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第16話『炎の獅子』


   ■空・リオ組

 ライラックがジミーさんと共に上空へと舞い上がるのを確認し、私は大きな鎌を構えて気を引き締める。互いの呼吸を感じて、この場の空気と私たちが一つになるような奇妙な感覚が体の中に満ちてくる。
 空気をいくら吸い込んでも、それが体に取り入れられてる感じがしない。一人で(厳密にはリオさんもいるけど)戦うのはほとんど初めてだから、緊張しているのかもしれない。
 もう少し心の準備がしたかったけど、アクセルさんがガトリングの銃口を私に向けてきたので、準備もままならず、私は自分の前に亜空間の扉を描く。発射された弾丸がその中へ入り、私へは届かない。すべてが電気をまとったレールガン。きっと当たったら、五体がズタズタでは済まないだろう。
 自分のそんな姿を、使い古された雑巾みたいになる自分の姿が脳裏に過ぎって、それをすぐに思考の片隅へと放り投げ、アクセルさんに向かって跳ぶ。
「正面からバカ正直に向かってくるか……」

 渋い声で呟き、ガトリングの銃口を私へ向け、電気を帯びた弾丸を連射する。鎌を盾のように押し出し、その後ろに隠れ、放たれた弾丸を防ぐ。威力が高く、弾き飛ばされるかと思ったけれど、なんとか耐えてアクセルさんの懐へ潜り込む。こっちの鎌もなかなかの重量武器だから近距離戦はあまり向いてないと思ったのだけれど、向こうよりはこっちの方に分があるはず。鎌の刃で相手を押すみたいにして、体を両断しようとしたが、ガトリングの砲身で刃を止められ、押し負けて弾き返された。
 その押し返された勢いを相手に返すように、体を捻って再び鎌を横薙ぎに叩きつける。
 しかし、向こうも先ほど押した時に一歩退いていたらしく、紙一重で切っ先が当たることはなかった。
「……さすが、軍隊っぽい服着てるだけはありますね」
「俺はもともと、アメリカ軍の兵士だったからな」
「……なんですかそれ」
 とっさに意味がわからなかった。
「なんでアメリカ軍の兵士が魔法の国のプリンセスに従ってるの?」
 実はアメリカって魔法の国と取引してたりするわけ?
 さすが自由の国だなあ。宇宙人とかそういうのと同じ感じで向こうと関わりを持ってたりして。ロマンがあっていいなあ、と思ったけれど、アクセルさんが言うには。
「俺は十年ほど前、訓練中に魔法の国に迷い込んだことがある。その時にスカウトされて、今では両方の世界で軍人をやっているんだ」
『あー、なるほどねえ』
 私の中で、リオさんの声が響く。この世と向こうでは、稀につながっている場所がある。そこに落ちて、魔法の国に迷い込む人間がいる。アクセルさんもそんな中の一人なのだろう、とリオさんから説明される。神隠しみたいなものなんだろう。
「アクセルさんすっごいんだよー!」
 突然、ガトリングから上半身だけのジャニスちゃんが飛び出し、笑顔で口を大きく開く。
「すぐに魔法の扱い方も覚えたし、戦いの腕ではスフィア様の部下一なんだから!」
 それだけ言って、すぐに引っ込む。ほめられたのにもかかわらず、アクセルさんは表情を変えず、淡々と私から隙を引き出そうと睨んできている。
『……空ちゃんには、ちょっと荷が重いかもしれないわね。私と交代しましょう』
 頷くと、その瞬間、私の意識が後方へとそよ風に流される枯葉みたいに飛んでいく。体の操縦権がリオさんへと変わり、彼女はアクセルさんに向かって、投げキッス。
「ディープな世界に、ハマってみる?」
「遠慮しておこう」
「――決め台詞に真面目な返答するなんて、ユーモアに欠ける男ねえ」
 ふわりと、風をまとうような緩やかな一歩を踏み出した瞬間、リオさんはアクセルさんの真横に立っていた。
「速いな」
 リオさんを見ずに、呟く。
「人間とは魔力の扱い方が違うもの」
「ふむ……ならば俺は、人間の戦い方をしよう」
 そう言って、アクセルさんはなにかを私に向かって下手で投げた。
 よく映画などで見た、緑色のレモンみたいな物体は、間違いなく手榴弾。
『リオさん逃げて!!』
「へっ――!?」
