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第3話『素人には無理な事です』


 居残り部が部活であるように、我が晴嵐学園にも部活は数多く存在している。しかしお嬢様学校なので、運動部よりも文化部の方が活発だ。私達がだべるだけなんて部活をしているみたいに(正式には認められてないけど)。
「みんな部活入らないわけ?」
 放課後の教室にて、いつものようにだべっていたら、華が頭の後ろに手を回し、天井を見ながらそんなことを呟いた。
「なに急に? というか、部活ならこれ……」
「じゃなくて」
 私の言葉に食い気味な反応を見せ、華はちょっとだけ真剣な顔を見せる。
「私が初めて、みゃこが来て、アマが来て、風和が来てって部員が増えてったけど。これ部活ってか集まって喋ってるだけじゃん? 放課後にするなら、もっと有意義なことあったんじゃないかな、ってさ。――というわけで、居残り部に入ってなかったらなにしてたか! はいアマ!」
「うぇっ!? いきなり!?」あたふたと腕を振り、口をパクパクとさせる甘利。アドリブに弱いからなぁ。「えー、と。あぁ、そうねえ。あたしは別に、なんもやってなかったし、生徒会とか?」
「おっかたないなぁアマは」
「るっさいわね! 私はいまでもクラス委員なんですけど!?」
 実はそうなんだよね。甘利はクラス委員だ。この学校は真面目な子が多いから、クラス委員に立候補する子も多いんだけど、甘利は圧倒的人気でクラス委員を勝ち取った。ちなみに、居残り部はみんな甘利に投票した。華だけは、恥ずかしいからと明かしてはいない。仲がいいのか悪いのか。
「私は学校を変えたいのよ。いまのお堅いお嬢様学校のままじゃ、いずれこの学校は廃れる。歴史と伝統なんてブランド価値は、いずれなくなるんだから」
「はいじゃあ風和!」
「聞けよ私の改革プラン!!」
「うっさいなー。なればいいじゃん生徒会長。いま誰だっけ? 比叡真守さんだっけ」
「そうそう。光源学園が校舎使えなくなって、向こうの生徒との橋渡し役になった功績が認められたからね。見た? 光源学園の校舎。木の根がそこかしこに張っててすごかったわよ」
 私も見に行ったので、甘利の言葉に「すごかったね確かに」と頷いた。
「まあ光源学園のことはいいでしょ。風和は? 居残り部なかったらなにしてた?」
「私は……多分料理部に入ってたかなぁと思います。料理が好きですから」
 私達三人は、思わず息を飲んだ。彼女の料理の味を思い出したから。すごく甘く見つもって、まずかった。ものすごく。
 口には出さないけれど、風和が入ったら料理部じゃなくて劇薬部になるんじゃ。
「まあ、私は居残り部が好きですから、きっと辞めないと思います。こういう集まりって、すごく素敵です」
「うーん……さすが風和。綺麗にまとめたなぁ」
 感心したように風和の肩を叩く華。
「いやちょっと。まとめられても困るよ。私は?」
 そう。居残り部員No.2こと、安藤都古を忘れてませんか?
「みゃこは別にないでしょ。普通に帰宅部だった、でしょ?」
 なんとか華の言葉に反論を探すが、残念なことに私は帰宅部一筋だった。スポーツをやってきた経験はなく、体育の授業で経験者と一緒にやっても、『都古ちゃんは目立ったミスがないよね』で終わる。もっと派手な成功か失敗をしたい。そしてみんなに一目置いて欲しい!
