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第8話『マスコット的なあれです』


 朝。起床した私は、身支度を整えて部屋から出ると、部屋の前には我が家の一員であるペンギンこと、えんぴつが立っていた。
 えんぴつは爽やかな顔で私を見上げ、「ぐあ」と、おはようの意を込めた挨拶をしてくれた。そんなえんぴつに、私もおはようと返事をして、二人でダイニングへ。
「よ、おはよう都古」
 ダイニングには、私の保護者である叔母――お父さんの妹の、安藤小豆(あんどうあずき)がいた。
 茶髪のボブカットに、八頭身のモデル体型。白いブラウスとジーンズ。バストとヒップが大きめなのが悩みだというが、正直かっこいいから気にすることはないと思う。
 ちなみに、なぜ私が叔母と暮らしているかというと、両親が共に海外出張していて、預けられたからだ。
「おはようございます、叔母さん」
「都古……私のことは『あんこちゃん』と呼べって、いつも言ってるだろ?」
「あー、だったねぇ……」
 なぜか叔母さんは、自分のことを『あんこ』と呼ばせたがる。理由を尋ねたことがあったのだけど、「年を取るとそういう可愛さを演出したくなる」ということらしい。
 私にはその気持ちがわからない。というか、叔母――じゃなくて、あんこちゃんはまだ二十代そこそこなんだから気にしなくていいと思う。
「ぐあ、ぐあ」
 えんぴつが早くご飯を食べようと言ってきたので、私達は席に座って、あんこちゃんが作った朝食を食べる。サンドイッチに、コーヒー。
「都古。学校生活どうよ?」
「どうって……、楽しいよ?」
「そうか。やー、晴嵐学園だもんなぁ。あたしらの世代は晴嵐入るの憧れだったんだよぉ。今からでも受験しよっかなあ」
「あんこちゃんが後輩とか気使っちゃうよ」
「心配すんなって。都古先輩って呼んで、パシリもこなしちゃうよ」
「余計イヤだ!」
 なんで叔母さんが後輩な上にパシリとして扱わなきゃいけないのか。気を使うというか無礼だ。
「ぐあ、ぐあぐあ」
「え、えんぴつも学校行きたいって?」
 いやいや。えんぴつは無理でしょ。
「ぐあー……」
 あからさまにしょぼくれるえんぴつの背中を叩いて慰めた。



「バンドやろうぜ!」
 居残り部の活動開始直後、突然華が言ってはいけない事を言い出した。
「え、マジで言ってんの? ねえ華。それマジで言ってんの?」
「あ、あれえ……? な、なんでみゃこすごい怖いの……?」
 私は華に詰め寄り、無表情に努め、静かな怒りを表現した。それに恐れをなしたのか、華は私に目を合わせようともしない。
「四人っていう人数と、しかも放課後っていうキーワード被ってて、その上バンドまで被せる気」
「いや、あの、ほんとただ思いつきで言ってみただけです……。もう二度と言わないんで……」
「ホント? 次言ったらホントだめだよ?」
「はい……」
 それだけ聞いて、私は華から離れる。
 圧力から解放され、椅子に座った華は、風和を引き寄せ、肩を寄せ合い、私に背を向けた。
「みゃこって怒ると怖いな……。普段滅多に怒らないけど」
 華の言葉に頷く風和。
「怒った時のみゃこさんはまるで般若のようですね……」
「なにを二人でコソコソ話してるの?」
 会話の内容が聞こえてこなかったので、気になって訊いてみたが、なんでもないとハモりで返された為訊けなかった。




