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第11話『本物を超える』

 残る七天宝珠は、『タイムアンバー』のみとなった。もちろんスフィア達から『ウィップサファイア』と『バレットパール』を取り戻さなくてはならないが。しかしタイムアンバーさえ見つければ、こっちの勝ちはほとんど決まる。
 何せ時間を操るのだ。そんなもん、最強に決まっている。
 けど、今のとこ俺に出来ることは何もない。『ガイアモンド』は魔力を無くしてしまったから、変身することも出来ないし。
「なぁアス。いつになったら変身できるんだ」
 制服に袖を通しながら、俺はベッドに座るアスを見る。
「さぁ。もうしばらくはかかるが」
「そうか……」
 なれないことは構わないが、タイムアンバーが出たら俺の力は必要なんじゃないのか。
「心配しなくても、タイムアンバーはしばらく出ない。彼女はラストまで絶対見つからないからんからな」
「……は?」
「心配するな。然るべき時に出て来る。彼女は自分が最強だと理解しているからね」
「……最強、ねえ」
 つまり、ラスボスは最後に出てくるのが自然の摂理ってことだな。
  ■
「全ての七天宝珠が出揃いました」
 部下を集め、玉座に座るスフィアは厳かな声でそう言った。
「……ちょっと待ってください、スフィア様」
 跪いて、頭を下げていた部下四人の内の一人。ジミーが顔を上げて言葉を発する。
「まだタイムアンバーが見つかってませんが……」
「それでいいんですよ。ジミーさん」
 そう言って立ち上がったのは、瓶底の様に分厚い眼鏡をした、金髪の少女だった。羊毛の様なパーマが巻かれたショートヘアーに、ネクタイを締め白衣と深緑の短パンを穿いている。彼女の名はラウド・ストーンズ。
「タイムアンバーは最後の一つになるまで登場しません。ですから、ルビィ様達の持つ七天宝珠を奪わなくてはなりません」
「タイムアンバーの鍵は、他の七天宝珠ってことですわね……」
 スフィアの言葉に頷いたラウドは、ニヤリと笑って「今回は私が行きます」
「……あなたが? しかしあなたは戦闘が得意ではないと」
「ご心配なさらず。これを使いますから」
 彼女が白衣のポケットから取り出したのは、プリズムだった。光を受け、七色の光を反射させるそれは、神秘的だ。
「私の研究の結晶にお任せあれ」

