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第11話『いわゆるひとつのイメチェンです』


 校長先生の長い長い、要点がわからない掴み所皆無なお話を、ムシムシする体育館の中で額の汗を拭いながら聞いていた。っていうか、最後の「夏休みに怪我なんかして、台無しにしないように」という言葉だけでよかったんじゃないかな。他のはそれを水で百倍に薄めたような中身の無さだった。
 それも終わって。
 教室に帰り、担任の清水先生から「夏休みは楽しい物だからこそハメは外しすぎないように。特に鈴江さん!」と、明らかに華のみをターゲットに据えた発言を残した放課後。

「夏休みだァァァァァァっ!!」

 放課後、クラスメート達は全員帰った静かな教室。クーラーが効いていて涼しい中、華の叫びが響いた。
「遂に明日から夏休みだねえ! お泊まり会とかいろいろ楽しみだなー!」
 明らかにテンションが上がっている華だが、しかし忘れてはいけない。彼女には地獄の補習が待っている事を。その現実から目を逸らして、必死にテンションを上げているのだろう。私達四人は、そんな華に現実を突き付けるわけにも行かず、愛想笑いしかできなかった。
「ま、まあ明日から夏休みだし、華にも楽しいことがあるといいわね……」甘利は髪を掻き上げた。今日は甘利も、華に突っかかろうとはしなかった。哀れだと思ったんだろうな……。
「で、休みになったら風和の家にお泊りするんでしょ?」
 再び髪を掻き上げる甘利。
「そうですねえ。いつ頃に――って、華さんが補習終わってからだから……夏休み中盤くらいですね」
 風和が華の顔を見ると、華のテンションがおもいっきり下がった。
「そうなんだよなあ……。あーあ……せっかくの夏休みだってのに、なんで勉強なんかしなきゃいけないんだろう……」
 夏休み前の試験で勉強しなかったからだよ。
「普段怠けてるから夏休みに帳尻合わせるハメになるのよ」
 と、また甘利が前髪を掻き上げる。なんか、さっきから甘利が妙に髪を掻き上げるなあ……。気になったので、じっと見ていたら、甘利が何かを期待するみたいに、私に視線をちらちらと返してくる。なんだろう、なにか言いたい、言って欲しいことがあるのかな。じーっと甘利を見つめていると、私はある変化に気づいた。
「甘利、もしかして、髪型変えた?」


「やっと気づいてくれた!!」
 私の着眼点は正しかったらしく、甘利は潤んだ目をしながら私の手を掴んだ。
「みんな気づいてくれないんだもん……。最近入った奏は仕方ないにしても、そこそこ長い付き合いの華と風和が気づいてくれないのはちょっと酷くない!?」
 甘利の気持ちもわからないではないのだけれど、前髪が少し短くなって、耳を出すようになったくらいでは――。あれ? こうしてみるとそこそこ変化大きいな。なんで気づかなかったんだろう今まで。
「いつもと変わんなくない?」(女の子に)モテたいと言っている華なのに、そういう変化には疎かった。華も女の子なのに。
「あー……何か変わったなあ、とは思っていたんですが、何が変わったかまでは思い至りませんでした……申し訳ありません」頭を下げる風和。だが、そこまでして欲しいわけではないらしい甘利は、「いっ、いいわよ別に、そこまでじゃないし!」と手を慌てて振る。
「一応僕は気づいてたが……。先輩部員方を差し置いて言うのはちょっと違うかな、と思って口をつぐんでいたんだ。すまないね、アマリン」さすが居残り部イケメン担当の奏だった。女性の小さな変化を見逃さない。っていうか、同じ女子なら気づいてもよかったんだよね。
「っていうか、甘利いつ髪切ったの?」
「……一週間前」
 どうやら居残り部はみんなで甘利にごめんなさいしないといけないらしかった。
 一週間前、『髪切ったの気づいてくれるかなー』と思って登校してきたのに誰も指摘してくれなくて、明日こそ、明日こそはと一週間過ごし、今日も放課後まで気付かれなかったので、髪をやたらと掻き上げていたんだなあ……。甘利、いじらしい。なんだか唇を尖らせ、父親に遊園地連れていってもらうという約束を破られた子供みたいになってる。
「甘い。さすが、名前に甘ってだけは入ってるだけはあるぜアマ!」
 もはや悪意を持って言っているとしか思えない華が、話を掻き乱すために叫んだ。
「あ、甘いって……。普通に髪切ったのを気づいて欲しいって言ってるだけなんだけど……」
 今回甘利はまったく贅沢は言ってない。むしろ普通のことである。
 華、さすがに話を広げるのは無茶じゃないかなあ。普通にごめんなさいすればいいだけの話のはずだし。
「いやいや! 髪型をいじるのであればもっと派手じゃないと! 居残り部では埋もれちゃうぞ! もっと目立つためには、やっぱりいるだろ!」
「……何を?」もうイヤな予感を抱いているらしい甘利。その表情は、なんとも切ない。

