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第4話『料理は下ごしらえが大事です』


 前回の居残り部活動記録にて、風和の料理下手について多少触れたけれど、今回はそれが発覚したエピソードを語らおうと思います。
「お腹減ったぁ!!」
 放課後の教室に、華の叫びが響く。いっつもお腹減ったって言ってるけど、太らないんだよなぁこの子。
 そもそも成長してない感じ。お腹減った、ってすぐ言うのは子供っぽくて可愛いなとは思うけど。
「うるさいわねぇ……お腹減ったお腹減ったって……」
 頭を掻きながら、甘利は呆れたように顔をしかめる。
「――って言うか、華。お昼たくさん食べてたよね。ドアーズでさ」
 ドアーズは、我が晴嵐学園にあるカフェテリアのことだ。テイクアウトもできるおしゃれな喫茶店、という感じ。学生憩いの場。
「まあ私も結構食べる方だけど、風和には負けるわ……」
 華が風和に視線を向けると、私と甘利も釣られて見てしまう。そんな注目の的である風和は、照れたように肩を小さく丸め、「お恥ずかしいです……」と呟く。
 風和は意外と食べる。その様はまさに衝撃。いや、マジックだ。フォークを優雅に口に運んだかと思うと、三口ほどで皿いっぱいにあったナポリタンがなくなっているから驚き。普通に一口が一口の量じゃない。晴嵐学園の大食い記録保持者(レコードホルダー)は伊達じゃない。
「というか、あんた達よく太らないわね……。女として羨ましいわ」
 甘利は自分の腹をつまんだ。彼女は別に太っている風に見えないけど、女の子は基本的に脂肪が許せないのだ。男性より脂肪が付きやすいのに、難儀なことだ。
「私は太らない体質だからね」そう胸を張る華。
「『太らない』じゃなくて、『成長しない』の間違いでしょ」
「あんだとクルァ!!」
 すごい巻き舌で立ち上がって、甘利を睨む華。
「私はこれから成長期なんだよぉ! すげえんだぞぉ! ボンボンボンだぞ!」
「いや華。それだと成長じゃなくて肥満だから」
 華は身長小さいんだから、太ったら雪だるまみたいになるよ。
「まあ華とは違って、私は完璧にボディケアはしてるからね。スタイル意地も大変だわ」
「そういうことは後ろ髪の寝癖なんとかしてから言いなよアマ」
 甘利を指差しほくそ笑む華。甘利は、「ウソっ!?」と後ろ髪を触るが、そこに寝癖などなかった。
「ちょ、華! アンタねえ!」
「きゃはははっ! だーまさーれたー!」
 相変わらずの二人だなぁ。この口喧嘩がないと、居残り部は調子が狂う。
「……あ、そうだ。でしたら皆さん、今日は料理しませんか?」
 風和はそう言って、ケータイを取り出し、どこかに電話を始めた。