  ■

 アース・プリンセスに変身できない。タイムアンバーは出てこない。つまり、今の俺は完全にできることを無くしたというわけだ。
 ベットに寝転がって、天井を眺める。
「……はぁ」
 そろそろ意識がベットに吸い込まれるのではないか、というくらいになって、机の上に置かれたガイアモンドから、アスが飛び出してきた。
「……びびるから、いきなり出てくるのやめてくれないかな」
「気配だ。七天宝珠の」
「は? ……ってことは、どっちだ。両方か?」
「違う」
「はい? だったらタイムアンバーか? あれ、全部揃わないと出てこないんじゃ……」
「違う」
「――はぁ? えーと、ひーふーみーよー……。七つ全部出てるよな?」
「違う。……なんだこれは。感じたことがないのに、この熱量は七天宝珠そのものだ」
 よくわからないが、俺はアスの手を引いて、ルビィの部屋のドアをノックした。
 返事の後に入ると、ルビィは本棚の前に立って本を読んでいた。
「なに龍海。アスと一緒に」
「正体はわからんが、七天宝珠並みの魔力だ」
 アスが言うと、ルビィは本を戻して、険しい顔で俺達を見る。
「スフィア達?」
「いや。ウィップサファイアでも、バレットパールでもない」
 その時、ドアがノックされ、空とリオが入ってきた。入ってきていの一番にリオは、「アスがいるってことは、事情はわかってるわよね」そう言って俺と、ルビィを見る。
「場所わかるか?」
「僕、わかるよ」その声は、いつの間にルビィのベットに腰を下ろしていた、シュシュだった。ルビィが保管していたシードクリスタルから勝手に出てきたのだろう。
「それより龍海くん。キミはアース・プリンセスに変身できないんじゃないのかい?」
「あ。そういや」
「魔力がないアスに変わって、今回は僕が龍海くんと変身しよう」
 胸を張るシュシュ。やっぱり女体化しないとダメか、というがっかりを隠して、ありがとうと言った。
 アス、リオ、シュシュは七天宝珠に戻り、持ち主の手に収まる。
『変身!!』
 俺達の声が重なり、光に包まれたかと思えば一瞬で魔法少女へ変身した。いつもと違うのは、俺だけシルフの姿だということだ。
 シュシュは俺の口を使って、呪文を詠唱し始める。すると、魔法陣が俺達三人を囲い込み、投げとばされたみたいに景色が上へと流れていき、気づけばそこは、スフィアと初めて会ったあの廃神社だった。
 鳥居の下に転移した俺達。そして、本殿の賽銭箱に、同い年くらいの少女が座っていた。髪は羊毛みたいなパーマに、赤いネクタイと白衣。深緑の短パンを履いている。一番注目すべきは、最近見ない瓶底みたいなメガネだろう。
 俺は思わず、「うわぁ、ハカセっぽい」と呟いてしまう。
「そ、そこの緑! なぜ学生時代のあだ名を知ってる!」
 俺の呟きが聞こえたのか、指差して叫ぶ彼女。恥ずかしそうな表情をしてらっしゃる。
「偶然だよ、偶然」
「つーか、あんたのあだ名とかあたしもそうじゃないかと思ったから。――久しぶりじゃない、ラウド」
 どうやら彼女の名はラウドと言うらしい。
「あれ、ルビィさんお知り合いですか?」
 ルビィの顔とラウドの顔を交互に見比べる空。そんな空に頷いて、ルビィは鼻を鳴らした。
「あいつはラウド・ストーンズ。魔法具を作る天才。スフィアの部下」
「スフィア様はスポンサーですよ、ルビィ様。私の研究にはお金がかかりますし。――ですが、それ相応の効果は期待できますよ」
「ふふっ……。どんな魔法具であろうが、魔法具の頂点である七天宝珠には適わないわ」
「かも……しれませんね。しかしどんな物も、使い方次第なんですよ」言いながら、白衣のポケットから掌サイズの石を取り出した。透明でありながら、陽の光を吸収し、七色の光を反射させている。
「……あれ、プリズムか。七天宝珠じゃないよな?」
 学校の授業で見たことがある。どんな石かは忘れてしまったが。
「では、私の研究成果。偽天宝珠(ダミーセブンス)の力をとくとご覧あれ」
 ラウドがプリズムに魔力を込めると、一瞬で形を変え、短剣と長剣になる。
 そして、ラウドの姿が蜃気楼みたいに揺らめいて、いきなり三人に分身した。
「……な、なんじゃありゃあ!」
 驚く俺を尻目に、その三人が持っているセットの剣は再び形を変えて、木刀とハンマーと大鎌になった。
「さぁて、ノルマは一人一個奪取。いい、私達?」
 真ん中のラウドが横にいる二人に目配せすると、彼女達は頷き、ダッシュでルビィとスカイに武器を振り被る。ハンマーラウドはルビィ、大鎌ラウドはスカイにだ。
「きゃあ!」
 小さな悲鳴と共に、彼女達四人は林の中に消えて行った。残った俺と木刀を持ったラウドは向かい合い、互いに構え合う。
「キミ、七天宝珠二つ持ってるね? シードクリスタルと、ガイアモンドか」
「はっ。お前には関係ねえよ。渡す気はないからな」
「そう」
 俺がその言葉を認識する一瞬で、ラウドは俺の懐に潜り込んでいた。距離は大体二十メートルほど。転移魔法より速い。ラウドは下から木刀を振り上げ、俺の腕を殴ろうとするが、剣速自体は速くないのでなんとか反応し木刀で防いだ。
 事態を把握仕切れていない内に、ラウドの木刀が今度は腕部装着型のガトリングに姿を変えた。
「やべえ!」
 超至近距離で突きつけられたガトリングに、俺は反射的に地面から木の根を生やして俺とラウドの間に壁を作り、それを目眩ましにして、ガトリングの射線から抜け出すためにサイドステップ。そして、ラウドの周りに根っこのドームを作って捕らえた。
「……よし」
「なにが、よしなのかな?」
 後ろには、いつの間にかラウドがいた。肩に乗せた得物は、ガトリングではなく大鎌。彼女の後ろには、ディープアメジストで開けたような時空の裂け目がある。
「……てめえ。そりゃなんの能力だ」
「ん? これね。私の研究の成果、偽天宝珠。すべての七天宝珠の能力を、三十パーセントの出力で扱うことができるんだよ」
 分身、ワープはタイムアンバー。ガトリングはバレットパール。鎌、裂け目はディープアメジスト。
 そう言って、彼女は鎌で俺の腹を抉る。ギリギリで避けるが、巫女装束の腹部分が切れる。しかし、先ほど自分が作った木のドームに背がついて追い込まれてしまう。
「っ!」
「道具は使い方次第、だよ」
 大鎌が俺の体に刺さる。そしてラウドが、「封印」と呟く。俺はシルフの姿から、元に戻されてしまった。
「な、なんで……!」
 変身しようと試みるが、やはりシュシュは反応しない。
「偽物だから、永遠に封印なんて出来ないけど、それで充分」
 ラウドの鎌が、木刀に変わる。最後の記憶は、ラウドが木刀を振り上げた瞬間だった。