「萌え要素だよ! 萌え要素!!」

 華の言葉にまともなリアクションを取ったのは、風和だけだった。それも、「萌え要素って、なんですか?」というものだったけれど。
「萌え要素っていうのは――改めて言葉にするとちょっとむずいな――まあ簡単に言うと、女の子が可愛く見えるポイントのことだね」
 華の説明に納得がいったらしい風和。だが、顔はあまり納得していないようだった。
「甘利さんには要らないんじゃないですか? 甘利さんはとってもチャーミングなお方ですよ?」
「さっすが風和わかってるわね! あたしはいつだって完璧だもの!」
「やれやれ……どうやらアマリンはわかっていないようだ」何故か奏が肩をわざとらしくすくめた。そんなキャラだっけ?
「さすが奏。アマはやっぱり甘ちゃんだったな……」
 どうやら奏と華は二人にしかわからない理論を展開しているらしい。
「そもそも完璧すぎるとヒロインとしては不人気で終わるパターンが多いのだ! ちょっとくらい出来ないヒロインが好かれる傾向にある! これは、近年の男の娘ブームが物語っている!」
「男の子? え、男の子が人気ってどういう……」
 サブカルに精通していない甘利は、男の娘の漢字を勘違いしている様だ。それくらいなら私もわかる。まあ、わかりたいとはあまり思わないのだけれど。
「男の娘、っていうのは、つまり女の子みたいに見える男の子ってことよ」
「え、ええ? それってどこに需要があるのか、わかんなくない?」甘利の一般人的視点が新鮮なのか、華がどんどん饒舌になっていく。
「完璧じゃないから好かれるのだよ。恋愛モノは、主人公とヒロインが結ばれる確立が絶望的であればあるほど面白くなるのはわかると思う」
 頷く甘利。まあ確かにそうだよね。タイタニックとか、ロミオとジュリエットとか。
「男の主人公で、男の娘と結ばれるなんて絶望的。だが、それを乗り越えてこその恋愛もある! このハードルの高さが! 男の娘の人気につながっているのだ!」
「へぇー……。それが私となんの関係が……?」
 言いたいことはわかったが目的は見えていないらしい甘利。
「つまり、私が言いたいのは、アマをデチューンしようってこと」
 デチューン。わざと性能を落とすということ。
 確かに甘利はなんでも出来る。運動神経だっていいし、勉強だって学年トップ。まあちょっと抜けている所があるけれど、まあ確かに概ね完璧なキャラだ。
「デチューンねえ……まあ色々納得は行かないけど、そこまで言うなら……」
「おっけー! ……よし! 面白そうだし――ゲフンゲフン! アマのために、人肌脱ごうじゃないか!」と、華が奏に視線を飛ばす。
「了解した。じゃあ、まずどうしようか、華隊長」
「まずは髪型からいじりますか」
「えっ、ちょっと待って。私髪切ったばっかりなんですけど! それなのに髪イジらせんの!?」
「大丈夫大丈夫。そんなにいじりはしないから」
 と、華は、奏と額を寄せ合い、ボソボソと何かを相談しあっている。なんだろう、何をするつもりなんだろう。
「うん、まずは髪型をソニックみたいにしようか」
 一瞬、甘利はソニックがわからなかったらしい。だから私が先に、「ソニックって、あの、ハリネズミの?」と助け舟を出した。
「はぁぁぁ!? なんで私がソニックみたいな髪型にしなきゃなんないのよ! アンタあたしを何処に導こうとしてんのよ!」
 甘利はそれこそ烈火の如く怒り出し、机をバンっと叩いて立ち上がった。
「いいじゃん! 斬新じゃん? 未だかつていないだろ? 横文字を駆使しつつ音速で走る日常系ヒロイン」
「斬新だけどパクってるから! 味噌汁にショートケーキぶちこむような暴挙だから!」
「いいから言ってみ。『モタモタしてると置いてくぜ!』とか、横文字挟んでキザなセリフ言ってみ。ああ、もちろん髪を青く染めて、全部後ろに流し、ハリネズミミつけてからな」
「あたしをソニックに寄せるな! っていうかなに『ハリネズミミ』って!? ハリネズミの耳が一ジャンルとして復旧してるみたいな言い方やめなさい!」
 甘利はソニックになるので決定なの? え、なにこれ。いや、ソニックはソニックでいいんだけどさ、それはソニックの世界観があってこその良さでしょ? ここ一応現代日本だよ? そんな中頭ソニックにしてたらさすがに友達いなくなるよ?
「っていうか、萌え要素じゃないの? ソニックって、どっちかって言ったら燃え要素だよ?」
