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第7話『見えすぎてもダメです』

「あー、暇だわー」
 いつもの放課後。
 校庭から運動部のかけ声が聞こえてくる静かな教室。居残り部四人、その端っこに集まりお茶を飲みながらだべっていた。
 しかしそれだけでは不満だったのか、華がいきなり暇だ暇だと連呼し始めたのだ。
「暇だわ……マジ暇……」
「はいはい。いつものことじゃないの」
 甘利の言う通り、いつもと変わらない。いつものようにくだらないことを話して、それなりに盛り上がっていたが、華的には不満だったらしい。
「つまらないわけじゃないけど、毎日これだとさすがに刺激が欲しいわー……」
 背もたれに深く背中を預け、ダラんとなる華。女の子しか周りにいないからいいけど、男子がいたらいろいろ目に毒だ。股をちょっと開きすぎてるし。
「そう言えばこの学校、占い部という物があるそうですよ」
「占い部ぅ?」
 自分のティーカップに紅茶を淹れながら、思い出したように言う風和を、華は怪訝な目で見ていた。
「私占いとか興味なっしんぐ」
「いいわねー占い! あたし占いって好きだわ」と、意外にはしゃぐ甘利。実は居残り部の中で一番女の子してるかもしれない。
「占い部って、放課後に占ってもらえるはずだよね?」
 補足する私。一応、興味があったから覚えていた。それなりに人気があるらしいから、やっぱりよく当たるのかな。
「ねえねえ行きましょうよ! 暇なんでしょ?」
 テンションの上がった甘利は、正反対にテンションの低い華の肩を叩いて笑っていた。私は隣に座っている風和の顔を見て、
「どうする風和?」
「いいと思いますよ。占いってしたことないから、楽しみです」
「ほらほら華ッ! 風和もこう言ってるんだし、行きましょうよ!」
「わかったって! 行くから!」

 そんな訳で、私達は占い部へ行く事になった。
 占い部があるのは部室棟なので、一度校舎から出て、やたら広い敷地を少し歩く羽目になる。そうして、赤煉瓦で出来た三階建ての四角い部室棟に着き、階段と廊下を抜け、占い部の部室前へとやってきた。
「ここですね、占い部」
 部室棟の廊下。風和は扉を眺めて、呟く。
 他の部室もたくさん並んでいるのに、占い部部室だけがやたらと異彩を放っていた。なぜなら、扉に紫色のカーテンがかかっており、その上に『ミルミル見える占いの館』と赤い血みたいな文字で書かれた看板がかけられていたからだ。
 もうこの時点で、私的に胡散臭い感が凄い。



「え……本当にここ……?」
 自称占い好きの甘利にも、この雰囲気は何かマズいとわかったらしい。顔が少し引きつっている。しかしそれとは反対に、華の目が輝いていた。
「ちょっ……華? なんで目を輝かせてんの?」
「なんか面白そうじゃん! 入るんでしょ? 行こ行こ!」
「はい! 行きましょう!」
「「えぇー……」」
 居残り部は、ノリノリな華と風和。気乗りしない私と甘利の二組に別れた。非常識タイプか、常識的なタイプ。こうなるとパワーがあるのは、非常識なタイプだった。二人に押され、私達は占い部の部室へ踏み込む。
 目に飛び込んできたのは、紫の布で覆われた薄暗い部屋。その中心に、水晶玉が置かれた机と、それに座っている女の子。制服を着た、黒髪のおかっぱ頭だが、前髪の一部に赤いメッシュが入っている。切れ長の瞳と紫の口紅がミステリアスな雰囲気を演出していた。
「いらっしゃーい……」
 無気力で、どこを見ているかわからない瞳。よく見れば、瞳の下に隈ができている。妙に不健康そうだ。
「あんたが占い部の人だな!」
 そのミステリアスさが気に入ったのか、華の目が輝きを増している。それは風和も同じらしい。私と甘利は、『帰りたい』という気持ちが表情に出ていて、互いの顔を見合わせると、鏡でも見ている気分になった。
「いかにも。根来夏季(ねごろかき)。占い部唯一の部員」



 根来さんは、そう言ってピースサインを見せた。こんなに元気のないピースサイン初めて見た。
「唯一の部員って、それ部活として認可されてるんですか?」
 風和の問いに頷いた根来さん。
「だーいじょぶ。先生方も愛用」
「なるほど。ということは、根来さんはすごい方なんですね」
「ばっちり」
 自信に満ちた言葉。それを聞いた風和は、笑顔で拍手した。私としては、「それでいいのか先生達!?」という疑問点でいっぱいなんだけど!