「てか、アマは?」
 キョロキョロと教室中を見渡すが、もちろん甘利はいない。どころか、私達以外はいない。よほどの用が無い限り、教室に居残ることなんてないから当たり前だ。
「またいないの? あいつ、第一話も初っ端いなかったよね?」
「うおーい。第一話とか言わないの」
 メタネタはやめてください。
 事情が事情だけに深く突っ込めないんだから。
「甘利はクラス委員の集まりで、ちょっと遅れるってさ」
「そうなんですか。甘利さん、仕事熱心ですね」
 ゆっくり頷いて、感心したように微笑んでいる風和。
 まあ、甘利は責任感強いし。だからこそクラス委員になれてるんだよね。
 居残り部内で甘利を見直していたら(見損なってたわけじゃないですよ。惚れ直した的な感覚ですよ。惚れてないけど)、華がまた私の胸を見てくる。
「……あのね、華。何回頼まれても揉ませないからね」
「違いますーっ! 私がいつも揉みたがってるみたいに言わないでくださいーっ」
「いつも言ってるじゃん! いまさらしらばっくれても遅いよ!!」
 もう散々やった感さえ漂ってるのに。
 っていうかなにそのノリ。
 中学生か!
「てか、そうじゃなくて。よく言うじゃん、胸大きいと肩がこるって」
「言いますね。私もちょっと凝り気味なんです」うんうん頷いている風和。「私でさえこってるんですから、みゃこさんはもっとでしょうね……」
「でしょ。だから、私が肩揉んであげるよ」
 任せろとでも言いたげに胸を叩く華だが、私は首を横に振って断る。
「華の考えなんかまるっとお見通しだから。どうせ肩揉んでたら、『うわー手が滑ったぁ』とか言って、胸を揉むつもりだったんでしょ」
「なぜわかった!?」
「低レベルすぎるよ! まず疑ってかかる事でしょ!?」
 わかりやすすぎて、悲壮感さえ漂うなぁ……。
「それに、私肩こらないし」
「へあ?」
 意外そうに目を見開く華。
「みゃこさんは肩こらない体質なんですか?」
 次いで、質問してきたのは風和だった。
「中学までは普通に肩はこってたけど、肩がこるのはつまり、背中の筋肉が弱いからなんだって。だからちょっとだけ筋トレ頑張ったの。だから私、結構力はあるんだ」
「はー……なるほどなるほど。ためになる話だなぁ」
 知識を頭に染み込ませているのか、何度も頷いている華。「つまりみゃこは、中学時代から巨乳だったんだなぁ」
「話のポイントが微妙に違う!」
 なんでそんな小さな情報を拾った。いまの話だったら拾って欲しいポイント絶対違うよね。

 そんなくだらない話をしていたら、廊下から足音が聞こえてきた。パタパタと慌てているようなこの足音は、甘利だ。何で走ってるんだろ。
「大変!! 大変なのよ!」
 と、顔を真っ青にした甘利が教室に飛び込んできた。肩で息をしながら、ずっと大変大変言っていてどうも要領を得ない。
「大変って、どれくらい大変なのさ?」
 華の問いに甘利は。
「もう、名探偵コナンでアガサ博士がいないくらい大変!」
「いまいち伝わらないんだけど……」
「なにを言うみゃこ。博士がいなかったら、時計型麻酔銃も蝶ネクタイ型変声器も作られてない。つまりハードモードになるんだぞ!」
 まあそれはわからないでもないんだけど、なんで華がそこまで力説するかわからない。コナン好きなんだっけ。
「――って、そうじゃない! 屋上、屋上!!」
 と、真上を指差す甘利。
「屋上? 久しぶりにキレちまったの?」首を傾げる華。
「違うわ!! というか、あんたに対してはちょくちょくキレてるわよ!!」
 よくない流れだよ。話進まないよ。
「とにかく、屋上行くよみんな!」
 なんとか好き勝手する二人をまとめて、私達は慌てる甘利に引き連れられ、屋上に行くことになった。


  ■


 私達四人は、屋上にやってきた。
 青い空が広がっていて、解放感に溢れる素敵な場所だ。高い場所だから、もちろん転落を防止するためにフェンスが設けてある。
 そんな屋上の中心に、なぜか一羽のペンギンがいた。


