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第1話『居残りは楽しい事です』

 私の通っている高校は、正直言ってあまり立地がよろしくない。繁華街に出る為に三十分ほどバスに乗らなくてはいけないので、放課後遊びに繰り出すのが億劫だ。
 しかしだからといって、放課後友人と遊ばないで育める友情なんてありえないし、そもそもつまらない。
 じゃあどうしよう?
 私達は考えた。
 そうしてできたのが『放課後居残りクラブ(略式は居残り部)』最終下校時刻まで学校でだべったりするのが目的という、なんとも自堕落な学校非公式の部活動だ。
 部員は私含めた四名。ちなみに、私の名前は安藤都古(あんどうみやこ)。晴嵐学園二年B組所属。花の女子高生。……花の女子高生って言葉は古いか。
「……しっかし、なんで放課後になると急にお腹減るかな」
 居残り部以外、誰もいなくなった教室。私達は教室の端っこに集まって、各々他のクラスメートの席を借り、座っていた。
 今の発言は、居残り部の部長である鈴江華(すずえはな)の物。
 百五十後半くらいの身長に、ちょっと発育不足な細くて膨らみのない、少年みたいな体つき。私と同じ紺のセーラーを着ているけど、大人用と子供用くらいサイズに違いがある。
 髪型は前髪を揃えた姫カット。ぎらついた目つきが印象的な、居残り部――いや。学園一のトラブルメーカー。
「なんていうか、放課後になると、まるで眠っていた別腹が目を覚ましたみたいにお腹減るじゃん? お昼しっかり食べたのに」
「あんまり食べてばっかりだと、太るよ華」
 私の言葉に、彼女は自身の胸を指差し「私の場合はちょっと太ってくれた方がいいの」と言った。まあ確かに、華はそうかもしれない。全体的にちょっと幼児体型だし。
「まあ私に比べてみゃこは、胸大きいから今更なのかなー」
 ジロジロと好奇の視線を私の胸に射る華に、私は自分の胸を抱くことで対抗した。まあ、自慢じゃないけど(どころかコンプレックス)、胸は大きい方だ。ちなみに、『みゃこ』は私のあだ名。可愛らしい響きが気に入っている。
「華さん。それくらいに」
 と、華によるセクハラを仲裁に入ってくれたのは、薬師寺風和。腰まで伸びた栗色の髪は、毛先からカールされていて、温和そうな笑顔からは人の良さと安心感を覚える。薬師寺財閥という、大企業の社長令嬢。
「みゃこさんの胸がさらに大きくなっちゃいますよ?」
「あれっ。セクハラ止めてくれたんじゃなかったの!?」
「うふふ。――冗談です」
 柔らかに微笑む風和。
 ……風和の冗談って、いまいちわかりにくいのよね。まあそれはそれで彼女の魅力な気がするけど。
「華ちゃん。クッキーで良かったらありますよ。手作りですけど」
 風和は自分の鞄から、丁寧にラッピングされ、たくさんのクッキーが入った袋を取り出す。彼女はこんな風に、よくいろんな物を持ってきてくれる。居残り部の資材物資調達担当なのだ。
 ……そんな完璧超人の彼女なんだけど、一つ欠点がある。
「あ、いや、えーと……今はクッキーの気分じゃないかなー」
 華がしどろもどろながら、遠回しに拒絶を示す。風和はイギリスに留学していた経験があり、その所為なのかは知らないけど、味覚音痴。ギリギリ食べ物だと認識できる、と言ったレベルの不安感満載なモノなので、あまり食べたい物ではない。
「そうですか? では、またの機会に」
 少し残念そうにクッキーをしまう風和。しかし私達二人は、少しホッとして胸をなで下ろした。
「――あ、そういえばアマは?」
 ふと思い出したように、華が言った。
「あぁ、そう言えば……甘利いないね」
 と、一応教室を見渡す私。もちろん、私達以外には誰もいない。
 ちょうどその時、教室の扉が開いて、甘利が入ってきた。
 間直甘利(ますぐあまり)。居残り部員の一人。艶やかな黒髪を腰まで落とし、凛々しい顔付きにスレンダーな体で、同じ女性として少し憧れる外見の持ち主だ。また、責任感が強く、クラスの委員長も勤めている。まあ、ちょっと口が悪いのが玉にキズ。
「甘利、どこ行ってたの?」と、私は訊いてみた。すると彼女は、持っていたビニール袋を掲げ、「お腹空いたから、コンビニに買い出し行ってた」と言って、私達の輪に加わった。
「一応みんなで摘めるお菓子買ってきたから」
「さすがアマ! 話がわかるねぇ」
 華は甘利から袋を受け取って、さっそくガサガサと漁り始める。
「ふふん。私は完璧な女なのよ」
 甘利は甘利で、なぜか胸を張っている。気を使ってくれたのは確かなんだけど、そこまで言うことなのか……?