  ■


 風和に連れられやってきたのは、家庭科室。風和の電話によって呼び出されたと思わしき黒服の人が持ってきた食材が並んでいる。
「うっわなにこれ……」
 私は目の前に並ぶ食材を見て、思わずため息を吐いた。なんか、年末の有名人料理対決を思わせる量だ。作れない料理なんてなさそうなくらい。
「うっわこれキャビアってやつ!?」
 華が持っている楕円形の小さな箱は、英語やらが書いてあった。中身を開けると黒いつぶつぶがところ狭しと。
「これをさぁ……バタートーストに乗っけて食べると美味しいんだよねぇ」
「え。華ってキャビア食べたことあるの?」
「うん。なんかの抽選で当たった。さすが高級食材……風和ー。これ後で食べていー?」
 笑顔で頷く風和に、キャビアを調理台の上に戻す。さすが風和……。キャビアを同級生に振る舞いますか。
「さて。じゃあ皆さん、なに作りましょう?」
 風和に集合を促され、私達は頭を寄せ合い、ついでに知恵を寄せ合うことに。
「――でもただ作るんじゃ面白くなくない?」
 料理に面白さを求める意味がわからないけれど、まあ華の言うことももっともだ。せっかくこういう状況なんだし、ちょっと変わったことしたいよね。
「てなわけだから、勝負しよ勝負! だれが一番美味しいの作れるか」
 その提案に、私達は乗ることにした。全員が多かれ少なかれ、ワクワクしているのがすぐわかった。一人一人に調理台が行き渡り、全員が料理を始める。
「さて……。どうしよっかな」
 私は調理台に立ち、エプロンをかけ、プランを頭の中に広げる。みんなは材料を取りに行ったみたいだけど、私はその前に何をどう作るか考えていた。
 適当に持ってきて材料広げても、作業の邪魔になるしもったいない。簡単なのにしよう。
「――よし」
 決めた。材料を取りに、いろいろな食品が置かれた中央の調理台へ。適量取り、下拵えを終える。後はダシを取り終われば完成。
「ふう。……みんな大丈夫かな」
 私は不安に満ち溢れていた。料理の途中から、期待感が不安に塗り替えられたのだ。なにせ、この居残り部は問題のある、安心感のない人間ばかり。――とくに華が心配。甘利もうっかりさんな所あるし、風和は料理できるのかな。お嬢様はできない印象がある。
 なので、様子を見に行くことに。
 まずは甘利。
「甘利ー。調子どう?」
 鍋の中身をおたまで掻き回している甘利。匂いは普通だし、特に心配するようなことはなさそうだけど、まあ一応。
「なにみゃこ。あんたもうできたの?」
「あともうダシだけだから、一応様子を見にね。みんなが心配でさ」
「華はともかくあたしは大丈夫だって。料理だって完璧!」
 サムズアップで笑顔を見せる甘利。そして差し出してきたのは、ブリの照り焼きだった。見た目は普通だし、これなら一安心かな。
「ほー。どれ味見」
 すると、いつのまにかやってきた華が、そのブリを一口摘む。
「どうよ華。これは確実に美味しいでしょ」
 どや顔の甘利とは反対に、食べた華は俯いてなにも言わない。どうしたのか顔を覗き込もうとしたら、突然華は顔を上げ、甘利を睨んだ。
「このブリの照り焼きはできそこないだ。食べられないよ」
「何で『美味しんぼ』の山岡さん?」
 このセリフがもうちょっと柔らかい言い方だったら、絶対『美味しんぼ』はもうちょっとつつがない進行になってるよね。
「な、なに言ってんの華! 私は完璧なブリの照り焼きを作ったはずなんだから!」
「その完璧が問題なんですよ」
 いつまで山岡さんのモノマネしてる気だ。

「このブリ照り……しょっぱい」

 華は言いながら、差し出されたブリ照りを指差した。言葉の意味がさっぱりわからず、私は失礼してブリ照りを摘む。
 口に含んだ瞬間、海水も真っ青なレベルの塩気が口の中に広がる。岩塩をそのままいってもなかなかこうはなるまい。
「うっ……これは一欠片ご飯一合はないと厳しいなぁ……」
「そ、そんなバカな……!」
 甘利も一口、ブリ照りを口へ運ぶ。一瞬で顔をしかめた。
「まっず!」
 あぁ、自分で言っちゃったよ。
「塩と砂糖間違えたんだよお前さんは。初歩的なミスだぜ」
「華、口調が安定してないよ。『美味しんぼ』あんま知らないでしょ」
「くっ……。私としたことがこんなミスを……!!」
 床に手をつき、ひれ伏す甘利。
 甘利らしいミスだけどね正直。詰めが甘いというかなんというか。
 まあ、ブリ照りの照りは砂糖を焼いてできる照りであって、照る程度に砂糖が入ってる辺りを見るに、砂糖と塩の比率が逆でも味は微妙っぽいけど……。そうなったら甘過ぎるんだろうな。
「――じゃあ、甘利は失格ってことで。華は? なに作ったの?」
「 え゛」
 あからさまに顔をしかめたのを見て、私は有無を言わさず華の調理台へ。