「誰から視る」
「んじゃあ私から!」
 初占いにテンションが上がっているらしく、華が一番に根来さんの前に座った。
「お名前は」
「鈴江華」
「りょーかい。百円」
「えっ。金取るの!? ……みゃこ、百円貸して」
「いや、百円くらいあるでしょ」
「財布忘れたんよ。今日はちくわしか持ってねえ」
「なんでちくわならあるの!? そっちある方が確率低いよね!」
 まあしかし、百円で渋って人間的に小さいと思われるのもイヤだし、百円を根来さんに渡す。
 それをポケットにしまった根来さんは、水晶玉に手をかざし、じっとその中を覗き込む。すごくそれっぽい。タロットとか生年月日とか使わないんだ。
「苦労するタイプだね」
「え、そうなの?」
 頷く根来さん。「気が多いね。一人に絞りなよ」
「いやだなー、私は一途ですよー」
 こんなにも繕う様だと感じたのは初めて。
 いっつも「私のハーレムはいつ出来んだぁ!」って怒ってるのはどこの誰だっけ。華だよね。
「いんや。あんたは気まぐれタイプ。周りの人を振り回してるって顔」
 華の後ろで頷く私達。特に甘利は力強かった。
「いやいやいやいや! 私ほどお淑やかな人間いないっつーの!」
「いや絶対そんなことないだろあんたは! あんたがお淑やかだったら風和とか仏だから!」
 一番華からの被害を受けている甘利は、どうも華が自分を美化しているのが許せないらしかった。まあ確かに、ここまで現実見てないのも逆に清々しいとは思うが。
「ほれ。人を振り回すタイプ。周り見えてないタイプ。線路がない機関車」
「誰が暴走特急だゴルァ!!」
「いや、華を指す言葉でそこまで合ってる言葉もなかなかないよ……」
 線路がない機関車というのが言い得て妙だ。どこに向かうかわからないし、ぐらっぐらしてるのに。どこかパワフルな感じがすごく華っぽい。
「あ、一つ見えた。あんた中学の時、弟にアイス盗られたからって、弟の部屋の壁一面にプロレス雑誌の切り抜き貼りまくったね」
「うわああああああなんで知ってんだそんなことぉぉぉぉぉッ!?」
「うっわー……」私は結構引きました。はい。
「それ完全にアイスより高くついてるでしょ……」甘利はゴミでも見るみたいに華を見ていた。
「華さん……」風和もだ。彼女が引くって相当ですよ。
「ち、違うよ!? これ、ほら、中二の時だもん! ちょっと若気の至りというか、厨二病というか、とにかくちょっと間違えただけだって!」
「何をどう間違えたらそうなるの!」
 どうやら今の段階で、華の破天荒さはちょっとナリを潜めていたらしい。中二の華恐るべし。そして可哀想な弟さん……。きっとお母さんに怒られただろうなー。っていうか、部屋戻ったら部屋一面プロレスラーの写真とか暑苦しすぎる。
「はい、呪われた。次の方ー」
「いやちょっと! 呪い!? っていうか、なんで私の過去そんなわかんの!」
「占い師だから。裏なんて無いよ」
「ダジャレで片付けられる問題じゃないっしょこれ!!」
「じゃー華も占ってもらったことだし、帰りましょうか」
 最高の笑顔で、甘利は最高の提案をしてくれた。私と風和も負けないくらい爽やかに笑う。
「そうだよ! 用は済んだし!」
「ですね! 私たちは占いとか、大丈夫ですものね!」
「うおいちょっと待てお前ら! お前らだろ最初に行きたいって言い出したの! 次アマ! アマが行け!」
「え、ええええ!? いや、あたしは別にー……」
 自称占い好きの甘利は、占いを恐れていた。口笛を吹き、必死に華から目を逸らす。
 つまり占いはある程度当たらない方が助かるということなんだね……。
「占い好きなんでしょ? だったらほらぁ」
「いやでも、ほら」
 察しろよ、とでも言いたげに言葉を濁しているが、普段の華でもそんな言葉聞かないのに、今のやけっぱちな華なら尚更だ。
「いつもなら『やぁってやろうじゃないのよ! あたしはいつだって、完璧なんだから!』とか言っちゃうだろ。恥ずかしげもなく!」
「……いろいろ引っかかるところはあるんだけど、たしかにそうだわ。あたしはいつだって完璧……!」
 この二人……華と甘利は、やっぱり似たもの同士だなあ……。自分が全然見えてないや……。甘利は完璧じゃない事の方が多かったよね?
