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第2話『セーブは移ろいやすいです』


「PSvita出るねー」
 放課後居残りクラブの活動中。PSPでゲームをしながら、華はそんなことを呟いた。相変わらず、みんなが帰った教室の端っこで、四人が思い思いの事をしていた中の振りだったので、一旦私たち三人は華を見た。
「華。スカート」
 机に足を乗せた華に注意を促す。彼女はミニな方なので、もうほとんど足が露出してしまっている。
「ああ、どうも寝っ転がってゲームやりたくなっちゃうんだよなあ……」
 机から足を下ろす華。さすがの彼女も、パンモロは恥ずかしいらしい。
「椅子くっつけて寝たら? 意外と気持ちいいわよ」
 いたずらっぽく笑う甘利に華は、「ああ、それいいかもね」と後ろの椅子をチラリと見た。寝心地はあんまりよくなさそうだけど……。甘利は試したのかな。
「っていうか、華なんのゲームやってるの?」
 華のPSPを覗き込む。そこでは、学ランを着た男の人が商店街を走っていた。
「喧嘩番長4」
「なにそれ。どんなゲーム?」
「最強のヤンキー校に入学した一年生になって、番長ぶっ飛ばすってゲーム」
「へー」
 まあ、大体どんなゲームか訊いても、こんなリアクションしかできないよね。やってるゲームならともかく。
「この手のゲームは自分の名前でやると中二的な俺最強状態が味わえるから素晴らしいね」
 そう言って、華は自分が操るキャラクターで、他のヤンキーにビームを飛ばす。
「えっ。なんでヤンキーでビーム!?」
 驚く私とは対照的に、冷静な華から「メンチビームって言って、『今から喧嘩しますよ』って言う合図」と説明が入る。ヤンキーがビーム飛ばし合ってる光景はやたらとシュールだ。
「ゲームですか……」 風和は、華の持つPSPを見ながら、なにか問題を出されたみたいに呟く。「私はやったことがなくて……」
「そうなん? じゃあほい。これ適当にやってみなよ」
 華は、おそらく喧嘩番長4が入ったままであろうPSPを風和に渡した。
「初めてのゲームが喧嘩番長って! しかも4!」
 そもそも風和のイメージに合わないし!
 しかし当の風和はというと、初めてのゲームに目を輝かせて、おぼつかない手つきでプレイを始めた。
 覗き込んでみると、操作確認の中、間違えてヤンキーを殴ってしまい、喧嘩に突入していた。
「あらら。どうしましょう……」
「死んでもいいから飽きたらセーブしないで返してねー……って、風和セーブの仕方なんて知らないか」
 華の言葉を聞いているのかいないのか。風和は必死に因縁(まあいきなり殴ったんだから因縁もなにもないと思うけど)をつけてきたヤンキーの応対に必死だ。
「あんたってそんなゲームやってたっけ?」そう言ったのは甘利だ。
「あたしゲーマーだから。すごいから。生涯やったソフト本数は数え切れないね!」
「ほー。まあ私も、ゲーマーってほどじゃないけど、結構ゲームはやってる方なのよ。実は」
「へー。イメージちがーう」口を挟んだ私に、甘利はなぜか胸を張って、「意外性の女って呼んでちょうだい」と言った。彼女のこういうところはわけがわからない。
「あんた、生涯一番の神ゲーってなに?」
 甘利の質問に、華は腕を組んで険しい顔をする。
「その質問ずるいわー。あれも捨てがたいこれも捨てがたいになっちゃうじゃん」
「その悩むのが楽しいんじゃないの」
「まあーねー」
 珍しく仲良さそうに笑い合う二人。仲良いんだか悪いんだか。よくわからない二人だ。 「いやしかし神ゲーか……メジャーなとこで行くと、やっぱバイオかなぁ」
「バイオハザードねえ。まああれは文句なしの神ゲーだけどね。子供の頃は、プレステの起動音と相まってよく泣いたわー」