  ■

「ライラック!」
  林の中、スカイは前方の空間を切り裂き、ライラックの腕を召喚する。伸びた先には、ガイアモンドの大剣を構えたラウドがいる。
「せぇー、のっ!!」
 ライラックの拳と大剣がぶつかり合い、鉄板に鉄球を落としたような轟音が鳴った。二人は力比べのように押し合う。ライラックの勝ちは見えている。スカイはそう思ったのだが、弾かれたのはライラックの腕だった。空中に弾かれたライラックの腕は、逃げるように消えてしまった。
「偽物とはいえ、七天宝珠に勝てないよ。ジュエルスドラゴンさん?」
「だったら、こいつはどう!?」
 ライラックを召喚した時より大きな穴を開き、ラウドを指差す。
「有象無象の魔物達によるパレード!!」
 その穴から、ぞろぞろと様々なタイプの魔物達が飛び出してきて、ラウドに襲いかかる。
「モードチェンジ。シードクリスタル」
 ラウドの持つ剣が木刀に変わり、それを地面に突き刺す。すると、地面から大量の木の根が飛び出して、その針が魔物たちを一匹残らず突き刺した。
「う、そでしょ……!?」
「七天宝珠に対して、魔物で勝負しても無駄なんだって」
「――だったら、直接その力を封印してやるわ!!」
 鎌を構えたスカイが、ラウドに向かって突貫。ラウドの木刀が、今度はバレットパールのガトリングに早変わり。それをスカイに向かって撃ち、スカイは木の陰に隠れつつ、ラウドの周りをぐるぐる回りながら躱していく。
「ちい! 本物より弱いとはいえ、厄介ね……」
『リオさん! あれ、お兄ちゃんがやったっていう』
「ああ、なるほど!」
 木の陰で鎌を振るい、異空間の穴を開き、そこに侵入する。そして、出た先はラウドの後ろ。
「封印!!」
 ラウドの背中に向かって大鎌を振り下ろす。しかし、その鎌はラウドが持っていた白い鞭が巻きついて止められてしまった。
「これ――ウィップサファイア!」
「ま、本物だとしても、使い方が上手くないと」
 そうして、振り向いたラウドがウィップサファイアの効果を使った事によって、スカイの意識はそこで途絶えた。
                    ■