 私の提案はどうやら、華の心の琴線に届いたらしく、考えこむように顎に手を添えた。
「む……確かに。これはあれだ、少女漫画なのにヒロインがかめはめ波撃つような暴挙だな……」
 その例えもどうかと思うんだけど。まあわかってくれたならいいか。
「よっしゃ。じゃああれだ。甘利はとりあえず、ショッカー行って改造されてこい」
「適当すぎない!? っていうか萌え要素っつってんでしょうが! なんで鉄の体手に入れなきゃなんないのよ!」
「大丈夫。最近のショッカー便利だから。語尾にニャンが勝手につく程度に抑えてくれるよ」
「それ完全に脳改造されちゃってるんだけど!! っていうかハリネズミじゃないのか!」
 なんだか早くも暗礁に乗り上げた感すらある、甘利改造(デチューン)計画。
「ほらね、華。だからソニックは向いてないと言ったんだ」奏は再び、やれやれと肩をすくめる。
「いや、ソニックに向いてる日本人――最悪人間自体いないと思うなあ……」
 私のつっこみは不利になるからなのか無視された。いや、いいですけどねえ……関係ないし……。
「僕的にアマリンに欲しいのは、淑やかさなんじゃないかなあと思うんだよね」
「ま、そりゃあ、淑やかじゃないとは自分でも思うけど……」
 でもだからといって下品というわけでもないし、別にいいとは思うけど……。
 まあ、どうせこの二人は甘利をからかって遊んでるだけだし、いいか。
「僕的に言えばね、やっぱりここは、怖いものとかがあるといいんじゃないかな、って思うんだ」
「怖いもの? ――まあ、基本的には、確かに無いけど……」
「雷とお化け、この二つは怖がってるとポイント高いね」
「いや、別にどっちも平気だけど……」
「やる気あんのかお前はぁ!!」
 何故か激怒しだした華。先ほどの甘利に負けず劣らずの勢いで立ち上がった。おいおい。何がそこまで華を掻き立てるんだよ。
「え、ええー……?」おそらく未だかつて、ここまで理不尽な理由で怒られたことはないのだろう。甘利は目に見えてげんなりしていた。もう正直デチューンとかどうでもよさそうだ。
「しょうがない。お前は今からお化けを怖がれ」
 とんでもない無茶ぶりをしだす華。っていうか、お化け怖がってるのはナックルズの方だよ!
「あんたらがあたしをどうプロデュースしたいのかがわかんないわよ……!」
 お化けを怖がるソニックみたいな頭をした女子高校生。一般的なセンスを持っている人なら、まずお断りしたい色物キャラになっちゃった。
「じゃあ、みゃこ。ヘアメイクセット持ってるでしょ」華の言葉に頷いて、椅子の下に置かれていた自分の鞄をふとももの上に置いた。おしゃれが数少ない趣味なので、化粧道具なんかはわりと持ち歩いてたりする。ヘアメイクセット――ワックスとか、ムースとか、ヘアアクセとかも、もちろん持ち歩いている。
「持ってるけど、どうすんの?」
「もちろん、アマの髪型をソニックにするんだよぉ」
 悪い顔でにやにやと笑う華。その気配を察して、甘利はすばやく立ち上がって逃げようとしたのだが、奏に腕を捕まれてそれは叶わなかった。
「離せぇ! ソニックヘアーなんてやだぁ!! って、あ、そうだよ! ハリネズミミがないじゃん! ソニックヘアーにしても意味ないじゃん!」
「こんなこともあろうかとー」
 奏がスカートのポケットから、ソニックの耳らしき物体がついたカチューシャを取り出した。それを見て、甘利の顔がそれこそソニックみたいに青くなっていく。
「何で持ってんの! あ、そうか、さっきまでの華との打ち合わせで、これ持ってるからソニックヘアーとか言い出したんだな!?」
 にやにやと笑って甘利を見るだけで、華と奏は返事をしない。どうやらその通りだったらしい。恐ろしい策略である。
「じゃあ何だ! 遊戯の髪型がいいってのか!」
 遊戯――遊戯王の主人公である、武藤遊戯のことである。
 ジャンプ史上もっとも奇抜な髪型をしているということで有名な主人公であり、『もはやあの髪型が闇のゲームで負けた罰ゲームなんじゃね?』とはもっぱらの評判である。その割にはかっこよく見えるのが不思議。
「絶対いや! それだったらソニックの髪型のがマシだわ!!」
「オッケー。んじゃー、みゃこ。セットよろしくー」
 華に肩を叩かれ、あまり気乗りがしないまま、奏に羽交い締めにされた甘利の髪をセットしてく。ワックスで形を作って、ムースで固める。甘利の髪を全部固めるのには、さすがにとんでもない量を使うことになった。