 確かに、プレステの起動音って、なんかやたらと怖かったな……。重低音だったし。
「うっわだっさ! アマってば泣いてんだーうわーだっさー」
「はあ!? ちょ、子供の時の話だって言ってるでしょーが!! 今は泣いてないし!」
 あ、やっぱり仲悪かった。
「だ、だいたいねえ! ゲームで泣いたのなんてそれだけだから! 今はもう、どんなゲームでもどんとこいよ!」
「じゃあ甘利。サイレントヒルやったことある?」
 なんとなく、ここは私が攻撃してみることにした。ホラーゲーは結構好きなのだ。恐がりの人とやるとすごくおもしろい。
「え、いや、ない、けど……」
 まさか私から言及されるとは思ってもみなかったらしく、甘利は、「嘘でしょ?」みたいな目を向けてきた。あ、ちょっと楽しいかも。
「じゃあ貸してあげる。楽しいよ?」
「でも、あの、えーっと。今私やってるゲームあるしー……」
 目を逸らし、指をもにょもにょと動かし、『やりたくないのを察してください』オーラを発してくる甘利。怖いの嫌いなんだなーこの子。
「ペルソナ4やってるのよ今! 早く進めたいから今は借りれないわー! あー残念だなー!」
 半ばヤケクソな叫びでそっぽを向く甘利。
「ペルソナ4かー。今アニメやってるから?」
 私は発売当初にやった組だったりする。だからもういろいろ知ってるけど、それでもアニメになると楽しめちゃうものだ。
「そうそう。面白かったからブックオフで探して買ってきたのよ」
「だったらVitaで出るよ。ペルソナ4」
 華は、傍らに置かれていたマグカップを傾ける。
「え、そうなの? ――まあ別にいいけど。私、RPGは据え置きハードでやりたいタイプだから。で、みゃこはなんかある? 神ゲー」
「えー……スマブラ……」
「「普通」」
 声を揃える二人。
「普通って言わないでよ!!」
「いやー。まあ確かにみゃこってば普通な子だからなー」期待してた通りだ、と言わんばかりにうんうん頷く華。うわー、すごいムカつく。
「いやもう。みゃこってばすごいよね。テストとか全部平均じゃん」
 確かにそうだけど! 通知表も五段階評価で三以上なかなかないけど!
 でもだからこそコンプレックスなんだってば!
「みゃこの普通じゃない部分は胸だけだしな……」
 また華が私の胸をじっと、いやらしく見る。胸を腕で隠して対応するが、なんか一回は絶対胸を凝視されてる気がする。すごくする。
「私の胸いじりやめてよ!」
「む、胸いじり……!? そんなエロいことをみゃこが言うとは……」
 華は顔を抑え、きゃーとわざとらしくパフォーマンス。思わず立ち上がって、私は「そんな意味じゃないから!」と怒鳴る。
 そんな時だ。風和が突然手を上げて、「あのー。……主人公がシャバゾウ? って呼ばれだしたんですけど……」
「あぁ、それは喧嘩のルール守らなかったからね」
「喧嘩のルール!」
 華の言葉を受けた風和の表情は、驚きに満ちている。
「喧嘩にもルールってあるんですね……そもそも喧嘩自体、社会のルールから外れてる気がするんですけれど……」
「いや……まあゲームだから。……あ、今思ったんだけどさ、みゃこにアマは、マルチエンディング系やったことある?」
 頷く私達。
「あれでさぁ、善にも悪にも回れるやつってあるじゃん。侍道とかみたいな。ああいうの、いきなり悪側とかいける?」
「いやー」甘利は腕を組むと、苦い顔で首を傾げる。「私はまず正規ルートでやれることやってから、悪側やるかな」
「私は正義側を何回もやって、忘れた頃に悪側やって、『なんだ、まだ面白いなこのゲーム』とか思っちゃうタイプ」
 正義側に可愛いヒロインとかいると、そのヒロインを裏切れなくて何回も何回も正義側のルート入っちゃうんだよなぁ……。で、あげく飽きちゃう。
「私はまず悪からやるね。そうすると正義に回った時の感動が当社比二倍増しなのよっ!」
