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第6話『勉強ってどうしてするんです?』

 学生でいると嫌いになる言葉がいくつかある。
 それは例えば、『テスト』とか。派生型には『中間』や『期末』なんかがそう。
 学生の本分は勉強することだなんて言われているけれど、そんなのは勉強してこなかった人間の言うことなのだー、とか叫びたくなる。それくらい勉強とは苦痛な物だ。
 けれどしないと困るのも、また事実。
 翌日に中間テストを控えた私達は、放課後の教室で勉強会を開いていた。今日の居残り部は最後の追い上げ。帳尻合わせとも言う。

「やる気でねーっす……」
 みんなで机を並べ、勉強していたら、いつものように華が突然ため息混じりに愚痴り始めた。真面目に勉強していた私達三人は、そんな華の態度に呆れてしまう。
「そんな調子だと、夏休み特別補習食らっちゃうわよー」
 ノートの自分が解いた問題に丸を書き込みながら、華も見ずに甘利が言った。
 この学校の補習は厳しいことで有名だ。そもそもここは、一応歴史ある由緒正しいお嬢様学校。補習を食らう生徒なんて正直ほとんどいないので、そのほとんどから漏れた数少ない生徒にはすごく厳しいのだとか。
「んなこと言ったってなー……因数分解とかなんの役に立つんだよー。絶対将来使わないぜー?」
「そんな中二病みたいなこと言ってないで、ほらペン持って」
 華が投げ出したペンを拾い、差し出すが、華が受け取る様子はない。背もたれに背中を預けて、ぼんやりと天井を眺めていた。
 仕方がないので、ペンを華の机に置いた。ノートにはほとんど何も書かれてない。なぜか、『織田信長すげー』とだけは書かれていた。
 なんでそんなことを書いたのか。織田信長が何をしたか書かないと、なんの意味もない。
「華さん、知識はあって邪魔にはなりませんよ? むしろない方が困っちゃいます」
 風和のありがたい言葉だ。しかし華は聞く耳を持っていないらしい。馬に説法というやつだね。
「やー、そりゃ私だってやらないと困るのはわかる。わかるけど、やる気がー」
「うーん……どうしたらやる気を出してくれるのでしょう?」
「いーよ風和。ほっときな。ライバルが一人減ったんだから」
「性格悪いぞアマー!」
「今の状態の華が言ってもなぁ……」
 私と風和は完全に甘利サイドだし。
 勉強しようよ華。
「なにかやる気の出る名案……名案……」
 ぶつぶつ何かを呟いている華からは、勉強する気なんて微塵も感じられない。
 このままだと赤点確実だけど、本人は補習の覚悟あるのかなぁ。
「閃いた! これは閃いたぞ!!」
 突然叫び出した華は、風和に何かを耳打ちする。
 風和はキョトンとした顔をしているけど、一体何を話しているんだろう。なんか嫌な予感がするけど……。
「アイ・ノウ。了解です華さん。すぐに持ってきてもらいますね」
 それだけ言うと、風和は教室から出て行った。
「……風和に何頼んだの?」
 華は私の疑問に「まあ待ってたらわかるよ」とだけしか答えてくれなかった。
 帰ってきた風和にも訊いてみたけど、結局似たような答えしか返ってはこない。まあ、私に被害が及ばないならいいけど……。なんかそうも行かない予感……。