 私の叫びなんて間に合わなかった。目の前が真っ白に染まり、耳を切り裂こうとするかのような鋭い音。
 これは、たしか、閃光弾。光で視界を、音で聴覚を奪う撹乱用の手投げ弾。
 音が止み、光が目から引いていくと、目の間からアクセルさんが消えていた。
「……逃げたのかしら?」
『それはないと思いますけど……』
 ここで逃げるような人には見えなかったし、なにより『人間の戦い方』が気になった。
 私は人間だけど、人間の戦い方がどういうものか、まったくわからない。人間として戦ったことがないから、なのだろうか。魔法の力を使って戦う私は、人間よりも魔女の方が近いはずだから。
「……魔力!」
 何かを、魔力を感じたのか、リオさんは振り返った。それを合図にしたようなタイミングで、風船が割れたような空気の爆ぜる音。同時に、右肩に強い衝撃を感じ、あまりの痛みに膝をつく。
「っ……!? 狙撃された……!」
 リオさんが右肩に触れると、血の温かくぬめりのある感触を私も感じることが出来た。傷跡が残らないか心配になったけど、そんな場合じゃない。
『リオさん走って!』
 立ち上がり、茂みに向かって走り、飛び込むと辺りを見回す。しかし、アクセルさんらしき人影は見えない。
『バレットパールをライフルにでも変えたのかな……』
「だったらこっちは、人海戦術で行くわよ」
 そう言ってリオさんは、鎌で空中に穴を開き、中からたくさんの魔物達を出した。神話上の生き物みたいな物からスライムみたいな液体まで、その種類は様々。だいたい百匹くらいだろうか。リオさんはそれらに向かって、「この近くにゴツい男がいるはずだから、半殺しにしてきなさい」と命令。
 聞き分けのいい魔物達は、すぐさま茂みの中から飛び出して行った。
「……アイツらだけじゃちょっと不安だけど、しょうがないわね。私達はここで回復しときましょ」
 右肩に左の掌を添え、治癒魔法をかけようとした瞬間。神社の境内で爆発が起こって、それ所ではなくなった。手榴弾の爆発か、魔物達は全滅。死んではなさそうなのが唯一の救いか。
「……やっぱり、私達だけでやるしかない、か」
『ですね』
 リオさんがパチンと指を鳴らすと、地面に開いた穴から、魔物達が亜空間に落ちていく。
 シールドを張って、茂みから飛び出す。気配は感じない。しかし、どこかから見られている感じはする。狙撃してくるくらいだから、結構遠くにいるはずだ。けど、手榴弾を投げてきたわけだし、そんなに遠くではないのかも。こんな時、お兄ちゃんのガイアモンドだったら、目の前にある森を、まるでホコリでも払うみたいにまっさらな状態にできるんだろうけど、ディープアメジストじゃそんなことはできない。
 ライラックでもいれば似たような事はできるかもしれないけれど、いまはジミーさんと戦っている。今更言うのもなんだけど、ディープアメジストって攻めに転じにくい七天宝珠だなあ。封印の能力は使いやすいといえば使いやすいのだけれど、戦闘用とはいえない。
「……あの子使おうかな」
『あの子?』
「ああ、いや……。なんでもない。早くアクセル探すわよ」
 あの子、とはなんのことなのか。
 少し気にはなったが、今はそんな場合じゃない。
 狙撃してきたであろうアクセルさんがいる森に向かって走り、突っ込む。森の中は特に変わったところはなく、一瞬戦いだということを忘れて和やかな気分になってしまったが、すぐに気を引き締める。迷彩服を着ていたし、見つけにくいかもしれない。
 そんな時、またライフルの銃声がなり、シールドに弾丸が当たる。ビリビリと透明な壁が震えて、衝撃に耐えられなくなったのか、ヒビが入る。
「うわーお。すごい威力ね……」
 これが肩に当たったというのだから、今思うとゾッとする。魔法少女になっているから、多少なり身体が頑丈になってるのかな。
 しかしこれで、アクセルさんがいる大体の位置はつかめた。
 木の陰に隠れながらその方向へと進んでいく。ここで私の武器が銃だと、それっぽくてちょっとドキドキしちゃうけれど、あいにく私の武器は鎌だ。コールだとかバトルフィールドだとかキルゾーンみたいにはならない。私がFPS好きだというところを鑑みると、正直バレットパールはすごく羨ましい。
 ――って、あれ、ちょっと待ってよ?