ルビィは、自身のステッキを構え、目前のラウドに向かって飛ぶ斬撃を放つ。慌てず、極めて冷静にラウドはハンマーを振り下ろし、斬撃を叩き潰す。
「ルビィ様は使わないのですか? ブラティルビィを」
 一瞬で懐に潜られ、ハンマーはルビィの体を薙いだ。木に叩きつけられ、口から血の匂い。
「ごほっ、ごほっ!」
 キッっとラウドを睨んだルビィは、痛みを意識の端に追いやる。必死に自己主張するも、徹底して無視。
「……あんたなんか、ブラティルビィを使うまでもないのよ!」
 そして、ステッキを振りかぶるルビィ。今の言葉は嘘だ。真っ赤な嘘。ブラティルビィを使えば――もし封印を破れればの話だが――彼女の意識はルベウスに飲み込まれることだろう。
「そうですか」ルビィの一撃をハンマーで楽々と弾き、ラウドはルビィの頬にビンタを入れた。ビンタの怒りで視界が真っ赤になり、衝撃でぐるっと回る。
「それはちょっと、私と私の偽天宝珠をナメすぎてますよ。ルビィ様」
 心底楽しそうな声に、ルビィの血が頭に上る。彼女は短気で、怒りやすい。それは時に力となるが、ほとんどの場合は敵に嵌められ自滅に陥るパターンが多い。
 それは彼女自身もわかっているのだが、抗えない現実を前にすると心のバランスが崩れて、グシャグシャの積み木みたいになってしまう。
「さ、て。ルビィ様。ブラティルビィ、渡していただきます」
 ゆっくりハンマーを振り上げ丹念に何回も、彫刻を掘るみたいにルビィを殴るラウド。
「ルビィ様。私はあなたみたいなのが大嫌いなんですよ」
 全力ではなく、半分くらいの力でダメージだけを蓄積させていく。顔が左右に跳ね、腕は軋み、口からは血が漏れ出す。
「運だけですよ。あなたの取り柄は。両親が王族ってだけで、あなたはほとんど栄光が約束されてる。私は実力で這い上がってきた。あなたみたいなのは、虫酸が走るし反吐も出るんですよ!!」
 そして、思い切りハンマーを振り下ろし、ルビィにトドメを刺そうとする。しかし、ルビィはそのハンマーを押さえて防ぐ。
「……?」
「ったく。人様が寝てりゃ、いい気になってボコボコ殴りやがって」
 そのまま立ち上がったルビィの瞳は、普段より一段と鋭くなっていて、ギラギラと光っている。その瞳に負けるだとか、後ろ向きな考えは一切無い。
「……貴様、何者だ」
「俺はルベウス。お前より何倍もつよーい人だ」
 ラウドはハンマーを引き、バックステップでルビィ――ルベウスから距離を取る。
「やっと封印が破れたぜ。困ったお嬢様だよなぁ? 俺がいないと弱いくせに。そう思わねーか?」
 ラウドに歩み寄りながら、独り言ともつかない口調で喋る。出られたことがよほど嬉しいのだろう。いやらしい笑みを浮かべている。
「ん? ……お前それ、俺のチマミレストライクのつもりか?」
 ラウドが持っているハンマーを指差すと、舌打ちして胸元のブラティルビィを引きちぎる。
「なってねえ。なってねえよオイ! 俺のマネすんならなぁ」ブラティルビィが、ハンマーへと姿を変える。「もっと頭を焼け。回路なんて焼き切っちまえ」
「……キミがブラティルビィであれ、そんなことはどうでもいい。私に回収される運命だ」
「仮に回収されても、テメエの喉笛を噛み千切ってやるよ」
 問答はそこまで。ラウドはタイムアンバーの力を使い、一瞬でルベウスの前に現れてハンマーを振りかぶる。そのハンマーがルベウスの顔を右に跳ねる。
「ははっ! 大口叩いた割にはその程度か!!」
 一旦距離を取って、ラウドはバレットパールの力でガトリングを取り出しルベウスに連写。硝煙でルベウスの姿が見えなくなり、「やったか……」と呟いて、ラウドはニヤリと笑う。
「くはっ! とんだお笑い草じゃないか!! 大口叩いて速攻死ぬなんて!? 本物の七天宝珠でも、使いこなせないんじゃ意味はない。私が一番強いんだ!!」「……今どき、やったかでやったと思い込むたぁ。こっちが顔赤くなるわ」
 ラウドの笑みが凍る。振り向くと、ニヤニヤとバカにした風な笑みのルベウスはそこにいた。
「大体、使いこなすとかどーでもいいんだよ。強いヤツが一番強いんだからさぁ」
 ニヤリと笑ったルベウスの前蹴りが、ラウドの腹に突き刺さる。
「ぐ、ぁおえ……!!」
 胃の中の物が逆流しそうになる。しかし口を閉めて、なんとか飲み込む。
「さっきも言ったけどよお」
 ルベウスは、ラウドの腹を再びハンマーで突く。ラウドがその衝撃で二、三歩下がる。
「お前は俺になりきれてねえ」
 下がったラウドを追い、今度は顔面を殴った。
「俺になりてえなら、もっと静かに狂え。自分の身なんか省みてんじゃねえよ」
 そして、ハンマーをアッパースイングし、ラウドの頭が跳ね上がる。
「くぁ……!!」
 木に背中を預けたラウドは、憎しみに満ちた瞳で偽天宝珠をガイアモンドの大剣に変え、上に振りかぶり切っ先に魔力を集中する。必殺技の『ガイア・ス・モーゼ』だ。
「両断してやる。偽物とはいえ、攻撃力最強のガイアモンド。ブラティルビィ如き、相手ではない!!」
「……そうかい」
 すると、ルベウスのハンマーに込められていた魔力がどんどん膨らんでいく。彼女も必殺技で応えるらしい。
「相手にならねえだの、道具は使い方だの言ってたな……。けど、俺にそんなことは関係ねえ。一番強いのは、俺だからな」
 巨大な光の剣が、ルベウスに振り下ろされた。それを、ハンマーで受け、魔力で思い切り弾き返そうとする。魔力が競り合い、互いの得物がぶつかり合う。激しい魔力の濁流は、互いの精神と体力を着実に蝕んでいき、ラウドの額には汗が落ちる。
 その戦いは、唐突に終わりを告げた。ガイア・ス・モーゼが消え、辺りを静寂が包み、ルベウスとラウドが見つめ合うだけになった。永遠と思える一瞬で、ラウドはルベウスの恐ろしさを実感する。『今の自分では勝てない』そう考え、武器を長剣と短剣という二振りの剣に変え最後の手段を使おうとするが、決意が鈍る。今からしようとしていることは、通常のタイムアンバーなら楽々とできることだ。しかし、偽物のタイムアンバーでは大きなリスクがある。
 そうやって、リスクを超えるメリットがあるのか計算していると、分身した他の二人から通信魔法が頭に届く。『ガイアモンド、シードクリスタル、ディープアメジストを確保した』という連絡。ガイアモンドは魔力切れで使えないらしいが、ならディープアメジストでルベウスを沈めてやるのもいい。しかしそれは、自分の作った偽天宝珠が使えるという証明にはならないし、ルベウスが何をしてくるかもわからない。これ以上欲をかいては失敗する可能性もある。
「……今日はこれで引く」
 ラウドの呟きに、ルベウスは意外そうな表情を見せた。
「また、お前を倒すために来る」
「はぁん。戦略的撤退、ってわけかい。……んなことやってるから勝てねえんだって、わからんかね」
 歯を食いしばり、ラウドは転移魔法を唱え姿を消した。その消えた後の空間を見て、ルベウスはほくそ笑む。
「はっ! ……つっまんねえの」
 ルベウスはその場を後にし、林を抜けると、神社の境内へ戻ってきた。戦闘があったらしく、石畳は所々捲られ、地面が露出している。境内の中心に、木のドームがあり、傍らに頭から血を流した龍海が倒れていた。
「あーぁ。宿主のお友達がやられちまって」
 その龍海を担ぎ上げ、鼻をひくひくと動かし、魔力の匂いを嗅いで、再び林の中へ入り空の元にたどり着いた。
 木の幹に頭を預け横たわる空。その空も担ぎ上げ、転移魔法を唱える。
 飛んだ先は、村雨家龍海の部屋。そのベットに二人を放り投げた。
「ったく。手間取らせやがって……」
 そして、治癒魔法をかけてやると、二人の怪我が治っていく。ルベウスはポケットに入っていたハンカチで龍海の血を拭いてやり、彼女の性格に合わない甲斐甲斐しさを見せていると、龍海が目覚めた。
「いっつ……」
「よう。目、覚めたかよ」
 上半身を起こし、ルベウスをじっと見て、「……ルベウスか」と呟く龍海。それに、口笛を吹いて笑うルベウス。
「やっぱりお前すげーな。パッと見で、俺とお嬢様を見分けるたぁ」
「お前、どうやって出てきた。ディープアメジストで封印したじゃねえか」
「面白そうなことになってたからさぁ、ちょっと頑張ったんだよ」
「今すぐルビィから離れろ」
「へー。離れていいのかよ? 今戦えるの俺しかいないんじゃないかなぁ。どうすんだよ、三つも七天宝珠奪われて、俺がいなかったら負けは確定だぞ」
 そう言ってやると、龍海は反論の言葉を見つけられないのか、俯いて押し黙った。よしよし、と内心で呟き、とどめの一言。