 それからしばらくして、頭の片隅にチリチリとそんな予感を抱えたままノートに知識を書き込みながら、頭にも溜め込んでいると、突然教室に黒服の女性が入ってきた。
 風和お抱えのボディガードさんだろうか。なぜか、黒い服を抱えている。
「あ、お疲れ様です。じゃあ、彼女に着せてあげてください」
 なぜか風和は、私を見ながら黒服さんに指示を出す。つかつかとハイヒールを鳴らしながら、有無を言わせない迫力で「失礼します」と私をお姫様だっこの要領で持ち上げた。
 人一人こんな軽々持ち上げられるんだー。とか一瞬呑気なことを考えてしまったが、いやいやそんな場合じゃないでしょ私。
「ちょ、え? なんですかこれ!? 私いま何をされようとしているの!?」
 抵抗を試みたのだけど、がっちりホールドされて全然動けない。黒服さんすごい。
 そのまま私は教室の外に連れ出され、隣の誰もいない教室で先ほど黒服さんが持っていた服に着替えさせられた。
 もちろん抵抗しましたよ?
 でも教室で黒服さんと二人きりなんて、正直怖すぎてすぐ着替えましたよ。
 その出来に満足したのか、黒服さんは去っていき、私は私で、仕方なしにその格好のまま教室に帰った。
「おーっ! 見立て通り。似合ってんじゃん!」
 私を見た華は、立ち上がって手を叩いて、まるで焼きあがった陶器の出来に満足しているようなリアクションを見せた。
 黒服さんに着替えさせられたその服装は、簡単に言うと女教師ルックだった。白のブラウスに黒のスーツと膝少し上のタイトスカート。ご丁寧にハイヒールまで。髪は後頭部でまとめられ、赤い縁のメガネ(伊達)まで。



「……あの、華。これ、なに?」
 なぜ私は女教師ルックにされたのか。ポケットを探ったら教鞭まであったから、まず間違いない。
「いやね。私は考えたわけよ。勉強には何が必要か。それはやっぱり教えてくれる存在なわけじゃん?」
「――言いたいことはわかるんだけど! わかるんだけど! この格好させなくてもいいじゃない!」
「何事も形からさ」
「だったらなぜ私!? 甘利のが成績いいじゃん!」
 仮にも学年トップですよ。教えてもらうなら甘利のが適任だよ。絶対。
「いや、アマには致命的な欠陥がある」
「……聞き捨てならないわね」
 すくっと立ち上がり、華を睨む甘利。完璧を目指している彼女に取って、欠陥があると言われては黙ってはいられないのだろうけど……。ここは別に聞き捨てていいと思うの。
「あたしのどこに欠陥があるってのよ?」
「説明せねばなるまいか……」なぜ華は呆れた風にため息を吐いたのか。
 よくわからないが、彼女は私の隣に立ち、「見て気づかないかね」と甘利に投げかける。もちろん甘利はよくわかっていないらしく、眉をひそめていた。ちなみに私もわからない。
「コスプレとは、コスチュームプレイの略ということは知ってるね?」
「……まあ、一応」
「そう。アマでさえ知ってる常識なのだよ」
 ……いや。そんな常識嫌だ。
 というかなにその喋り方。教授?
「プレイ、ということは似合い過ぎてもいかんのだ。それはそれで『こんな格好をさせている』という背徳感が薄れる。警察官に警察の制服を着せたらコスプレでなくなってしまうように」
「……よくわからん」
 甘利に同意だ。今日の華はいつも以上にわけがわからない。外国の異文化に触れてるような新鮮味さえある。
「えと。つまり、似合ってないってこと?」
 首を傾げる私に、華はものすごい表情で肩を掴み「違う!! 最高に似合ってる!! 誤解するなバカチンがぁ!」なぜか金八先生感溢れる説教。
 こんな金八先生は嫌だ。
「つまりだな! 似合い過ぎて問題だというのは、コスプレ感が出なさすぎると問題なのだ! その点みゃこは素晴らしい。コスプレ感が満載だ!!」
 ……いま、褒められてるの?
 なんかすごい複雑なんだけど……。
「……いや、ちょっと待って。なら、あたしでもよくない? いや、よくないけど」
 今までの話を整理して、甘利はそんな結論に達したみたいだ。確かに、今の理論で言うと甘利でもいいんだし、せめてじゃんけんで……。
「ここからは私の個人的見解になってしまうんだけど……コスプレ感を強く出すには、何が必要か研究した結果。みゃこにあって、アマにない物が必要なのよ」
 そう言って、華は私の胸を指差した。
「ここまで来ていつもの胸いじり!?」
「違う。いつものだったらこのまま揉みに行っている」
 なんで格好悪い事をそこまで格好つけて言えるんだ華は。まさか、格好いいとは思ってないだろうな。
「つまりコスプレモノは、巨乳の方が興奮するんだよ!!」
「な、なんだってぇぇぇ!?」
 と、ノッてはみたけど。正直よくわかってはいなかった。「はいはいまた胸ですか」くらいの印象。
「つまり、成績とコスプレのどちらを重視したか。コスプレを重視したってわけなのだ」
 甘利がゆっくりと歩み寄ってくる。アイコンタクト。私と甘利の意志が重なる。
 手を上げて、二人同時に華の頭を叩いた。
「いたぁっ!?」
「アホかあんたは!!」
「自分の成績考えなよ!!」