『ねえ、リオさん。狙撃してくるってことは、私達の行動丸見えなんですよね? もう逃げてるんじゃ』
「……その発想はなかったわ」
 普通一番に考えるところだと思うんですけど。
 ……そもそもスナイパーは見つからないのが条件だと思うから、向かってきたら逃げるのが当たり前のはず。私も逃げるなり爆弾投げるなりするし(ゲームの中で)。
「……ほんと、私には相性の悪い相手だわ。近くまで行けば勝てるんだけどなあ」
『どんだけ自信満々なんですか』
「私には最終兵器があるからね。――どうやって近くまで行こうか、というより、まずはどうやってあいつを見つけるか……」
 遠くから撃たれたのでは、近づく前に逃げられる。そしてまた狙撃される。どう考えてもこっちが不利。ゲームだったら近づいて画面真っ赤になっても物陰に隠れてじっとしてればなんとかなるんだけど……。さすがに我が身でそれをするのは無理。死んじゃう。せめて手榴弾でもあれば、ばら撒いて下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、ができるんだけど。
『なんか、投げたら爆発、みたいな魔物いないんですか?』
「そんな都合のいい……」
 いるわけないよね……。
 だとして、どうしたらアクセルさんに近づけるか。そもそも狙撃は、こんな障害物だらけの場所には向いていないはずだ。高い場所から、障害物なしで、銃口をまっすぐターゲット向けられること。最高の条件はこれ。障害物があることは私達に取っては幸運だ。それに、シールドのヒビの位置から、銃口の高さは私の腰ほどであるとわかる。アクセルさんの体格から考えると、地面に座った状態で狙撃していると考えるのが妥当。
 木の上から狙撃している可能性は、今の所ない。
 私達がしなくちゃいけないのは、アクセルさんを発見し、逃げられる前に近づく事。
 こっちにも狙撃銃があればまだ行けたけど、あいにく遠距離攻撃の手段はない。
 手持ちのカードが少し頼りなさすぎるけれど、初めてしまった勝負は止めようがない。なんとかこのカードで勝たないと、私がお兄ちゃんやルビィさんの足を引っ張ることになってしまう。負けられない。
『……一か八か、だね』
「なに、どうしたの空ちゃん。いい案思いついた?」
 私の思いついた策を、リオさんに話す。話していく内、ぼんやりとしていた輪郭がはっきりとして、段々と作戦として形を成していくからおもしろい。
「それは――、できなくもないけど……。魔力の消費も激しいし、なにより逃げきることができないと失敗するわね」
『この状況で見えもしない相手に向かっていくより、何倍も安全ですよ』
 鼻で笑い、唇を少しつり上げるリオさんは、立ち上がると、地面に鎌を突き刺した。
「さって、どこまで逃げきれるか!」
 そう言って、リオさんは止めていた足を再び動かす。木の陰に隠れながら、アクセルさんへと近づこうと、見つからないように弾丸が飛んできた方向へ。
 いつ弾が飛んでくるかわからない緊張感と恐怖。私の体がまるごと心臓になったような、力強い鼓動を感じた。
 三発目の銃声が鳴る。シールドは砕かれ、弾丸が私の頭の上を掠めた。たまったものじゃない。そう言わんばかりに、リオさんは目的の方向から右にズレる。
 逃さないという意思表示か、さらに弾丸が私達めがけて飛んでくる。倒れ込むようにして、なんとか避けることに成功。大体の場所は掴んだ。あとは気づかれないようにするだけ。