「お前、俺と変身しろよ」

 ルベウスの言葉に、俺は様々な可能性を考慮しようとしたが、俺には一つしか考えられなかった。ルビィの様になる、という意味にしか。
「……俺が、お前を使うってことか」
「ビンゴ!」
 指をパチンと鳴らしたルベウスは、歯を見せて笑った。普段のルビィなら絶対にしない、乱暴な笑い方。
「ただ、ちょっと違う。俺がお前を使うんだよ。体貸せ、ってことだ」
「ルビィを見て、俺が貸すと思ってんのか?」
「……可愛いな」ぽつりと、わけのわからんことを呟いたルベウス。「お前は俺に体を貸すしかないんだよ。宿主が失った七天宝珠を取り返す為には、な。宿主を困らせたくはねえだろ? そういうの、無駄な抵抗って言うんだぜ。無駄は、やる意味がないってことだ」
 気づけば、俺は舌打ちしていた。確かに、ルベウスで変身するしかないことくらい、わかってはいる。ルビィにさせるわけにも、空にさせるわけにもいかない。
「……考えたか? まあ考えるまでもねえとは思うがな。大丈夫、優しくするぜ?」
「……いいさ。手加減なんかしなくて」
「へえ。俺が口笛吹けたら吹いてるくらい、いい覚悟だな」
 吹けねーのかよ。



  ■


 ラウドは銭湯の煙突に座って、手の内で輝く3つの宝石を眺めていた。
 深く蠱惑的に輝く紫のディープアメジスト。
 木漏れ日のように優しい光を放つシードクリスタル。
 そして、神々しく光を飲み込み、ブリリアンシーと呼ばれる内部反射を見せるガイアモンド。
 三強の内、下の二対を支える二つ。そしてシードクリスタル。ラウドは自身の口角がつり上がるのを抑えられなかった。これらを元に、偽天宝珠を改良、強化すれば。
「私の研究が、伝統を超える……!!」
 もしかしたら、可能かもしれない。自分の野望を叶えることも。
 七天宝珠を超えた、もう一つの宝珠。
『絶対宝珠(プリマ・フィナーレ)』を作り出すことが、できるかもしれない。

 ――天才とは、完成が見えない人間であると、ラウドは考えている。魔法具作りの天才である彼女は、「これで完成だ」などと口にしたことがない。
 いつだって他人の作った完成を疑い、自分の感性すらも疑って、彼女は天才となった。
 しかし、そんな彼女にも超えたいと願う壁がある。
 七天宝珠だ。
 周りの人間は七天宝珠こそが全魔法具の原点にして頂点であり、完成であると口にした。事実、七天宝珠は内包する魔力の量から桁違いなのだ。完成であると認めるわけにはいかないが、頂点であると認めざるをえなかった。
 超えたい。そう思うのも、時間の問題だった。
 彼女の研究人生のほとんどが、七天宝珠を超える為に費やされた。本物を研究さえできれば、改良できる。しかし七天宝珠は、常に王様が身につけている国宝の為、それは無理。
 そんな時、スフィアに声をかけられ。
『――あなた、私に力を貸す気はなくて?』
 研究室に突然現れたスフィアは、そう言った。聞けば、七天宝珠の奪い合いが行われるらしい。
 それは願ってもないチャンスだった。スフィアの隙を突けば、七天宝珠を研究することが出来るかも。
 そして、その隙こそ今。研究所に帰り、思う様に研究しなくては。
 ――しかし、遠くから凶暴なほどの魔力を感じる。これは、ブラティルビーだ。
 あからさまな魔力を放ち、ラウドを誘っている。
「……ふ。勝てると思っているのかな」
 ラウドは転移魔法で、その場所へ飛んだ。


