TOPに戻る
次のページ

第5話『なんでもない会話です』


 居残り部は放課後だけ学校にいる、なんてことはもちろんない。きちんと授業を受けている。だってそうじゃないと放課後じゃないものね。
 だから今日も、しっかりと授業を受けて、安寧とした放課後を過ごしていた。
「――ねえ華」
 なぜか視線のおぼつかない甘利。華を見ているのは確かなのだが、視線がどうも、華のへそ辺りを見ている。
「なにさアマ。て、どこ見てんの?」
「――華さ、体育の授業からずっと言おうと思ってたんだけど。……あんたなんで、男モノのパンツ履いてんの?」
「「えぇっ!?」」
 思わず、私と風和は立ち上がって華のスカートをじっと見る。もちろん下着がどんな物かわからないけれど、甘利の言葉が本当ならそこには男モノのパンツがあるわけで……。
「それ本当なの?」
 思わず確認を取ってしまう。だけど、甘利が見たと言っているんだから、本当に履いているんだろう。
「本当だよ。ほら」
 華は立ち上がると、スカートをたくしあげて私達に下着を見せてくれた。それは仮面ライダーのトランクスで、サイズ的にも子ども用だろう(詳しくないからなんのライダーかまではわからない)。
「どうして男性用の下着を履いてらっしゃるんですか?」
 首を傾げて、華のパンツを見ている風和。
 華はスカートから手を離し、椅子に座ると、苦笑して「楽だからねー。誰に見せるってんじゃないし」と言う。
「いや。あたし思いっきり見て驚いたんですけど! 見間違いかと思ったわ!」
 第一発見者である甘利はよほど驚いたらしく、息巻いて華に抗議していた。
「まあまあ。これはギャップ萌えを狙ってるんだよ。女が男性用下着を履く。これは新しい萌えの形だよ」
「狙ってどーする! 誰に見せるわけでもないんでしょうが!」
「そこが問題なんだよなぁ」
「アホかあんたは!」
 何を言っても埒が開かないと思ったのか、甘利は舌打ちをして、咳払いを重ね、つり上がった眉を戻す。
「いつまで経っても……私のハーレムは完成しないなぁ」
 華による突然のぼやき。そういえば、ハーレムを作るのが夢だったね華は。
「今のところは、みゃことアマと風和だけだし」
「私達ハーレム要員じゃないんだけど!!」
 私が代表して叫んだ。華のことは友達として好きだけれど、そんな感情まで抱いた覚えはない。
 華は腕を組み、真顔で「女子校の女子は全員が百合だと思ってたんだけどな……」なんて言っていた。
「バカだなぁ……」
 どこの私立リリアン女学園高等部だ。一応言っておくけど、この学校にスール制度ないからね。
「現実はなんてつまらないんだ……」
 バカなことで落ち込む華。入学してから言っても遅いって。
「ドラえもんもいないし……」
「この流れでドラえもん出さないで」
 なんか下心に溢れてるよ。
「ドラえもんの道具はどうやってエロく使うか考えちゃうタイプだからな私……」
 ほらやっぱり。
「なに夢見がちな事を言ってんだか」
「ドリームズカムスルーって呼んで」
「いや、それだと最高にリアリストっぽいけど……」
 ていうか、私ならそんな呼ばれ方したら恥ずかしくて学校来れなくなるけどな。
「私にとって石ころ帽子は女湯を覗く為のモノだからなぁ」
「華は女の子でしょ!? なくても普通に入れるから!」
「――っ!」
 華は突然立ち上がり、なぜか甘利をビンタ。
「普通に入ったんじゃ意味がない! みゃこ! 例えば、目の前で自分をエロい目で見ている人間がいて、風呂に入ってられますか!」
「そりゃ、まあ無理だけど……」
「でしょ。カメラ向けられて、すぐポーズ取れないみたいなものよ。それに、コソコソ覗いてるっていう背徳感がたまらない!」
「うん。私絶対華とお風呂入らない」
 よくわからないけどスゴい説得力だった。拳を握りしめる華が遠い存在に見えるなあ……。
「くっ……じゃあ一回胸を揉ませて!」
「イヤだよ! 今の流れでよくそんなお願いできたね!?」
「じゃ、じゃあ風和が揉んで、私はそれを見て楽しむから!」
「え、私ですか?」
 風和が華の隣に立つと、にこやかに、なぜかわきわき指を動かす。
「な、なんで風和まで乗り気……!?」
「実は、一度触ってみたくて……見事なモノなので」
 照れくさそうに頬を抑え、笑っている風和。完全な好奇心だろうけど、それは華の下心を満たすことになるので、どうしても避けたい。
「いや、あの、ちょっと?」
 完璧に忘れ去られていた甘利が、おずおずと手を挙げる。
「なんであの場面であたしがビンタされた!? あそこはみゃこでしょ!」
「やー、みゃこはひっぱたけるキャラじゃないし……」
「あたしもひっぱたかれるキャラじゃないわ!! ダチョウ倶楽部か!」
「カッとなってやった。誰でも良かった。今は反省している」
「誰でもいいならみゃこに行けよ!」
 甘利の怒りはもっともだ。一理どころか真理と言ってもいい。お腹を空かせたライオンみたいに喉を鳴らしながら、華を睨んでいる。
 そんな彼女に、風和がマグカップを差し出した。スチール製の無骨なそれは、甘利専用マグカップだ。
「まあまあ甘利さん。これ、セージのハーブティーです。イライラに効きますよ」
「あ、ありがと……」
