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第10話『テコ入れってやつです』


 沖田奏。
 前回の居残り部活動にて、彼女は一人で居ることが多いタイプであることは語ったと思うけれど、それは彼女自身の問題ではなく、どちらかと言えば周囲の問題だったりする。
 ウチの学校、晴嵐学園には、女子しかいません。それは女子校だから当たり前なんだけど、だからこそ、やっぱり人気のある女生徒ってのは居るものです。その中に奏と甘利は名を連ねていたりする。
 甘利はそのお人好しな性格と面倒見の良さが人気。親しみやすいとのことで、結構甘利を狙ってる生徒はたくさんいるとのことだ(これは最近知った。華が怒ってた。私の愛人に手を出すなって)。
 そして奏は、その近寄りがたさと、クールな容姿、ミステリアスな銀髪が話題となり、高嶺の花みたいな扱いを受けている。しかし本人は至って普通の女の子だった。ちょっとイタズラ好きで、ユーモアがわかる、真面目な女の子。



 そんなわけで、今日も今日とて居残り部。
 私達以外は誰もいない教室で、優雅(じゃない。どっちかって言ったら下品)にお茶会だ。
「奏ー! なんか、シュワっと爽やかなジュース作ってー!」
 無邪気なんだか、邪気だらけなんだかわからない華は、上座に座って、酔っ払いみたいに愛用のマグカップを奏に差し出し、ジュースカクテルをねだっていた。ちなみに、名前がいつの間にか呼び捨てになっているのは、奏からのお願いでそうなった。『ボクも君達を名前で呼ぶから、ボクの事も名前で呼んでくれて構わない』とのことで。
 そんな奏では、華のお願いを笑顔で受け入れ、華のマグカップに何本かのジュースを混ぜ、渡す。
「はい、どろり濃厚ピーチ味」
「なんで!?」
 ジュースを混ぜて作っていたはずなのに、なぜか出してきたのは紙パックに入った見たこともない、明らかにハズレの匂いしかしないとんでもジュースだった。さすがの華も度肝を抜かれたらしく、目を丸くして渡されたピンクの紙パックを見つめていた。
「なんでこれがここにあんの……」
 言いながら、ストローを紙パックに刺し、それから中身を吸い出そうとするが、どうも中身がほとんど固形物らしく、「吸い出せない! 噂以上だ!」と、喜んでいるんだかそれとも嘆いているんだか、複雑な表情を浮かべていた。
 そんな華を見てニヤニヤと笑っている奏。さらに、その奏を、甘利がジッと見ていた。視線に気づいた奏は、爽やかな笑顔で「なにかな?」と小首を傾げた。動作がいちいちかっこいい女。それが沖田奏。
「奏って、話してみると全然イメージが違って驚くのよねえ……」
「アマリンがどんなイメージを持っていたかは知らないが、ボクは昔からこんな感じさ。友達を作るのが下手で、披露する機会はなかったけどね」
「アマリン!? なにそれこわい!」
 鳥肌でも立ったのか、自分の体を抱きながら青い顔をする甘利。いや、アマリン。
「や、やめてよねそんなあだ名! 私は間直甘利だから! 甘利って呼んでよ!」
「あれ、ダメだったかい? 華はアマって呼んでるからいいかなと思って。友達っぽいじゃないか」
「あたしはあだ名って苦手なのよ。華は勝手に呼んでるだけ」
「なんだ残念……」
 しょんぼりとうつむく奏。その姿は、なんだか捨てられて小雨に晒される犬の様で、酷く保護欲がそそられて、ものすごく抱きしめたくなる。
「うっ……」
 そんな奏に、甘利は罪悪感を抱いたらしく、ちょっとたじろいで、おろおろと奏を見る。
「僕は今まで友達とかいなかったから、ちょっとはしゃぎすぎてしまったかな……ごめん甘利……」
 ついに涙まで流してしまう奏。テンパったらしく、甘利はぐるぐると目を覚まして口をパクパクさせては何か言おうとしていた。すごくアクシデントに弱いからなあ甘利は。
「あーあー。アマ泣かしたー。いーけないんだーいけないんだー」
 茶化すように、華は無表情の棒読みで甘利をやじった。それが癇に障ったのかどうか知らないが、甘利は顔を真っ赤にして、「い、いいわよ別に! アマリンでもなんでも好きに呼べば!? と、友達でしょ!」とそっぽを向いた。なんというツンデレ(なのかな?)。
「そっか。じゃあ遠慮無くそう呼ばせてもらうよ、アマリン」
 奏はケロっと涙を引っ込め、いつもと変わらない笑顔を見せた。どうやら嘘泣きだったらしく、その笑顔はどこかしてやったり感が溢れていた。まあ、私は知ってたけど。下手したら風和もわかってたと思う。
「ぐッ……! ハメられた……!」
 悔しそうに拳を握り締める甘利。そんな彼女を見ながら、華はケタケタと笑っていた。どうにも華と奏は息がぴったり合うようだ。いたずらっ子世に憚る。あれ? ちょっと違う?