 熱弁する華には悪いけど、私達との温度差が激しすぎて、愛想笑いを浮かべるしかなくなってしまう。
「ポテチ食う人ー」甘利が自身の鞄からポテチを取り出し掲げた。
「あ、食べるー」手を上げたのは、私と
「私にもお願いします」PSPに夢中な風和。
「あたしの話を聞けよコラァ!!」
「何度もすいません華さん……」
「んあ?」
 間抜けな声を出した華は、風和の顔を見る。
「セーブしてしまったんですけど……」
「えっ。ちょ、風和たしかシャバゾウになってたでしょ……!! 私の最強漢番長製造計画がぁぁぁぁぁぁ!!」
 風和からPSPを受け取ると、教育の隅に行き、体育座り。
「も、申し訳ありません華さん……間違えて押してしまって……」
「セーブデータってバックアップ取っておくもんでしょ普通」
 なんでもない風に言う甘利だが、それは普通じゃない。でも今度からしようかな……。
「あんたみたいな神経質と一緒にするなぁ!」
 半べその華は、教室の隅で甘利に向かって叫んだ。よほどショックだったんだなぁ。
「本当に申し訳ないことをしてしまいました……」
 しょんぼりしてしまっている風和の肩を叩いて、私は「まあまあ。仕方ないよ。間違えちゃったものは」と安心させる為に笑顔を見せた。「華も怒ってるんじゃなくて、がっかりしてるだけだし」
「そうそう。ゲーマーに取って、ゲームのセーブデータが消えることなど覚悟の上……」
 うんうん頷いて、甘利は何かを噛み締めているような顔。
「友達に貸したら消えていたは序の口。本体ハードの初期不良、電池切れ、メモリーカードの紛失、セーブデータが消える、セーブし忘れ、それとも戦うのがゲーマー!!」
 拳を握り締め力説する甘利。
「……なるほど。セーブデータが消えることは、とても悲しいことなのですね」
 甘利の熱弁に、風和はそう言って、何かを考え込み始めた。なんか嫌な予感。
 ちょうどそこで、最終下校時刻を告げるチャイムの音。居残り部員に取っては活動終了の合図。
 この日はこれで、活動終了となった。


  ■


 一週間後の朝。
 私は、寝ぼけ眼で自室からリビングへと出てきた。
「ぐわっ」
 そんな私を出迎えてくれたのは、ペンギンの『えんぴつ』名前の由来はペンギンの『ペン』から。
「おはようえんぴつ……」
「ぐわっ。ぐわわ」
「え? ……テレビ観ろって?」
 私達は付き合いが長いからか、なんとなくお互いの言葉がわかるのだ。えんぴつに促され、すでに電源が着いていたテレビへと目をやる。
 ニュースキャスターがどこかのビルの前に立ち、神妙な面持ち。
『薬師寺グループがゲーム業界への参入を表明し、次世代ハード機、『SS』を発表することを明かし……』
「……薬師寺グループ、って。風和の会社じゃん」
 へー。ゲーム業界に参入するんだー。
 ソフトによっては買わなきゃだなー、とか思っていたら、風和のお父さんの顔が画面いっぱいに映る。
 記者会見らしく、どこかの記者が『なぜゲーム業界への参入を決意したのですか』と質問する。風和のお父さんは、含みを持たせるような間を置く。
「ゲームのセーブデータというのは、酷く消えやすい物だと聴きました。ゲーマーの皆さんが安心してゲームに集中できるようなハードを作れれば、とある人から言われまして……」
 渋い声が会場に響く。
 記者たちはなにやら感心したゆうに騒いでいるが、私はというと、そのある人が娘の風和だと知っていた。華のセーブデータが消えたからって、絶対セーブデータが消えないゲームハードを開発しようって……。
「スケールデカすぎるよっ!!」
 私は思わず叫んでしまった。えんぴつの、「ぐわ」という鳴き声だけが耳に届いた。

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