 甘利はそれを受け取り、ちょっと一口。「あつっ」と唇を離したが、今度は香りを楽しみ始めた。
「ふん。風和に感謝するがいいわ」
 と、本格的にハーブティを楽しみ始めた。ハーブティのおかげというより、風和のおかげだな。
「ところで――そろそろ中間だけど、みんな勉強してんの?」
 すっかり落ち着きを取り戻した甘利は、現実まで引き連れてきた。
「あー……まあ一応やってるよ。今回こそは平均超えたいからね」
 私は一年の時、さらには中学校の頃まで遡ってみた。なぜだか知らないけど、私はなぜか平均点しか取ったことがない。なんでだろう。勉強はしっかりしてるんだけどなぁ。
「私もしてますよ。今回自信ないから、ちょっと気合い入れてますっ」
 風和は拳を握り締めて、瞳に炎を宿していた。この子は学年トップテンに入るレベルで頭がいいから、心配ないと思うんだけど。
「私? 私はもちろんしてない! わからないことが何かわからない!」
 いつも赤点ギリギリの華が、なぜか一番自信満々だった。絶対授業寝ているから、そもそもテストの範囲を知っているかも怪しいくらいだ。
「てか、アマは? ……って、訊くだけ無駄か」
「もちろん。私はいつだって完璧! よ」
 華とは対照的に、彼女の場合はばっちり勉強ができる上での自信だ。常に完璧であろうとしている為か、彼女は学年トップの成績を持っている。
「……まぁ、いつだって完璧、はちょっと共感できないけど」
「ん? みゃこ何か言った?」
「いやいや、なんでないよ甘利」
 紅茶を飲んでお茶を濁す。甘利が完璧じゃない時なんて割とあったけど、なんて言わない方がいいよね。本人は自分のことを完璧だと思ってるんだし。
「そだ。テストで思い出した」華はふと思い出した風に、そう切り出した。「こないだテレビでさ、『目の前にはレンガの壁があって、あなたはそれを乗り越えました。さて、その先の景色は?』って心理テストがやってたんだけど」
「景色? ……んー、私は海かなぁ」
 私は直感的に、そう答える。思いついたのは沖縄みたいなエメラルドグリーンの海。
「私は学校ですね」
 風和は学校か。
「あたしは遊園地」
 なんだか可愛いチョイスをした甘利。こういう細かい部分が、彼女の目指している『完璧な女』から離れてる気がするんだよなぁ。
「それで華、答えは?」
 私達三人はなんとなく息を飲んでしまった。ドキドキしちゃうよねこういうの。
「これの答えがね、『それはあなたが死ぬ場所です』なんて言うんよ」
「えー……」
 みんながあからさまにがっかりしていた。私も気持ちは同じ。だって心理関係ないじゃん。なんなら未来予知じゃん。
 ていうか、海ではイヤだな……。思いつく状況がきつい。
「まあテレビのだし、仕方ないけどさ。あたし遊園地で死ぬのぉ? 遊んでる場合じゃなくなっちゃうんだけど」
「私は、学校ですか?」
 これが本当に当たるなら、一番大変なのは風和だ。だって在学中に当たる可能性があるし。
「ちょっとくだらなさすぎるなー」
 私は言いながら、クッキーに手を伸ばす。
「まだ『死にたい場所』ってんならわかるけどねえ。……みんなはあれ、死に備えてパソコンのハードディスクにパスワードとかかけてる?」
「そもそもパソコンに見られて恥ずかしいモノがあるのは、この中だと華くらいだけどね」
「絶対そうね。私そもそも、パソコン持ってないし」
 私の言葉に賛同し、甘利もクッキーを一つ食べた。
「……まあ、秘密はバラすと秘密じゃないし、ないってことにしとくか」
 華の解釈は普通に間違っていたけれど、まあそれでいいよ。
「てか、秘密がないならパソコン何に使ってんの? パソコンって秘密製造機じゃん」
「どんな歪んだ使い方してんの!? ――別にインターネットしたり、音楽聴いたりだけどさ」
「グーグル先生にいけない言葉訊いたりしてない?」
「してないよ」
「バストアップの方法訊いたりしてない?」
「してないよ! これは勝手に大きくなったんだよ!」
 ――はっ。私いま、恥ずかしいことを叫んだのでは。
 その証拠に華がニヤニヤしている。
 顔が赤くなるのを感じた私は、俯いてそれがバレないよう努めることに。
「うぅぅ……恥ずかしい……ただただ恥ずかしい……」
「あー、ごめんごめん。みゃこは胸だけじゃないよ。お尻も最高だよ」
「フォローになってないよ! ただのセクハラだよ!」
「被告人、鈴江華はセクハラの罪でパシリの刑ね。ドアーズまで行って、私にはチリドックを買ってきなさい」
 裁判官よろしく、場を仕切り始めた甘利。
「なんでアマにまで買ってこなきゃいけないんだよ! みゃこだけならまだわかるけど!」
「じゃあ私はねぎトロ丼で」
 思いっきり乗っかって、普段食べないねぎトロ丼を頼んでみた。普通に安いんだけど、学校で食べる気がしないんだよね、ねぎトロ丼。
「私はエクレアをお願いします」
 風和の注文で全員がオーダーを終え、華は渋々立ち上がり、ドアへ向かう。取っ手に手をかけた所で、華がポツリと
「魔性の女め……!」なんて呟いた。
「それ私のこと?」
 なぜセクハラを受けた私が魔性の女扱いなのか。
「略して性女め……!!」
「その略し方最高にイヤ!」
 そこは普通魔女でしょ!