 そこは工場跡地だ。鉄は赤茶け、機材は働くことを許されなくなってしまったのか、ホコリをかぶって沈黙したままにされている。
 その中心。ドリルが内蔵された細長い機械の上に、一人の少女が座っていた。――いや、少女というには、体が成熟している。
「よお。遅かったな」
 その少女は、フリルをたっぷり内包したスカートからすらりと伸びるしなやかな足を惜しげもなく披露して、ニヤリと笑う。服はマジカル・ルビィと同じだが、髪型は輝く茶髪をポニーテールしている。身長もルビィより大きいし、なにより顔が別人。――その顔はまるで、アース・プリンセスのようだった。
「色香を漂わせて、どうしたんだい? 私を誘っていたのかな?」
「あぁ。ちょっくら俺と」言い終わった瞬間、彼女――ルベウスは、ラウドの後ろに立った。「戦えよ」
「……………」
 ラウドは、ポケットからプリズムを取り出し、それを木刀に変化させる。
「戦い? 違うよ、献上だ」
 体を翻し、木刀でルベウスの体を薙ごうとするが、それを一瞬で生成したハンマーの柄で受けた。
「あぁ、お前が俺に、七天宝珠三つくれるって話か」
 二人はじっと睨み合い、火花を飛ばした。視線そのものが熱量を持っているような、ガンのつけ合い。
 木刀が木の根に変わり、ハンマーを取り込もうとするかのごとく絡みつく。
「邪魔だ!」
 しかし、その木の根を力任せに引き抜いたルベウスは、そのままハンマーをラウドの頭にガツンと叩き落とした。
「がっ……!!」
 まるで水面に石を落としたみたいに、ラウドの視界が揺れる。衝撃で頭が落ち、ルベウスはその顔面を思い切り蹴り上げる。かしゃりとメガネが割れた音がして、ラウドは顔面を押さえ素早くバックステップ。
「パワーが上がっている……」
「ああ。今は男の体を借りてるからな。筋力増強魔法の効きがいい。やっぱ、使うなら男だな」
 ひしゃげたメガネを地面に放ると、ラウドはポケットからガイアモンドを取り出した。偽天宝珠とガイアモンドを、両方ガイバーンに変え、構えた。
「ガイアモンド二刀流かよ……」ルベウスは、震える声で呟いた。「最高のアイデアだ。いいじゃねえか。久しぶりにキュンと来たぜ!」
 恐れというものを知らないらしく、まず動いたのはルベウスだった。ハンマーを思い切り振り上げ、ラウドをぺしゃんこにするべく振り下ろす。
 しかし、その打撃はガイバーン二本に防がれる。分厚く、堅く、鋭い切れ味を持つガイバーンは、いくら龍海の体を使っているルベウスでも、簡単に砕けるものではない。
 ルベウスを弾き、ガイバーンで輝く斬撃を放つ。
「うわっ――とぉ!!」
 体を反らし、空中でその斬撃を避ける。顎にかすったのを感じるが、それに怯むことなく、ルベウスはハンマーの柄で、もう一度振られた剣を受ける。
「……ガイアモンド二刀流はいいが、持ち主にパワーがねえんじゃ、話にならねえなぁッ!!」
 片手でハンマーを持ち、ガイバーンを押さえたまま、拳をラウドの腹に叩き込む。
「はぐっ……!?」
 ラウドは胃の中身が逆流するのを抑えながら、不適に笑う。
「だったら、これはどうだい?」
 瞬間、ガイバーンが放つ魔力に変化が現れた。マズイ。そう感じたルベウスは、即座にバックステップで距離を取る。
「いいカンだ」
 ラウドが呟いた瞬間、ガイバーンの刀身二本が金色に輝き始めた。そしてそれを、上段に構える。
 ガイアモンドの奥義、ガイア・ス・モーゼの構えだ。
「おいおい。もう奥義かよ、はえーな。もうちょい楽しめよ」
「あいにく、私は仕事に楽しみを考えるようには出来ていないんで――なっ!!」
 そうして、ラウドは二つの剣を振り下ろす。全てを両断する破壊の光がルベウスに振り下ろされる。
 ラウドの目前から地面が裂け、そこにルベウスの姿はない。
「……塵になったか」
 ガイアモンド二つのパワーをその身に受けたのだ。体が消滅していてもおかしくはなない。ルベウスがいた場所には、ブラティルビーが落ちている。それだけを残し、ルベウスは消滅していた。
「あっけない物だ」
 感慨もなく、平坦な声で呟くと、ラウドはガイバーン二つを元の姿に戻しブラティルビーに歩み寄る。
「あぁ。本当にあっけねーな」
 背後から聞こえた声に、ラウドは急いで振り返ったが、時すでに遅し。彼女の腹を、鎌が貫いていた。
「か、鎌……ッ!?」
 その鎌は、明らかにディープアメジストで生成された物。なぜルベウスが持っているのか、そもそもなぜルベウスが無事なのか。ポケットに入っているはずのディープアメジストを探り、その存在を確認しようとするが、ポケットにディープアメジストは入っていない。
「そ、そうか……。ディープアメジストで、異空間に入ったのか……」
「そーいうこと。腹パンした時に、すったのよ」
 鎌を引き抜き、ルベウスはその鎌を肩に乗せて地面のブラティルビーを拾い上げる。
「ちっ……欲張っちゃったか……」
 バタンと倒れ、悔しげに歯を食いしばるラウド。そんな彼女から、ルベウスはシードクリスタルを回収する。
「……これで、仕事は完了。ここからは趣味の時間だ」
 鎌をディープアメジストに戻し、ブラティルビーをハンマーに変える。
「さて。ちょっくら世界でも滅ぼしとくか」