「な、なぜ学校にペンギンが……!!」
 目を点にする華。
「あれ……なにペンギンでしょう?」
「絶対注目する部分が違うと思うんだけど……」
 風和の妙な着眼点にツッコむ甘利。しかし私だけは、そのペンギンの正体を知っていた。
「えんぴつ!? 何してんのこんな所で!」
 そのペンギンは何を隠そう、我が家のペット、えんぴつだった。
「ほぁ? えんぴつ?」
 わけがわからない、という表情で私を見つめる華。
「あぁ、うん。我が家のペットの、えんぴつ」
 よちよちと私に駆け寄ってくるえんぴつを抱き上げ、三人に見せると、興味深そうにえんぴつの顔を覗き込む。
「はー、生のペンギンとか初めて見た」
 まじまじと、様々な角度からえんぴつを覗き込む華に、甘利は「なに、華って水族館とか行かないの」と口を開いた。
「行ったことないなぁ。あんまレジャー施設に興味なくて」
「えんぴつちゃん、可愛いですね」
 風和に頭を撫でられたえんぴつは、嬉しそうに羽をパタパタと羽ばたかせた。
「にしても、なんでみゃこのペットであるえんぴつがこんなとこいんのよ?」
 一番最初に発見した甘利は、学校にペンギンがいるという事態に納得が行かないらしく、唇を尖らせていた。確かに私も気になる。
「えんぴつ、なんで学校に来てるの? 来ちゃダメって言ったでしょ?」
 胸に抱いていたえんぴつと目を合わせ、ちょっとだけ怒りを向けた。反省した風に目を伏せ、えんぴつは「ぐあ……」と来た理由を説明してくれる。
「そっか……学校に興味があったから。確かにペンギンには学校とかないもんね。気持ちはわかるけど、だからって、勝手に家から出ちゃダメだよ?」
「ぐあ!」
「うん、わかればいいよ」
 えんぴつも反省してくれたみたいなので、私はえんぴつを地面に下ろす。
 すると、なぜか華と甘利、そして風和の三人は私を見て目を丸くしていた。
「……なに?」
「あの、さ。みゃこ?」
 珍しく歯切れの悪い華。一体どうしたというのか。
「なんていうか、その。いま、完全に会話してなかった?」
「え、うん。えんぴつとでしょ? そりゃあ、したけど」
 そう言うと三人は私から距離を取り、なぜか円陣を組む。
「え、あの、人類と鳥類って会話可能だっけ?」と、口火を切る華。
「いやいやいや……無理だって」
 苦い顔で首を振る甘利。失礼な。えんぴつと意志の疎通くらい楽勝だっていうのに。
「でもみゃこさんはそういう嘘を吐く方ではないですし……そもそも会話が成立してましたよね……」
 さすが風和だ。そうだよ、私は嘘なんて吐いてない。
「しかしここで、みゃこが実はペンギンと会話できる、なんてキャラ付けされたら、みゃこの『普通』というアイデンティティが危ないのでは……?」
 そんな心配、華にされたくないんですけど!
 別に普通はアイデンティティじゃないからね!?
 そんなダダ漏れの円卓会議が終わって、三人は離れていた距離を再び詰めてきた。
「で、えんぴつくんは、ただ学校を見学に来ただけってわけかい?」
 甘利は、くちばしの下辺りを指先で撫でる。興味津々なんだねえ。
「ぐあ、ぐあ」
「……みゃこ、えんぴつくんはなんて?」
 えんぴつの言葉がわからないらしい甘利は、私に困惑の表情を向けてきたので、とりあえず翻訳しておく。
「えーと、えんぴつは『居残り部を見に来た。都古が世話になってるらしいからな』って」
「え、そんな口調まで明確にわかんの……? というか、ペンギンのクセになんか渋くない?」
「ぐあ! ぐあーッ!!」
 甘利の言葉に怒ったらしいえんぴつは、やたらと手足をじたばたさせ、鳴き喚いている。
「うわ怒った! なにこれ怖い!」