「おい完璧(笑)女」
 突然、平坦な声を出す華。視線の先には甘利がいるから、完璧女とは甘利を指しているらしかった。
「なにかしらチビ助」
「なんだこのラインナップは!」
 と、華は袋の中身を机の上にバラまいた。見れば、『暴君ハバネロ』に『カラムーチョ』と言った辛い物オンリーラインナップだった。
「普通『みんなで摘める物』って言ったら『チップスター』とか『ポッキー』とか無難な物じゃん!! なんで辛い物のみ!? 舌休ませろよ!」
「まあまあ華、落ち着いて……」
 一応中立を保つ私だけど、正直このラインナップは私も首を捻る。甘い物が食べたかったというか、あまり辛いのが好きじゃないというか。
「え、ダメ?」首を捻る甘利。ダメじゃないけどダメなラインナップだよこれ。
「まだオールレーズンとかスーパーでしか見ないようなマザーラインナップの方がマシだったかな……」
 とだけ言っておく。
「いいじゃない辛いモノ。美味しいのよ?」
「まずいって言ってるわけじゃなくて、舌に優しくないって言ってんだよぉ!」
 華と甘利は、ちょっと仲が良くない。完璧主義な甘利(でもぬけてる)と、大雑把な華。この二人は、なんで一緒に居残り部にいるのかたまにわからなくなるほどだ。
「――ま、これしかないんだし、うだうだ言ってもしょうがないか……」
 切り替えの早い華は、カラムーチョをパーティー開けして、机の上に広げる。一応それを摘むけど、やっぱりなにか飲み物が無いと辛いなあ……。
「お茶入れましょうか?」
 風和はそう言って、自分の椅子の下に置かれていた、居残り部の備品が入った箱から電気ケトルを取り出す。風和が持ってきてくれたモノだ。
「じゃー誰か水入れてきて」華はそう言って、自分以外の三人を見る。え、自分が汲みに行く気はさらさらないワケ?
「私が行きましょうか?」おずおずと手を挙げる風和。
「あーダメダメ! お茶入れる人が汲みに行くのは仕事任せすぎでしょ」
 甘利の言うことももっともだ。しかし、ぶっちゃけて言うと、私も汲みに行く気などない。面倒くさい。
「ここはアマが行くべきでしょ」
「えぇっ、私!?」
「だってアマが辛いモノばっか買ってきたから水分を必要としてるんだろー」
 ぐぬぬ、とでも聞こえてきそうな表情を見せる甘利。しかし、多少の罪悪感が芽生えているのか、何も言わず電気ケトルを受け取り、教室から出ていく。
「甘利さんに悪いんじゃあ……」
 遠慮がちに呟く風和。そんな彼女の肩を叩き、華は少年みたいな笑みを見せた。
「いいのいいの。自分の尻拭いは完璧を目指すアマには望むとこでしょ」
「そうですか? ……じゃあとりあえず、なににしましょう?」
 風和が備品箱から、いくつかインスタントパックを取り出す。緑茶にコーヒー、それから紅茶と様々。全部高そうに見えるけど、風和曰く「ウチの会社で出してるものですから、ぜひ」とのことで。ありがたい話だ。私は紅茶を選んで、風和から備品箱に入っていた私用のマグカップ(某ネコ型ロボットのマグカップ)を受け取り、パックを入れる。後は水待ち。
「はーいおまたせー」
 甘利が持ってきた電気ケトルをコンセントに繋ぎ、お湯が沸くのを待つ。コンセントの穴が近いから、私達は教室の端に集まっているのだ。
 みんなのマグカップにお茶が入り、お菓子を摘む。放課後の優雅なお茶会だ。――お菓子がみんな辛いということを除けば、だけど。
 みんなが黙ってお菓子お茶お菓子お茶のローテを組んでいるのを見かねたのか。
「あー、でもあれ。辛いモノってダイエットにいいじゃない? 脂肪を燃やしてくれるっていうか?」
「私に余計な脂肪なんてないから……むしろ欲しいから脂肪……」華は小動物みたいに、カリカリとカラムーチョを食べている。じっと恨めしそうに甘利を見つめる様と相まって、非情に可愛らしい。
「あーっ、もう! いいじゃないたまには舌を酷使するのも!」
「どっちかっていうと酷死しちゃうんだけど……」
 舌がしびれてきた。というか、すでに紅茶の味がわからない。
 なんかもう、舌の味を感じる細胞が焼き払われてるような感覚に陥ってきたし……。
 そもそも私、あんま辛いの得意じゃない。
「うーん……私もちょっとそろそろ……」
 なんとか四人がかりでカラムーチョを始末すると、さすがに風和はギブアップ。それに気が緩んだのか、私と華もギブアップした。ここまで来ると、食欲はどこへ行ったやら。しばらく帰ってくる気配はない。
 ありがたいといえばありがたいのかな……。こっそり甘利に感謝した。けどやっぱり不満感の方が大きい。すごい甘いモノが食べたい。
「だらしないわねー……。ハバネロは私一人で食べるからいいわよっ」
 自分の手元にハバネロを引き寄せ、バクバクと食らっていく。
 ちょっと機嫌が悪そう。わからなくもないけど、私達もなんかお腹熱いからおあいこということで。
「そういえば、お菓子といえばなんだけど、駅前に新しいパティスリーできたよね?」
 甘いものはこの場にないので、何とか話を逸らす。
「アイ・ノウ」風和は胸に手を当てて、柔らかに微笑む。「確か『ハッピールージュ』ですね」
「それそれ。あそこ苺使ってるケーキが多いらしいじゃない。行きたいよねー」
「はんっ! 苺の赤より唐辛子の赤ですよーだ!」
 意地になってか唇を真っ赤にしながらもハバネロさんをがっつく甘利。好きだからって無理しちゃってまあ。
「さすがに平日は繁華街行くの面倒だし――休日にでも行こうか。そのパティスリー」
 華の提案に、私たちは声を揃えて賛成する。
 こんな何でもないような事を話すのが、私達の放課後。居残り部の活動。
 放課後の教室は素敵な場所です。
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