「世界を滅ぼす、だなんて。随分大きく出ましたわね?」

 廃工場に、たおやかな声が響く。声がした方へ視線を向けると、天井間際にある鉄骨に、スフィアが立っていた。チャイナドレスのスリットから伸びる白い足と、その奥にある黒い紐パンは、性別関係なく人目を引く。
「よぉ。姫様二号じゃねえか。パンツ見えてるぜ」
「下着とは見せる為にあるのですわ」
 鉄骨から飛び降りたスフィアは、微笑みながらルベウスを見つめ、拍手をしだした。
「あ?」思わず首を傾げるルベウス。
「素晴らしい力ですわ。ブラティルビー。ぜひ、私に力を貸してほしいものです」
「俺は誰かと組むってーのが、性に合わねーんだよ。面倒だし、戦う相手が減る。だからよ、俺の目の前に立つヤツは、みんな敵……ってわけだ」
 ふう。と、スフィアは大きくため息を吐いて、ウィップサファイアを首から引き剥がす。
「では、蹂躙しかないですわね」
「……俺を踏むか。俺の頭は天より高えぞ」
 ラウドは、武装をディープアメジストのみに切り替える。ウィップサファイアに対抗するなら、これのみを使った方が隙も少ないという判断。態度は余裕そのものだが、戦いにおいて手は抜かない。ルベウスのこだわりだ。
 対するスフィアも、ウィップサファイアを鞭へと変え、振るう。頬を叩いた時のような音が辺りに響いて、空気が張り詰めた。
 その空気に、互いが順応していく。二人が場所と一体になった時、その戦いは始まった。
 先手必勝のモットーを持つルベウスが、鎌を振りかぶって走り出す。
「おっ、らぁ!!」
 まるで自身の武器であるハンマーのように鎌を振り下ろすが、スフィアは半身になって避けると同時に、鞭を振るう。
 鞭は腕を打ち、ルベウスは鎌を地面に落としてしまう。舌打ちをして、鎌を拾おうとはせず、スフィアに殴りかかるルベウス。
 それに対しスフィアは、鞭を腕に巻きつけることによって、即席のナックルガードを作り、右のボディブロウをルベウスに叩き込んだ。
「がぶっ……!!」
 それに体を折り曲げるが、そのまま足を掴んで、スフィアを地面に倒し、マウントを取る。
「はっ……いただきッ!!」
 まるで釘でも打つかのように、ルベウスは拳を叩き込む。腕で顔をガードしつつ、隙間からルベウスを窺って、拳を避ける。
「くっ……!!」
 まったく容赦ない攻撃に、スフィアの喉が鳴った。一応、鞭のナックルガードがあるおかげで拳は通らないが、顔面を潰すくらいの勢いで攻撃してきている。
「女性の顔面を狙うなんて、同じ女性として、躾が足りませんわよ……!!」
 拳を掴んで、キスするくらいの勢いで密着する二人。そしてスフィアは、脇にルベウスの首を挟んで落とそうとする。
「う……! ぬっ……!!」
 脳に酸素が巡らず、視界が徐々に黒く染まっていく。このままじゃ意識が飛ぶ。うすぼんやりとしてきた頭を奮い立たせ、ルベウスは自分の股下からスフィアを引き抜くように持ち上げ、バックドロップの要領で地面へ叩きつけた。
「……ッ!!」
 口から体内の酸素が全て吐き出される。それと同時に、ルベウスを拘束していた腕を離してしまい、ルベウスはすぐさま落としたままの鎌を拾う。
「ごほっ、ごほっ……! 力任せ、ですわね……」
「それが俺なんでねぇッ!!」
 鎌で草を刈るように、横薙の斬撃が放たれる。それをスフィアは、腕に巻いていた鞭を解き、鎌の切っ先に巻きつけ引くことによって軌道をずらして避ける。
 このまま、互いの筋力が尽きるまでの拮抗状態が続くのかと思いきや
「ウィップ! もう一本!!」
 その声にウィップサファイアが反応。鞭がもう一本、根元から生えてきて、そのもう一本を振るい、ルベウスの首に巻きつけ引っ張る。
「ぐっ……!!」
「さぁ。死にたくないなら、早くあなたが持ってる七天宝珠を寄越しなさい……!!」
「誰、が……!!」ポケットから、先ほど取り返したガイアモンドを取り出し、魔力を注ぎ込む。
「ウィップ!!」
 しかし、もう一本生えてきた鞭に腕を打たれ、遠くに飛んで行ってしまう。
 ルベウスはまだ、ブラティルビーとシードクリスタルを手にしているが、斬撃系の攻撃でないとウィップサファイアを断つことはできない。
「これは、まずったか……」
 徐々に締まって行く鞭を、なんとか引き裂こうと爪を立てるが、突き刺さることすらない。