 しかし華の説得で段々やる気になってきたらしい甘利は、拳を握り締め、やる気を高めているようだった。ああ、もう止めても無駄なんだなー……。
「わかった。あたし、やるわ!」
「まいどー」
 華と席を交代し、甘利と根来さんが向かい合う。先ほどまで和気あいあいと占いを行っていたのに、先ほど華が霊視(でいいのかな)をされた所為か、妙に緊張感がある。
「お名前は」
「間直甘利」
「りょーかい」
 虚ろな瞳で、再び根来さんは水晶玉を覗き込んだ。そして手をゆらゆらと、水面に漂う木の葉みたいに揺らしながら呟く。
「見えた」
 生唾を飲み込む居残り部メンバー。
「あんた、几帳面なタイプだね。でも脇が甘い。石橋を叩いて渡ったら、真ん中辺りで小石につまづいて転けるタイプ」
「あはははははッ!! すごいアマっぽいわそれ!」
 腹を抱えて笑う華。私も笑いをこらえていたが、意外に風和が隠さず笑っていた。しかし大笑いしていても上品なのは、さすがお嬢様。
「完璧なあたしがそんなミスしない!」
 いや、よくしてる。
「詰めが甘いね。あんたの場合、気をつけてるのがタチ悪い。もう天性の物」
「天性の物って言われてこんなに嬉しくないとは思わなかったわ!」
 まあ、うん。天性のドジだよね、甘利は。テストとかで、問題全部回答して、ケアレスミスがないかどうかをきちんと確認して自信満々で出したら、名前を書き忘れてたってレベルのドジ。
「あと、あんた女の子に持てるタイプだね。昨日も後輩女子から告白されてるね。呪われ……なくていいか」
「「えぇぇッ!!」」
 私と華の声が重なって、薄暗い部屋に木霊する。
「そうらしいですよ。甘利さんは女性から好意を持たれやすいタイプみたいですね」
 しかしそんな中で、風和だけはその事実を知っていたらしく、冷静に事実を教えてくれた。そうだったのか……。知らなかったなあ。でも確かに、甘利は見た目もいいし、居残り部以外の所で言えば、結構かっこいい感じがするし。やっぱり女子校には百合世界の人間いるんだなあ……。
「っきぃぃぃ! アマがモテるなんて嘘だぁ!」
 女性のみのハーレムを作ることが夢の華は、露骨に悔しがっていた。地団駄を踏んで、今にもハンカチを噛み締めそうだ。そういう風に感情丸出しな所とかがダメなんじゃないかなあと思うの。
「でっ! どうだったの!? 可愛いのか、付き合ったのか!」
「丁重にお断りしたわよ! 当たり前でしょうが!」
 二人共顔を真っ赤にして喧嘩していた。甘利は恥じらいからだろうけど、華は感情が爆発しているからだろう。立ち上がり、二人は大げさな身振り手振りを交え、叫びまくっていた。
「じゃーそっちのポニーテールさん、どぞ」
 目の前に占う相手がいなくなったことから、私を指名してきた。正直座りたくないけど……すでに二人がやった以上、逃げるとかちょっと人としてどうかって話だよね。
「みゃこ、逃げるなよ」
「逃げたら地獄ラーメンね」
 華と甘利が喧嘩をやめてプレッシャーかけてきた。こんなときだけ息が合うなぁもう!