 とまあ、そんなわけで。
 私は教師役になって、華に勉強を教えることになった。教壇に立って、生徒みたいに座る三人を見る。
「……えーと。なぜ成績のいい甘利と風和にまで教えなくちゃいけないの」
「いや、まあ、なんとなく。せっかくだし」とイタズラっぽい笑みの甘利。
「私も不安なので、ぜひみゃこ先生に教えていただきたいのです」と優しく微笑む風和。
 自分より頭のいい人に勉強教えるという妙な状況に陥ってしまったが、まあ華以外の二人に対してはほとんど遊びだし、いいか別に。
「それで、なにを教えればいいの?」
 全部とか言い出さないでよね。しんどいし苦手な教科もあるんだから。
「あー不安なのは日本史だから、とりあえずそれだけ」
 『特に』がつく不安は日本史だけなんだな。
 ふむ。まあそれなりにできる教科だから、それなら教えられるかな。ノートと教科書を教卓に広げる。
「えーと範囲は……」
 ノートの最初にメモってある範囲を確認。戦国から幕末にかけてだった。
「んじゃ、簡単に行くよー。戦国時代の幕開けになった1467年の出来事はー」
「はい!」
 お、意外に華が。まあ簡単だったかな。
「杏仁の乱!」
「ベタだなぁ……」
 言うとは思ったけど。
「応援の乱!」
「応援合戦かい。運動会じゃないんだから」
「往復の乱!」
「どこからどこに」
「公園の乱!」
「ちびっ子の喧嘩!?」
 数打ちゃ当たると思って何回も言うな。
「とにかく! 正解は応仁の乱だから! 真面目にやろうよ!」
「勉強きらーい」
「私がコスプレしてる意味を考えろぉ!!」
 華がやる気出るって言うから着てるんだからねこれ!!
「とにかく! 応仁の乱だから覚えといてね! ……ちなみに、乱や変なんかはきちんと使い分けがあるんだよ。乱は幕府とか天皇とか、そういうのに対して行われた戦争で。変は政治的陰謀――まあクーデターだね。覚えといて損はないから、覚えといてね」
「ほう。じゃあ本能寺の変はクーデターなのか」
「そ。明智光秀が織田信長に反乱したクーデター」
「なんでそんなことしたのさ?」
「一説には、家康と信長の会合の場に、光秀が鯛の料理を出して、それが腐ってたから信長に怒られた逆恨みとか言われてるね」
「ほへー。器小さいなー光秀」
「まあ、他にも普段から強く当たられてたからとかいろいろあるけど」
 明智光秀と言えば、ユダなんかと同じくらい裏切りってイメージがあるけど、裏切るまでには紆余曲折あった。それを考えてみるのも面白いんだよね。
「そういえば、戦国武将占いとかなかったっけ?」
 と、今までニヤニヤしていた甘利が口を開いた。
「あー。あったかも」
「戦国武将占い? ……戦国武将で占いなんてできるんですか?」
 首を傾げる風和。
「まあ女の子は占いとか好きだからなぁ。……はっ! 胸を見て運勢を占うおっぱい占いとかやれば見放題じゃん!!」
 私天才! みたいなテンションで万歳する華。
「いや……普通に考えて信用しないから」
 いくら女の子が占い好きとは言っても、信用は大事でしょ。それに戦国武将占いも、武将に喩えられたって嬉しいのは男の子くらいだろうし、なんだか微妙に狙い所が定まってない感じがする。
「あ、でも上杉謙信って女性説あったっけ?」
「嘘。マジで?」目を丸くした甘利は、ポケットからiphoneを取り出して、操作する。おそらく上杉謙信のことを検索しているんだろう。慣れた手つきで検索を終えたのか、「本当だ。女性説あるわ」
「てか、あれ? アマってiphoneだったん?」
「え、知らなかったっけ」
 甘利の手に収まるiphoneをまじまじと見つめる華。そういえば、甘利ってあんまケータイいじらないほうだし、私も知らなかった。でもアドレス交換した時に一回見てるはず。
「iphoneはシンプルでいいわ。ある種の完璧」
「そうだね。アマとは大違い」「んだとコラァ!!」