「せえっ、のッ!!」


 その、景気づけのかけ声が工場内に響いた瞬間、スフィアからルベウスへ伸びる鞭が斬られ、ルベウスが解放される。
「オェ……ッ!! こほっ!」
 荒れる呼吸を整え、二人の間に立った人物を見ると、アース・プリンセスのドレスを纏い、ガイバーンを担いだルビィだった。
「……お嬢様、じゃねえか」
 そのルベウスの呟きを無視して、ルビィはスフィアへ視線を向け、呟く。
「今日は引きなさい。――私の用は、こいつだけだから」
 と、親指で自身の後ろに座り込んでいたルベウスを指さす。その凛々しいとも言えるルビィの態度を見たスフィアは、顔をほのかに赤く染め、潤んだ目で祈るように手を握り合わせた。
「あぁ……さすがお姉様。素敵ですわ……。――では、次はもっと素敵な所で会いましょう」
 そう言ってスフィアは、存外あっさりと、転移魔法でその場から消えた。それを確認したルビィは、体を翻し、ルベウスを見た。締め付けのダメージは回復したのか、しっかりと立ち上がって、息も乱れていない。
「てめぇ……さっき弾き飛ばされたガイアモンドを……」
「ええ。七天宝珠無しで七天宝珠と戦うのはちょっときつそうだし、助かったわ」
「けっこーボロボロにしてやった気がするんだけどなぁ」
「まだ完全回復はしてないわよ。治療魔法で、一応動ける程度にしただけ」
「助けてくれたのはありがてーけどな。だが、ここからは黙って見てろ。お前を女王にしてやるからよ」
「……そういう訳にも、行かないのよ」
「あん?」
「あんたは使う人間を犠牲にするタイプの七天宝珠……。そんなヤツを、龍海にひっつかせとくわけには、行かない」
「な、る、ほ、ど……。そういうことか」
「……え?」
「お前、こいつに惚れたか」
「なっ……! 違っ!!」
 顔を真っ赤にして、必死に手を振るうルビィだが、それはもはや肯定しているのと一緒なほどわかりやすい否定だった。
「別に、私は、そういうわけじゃなくて……」
「取り繕うなよ。俺は一応、お前の中に入ってたこともある。お前のことはだいたいわかる」
「……そんなバカな」
「あぁ。嘘だ」
 ルビィの顔が一層強張る。それとは反対に、ルベウスは大きく笑った。
「はっははは! ……相変わらず、小娘だな。お前は」
「バカにすんのも、大概にしなさいよ……!」
 ガイバーンを構えたルビィに、ルベウスは武器を宝石に戻して、両手を挙げた。お手上げのサイン。
「ちょっと待てよ。俺はお前と戦う気なんざねえ。……今は龍海とやらに憑いてるが、基本的に俺は、お前の味方だよ。――なんだったら、龍海とやらの心を封印して、お前無しじゃ生きられない体にしてやって――」
「……あんたは、何もわかってないわね」
「あ?」
「私はね、龍海の体をモノにしたいわけじゃない。龍海が真心を持って、私を愛してくれることを願ってる」
 胸に手を当てて、ルビィは何か大切な物をしまい込むかの様に、優しい声で呟いた。
「……くっせえこと言いやがって。なんでこのガキなんだ?」
「知らないわよ理由なんて。……いつの間にか、心の内側にいたんだから」
 ルベウスは大きく息を吸って、それ以上に大きなため息を吐いた。彼女にはそんな感情が理解できないのだろう。
「っけ。……なんか冷めた」
「は?」
「ノロケ聞かされた後で、戦いなんてできっかよ」
 そう言って、ルベウスはブラティルビーに戻り、龍海の変身も解かれ、彼は膝から地面へ崩れた。
「龍海!」
 急いで倒れた龍海に駆け寄ると、龍海をうつ伏せから仰向けにひっくり返し、顔を覗き込む。
「……ボロボロじゃない」
 魔力はギリギリ生きられる程度しか残されておらず、体中に内出血と思われる斑点が広がっている。ルベウスの無理な筋力増強魔法が祟ったのだろう。命に別状はなさそうだが、しばらくは戦えないはずだ。
「まったく……無茶しちゃってまぁ」
 ルビィは、そう呟いて、龍海の頬を撫でた。
「あんたって、本当ツンデレ。……私みたいなのにそこまでする理由、ないくせに。――ま、素直じゃないのは、私もだけど」
 龍海が気絶しているからこそ、言えることなのだ。本人が起きていたら、売り言葉に買い言葉で、感謝の気持ちを充分に伝えることは出来ない。
 ルビィは、その龍海を肩に背負い、廃工場を出る。彼が起きたら、また喧嘩してしまうだろうから、今の内に感謝の言葉を、彼の耳元で囁いた。


  ■


 鈍行列車で二時間、新幹線でも二時間かけ、一人の老人が光源町の駅に降り立った。薄い緑の甚平を着て、腰に日本刀を差しているため、周りの視線を集めてしまっている。
「ん……っ。くはぁ……」伸びをして、息が漏れる。そして空を見上げ、彼はシワだらけの頬を掻いた。
「俺の孫達は、元気かなぁ……?」

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