 立ち上がって、鎌を引きずるみたいにして再び走り出す。アクセルさんはそんな私達から何かを感じ取ったのか、今まで以上に狙撃してきた。鎌で防ぐわけにも行かず、私達は倒れ込んだり、木の陰に隠れたりしながら、なんとか狙撃をやり過ごす。
 アクセルさんを中心に、ぐるりと森を一周するように走ると、先ほど線を引き始めた場所にたどり着く。
「よっしゃ! 空ちゃん集中!!」
『はいっ!!』
 私達二人の集中力が、重なって、高まって、尖っていくのがわかる。魔力を練って、その魔力を鎌に込め、引いてきた線に突き刺す。
「空間返し!!」
 その瞬間、ぐるりと、まるでゴミ箱の蓋みたいに、地面がぐるりと回って、地下から亜空間の中みたいな紫色の大きなドームが出てきた。これで、この中にアクセルさんを閉じこめたはずだ。
 私達はそのドーム内に踏み込み、中にいたアクセルさんを見つける。腕のガトリングは、スナイパーライフルへと変わっていた。
「……少し、七天宝珠の力を侮っていたようだ」
 忌々しげにそんなことを呟くと、彼は腕の銃をショットガンへと変えた。
「ここまで広範囲で力を使えたか」
「……さ、さすがにちょっと疲れたけどね」
「ギブアップするなら聞いてやる」
「冗談。勝てる戦いやめるわけないでしょ。そっちこそ、するなら今の内よ」
 すごい自信だ。
 勝てる策でもあるのだろうか。
「さあ、来なさい。フレイアァァァァッ!!」
 自分の頭上に、鎌で円を描き、そこから巨大なライオンが姿を現した。二〇メートルはあろうかという大きな体。炎の鬣(たてがみ)を携えて、鋭い眼光でアクセルさんを射抜く。
「封印指定魔獣、フレイア。私のとっておきよ。……この世界に留めておくのに膨大な魔力がいるから、あまり長いこと置いてはおけないけど、充分なほどだわ」
 フレイアの喉が鳴り、地を蹴ってアクセルさんへと走る。
「――ッ!!」
 ショットガンの銃口をフレイアへと向ける。が、左右に素早く跳びながら近づいてくるためか、なかなか照準が定まらない。
 そして、フレイアの前足がアクセルさんへと伸び、彼はその足に向かってショットガンを放った。けれど、足が業火に包まれ、ショットガンの弾を焼きつくした。
「……ぬっ、ぉぉぉぉッ!?」
 アクセルさんの怒号。そして、振り返ったフレイアの、『どうだしとめたぞ』と言わんばかりに誇らし気な顔。
 それは、戦いにケリがついたことを私達に告げていた。


  ■


 空間を元に戻して、フレイアを亜空間に返し、私達は変身を解く。目の前には気絶したアクセルさんと、バレットパールから弾き出されたらしきジャニスちゃんが倒れている。バレットパールを回収し、空を見る。まだライラックとジミーさんは戦いを続けているようだ。
「……どうしよっか」
「ま、バレットパールもあるし、さくっと倒してきますか」
「ですね」
 リオさんとそう決め、私達はもう一度変身しようとしたが、後ろから「君達はもういい。七天宝珠、渡してもらうよ」と声がして、首に衝撃が走った。
 当て身を入れられた。誰に?
 私達は地面へ倒れ、なんとか朦朧とする意識で、後ろに立つ人物を見る。彼女は確か――ラウド。
「お疲れ様。おかげで手間が省けた」
 何かを言おうと、口を動かしたが、それより先に、意識がどこかへ行ってしまった。

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