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第13話『お泊まり会後編です』


「ちょっとアンタら、調子乗りすぎだって……」
 百円コンビニで五〇〇〇円使うという暴挙をした居残り部は、コンビニ前で甘利に怒られていた。ジュースが袋から飛び出し、お菓子やお惣菜なんかがこれでもかと詰め込まれている。お酒はもちろん入っていないが、知らない人がこの袋を見れば『なにこれ宴会でもするの?』と感想を抱くに違いない。私もちょっとそう思う。っていうか、多分する。宴会。
「いいじゃんたまには。初めてのお泊り会なんだしさー」
 唇を尖らせる華に、甘利は「食べきれなくて残したらもったいないでしょ。大体ご飯になりそうなの、ほとんどないじゃない」とお母さんみたいなことを言い出す。
「ったく……華、アンタが持ちなさい。ほとんどアンタのなんだから」
「うえー私がー?」
 正確には華がどんどん入れていった結果なので、私達みんなの物なのだが。
 華がすべての荷物を引き受け、屋敷へ向かって歩く。
 しかし体格に恵まれていない華が五〇〇〇円分の買い物袋を持つのは、さすがに苦労するらしい。甘利もそれはわかっているが、自分から言い出したことで助け舟を出すというのもちょっと違うのか、ちらちら心配そうに見ては結局何も言い出せないでいた。
 しょうがない。私が助けるか。
「はーなっ。手伝うよ」
 と、隣に並び、ひったくるみたいにして買い物袋を持つ。私はそこそこ力に自信があるので、あまり重くはないが、華は華奢だしこれは重いだろう。
「いいっていいって。これくらい」
「華には重いでしょ? 私が持つよ」
 にっこりと笑い、平気を装う。いや、実際平気なんだけど。
 しかし華は、私に持たせることに抵抗があるのか、なんだか駄々っ子みたいな表情をしている。
「あっ、だったら、ほら、さっき奏とやってたみたいに手伝ってよ」
「へ? さっき奏とって……」
 ああ、あれね。持ち手を二人で分けるやつ。
「うん。まあ、いいけど」
 両手を使い、もう一方の持ち手を華に差し出す。そうして、二人でビニールを持つ。
 重さは半分になり、だいぶ持ちやすくなった。
「うんうん。これ憧れたんだよねえ」
 ニヤニヤ笑う華に、私は苦笑を返す。「憧れるって……女同士じゃん」
「だがそれがいい!」


 まあ華の好みはわかっているので、こんなことでは驚かないけれど。このブレなさ加減にはいつまで経っても慣れない。

  ■


 屋敷の、私達が泊まる大部屋に帰ってくると、床に座って買ってきた商品を広げる。コーラに始まるジュースのオンパレード(もちろん奏のチョイス)。スナック菓子たくさんに、納豆巻きやお惣菜。これでお酒さえあれば、完全に大学生の宅飲みである。
 紙コップにジュースを注ぎ、華の「カンパーイ!」という声で、乾杯をした。
「いやー、補習も終わったし、あとは遊ぶだけだー!」
 実際そんなことはまったくない。華はおそらく宿題をやっていないはずだ。けれど、彼女の頭から八月の三一日までは宿題という言葉は消える。どうせ最終日に『まだ終わってないから手伝ってー!』と呼び出されるのだ。それは去年も同じだった。
「華、アンタまだ宿題終わってないでしょーが。遊ぶ前に片付けた方が利口だと思うけど」
「甘利が外国語喋り出した。すげー。ワールドワイドー」
「日本語だわ!! 現実逃避すんな!」
 聴覚だけでなく、視覚すら甘利から逸らす華に、甘利が怒鳴る。
「どーせアンタは夏休み最終日にあたしらを呼び出すんでしょうが! ちょっとでいいから先にやっときなさいって!」
「やだー! ホントは九月に入るまでやりたくないー!」
 手足をじたばたさせる華は、その見た目と相まって、完全に子供だ。
 それを叱りつける姉役の甘利。
 どうでもいいけど、夏休みの宿題って性格出るよね。夏休みに入る前に終わらせちゃう人。夏休みの序盤で終わらせちゃう人。毎日計画的にやって終盤には終わってる子。最後の一日で終わらせちゃう人。そして、九月に入ってもなんだかんだ理由をつけてやらない子。
「まあまあアマリン。いいじゃないか今日くらい。どうせ宿題は持ってきてないんだから」
 甘利の肩に手を置き、微笑む奏。どうも彼女はブレーキ役らしい。甘利も、こういう場で無粋な事はあまり言いたくないようで、「……それもそうね」と頷いた。
