
 ルビィはそう言うと、ゆらりと、風に揺れる木の葉みたいな所作で、レイピアを袈裟気味に構える。
 レイピアに、血の様に赤い光と、真っ白な、空間を切り取った様な光が二重の螺旋が巻かれていく。
 あれは、ブラティルビィと、ガイアモンドの輝き。
 まさか、ブラティルビィの能力で、ガイアモンドの攻撃力を狂化する気か!?
 ガイアモンドの威力は、普通に使っても冗談のような威力だ。それのリミッターを外せば、ラウドがどうなるか。おそらく、射程圏内の周囲に立っているだけでも、蒸発してしまうだろう。
「やめろルビィ!! ラウド殺す気か!?」
 ルビィは、俺の目を見てはくれなかった。眼前にいる反逆者だけを捉え、ぶつぶつと、自分に言い聞かせる様な口調で言う。
「王として、反逆者は、住人を危険な目に合わせ、王に背いたラウドは、殺す……」
「バカなこと言うんじゃねえ! お前のどこが王だ!? ただの小娘じゃねえか!!」
 俺はルビィを王女らしい、なんて思った事は一度もない。
 俺の母さんの料理は美味い美味いって言いながら食べるし、口は悪いし、どこにでもいそうな、ちょっと性格のキツイ女だ。
 そんなヤツが、人殺しすることは。
 俺が知ってる、俺が好きなルビィに、手を汚すことなんて。
 できないはずじゃないか。
「やめろって言ってんだろ! ルビィッ!!」
 しかし、俺の声に反応なんてしなかった。
 血塗られた光を、まるで審判の槌のように振り下ろした。


 それは、目前のすべてを消し去る、希望のようで、絶望の光だ。


 

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