「私にも私なりの私改革プランってのが……」
 理想の自分プランを話そうとした瞬間、教室の扉が開いて、みんながそっちを向いて私が話す舞台が消えてしまった。なんでこうなるのか。
「あのっ! すいません皆さん!」
 教室に入って来たのは、三つ編みに瓶底みたいな黒縁メガネをした女の子だった。
「――あんた誰?」
 華がその彼女に尋ねる。三つ編みの子は、自分の胸に手を当て、「私――漫画研究会の、雨宮愛美っていいます」と緊張が見え隠れする顔。
「漫研なんてこの学校あったの?」と甘利。
「あるよ。私、やりたい部活トップテンに入ってたから覚えてる」そうだったんだ華。
「で、愛美ちゃん? あなたはなんの用?」
 このままだと彼女が話せる場にならないので、私が場を作ることに。うぅ。だったら私が喋りたいのに。
「あ、あの……実は、いまちょっと、困ってることがあるのであります!!」
 なんだこの子の喋り方は。
「来週漫研の部誌が締め切りなのでありますが、アイデアがまったくないのであります!!」
 めちゃくちゃ早口だったけれど、なんとか聞き取った。
「それとあたしらになんの関係が」
 華の呟きを耳聡く聞きつけると、「よく訊いてくれたであります!」と敬礼。
「皆さんには、アイデアを持ち寄って、私にインスピレーションを与えて欲しいのであります」
「え、なんで私達が?」
 甘利は、口を開いて首を傾げるアホっぽい顔。完璧主義者なクセにこういう所で抜けてるからダメなんだよなぁ。
「それは、この学校で放課後暇そうにしてたのが、皆さんだけだったからであります!」
 私達四人は、顔を見合わせた。四者四様の顔。複雑な感情のカオスなスープ。
「まあ別に、暇だから集まってるんだし、その激失礼な言動は流すけど。あんた、どんな漫画描いてんの?」
 にやりと笑う愛美ちゃん。私達があつまる教室の端までやってくると、机の上に薄い本を放る。
「なにこれ?」
 顎の細い男性二人が抱き合っているような本が四冊ほど。私はその一冊を取る。絵は上手い。少女漫画チックな絵だ。
「お。これ、ガンダム種の同人誌じゃん」
 華はパラ見しながら感慨のため息。
「うわ、うわうわうわうわ……!」
 耳まで赤くしながら読んでる甘利。エロいの無理なんだから読むのやめときなよ。
「甘利さん? どうされたんですか? ……この本、何が?」
 本を取ろうとする風和の手を先に取って、私は「ダメ! 風和は読んだらダメ!」と、風和を毒牙から遠ざける。
「え。なんで私だけ……?」
「いや、あの、これはそのー。……そう! 原作知らないと楽しめないから!」
「これ原作とかあるんですか? ……ならしょうがないですね。私、漫画読みませんし。アイ・ノウです」
 納得したのか、笑ってくれる風和。良かった。こういうのを知るのは、風和には刺激が強いからね。知るにしても、もうちょっとゆっくりソフトランディングで。
「どうでありますか?」
 にっこりと笑う愛美ちゃんに、甘利は「こ、公序良俗に反するわよこれ!! なんで学校にこんなび、BL本なんて持ってきてんの!?」と怒鳴った。
「都古さん都古さん」風和が私の肩を叩く。「BLってなんでしょう?」
「あー……ベーコンレタス? うん。ベーコンレタス」
「……?」
 ワケがわからなかったらしい風和は、考えるのをやめた。
「これくらい軽いっしょ。まったく甘利は……」わざとらしく肩をすくめ、鼻で笑う華(シャレじゃないよ)。「『ToLoveる』で顔赤くしちゃうウブだからしょうがないけどねー」
「マジでありますか甘利さん! それは現代っ子としてどうでしょう?」
「うっさいわね本当! 女性は恥じらいを持ってしかるべきでしょ。風和を見なさい。そして見習いなさい。それが無理ならせめて都古を見習いなさい」
「なんで妥協案みたいな扱い!?」
 酷くない? いや、風和と比べるとそうなるのはわかるけどさ。
「まあともかく、皆さんにアイデア出しをお願いしたいのでありますよ。時間もないですし、多少クソみたいなアイデアでも我慢するであります」
「それ人にモノ頼む態度じゃないよ!?」
 びっくりするぐらい横柄な態度を取り、私達の輪に加わる愛美ちゃん。意外と毒舌なのね。
「てか、別にさっきの同人誌みたいなのでよくない?」
 華の言葉に、愛美ちゃんはゆっくりと首を振る。
「部誌は漫研の宣伝も兼ねてるので、あまり趣味に走ると却下されるのであります。あくまで学生らしいモノが好ましいと、顧問が」
「学生らしい漫画ってムズいなぁ……。学生らしい漫画ってなによ? チャレンジの漫画みたいな?」
 甘利はわざとらしく肩をすくめ、「あ、この問題チャレンジに出た!」とか言っていた。いやまあ、確かに学生らしい漫画ではあるけど。
「いやいや。それはジャンルが違ってくるでありますよ……」
「『ToLoveる』みたいなのなら学生向けっしょ?」
「思春期男子学生ならね! てかここ女子校だから!!」
「んじゃあ乙女版描こう! 男が脱いでくやつ!」
「読者層がわからないよ!?」
 華は思考が男の子っぽすぎるからそんなアイデアが出ちゃうんだよ。誰が読むんだ誰が。
「ふむふむ。乙女版『ToLoveる』でありますか……」
「愛美ちゃんもメモしなくていいから!」
「最近の漫画って登場人物が脱ぐんですか……!?」
 ほら風和が誤解しちゃったー!