 クスクスと笑う奏。そんな彼女に、華が「うんうん。ノリの良さは居残り部で生き残るには大事な物だからね」と、センター前ヒットを打った選手を見る野球の監督みたいな目をしていた。私たちは生き残りを賭けた覚えなんてないけど。
「ところで、一つ気になることがあるんだけど」
 華が身を乗り出し、奏の目をのぞき込んだ。
「なにかな?」
 そんな華に向けて、いつものさわやかスマイル。華のテンションに触れると、慣れない人はたじろいだりするのだけど。奏はそんなことはまったくなかった。華のテンションは常に、無垢な子供が遊園地に来た時と同じベクトルとレベルだ。
「奏って下着は何色?」
「なに訊いてんの!? セクハラだよ華!」
 思わず口を挟む私。そのセクハラはおそらく、セクハラがメディアで問題視されはじめてからどこの会社の部長(どんな役職でもいいけど、部長が一番してそうなイメージ)も封印してきたレベルでストレートだった。
「僕は黒派だけど」しれっと言う奏。
「答えちゃうの!?」私はあまりにも堂々とした受け答えに、奏のキャラがわからなくなってきた。ボケだってことはわかってきたよ。
「ほら、僕は肌が白いだろ? 明るい系の衣服だと、どうしても見栄えが悪くてね。まあ誰に見せるというわけでもないが、こういうのは気持ちの問題だよ。同じ女ならわかるだろう?」
 わかるよ。見せなくても気合を入れたい部分というのはあるのだ。
「ほうほう。いいねえ! 美白美人のセクシー黒下着!」
「なにを興奮してんのあんたは……」
 甘利は華のはしゃぎっぷりに引いているらしく、手で顔を隠しながらため息を吐いていた。まるで授業参観でバカをやった子供の親みたい。




「あの、肌といい、蒼い目といい、銀髪といい、奏さんって、もしかして日本の方ではないんですか?」
 遠慮がちな口調の風和。先ほどの華とは正反対だった。
「ああ。僕は日本とロシアのハーフだから、半分は日本人だよ。パパがロシア人だから、僕のフルネームは沖田・イリヤ・奏になるんだ。日本国籍だから、沖田奏でいいんだけどね。風和は金髪だけど、ハーフなのかな?」
「私はクオーターです。祖母がイギリス人なんですよ」
「え、そうだったんだ?」初めて知った。あー、だから風和、イギリスに留学してたんだなあ。なるほど。
「ふむふむ。案外ワールドワイドだったな。居残り部」
 華は、確実にワールドワイドの意味がわかってなさそうなことを言った。
 さすがにこれだけではワールドワイドではない。世界はそこまで狭くない。
「ああ、ちなみに、僕ロシア語はいっさい話せないし、行ったこともないからね」
 奏は、「ご期待に添えず悪いね」と大して悪びれた様子もなく、肩をすくめた。まあ誰一人としてそれを悪だと思っている人間はここにはいないだろう。
「ロシア語は別にいいんだけど、奏ってほんとにベジタリアンだったんだね。今日お弁当見てびっくりしたよ」
 私は、昼間に見た奏のお弁当を瞼の裏に思い浮かべた。ご飯があるべき部分には千切りキャベツが入っていて、プチトマトやキュウリ、ほうれん草にピーマンなど。緑も緑なお弁当だった。
「本当だとも。嘘ついてどうするんだい」苦笑する奏。
「お菓子も食べられないの? っていうか、血とか足りる?」
「お菓子は物によるかな。血は大丈夫だよ。栄養バランス考えて野菜食べてるから。っていうか、さっきから僕ばっかり話してないかい?」