「はー。夏休みどうしよっかなー」
 輝いた目をする華には、きっと夏休みが永遠なモノに映っているのだろう。意外と早く終わるということを、毎年体感しているはずなのに。
「そういえば、行く行く言って、駅前のパティスリー行ってないよね。『ハッピールージュ』だっけ」
 だいぶ前に行く行く言っといて、結局『学校から行くのはめんどくさい』ということになって行ってない。みんな忘れてたようで(奏はそもそも知らないか)、「あー」と声を揃える。
「夏休み中に行っときたいねー。どうせ学校始まったら、なんだかんだ教室で満足しちゃうんだろうし」
 甘いケーキを想像しているらしく、華はよだれを垂らしながら餌を待つ子犬のよう。しかし、それは華の甘いラインでもはしたない部類に入ったのか、すぐに涎を拭って、近くにあったプチシュークリームを口に放り込む。
「百均のスイーツもなかなかバカにはできないんだよなあ……」
 じわりとシューから出てくるクリームの甘みを楽しみながら、ほくほく幸せ顔な華。
「あー、コンビニもレベル上げて来てるから。最近は手軽に美味しいの食べられるっていう、いい時代よねえ」
 甘利もそのシュークリームを食べる。まあ、私とか華とか甘利とか、そこら辺の貧乏舌なら、大量生産品で充分楽しめるんだもんね。楽しめる範囲が広いっていうのは、幸せなことだよね。
「最近はローソンのスイーツにハマってるんだ。プレミアムロールケーキとか、ふわっふわで最高!」
 私の中の女子力が唸るのかなんだか知らないけれど、俄然語尾のテンションが上がる。だって美味しいんだもん、ローソンのスイーツ。
「私は水ヨウカン! 緑茶と合うやつね!」と、華が両手を上げた。ここにいる全員は基本的に甘いものが大好きなので(奏は条件つき)、華も私の前にあるプチシューを口に放り込んだ。そして、「あ、アーンしてもらえばよかった……」と少し悔しそうに言った。
 しないからね。絶対しないからね。
「さーて! 食べ物もそれなりに補給したし、ゲームしようぜゲーム! 甘利! 持ってきたっしょゲーム! 私もソフトいくつか持ってきたからさあ!」
「あー、ハードね。持ってきたわよ。wiiとプレステ2と、一応プレステ3も」
「おお。結構持ってきたね」
 wiiだけだと思ってたのに。――まあ、あのキャリーバックじゃ、それくらい入ってても不思議じゃないか。
「どうするかー。アイドルマスターでもやる?」
「なんで五人もいるのに一人用ゲーム!?」
 一応持ってきたんだよね、ほら。と、華はバックの中からプレステ3用のアイドルマスターを取り出してきた。しかも1、2とL4∪とG4Uまである。どうにも気合の入ったプロデューサーらしかった。
「アイマスは却下でしょ……。どう考えても……」
「あー、やっぱり……」
 渋々とバックにソフトを戻す華。なんで持ってきたのさそんな、一人用のゲーム。
「えーっと。他にみんなで出来そうなのはー。スマブラとー、メルブラとー、ギルティギアとーブレイブルーとー」
 なんで格ゲーばっかりなのさ。他にもありそうだけど。
「スマブラかメルブラじゃないかな、やるなら。ギルティギアはデストロイ技無しなら、まだバランス取れそうだけど。あ、ブレイブルーとメルブラにも一撃必殺ってあったっけ」
 と、奏は華のバックの中を覗きこみながら言った。
 ちなみに、ギルティギアのデストロイ技っていうのは、当てればそれで勝負が決まる一撃必殺技のこと。ブレイブルーならアストラルヒート。メルブラだとラストアークなんて言う。
「えー。デストロイなしー? あのロマンある一撃必殺をー?」
「できない人だっているだろ? っていうか、格ゲーってスキル結構分かれるからね。できない人って誰が居る?」
 奏の言葉に手を上げたのは、華と甘利以外の三人だった。
「えー! じゃあできないじゃん!」
 不満が爆発したらしく、華は頬を膨らませ、口を尖らせ、フグみたいな表情になった。
「なんだよー。せっかくチップ練習したのにさあー」
「私だけでよかったら付き合うけど」
 さすがに持ってきてどれもできないのでは可哀想だと思ったらしく、甘利は軽く風和に頭を下げてから、華の肩に手を置いた。風和はそれを笑顔で頷き返す。
「んー……。じゃ、一戦だけ。どれやるー?」