 なんでわざわざ下品な感じにした!?
「今のセクハラで奢り決定な」
 冷たく甘利が言い放つと、華はすごい勢いで踵を返し、甘利の足元に跪いた。
「勘弁してくださいよ裁判官さん! 今のはギリギリセーフでしょ!」
「いや余裕でアウト。普通にアウト。アウトだと思う人ー」
 甘利を含めた私達三人が手を挙げた。華だけが挙げていない。
「こ、こんなの魔女裁判でしょ!」
「セクハラするのが悪い」
「みゃこも内心喜んでいたんですよ!」
「それはおっさんの言い訳だな……」
 呆れたように、華の肩を押して突き放す甘利裁判官。
「刑追加。あたしには更にマルゲリータピザね。タバスコ大量」
「えぇぇぇっ!」
「私はハンバーグ弁当もお願いね」
「みゃこは絶対食べすぎでしょ!」
「みゃこは被害者だからデザートも許すよ」
「勝手に許すなよアマぁぁぁぁ!」
「んじゃーシュークリームね!」
 甘利の許しも得たので、デザートのシュークリームを注文。今日は晩御飯食べらんないなー。
「私はカツサンドをお願いしますね」
「マジでぇ……?」
「マジで。ほら、行ってこい」
 甘利の一言に、ダッシュで教室から出て行く華。その背中は酷く悔しそうだった。
「甘利本当に辛いの好きだねー」
 先ほど華に頼んでいた物が全部辛かったので、少し驚いていた私は、華がいなくなるとそんなことを訊いてみた。
「大好きよ。当たり前じゃない」
「お弁当も真っ赤だもんね」
 見てるだけで目の奥が痛くなるようなお弁当だった。調理段階で辛みが入っているだろうに、甘利はさらに七味唐辛子をかけるのだ。
 ご飯まで赤いってどういうことなんだ。
「どうして辛い物好きになったんですか?」
 風和の疑問に甘利は、なぜかはにかむみたいに笑った。
「私、昔ちょっと太ったことがあってね。いいダイエット方法はないかなーって探してたんだけど、一番はやっぱりバランスの取れた食事と運動じゃない」
 確かに、いろいろダイエット方法はあるけれど、一番効果があるのはきちんとした食事と適度な運動だ。
「だから最初はそれだけやってたんだけど、やっぱりもっと早く痩せたいと思ったわけ。だから、ご飯を全部辛くしたの」
「なんでそうなるの!?」
「カプサイシンってのが脂肪燃焼にいいって聞いたから、じゃあご飯全部辛かったら痩せられるかなって。最初はつらかったけど、段々クセになるのよね」
「あー……なるほどー……」
 ちょっと突拍子が無さ過ぎるというか、普通そう考えてもご飯全部になんてかけないよ。やることが極端だなぁ。
 ……まさか、完璧に全部同じ味にしたかった、とかじゃないよね?
 いやまさか、いくら甘利でもそんなバカなことしないよね。そこまで行くといじらしすぎて可愛いよ。
「――みゃこ、なんで私の頭を撫でてるの」
「いやぁ、なんとなく」
 無意識に甘利の頭を撫でてしまった。
 私の手を払いのけて、甘利は自分のマグカップを取り、唇につける。
「はーいお待たせ!」
 両手にビニール袋を持った華が帰ってきた。
 私達は各々の注文した食べ物を取り、食べ始めた。
「華も買ってきたんだ……」
 華の机には、なぜか私達が頼んだのと同じ物が並んでいた。……見てるだけで胃にもたれそう。
「太るよ」
 甘利の忠告も聞かずに、華はカツサンドの包みを開けていく。
「いーんだよ。なんか買ってたらお腹減ったから。お腹減ったってことは体が必要としてるってことだから、食べても太らないんだよ!」
「いや、そのりくつはおかしい」
 人間の体には一日に必要なカロリーの上限が決まっているんだよ?
 ……言っても華にはわからないか。
 太らない体質だからって油断してたら、いつか絶対太るんだから。

次のページ
TOPに戻る
inserted by FC2 system