「ああ、それもそうだ。いやー、早く奏の事を知ろうと思ってさー」
 あははー、とアホっぽい笑い方をする華。
「これからゆっくり知っていけばいいさ。時間はたっぷりある」
 と、華に微笑む奏。
「……なんか、九十年代のトレンディードラマに出てきそうな台詞だね」
 私は、昭和のイケメン俳優が女優を口説くシーンを思い出していた。完全に奏が口説きモードぽかったせいだ。ただでさえ中性的なんだから、気を付けないとね!
「それに、これから夏休みじゃないか。みんなは夏休み予定あるのかな」
「うん。みんなで誰かの家にお泊まりしようって話してるよね」私は言いながら華を見た。
 華は頷いて、「とりあえず風和の家かなって思ってるけど、奏も来るっしょ?」
「ああ。もちろん」
「ふふ。なんだか楽しみですね」
 風和が私にほほえみかけてきたので、私も笑顔で「そうだねー」と返した。夏休みはなんだかんだ、予定が詰まっている。華は前半、補習でつぶれてるけど。
「奏は補習ないの?」華は目をきらきらさせていた。どうも仲間が欲しいらしい。
「いや? 僕は補習はないよ」しかし奏は普通にクリアしていたらしい。きょとんとした顔で言った。
「なんだよ裏切り者!」
「え?」意味が分かっていないらしい奏に、私はそっと耳打ちする。「華は補習あるんだよ」
「ああ、なるほど。ふふ、そうかそうか。仲間が欲しかったってわけか。ってことは、他の三人は補習ないんだね」
 っていうか、この学校では補習受ける人間の方が少ないということは、奏もわかっているはずである。
「くっそー……みんなして私をのけ者にしやがってぇ……」
 そんなつもりはないんだけどなあ。むしろ必死に勉強を教えてた気がするんだけどなあ。それでも赤点取ったのは華なんだけどなあ。勝手に除けていったのは華本人だということは、今は言わない方がいいだろう。余計な怒りを煽るだけだ。
「あーあー。夏休みはプール行ったりかき氷食べたりおばあちゃんの家に帰っておいしいご飯食べたり海で泳いだりしたかったのになあ。予定が半分以上パーだよ」
 ボヤきが半分くらい食欲で満たされているのが、妙に彼女の食い意地をアピールしていた。小さい体で食欲だけは巨人並だ。
「あんたは食べた分の一割でも頭に栄養が行けばいいのにねえ」
 ここぞとばかりに嫌みっぽいことを言う甘利。さすが居残り部の姑担当。
「頭に栄養くらい行ってるよバカにすんなぁ!」
 当然怒り出す華。擬音にしたら、ドカーンだ。
「いっつもなにも考えてない感じなのに?」
「かっ、考えてるよ! その、今日の晩ご飯なにかなあ、とか!」
「バカかあんたは! それは考えてないって言うのよ!」
「なんだとアマリン!」
「あんたがアマリンって呼ぶなぁぁぁぁぁぁ!!」
 ついに二人の喧嘩が口だけでなく、手も使う様になった。
 甘利の手が華の頬を掴み、華の手が甘利の鼻を掴んで、なんだか女子プロレスみたいになってる。


 そんな二人は放って、私達三人は夏休みの予定について話し合う。
「うーん。君達二人にもあだ名をつけたいなあ」
 などと、奏が恐ろしい事を言い出した。ので、私はすかさず「わ、私はもうみゃこってあだ名があるよ?」それとなーくあだ名を拒否した。
「それもいいけど、ほら、せっかくだし」
 腕を組んで考え始めた。もう嫌な予感しかしない。
「あみこ……」
「なんで!?」
 どうして、どうしてそうなったの!?