「どうせなら全部一戦ずつやりましょうよ。あたしもメルブラは秋葉を練習してたりしたのよね」
 ひひひー、と子供っぽく笑う甘利。そして二人で、テレビ前にハードとソフトを持って陣取った。残された私達。
 私は華達のバトルでも見学しようと思ったのだが、風和が華のバックに入っていたゲームを漁り始める。できない、やっていないだけで、興味はあるのかもしれない。
「さっき華ちゃんが出したこれって、どんなゲームなんでしょう?」
 と、アイマスを取り出す風和。
「一人用なんだけどね、んー。この表紙の女の子たちをトップアイドルにするっていうゲーム」
「なるほど……。興味深い内容ですねえ……」
 私もやったことはない。でも、最近人気だよねえ。
「あ、銀髪の人がいますね。奏ちゃんと一緒です」
 と、表紙の女の子を一人指差しながらクスクス笑う風和。
 長い銀の髪をウェーブさせたその子を見ながら、「僕もこんな風にしたら似合うかな」と、自分の短い後ろ髪を撫でる奏。
 想像してみるけど、想像しにくいというか、あんまり似合わないなあ。短いのでイメージが固定されているからなのかな。
「髪型かあ。いろいろ考えてはみてるけど、やっぱりショートで安定しちゃうんだよね」
「ポニテなんてどう? お揃い」
 私は自分の後頭部に伸びる髪の毛を撫でる。ポニテにしてる理由は、特に無い。伸ばしたいと思っていたんだけど、ロングだとなんか普通だし。ヘアアクセ使いたかったから、ポニテ。でも、髪型が普通でも別にいいんだよなあ……。現にロングが二人いるけど、二人とも普通とはかけ離れてるしなあ。
「悪くないね。伸ばしたら考えてもいいかも」
「逆にツインテールっていうのも、奏さんに無いイメージでいいかもしれませんよ?」
 と、風和は自分の髪を持ち上げ、両手でツインテールを作った。
「ああ、風和ツインテール似合ってるね」
 奏は風和のツインテールを持ち上げ、その髪をジッと見つめる。「風和は髪も綺麗だ。ブロンドってのはいいね」
「奏ちゃんの銀髪も綺麗でいいじゃないですか。優しく光ってて」
「二人共髪キレイだもんなあ」
 私も銀髪とか金髪とか、普通とは言い難い髪の色にしたい。
「みゃこの茶髪だっていいじゃないか。それって地毛?」
 と、奏は次いで私のポニテの毛先を持ち上げた。あ、ちょっとくすぐったい。
「んーん。染めてるの」
「みゃこって髪の量多いだろ? 大変じゃない?」
「まあそうなんだけどね。でも髪の色もオシャレの内だし」
 でも最近は髪の毛短くしてウィッグにするっていうのも考えてる。ウィッグっていいよね。必要に応じて変えられるし、手軽。
「それより、風和はツインより、ツーサイドアップのが似合うんじゃない?」
 私はポケットを探る。えーと、たしかここに予備のヘアゴムがあったはず……。あ、あった。
「そうですか? ツーサイドって、どんなのでしたっけ?」
「後ろ髪は上げずに、左右の髪だけ括るんだよ。えーと、ちょっとやったげる」
 私は風和の後ろに回ると、ポケットから櫛を取り出して、風和の髪を梳く。うわあ、するする通る。どんなヘアケアしてるんだろう……。やっぱお高いトリートメントとか使ってるのかな。
 その時、テレビの方から『シッショー!』という悲鳴。華がチップ使って負けたな。ってことは今ギルティギアやってるのか。チップ防御力低いからなあ。
 ちらっと見ると、甘利はカイを使っている。ちなみに私は紗夢使い。
「ほい出来た!」
 今度は風和の前に回ると、その出来栄えをじっくりと見つめる。
 ツーサイドになった風和は子供っぽさが増し、今までにない風和のイメージを演出することに成功した。
「可愛い! やっぱツーサイド似合うね!」



 うんうん。こういう髪型変えた時の新鮮味っていいよねえ。
 漫画のキャラが髪型変えるのとか大好きなんだ。
「はい、これ鏡」
 風和にも確認させてあげるべく、私はコンパクトを開いて渡した。風和は、鏡に映る自分の新しい髪型が気に入ったのか、顔を赤くして、照れたように「ちょっと恥ずかしいけど、こういうのもいいですね」と笑ってくれた。
 髪型を気分で変えるっていうのも悪くないよね。まあ、あんまり頻繁に変えすぎてもせわしないけど。
「オシャレかあ。僕、そういうの無頓着だからなあ。みゃこ、今度どこで服を買ってるのか教えてくれないか」
「うん。いいよ。――って言っても、あんまり贔屓にしてる店とかはないんだけどね」