「違うからね? 話が逸れただけだからね? ……っていうかね、その学生らしい漫画って、『学生としてのモラルを持て』ってことだと思うの」
 さっきから考えていたことだが、どうやら三人にはそんな考えはなかったらしく、感心したみたいに私を見ていた。バカしかいないのかここは!
「学生らしい漫画って、学園モノ描けばいいのかと思ったわー」
 てへっ、と舌を出す華。
「なんでそれを顧問が要求するの……」
「顧問が学園モノ好きなのではと……」
「そんな訳ないでしょ!? よしんばそうでも、もっとストレートに言うよ!」
「確かに!」と叫ぶ愛美ちゃん。
 ちょっと考えたらわかるでしょうが……。
「ま、でもそんなの個々人で違うんだし? 普通に漫画描けばいいでしょ」甘利のまとめに、みんなが頷く。「んで、私としては、やっぱミステリーがいいのよ。横浜を舞台にしたハードボイルドな女探偵が――」
「却下」
 華が甘利の意見を叩き斬った。
「なんでよ! ミステリーに外れなしよ!?」
「アマの趣味出し過ぎだから。時間ないんでしょ? ミステリーの話なんてそれこそ時間かかるって」
 思いがけない華の正論に、ぐうの音も出ないらしい甘利。
「ここはハーレムでしょ! 可愛い女の子に囲まれてウハウハ! 主人公あたし! ヒロインのモデルはここの生徒可愛い子をピックアップでよろしく!」 悪の組織みたいな高笑いをする華。しかし、そんな彼女の頬を甘利がつねる。
「アンタのが趣味押し出してんじゃないの!! どの口で私に意見出してんだぁ!!」
「ひたひっ、アマ、くぬぉ!」
 頬をつねり合う二人の頭を叩いて、醜い姉妹喧嘩を止めさせた。
「もっとシンプルに行こうよ……。青春的な恋愛なんていいよね? 憧れの先輩に告白しようと頑張る健気な女の子とか」
 努めて優しい笑みを見せるが、華と甘利の二人は、ぼんやりとこっちを見た後。
「「普通」」と声を揃えた。
「ふっ……!? って、なんでその時だけ二人の息揃うの!?」
「いやぁ、みゃこの普通具合は裏切らないよねえ」ニヤニヤと笑いながら、華は甘利へと視線を向ける。
「ま、それが都古のいいとこだけど?」
 ……なんかすごい釈然としない。
 まあ普通普通言われるのは今に始まったことじゃないけど。というか、みんなのキャラが濃すぎるんだよ。
「――じゃあ、風和は?」
 一応風和にも、案を聞いてみた。まあ風和は漫画読んでないし、本当に一応だ。
「そうですねえ……。中世ヨーロッパの社交界なんか面白いと思います。サロンに文化的な人物を招き、知的で高貴な時間を過ごすんです。とても憧れますね」
 風和以外のみんなが目を点にしてしまった。
「……いやちょっと、ネタが上流階級過ぎて扱えないであります」
 困ったように、腕を組む愛美ちゃん。渋い顔をしている。
「もうさ、みんなのアイデア合体しちゃったら?」
 面倒になったのか、甘利はあくび混じりにそんなことを言った。
「――じゃあやってみるでありますが、ぶっちゃけ大変なことになる予感がひしめいてるであります」
 愛美ちゃんは鉛筆で紙に何かを書いていく。しばらく紙に真剣な表情で向かっていたら、書き終わったのか、なぜか私にその紙を渡してきた。読み上げろ、ということだろうか?