「『てめぇ、ペンギンのクセにたぁどういう了見だこの野郎。俺ぁ生まれた時からこの口調だバーロー。夜中にてめぇん家の玄関くちばしで延々ノックするぞ。俺ぁペンギンだから捕まらねえんだよ』って言ってるよ」
「今の鳴き声にそんな意味が!? っていうかタチ悪いなこいつっ!!」
 信じられなさそうに目を丸くしていたが、頷いているえんぴつを見たら信じざるをえなかったようで、甘利はえんぴつに頭を下げる。
「す、すいませんえんぴつさん……」
「ぐあーッ」
「『次から気をつけろよ。ペンギンバカにしたら、チクっとするからな』だって」
「擬音が妙に可愛いな……」
「それにしても、みゃこさんはすごいですね……。ペンギンの言葉がわかるなんて」
 感心した風に私を見つめる風和。しかし、私にはなんでそこまで感心されているのかがわからない。
「言葉がわかるっていうわけじゃないよ。なんとなく言いたいことがわかって、それを翻訳してるだけだし。口調は、こうしないとえんぴつが怒るから」
「いや、なんとなくわかるってレベルではないと思うんですけど……」
 酷く言いにくそうに、風和は言った。普段目を合わせて話してくれるのに、今は私から目を逸らしている。
「ふむ。気に入ったぜ、えんぴつとやら!」
 しゃがみこんで、えんぴつの視線に合わせると、華はえんぴつの肩を叩いた(肩っていうか、肩っぽい場所というか)。
「お前を居残り部のマスコットにする!」
「ぐあー?」
 いまいち状況が飲み込めていないえんぴつは、首を傾げて華の言葉を待っていた。
「マスコット……例えば、『ましろ色シンフォニー』のぱんにゃみたいな。言わばキャッチーな存在だよ! 人気者!」
「ぐあ! ぐあぐあ!」
「みゃこ、えんぴつはなんて?」
「え? あー、『そんなチャラついたもんに興味はねえ』って」
 えんぴつは意外と男っぽいからなぁ。ロボアニメとか好きだし。あ、ちなみにえんぴつはメスですよ。
「チャラくなんかないない! 立派な役職だから。私のハーレムに新たな女の子――もとい。居残り部に新入部員を増やすには、何か売りがないとマズいって思ってたのよ!」
「ハーレム諦めてなかったんだ……」
 夢を諦めないのはいいと思うんだけど、叶わない夢ってあると思うの。華のそれは、叶わない夢だよ。
「ぐあ、ぐあー。ぐあ?」
「えんぴつは『俺は高いぜ?』って言ってるよ」
「……報酬を寄越せってことか。なにが欲しい?」
 悪い顔をしている華とえんぴつ。
「ぐあー、ぐあー、ぐあ!」
「『話がわかるお嬢さんだ。俺が欲しいのは一つ。コーラだ!』だって」
「こ、コーラ? ペンギンって、コーラ飲むの?」
 華は私に、そんな疑問を投げてきた。
「他のペンギンは知らないけど……えんぴつはコーラ大好きだから。あと、お菓子なんかも」
「はぁん。女子高生みたいな味覚してるね、お前。ん? 女子高生はリプトンか」
 まあ、確かに女子高生のリプトン(紙パック)飲んでる率ハンパない。あれって、なんで紙パックのリプトンなんだろ? 持ち運び不便じゃん。流行ってたのかなぁ。
「よしっ。んじゃあお前は今日から居残り部の部員第五号だ! 毎日は無理だろうから、たまに来いよ!」
「ぐあー!」
「『任せろ。コーラとお菓子、用意しとけよ!』だってさ」
 華とえんぴつは、どちらともなくハイタッチした。
 まあ、そんなわけで。居残り部に新しい仲間ができました。私にとっては、新しくもなんともないんだけど。


「って言うか、この光景すごいシュールに見えてるの、私だけ……?」
 仲良くなった一人と一匹を横目に、甘利は自身の鼻を指差し、引きつった顔を風和に向けた。風和も苦笑し、
「実は私も……」と呟いた。

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