「あ、でしたら私も連れて行ってください」
「じゃ、今度三人で――」
「あたしらもお願いするわ」
 ゲームを終えたらしい甘利と華が私たちの輪に戻ってきた。
「あ、おかえり。どっちが勝ったの?」
「私の全勝」
 甘利は、「ま、当然よね」とドヤ顔。
「遊戯王じゃみゃこに遅れを取ったけど、格ゲーじゃ負けてらんないのよ」
「くっぞー……!! エリアルから脱出できなかったぁぁ……!」
 ドヤ甘利の隣で悔しそうにハンカチを噛む華。
 表現古っ。
「出かけるんならさー。カラオケも行きたいなー。久々にドカンと六時間くらい歌っちゃう?」
 華は近くにあったポテチを開いて、たっぷりと口に放り込む。コンソメパンチ。
 どうでもいいけど、コンソメパンチのパンチってなんだろう? パンチが効いてるってことなのかな? 美味しいけどパンチがあるって感じではないよなあ。
「フリータイムで入ればそれくらいだっけ? じゃー朝くらいから洋服見ればいっか?」「夏休み中だし、ちょうどいいね。――にしても、カラオケかあ。中学の時以来だなあ。高校だと友達いなかったから、久しぶりだよ」
 嬉しそうに言う奏。友達いなかったって、そんな明るく言うことじゃないよ。 
「さーて。そろそろお風呂入りますかー……」
 立ち上がって、伸びをする甘利。
「おっ。ついにか!!」
 目を輝かせ、拳を握る華。
「くーっ! ついに来たかあこの時が! アニメとかでもよくある乳比べ! いやあ、女でよかった! ここって大浴場あるんでしょ!」
 頷く風和だが、困ったように笑って「ですが、ここには個室もありまして……。その、皆さん、そちらに入られるかと……」
「えっ!?」
 まるですがる様に、華は私と甘利。そして奏を見る。っていうか、事実私にすがりついてきた。
「う、嘘だよね? 一緒に入るよね?」
「華……。前に言ったよね? 『私、絶対華とお風呂入らない』って(第5話参照)」
「長すぎる前フリっしょーそれ!?」
 っていうか、アニメとかである乳比べなんて、現実だとしないからね。女の子なんだから知ってるはずだよねえ……。
「じゃ、誰から行く?」
 全員の顔を見渡す私。すると甘利は、「華以外がじゃんけんでいいんじゃない?」とそっけなく口にする。
「なんで私がハブになってんのさ!」
「いい、華」ポン、と華の肩に手を置く甘利。「あたし達、アンタの事はそれなりに信頼してるし、友達だと思ってるの」
「お、おう? な、何急に? デレ期?」
「でもね。ことこういう事に関しては一切信用してないから。カメラ仕掛ける可能性まで考慮してるから」
「それもう犯罪者じゃん! 私そこまでがっついてないもん!!」
 またぎゃーぎゃーと喧嘩を始める二人。こりゃーしばらく止まらないなあ。
「んじゃ、甘利が華を引きつけてる間に、私達でじゃんけんしちゃおっか」
 とりあえず、私と風和と奏でじゃんけんしようとしたのだけど、一応家主の風和に一番を譲って、奏とじゃんけん。奏が二番目で、私は三番目になった。自動的に、甘利は四番目。
「だいたいねえ! アンタって子はいっつもバカなことばっかり言って! あたしらもう一七なんだからそういう言動は慎むべきでしょう!?」
「まだ成人してないんだからいいんだもん! まだ子供だしぃ!」
「そうねえ。あんたの身長じゃ子供ね! あたしが悪ぅござんした!」
「背の事は言うなよ! なんだよ、えっと、その、お前のかーちゃんデーベソ!」
「違うわよ! っつーかママ関係無いでしょ!」
「ママ!? 甘利ってお母さんのことママって呼んでたん!?」
「あ――」しまった、みたいな顔になる甘利。「ち、違う違う違う! 呼んでない! 母さんって呼んでるから!!」
「甘利の甘えん坊ー! やーいやーい」
 結局、この喧嘩はその後三〇分ほど続き、奏の「やってないスマブラで決着をつけたらどうだい?」という言葉により、二人は深夜までスマブラ勝負することになったのだった。
 うるさくて寝れやしない。
 だってどっちも負けず嫌いだから。片方が負けたら「今のは偶然! ノーカン! もっかい!」とか言って、勝ったもう片方は「今のが偶然とかっ。その節穴でよく見てなさい!」とか延々言ってるんだもん。

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