 睨み合う二人。なぜこの二人はちょっとした接触で火花が散るんだろう。火打ち石なの?
「こら二人ともー。今は授業中ですよー」
 手を叩いて注意をこっちに向けさせる。一応喧嘩は収まったみたい。
「……意外とみゃこノリノリじゃね?」
「形を整えたら乗るタイプみたいね……」
 なんか二人が失礼な事を話している気がする。すごくする。
「で、話を戻すけど。戦国時代はたくさんのゲームとか小説とかあるから、やっぱり面白い時代なんだと思うよ」
「あー。私も戦国ゲーやったことあるからわかるわかる。『戦国ランス』とかー『戦国姫』とかっ」
「……なにそれ? 信長の野望とかじゃなくて?」
 私はどっちも知らなかった。おかしいな。それなりにゲームはやってるんだけど。
「私も知らないな……」
 どうやら甘利も知らないらしかった。
 そんなゲーム本当にあるのかすら疑問に思っていたら、甘利が調べてくれるらしく、またiphoneを取り出した。
「人はわからないことがあると検索する、なんて言うけど本当だねぇ」
 便利になった文明が嬉しいのか、ニコニコしながら操作する甘利。しかし、突然顔が真っ赤になった。
「こ、これっこれ……!!」
 画面を華に見せると、華は「そうそうこれこれ」なんて頷いていた。
「あんたこれ、アダルトゲームじゃない!!」
「えーそうなのー知らなかったー」
「なにそのムカつく棒読み!?」
 あぁ……また喧嘩に……。
 うーん。文明の進歩も考えモノだなぁ……。
「アダルトゲーム……?」
 似合わないことを呟きながら首を傾げる風和。やめて。そんなこと言う風和見たくない。
 かと思えば、風和はスマホを取り出し、操作し始める。
「え、風和何してんの?」
「アダルトゲームがわからないので、検索しようと」
「しなくていい! 知らなくていいから! 風和の人生には関わらない!」
「でも気になりますし……」
「アダルトだから成人にならないとダメなんだよ。風和には早いよ」
「華さんは知ってるどころか、プレイしてるみたいなんですけど……」
「華はいいの。言っても聞かないし……。それに風和。華みたいになりたいの?」
「……」
 無言でスマホをしまう風和。
 それでいい。風和には綺麗なままでいて欲しい。このまま素敵なお嫁さんになる、みたいな、女の子女の子した夢を持ってて欲しい(そんな夢を聞かされた覚えはないけれど)。
「ちょっと待って! 今私を貶めなかった!?」
 甘利との喧嘩を打ち止めにし、突然私たちの方を向く華。
「気のせいだよ」
「気のせいです」
「嘘だ! 今私をマイナスに扱ったろ!?」
「違います違います。華さんは素敵な方ですけど、私がああなるには勇気が足りないと思って」
 風和に悪気はないのだけれど、聞きようによっては割と酷いことを言っているなぁ……。
「え、そう? 素敵かなぁ?」
 身をよじりながら顔を赤らめる華。
 うん。さすが華。深く考えない所素敵。
 そんな風に、華の頭にちょっとした不安を感じた所で、最終下校時刻のチャイムが鳴った。「お、もう帰んなきゃじゃん。……あ、私買い物頼まれてたんだ。ごめん、先出るわ」
 急いで荷物をまとめる華に、私は「家に帰ったら勉強しなよ。今日全然できなかったんだから」と忠告しておいた。
「だーいじょぶだいじょぶ! みゃこの女教師見たらやる気出たから。んじゃね!」
 鞄を持って、教室から飛び出す華。私は少し不安になって、風和と甘利に「……大丈夫だと思う?」と訊いてしまう。
「……いや、絶対勉強しないでしょ」
「私も同意見です……」
 顔を見合わせる私たちは、せめて赤点は免れますように、と祈ってから、その日は解散した。


 ……もちろん、華が夏休みの補習を食らったのは、言うまでもない。

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