 ちなみに甘利の言う地獄ラーメンは、甘利いきつけのラーメン屋にある激辛ラーメンの事だ。辛さの単位は地獄何丁目。一番辛いので百丁目とかあるから怖い。私は一丁目も正直無理だった。
「うう。わかったよ……」
 しぶしぶ座って、根来さんと向かい合う。彼女の底が見えない瞳を初めて見据えた。濁っているとも澄んでいるとも取れる。まあ、有り体に言って、何を考えているのかわからないだけなんだけど。
「お名前は」
「……安藤都古、です」
「りょーかい」
 そして、今までと同様、水晶玉を使って、私を覗き込む。妙に神秘的だなあ。
「見えた。あんた、最近ブラのサイズが合わなくなってきてるね」
「――ッ!」
 思わず手で胸を押さえた。
 私を覗き込んだんじゃなくて、服の中覗き込んだのかよ!
「どっちの意味!? 大きくなったの、縮んだの!?」
「ううううううるさいなぁ!! どっちでもいいでしょ!」顔が熱い。鏡とか無いけど、耳まで赤くなってるよ絶対。
「大きくなったね。二センチほど。貧乳の呪いを受けちゃうね」
「マジでぇ!? うっひょー!」
 なんで華が喜んでんの!?
「胸が大きくなるって大変なんだからね! 似合う服とか下着とかないし、そもそも邪魔だし!」
 しかし私の心からの主張は華に届いていないらしく、ニヤニヤとセクハラオヤジ的視線を私の胸に浴びせてくる。


「羨ましい……なんでそこまで大きくなるのよまったく……」
「みゃこさんの成長はとどまる所を知りませんね」
 甘利と風和のなんとも言えない視線に、私の肩身が狭くなる。なんか私、こういう扱い多くない?
「胸を小さく見えるブラも買ったみたいだけど、それすらサイズが合わなくなってきるね」
「そんな勿体無い! なんで私の相談もなしにそんなもの!」
「華に相談する意味がわからないんですけど!」
 なんでいきなり友達に、「私……胸を小さく見せるブラ買おうと思うんだけど……」って相談しなきゃいけないんだよ。っていうか、華なら止めるのわかってたわ。
「うう。なんか今の恥なだけにさっきの二人より恥ずかしいよ……。次、風和ね」
「はい。実は楽しみにしてました」
 うおお、さすが風和。なんという未知数。
 私は風和と位置を交代し、今度は風和が占われる立場になる。
「お名前は」
「薬師寺風和です」
「りょーかい」
 このやりとりも慣れたモノで、今まで三回見てきた風和は淀みなく答えた。
「ふーむ……。あんたは結構、場を掻き乱すタイプだね。しかも天然で」
「そうですか? そんなことはないと思いますけど……」
 小首を傾げる風和だが、そういえば思い当たる所がある。風和が掻き乱すというよりは、風和を思ってこっちが勝手に乱れていくという感じだった気がするけど、けっこうやること大胆だし。
「中学のバレンタインで、クラスメイトの男子全員にレベルの高いチョコを渡して、一時期クラス中がそわそわしたことがあったね」
「……チョコは渡しましたけど、安物でしたし……それにそわそわなんてしてましたっけ……」
 それは罪深いよ。風和の基準でチョコ買っちゃダメだよ。お嬢様なんだから!
「ま、魔性の女だ……」
 華は前にも、私に対してそれを言ったことがあったが、しかし今回の場合、マジなやつだった。風和の鈍感さはギャルゲーの主人公を上回るらしい。風和みたいな女の子から高いチョコもらったら、誰だって勘違いするよなあ……。
「自覚なしなのが恐ろしいわね……」
 甘利含め私達三人は、風和の天然っぷりに恐れおののいていた。さすが箱入りのお嬢様だ……。
 もしかしてそんなことがあったから、ご両親は風和を女子校に入れたのではないだろうか。
「もうちょっとあんたは、自分の影響力を自覚しな。呪われちゃうぞ」
「はあ……」
 煮え切らない返事だ。
 どうも納得ができていないらしい。しかし風和以外の三人は、根来さんの言葉を頭の中に刻み込んだ。風和にもうちょっと、いろいろ教えなくてはいけないな、と。
 被害にあった三人は、占いって恐ろしいなあと思わされた。
 だが風和だけは「占いってよくわかりませんねえ……」とぼやいていたけれど。

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