「――で、ハリネズミミを乗せたら、完成っと」
 そんな私の手がべとべとになったので、風和にもらったおしぼりで手を拭きながら、完成した甘利の髪を見る。
「うおおおお……」感慨の声を漏らす華。
「よ、予想以上だね……」奏は肩を振るわせ、笑いを堪えている。やっぱり面白がってた。
「おおー……甘利さん、すごいです」風和は目を輝かせながら、甘利の針みたいになった後ろ髪をさわっている。
「いや、うん。たしかに、予想以上に、似合ってるよ……っ」私も正直笑いを堪えるのが限界だった。これはひどい(いい意味で!)。
「あ、あんたらね……遊んでるでしょ……!」
 甘利はすべての髪を後ろに流し、それを風になびくみたいにハードワックスで固定している。しかもカチューシャとしてハリネズミミもつけているので、どこからどうみてもソニックヘアーだ。


「まあまあ、甘利。はい、これ見て」
 私は手鏡を渡し、甘利がそれをのぞき込むと、「ブフッ!」と吹き出した。自分の頭が予想以上に面白かったらしい。が、自分の頭で笑うのはプライドが許さないのか、笑いを堪えるように悶絶している。
「ぐ、ぐぐう……耐えなさい間直甘利……完璧なあたしがこんなことで……!!」
 お腹を押さえて、熱した鉄板の芋虫みたいにくねっくねしてる甘利に、私は思わず、「お腹でも痛いの?」と訊きたくなる。顔を真っ赤にして頬を膨らませているので、よっぽどツボに入ったんだろうなあ。
「やー、予想以上に遊べたねー奏」華は奏の肩を、ポンと叩いて言った。
「そうだね。ちょっとはしゃぎすぎたかな」と、まるで肩を組むような調子で華の肩に手を乗せた。
「あんたら……やっぱあたしで遊んでたんじゃないのーっ!!」
 甘利が二人を捕まえようと腕を伸ばすが、二人はすぐに踵を返して逃げ出した。
「待ちなさいっ! ソニックヘアーになってんだから、足だって速くなってんのよぉ!!」
 駆け出し、教室から出ていった奏と華を追いかけ、甘利も教室から出ていった。まあ、甘利は普通に足速いし、多分すぐ捕まえて帰ってくるだろう。
「風和ー。紅茶淹れてー」私は紅茶でも飲みながら、風和と一緒にゆっくり待つことにした。暑いから走るのもイヤだし。
「はい。アイスティーにしますか? 冷やしてありますよ」
「おー。さすが気が利くねえ。それじゃアイスティーで」
 ミニ冷蔵庫から紅茶のポットを取り出し、私のマグカップにひんやりとした紅茶を注いでくれる。
 それを口に含んで、喉に流し込む。火照った体にはちょうどいい冷たさだ。ほのかな苦みも清涼感を演出してくれている。
「……夏休み、楽しみだね」
 ふと漏れた言葉に、風和は「とっても」とほほえんでくれた。
 お泊まり会だったり、みんなで出かけたり、きっと楽しいことがたくさん起こるはずだ。私たちはそんな夏休みの予定をたっぷりと話し合った。わくわくしながら、まるでプレゼントの中身を予想するみたいに。
「……少し、思ったのですが」
「ん?」
 風和は、少しだけ陰を落としたような表情で、教室の出口を見る。
「あの髪型と、ハリネズミミで走ってたら、いくらなんでも目立つと思うのですが……」
 私と風和は、しばし見つめ合った。
「紅茶、おいしいねー」
「ニルギリですからねー」
 結局、私たちにはどうにもならない問題だということで、無視することにした。だって関係ないし!


 ……ちなみに夏休み明け、この学校にソニックみたいな頭をした生徒がいると噂が蔓延するのだけれど、私たちはもちろん知る由もないのでした。

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