 そこにはなぜか、大量のご飯茶碗が並んでいた。もちろんご飯が並々と盛られている。
「…………なにこれ?」
「や、そのー……。私、白米が大好きで、めったにない機会だから、ちょっとだけ食べ比べを……」
「なにしてんの発案者!? 料理すらしてないって、甘利のこと何も言えないでしょ!!」
 しかも、確実に一人じゃ消費できない量。
「なんでこんなたくさん炊いたの……。ライスライスライスじゃん! 外食でこれ出てきたら写メしてからキレるわ!!」
「風和も居るし、食べきれるかなーって……」
「他人の胃袋をアテにしない!」
「いやもう仰る通りで……」
 まるで母親みたいな怒りを見せてしまったけれど、まあもったいないことをしてしまったのだし、これくらいは当然。たまにはガツンと言った方がいいんだ。
「――で、残るは風和だけど」
 今までの二人が失敗(片方に至っては料理すらしてなかった)だけに、ちょっと不安感でいっぱいなんだけど、それは風和の調理台を見て払拭された。
 皿に乗せられたそれは、すぐにビーフストロガノフだとわかった。見た目は完璧だ。
「どうでしょう都古さん。我ながら、上手くできたかなと思うのですが」
 不安そうに私を見る風和に、「うん。美味しそう」と優しい言葉をかける。本心から、美味しそうに見える。――けど甘利のパターンがあるからなぁ。まだ信用はできない。
「そう。完璧完璧と言っても、結局最後までわからないモノなのよ!」
 いつの間にか復活していた甘利が、なぜか自信満々に自分の失敗を語り始めた。
「というわけで、味見ーっ」
 甘利は小指でビーフストロガノフのソースを掬い、それを舐める。舌の上で転がし、味わっていると、甘利は突然、電源が切れたみたいに床へ倒れた。
「あ、甘利ーっ!?」
 すぐに傍らへしゃがみこんで、頭を抱き上げる。まぶたは開いてるけど、目から光が消え去っていて、どうにも平気ではなさそう。
「ちょっ、大丈夫甘利!?」
 頬をペシペシと叩く。少し頬が赤くなってきた辺りで、甘利の目に光が戻ってきた。
「う……白いワニが見えたわ……」
「大丈夫ですか甘利さん……一体なにが……」
 心配そうに甘利へ手を差し出す風和。その手を取り、立ち上がる。風和のビーフストロガノフが原因なのか、と訊いてみたら、彼女は厳かに頷いた。
「あんま風和にこういうこと言いたくないけど……。なによこれ!?」
「えーと……なにがでしょう?」
「不味いってレベルじゃないんだけど! 一瞬心を逆の意味で奪われたじゃない!」
「……そうですか? 私きちんと味見しましたけど、美味しかったですよ?」
「そうなの?」
 この時点で、私も味見してみることにした。甘利の意見が正しいのか、それとも風和が正しいのか。私には判断できなくなったからだ。
 人差し指でビーフストロガノフを掬い、パクッと一舐め。
「――ッ!!」
 甘利と違って、私は少し覚悟していたからだろうか。意識を刈り取る魔の手を耐えることができた。
 一言で表現するなら刺激。舌を針でチクチクと刺され、終いにはなんか鈍い痛みまで出てきた。少量なのに飲み込めない……!!
 頑張って飲み込めば、喉元すぎても痛みが忘れられない。っていうかお腹痛い。体が拒否してる。
「……これは酷い」
「えぇっ!!」
 風和の顔が驚愕に満たされる。けど、それは本来私達がするべき顔です。
「風和本当に味見した?」
「はい!」
 自信満々。しかし、どうにも信じられない。
「じゃあちょっと自分で食べてみなよ。すごいから」
「そうですかね……」彼女はスプーンを取り出してきて、ソースをぱくり。
「うん。美味しいですよ?」
「「嘘ぉッ!!」」
 声を揃える私と甘利。
 どんな舌してるのこの子!?
 恐ろしいよ! 機械の体なの!?
「あー、ちょっと……お二人さん」
 今まで私達のやりとりを遠くで聞いていたらしい華が、私達を風和から引き離す。
「ちょっ、どしたの華?」
「あんたも風和のかつて牛だったストロガノフ食べてみなよ。地獄行き鉄道に乗れるから」
「あー……。そのことなんだけどさ、そういや風和って、あの料理がマズいって評判の国に留学してたことあったなって、今思い出して……」
「え、そうなの」
 まさか、そこで風和の味覚に影響が……。や、でもさすがにあそこまで酷いのは風和の才能か……。
「み、味覚の英才教育やぁ……」
 なに言ってんだ甘利は。
「で、みなさん。優勝は?」
 遠く離れた位置の風和が、私達に少し大きな声。
 私達は、さてどうしよう、と困った顔を見合わせた。


  ■


「というわけで。優勝は、私達の中で唯一まともに料理を作った都古に決まりましたー」
 華の閉会宣言に、いえーいと拍手する居残り部。
 私達はテーブルに場所を移し、私が作った料理を食べていた。ちなみに、作ったのは鶏飯(けいはん)。いくつかの食材――鶏のささみや金糸玉子なんかを乗せたご飯に鶏ガラスープをかけて食べる、おばあちゃん直伝メニュー。
 ご飯は華が大量に炊いたやつ。他人の胃袋をアテにするなとは言ったけど、華と風和なら食べられるだろう。
「うん。正直予想してたけど、やっぱりみゃこのが普通に美味しい」
 咀嚼しながら言う甘利に、私は釈然としない物を感じたが、一応「ありがとう」と言っておく。
「やっぱり都古さんはすごいです。これすごく美味しい」
 なんだか風和から尊敬の念を感じる……。
 うーん。残念ながら私には風和の方がすごいと思うんだよなぁ。
「うん美味い! これからは居残り部の料理担当はみゃこだなぁ」
 茶碗を傾けながら喋る華に、私は苦笑してしまう。
「勘弁してよ」
 それだけ言って、私も食事に移った。うん。我ながら美味しい。
 ……けど、どうして料理って、ここまで差が出るんだろう?


※残った料理は薬師寺家黒服が苦労して美味しくいただきました。

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