「いやほら、フルネームが安藤都古だろう? 『あんどうみやこ』略して『あみこ』」
 なにそのセンス。いろんな意味で壊滅的だよ。手でも抜いたの?
 いや全力でも困るけどさ!
「よし、次は風和だ」
「よろしくお願いします」
 笑顔で頷く風和に、私は軽い目眩を覚えた。
 なんでいっつも風和はノリノリなんだろう?
 さっき華が言ってた、「居残り部はノリがすべて」というのは、案外当たってるのかもしれない。
「うーん。風和は、わふーで」
「もうなんでそうなったのか訊くのも憚られるくらいわかりやすくなったね……」
 実は考えるのめんどくさくなってきてるんじゃないの?
 私は呆れたのだが、風和はどうも気に入ったらしい。目を輝かせていた。
「あだ名って憧れてたんで、嬉しいです」
「ところで、華のあだ名は?」せっかくだし全員つけてもらおうと思ったので、今は忙しい本人に代わって、私が訊いてみた。
「ハナハナでいいじゃないかなあ」
 と、華を見ながら言う奏。
「なんでちょっと適当になった!? 私の時だけちょっと酷くない!?」
 甘利との喧嘩を中断し、奏に向かって再び身を乗り出す華。その頬は甘利に引っ張られた所為か、ちょっと赤くなっていた。
「あだ名ってつけるの疲れるね。僕はもういいかな」
「せめて最後まで全力出そうよ! 不公平だ!」
 華一人でブーイングの嵐。
 私はさせとけばいいか、と思ったので、甘利の隣に移動する。
「だいじょぶ? 鼻赤いよ?」
「ああ、うん。ありがとみゃこ」
「あははっ。なんかトナカイみたいだね」
「なにそれ? 別に光ったりしないわよ」
「光ったら夜、トイレについてきてもらうよ」
「一人で行きなさい。いい年でしょうが」
 と、私は甘利の鼻に手を伸ばす。甘利はその手をやんわりと押し返すが、その抵抗は薄いものだった。
「そこぉ!? 私を差し置いてキャッキャウフフするなぁ!」
 華は奏から勢い良く視線を私達二人に移した。忙しい人だ。
「みゃこ! 私も頬赤いよ! ほらほら、おかめさんみたいっしょ!?」
「はいはい。痛かったねー」
 適当に華の頬を両手で撫でてやる。おお、妙に柔らかい。ぷにぷにしてる。親戚の子の頬がちょうどこんな感じだった。肌綺麗だなあ華は。ロリ系だと思ってたけど、まさか肌までマシュマロだったとは。これは悔しい。なんのスキンケアしてるんだろう。なにもしてないのかな? ああでも肌綺麗な人は結構何もしてないって聞くし。くっそう不公平だよ!
「ねえ、華ってスキンケアなにしてるの?」
「スキンケア? いや、特にはなにもしてないけど」
 私は、撫でていた手で、華の頬をつねった。
「あいひゃひゃひゃひゃッ! なんひぇ!? わらひなんかした!?」
「ううううううう!」
 この伸びる肌が羨ましい! 恨めしい!
「みゃこ、落ち着くんだ」奏に脳天チョップされた。
「はっ! 私なにを……」
 なんか、悪夢を見ていた気がする。
「まあ、気持ちはわかるわ」
 と、甘利に肩を叩かれた。
「うん、ありがとアマリン……」
「アマリンって呼ぶなぁ!」
 最後まで、アマリンというあだ名は気に入らなかったらしい。
 いいと思うんだけどなあ。

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