「えー、じゃあ読み上げます。……『横浜に住むハードボイルドな女探偵が、依頼の為学園に潜入。女生徒達に体で学園の内情を聞き出しながら、学園の裏サロンの存在を知り学園全体を巻き込んだ事件に発展する――」

 読み上げた後、ほんの少しの静寂。
 みんな何を言っていいのかわからないみたいだ。仕方ないから私が口火を切ることに。
「どこのエロマンガこれ!? っていうか私のアイデアどこ!!」
「うーん……チャンピオンREDいちご辺りでやってそうだ」
 失敗を掻き消そうと大声で笑う華。
「学生らしい漫画って話どこ行ったの!? 完全に華のアイデアで話が逸れたよね!!」
「でも普通にちょっと面白いかも……エロ要素ないんだったら読みたいかな……」
 なにを言ってる甘利!?
「なんにしても、この話はダメじゃん……。新しいの考えよ」
 仕切り直しの言葉に、全員がやる気のない返事。まさかいまのが渾身のアイデアだったんじゃないだろうな。
「あの、愛美さん」
 風和が愛美ちゃんの肩を指先で優しく叩き、なにか耳打ちをする。
「えっ。……そんなのいいのでありますか?」
「はい。私が説得しますから」
「……では、いいアイデアが出なかったらそうするであります」
 私達があーだこーだアイデアを出し合っている内、二人がそんな話をしていたとは知りもしなかった。


  ■


 それから一週間後の放課後。私達は、漫画が出来上がったと愛美ちゃんから聞かされ、漫研の部室へ向かった。
「結局アイデアできなかったけど、どんな話を描いたんだろう?」
 あの後、結局私達はどこぞの漫画と似ている話だったり、話として破綻しているような、どこが面白いのかわからない物語だったり。結局私達は力になれなかった。
「まあ漫画家は締め切りが近づいてから力を発揮するらしいからねえ」
 華はすでに興味をなくしたようで、ぼんやりと天井を見上げながら、甘利に手を引かれ歩いている。本当に姉妹みたいだなぁ。
「キリキリ歩きな華。――ったく。一旦興味なくすとこれなんだから……」
「そういえば、なんか風和、ご機嫌だね」
 いいことでもあったのか、風和の顔は笑顔一色だ。
「いえ。ちょっと」
 答える気はないのか、笑顔を絶やさず私を見つめる風和。
「お、あれじゃない? 部誌って」
 ある教室の前に、まるで本屋の見本誌みたいに置かれているコピー本を発見し、私達はそれに群がった。
 愛美ちゃんの名前を目次で発見し、そのページを見る。タイトルは『いのこり!』
 あらすじは、ある学校の放課後。四人の女生徒達が暇を潰す為、いろんな話題で会話するという四コマ漫画だった。

「……なんか、キャラとか設定とか、すげえ見覚えあるんだけど」
 華の言葉に、私と甘利は頷いた。
 場を掻き回すチビっ子。
 振り回される委員長。
 常識知らずのお嬢様。
 そして、唯一の常識人。
 なんか私達居残り部を思わせるような人物模様。
「おおっ! 居残り部の皆さん!」
 と、部室から愛美ちゃんが出てきて、お馴染みの敬礼をする。
「皆さんのおかげで好評であります!」
「なによこれ? モデル完全に私らじゃん?」
 詰め寄る甘利。しかし愛美ちゃんは、なぜか風和を見て、「せ、説得してくれたんじゃないのでありますか?」
「――え、なに、風和が関与してんの!?」
 方向を変え、今度は風和に詰め寄る甘利。
「いや、それが、この件は私が発案したんです。『いいアイデアが出なかったら、私達をモデルにしてはどうか』って」
 なるほどね……。まあ何もないよりは遥かにマシだし、なにより学生をモデルにすれば、学生らしい漫画なんて楽勝だ。そういう意味ではさすが風和。
「せめて許可取ってよね……」
「いいじゃんアマ。漫画のモデルになるなんてそうないし?」
 華は、面白かったよと愛美ちゃんの肩を叩いて、元来た道を引き返す。
「いやいやいや! 私のキャラ付けに納得行かないんだって! 私こんな間抜けじゃないし!」
「そんなもんでしょ?」
 言い争う二人の背中にため息を吐いて、私は愛美ちゃんに手を振り、追いかけることに。
 小走りで二人を追っていたら、隣に風和が並ぶ。
「漫画って、面白いモノですね」
 ……本当、綺麗にまとめるよねこの子は。

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