TOPに戻る
次のページ

第8話『SEEEEEEEED!!』

 女性化から戻った俺は、一旦普通の生活に戻った。
 家に帰って、晩飯をたっぷりと食べ、しっかりとした睡眠で体を癒す。もちろん、いつもの様にぬいぐるみへ変身させられて、だ。
 いつもの通り眠りは浅く、いちばん最初に俺が起きた。
「くッ……あーあ」
 あくびと伸びで上半身を起こす俺。隣のルビィを起こそうと、そっちを見る。

 何故かそこには、空がいた。

「あ、あれ……?」
 なんで空? ルビィどこ行った?
 っていうか、ここ空の部屋じゃん!
 逃げようとベットから降りようとするが、その反対にはリオが眠っていた。格好は寝間着とかではなく、いつものコルセット姿。
「あ、あわわわわ……」
 怖い怖い怖い! 何この状況!
 俺は一体どうしたんだよ!
「キミが寝てる間に、空ちゃんが持っていったんだよ」
 と、いつの間にか空とリオの間に座っていたアスが、ぬいぐるみと化した俺を抱き上げていた。
「ていうかアス。お前何勝手に外に出てんだ……?」
「勝手って。元々キミと私は別物だろう? それに、私を食ったクセに」
「その言い方やめてくれません!?」
 いや、確かに飲み込んだのは悪かったけど!
 でもその言い方だと俺が粗相を働いたみたいになってるし!
「とにかく俺の中に入れ。ここを出て、ルビィを起こしに行くから」
「へえ……? 私にバレる前に、証拠隠滅……?」
 と、いつの間にかドアが開き、ルビィが入り口に立っていた。無表情のまま、俺を見つめている。
「いや、あの、ルビィさん……? 違うんですよ? 自分の意思じゃなくて、空が俺を持ってったんですよ?」
 なあ、アス? と俺を抱き抱えているアスを見上げる。が、そこにアスの姿はない。いつの間にか俺の中に戻っていた。
「あの野郎逃げやがった!!」
「何が逃げただ。アンタには一回、誰が主人かわからせておく必要がありそうねえ!!」
 ずかずかと大股で接近してきて、俺の頭を掴んで思い切り壁へと投げる。ぬいぐるみだから痛くはないのだが、ジェットコースターの様な加速は心臓に悪い。床に落ちた俺を拾い上げたルビィは、俺の頭を握り潰してくる。痛くはないが、それが逆に痛いというか。
「……なんの騒ぎですかぁ」
 上半身を起こし、眠そうな目でルビィと、ルビィに握りしめられた俺を発見する。
「あ、お兄ちゃんに何してるんですか!」
 急いでベッドから降りると、空はルビィの手から俺を奪い返す。
「あんたこそ! なに私の部屋勝手に入って龍海持ってってんのよ!」
 と、ルビィの手に帰ってくる俺。すかさず奪い返す空。対抗するように、ルビィがまた奪い返す。目が回って気持ち悪くなってきた。
「いい、空……。ぬいぐるみにしてもいいって言ったのは、龍海本人なのよ……!!」
「え、それ本当なのお兄ちゃん!!」
 い、言ったけども。
 あの状況では仕方なかったんだ……。
 そう弁解しようとした瞬間、二人が俺の腕を片方ずつ持ち、引っ張り始めた。
「な、なにしてるお前ら!?」
「離しなさいよ空ァ……!!」
「ルビィさんこそ、離したらどうですかァ……!?」
「あ、ちょ、止め!! 肩からブチブチってなにか千切れる音が聞こえるから止めて!!」
 と、その瞬間、俺の両腕が、一際大きな音を立てて千切れた。
「「あ」」
 重なる二人の声。
「「ああああああああ!!」」
 そして悲鳴。
 身勝手に引っ張り合った末路である。支えを失い、床に落ちた俺は、二人が握っている腕をじっと見たまま、言葉をも失ってしまった。
「ど、どどどうしよう!」
「お、落ち着いてルビィさん!! あ、ぬ、縫えば直るかな!?」「ナイス空!!」
 言って、ルビィは指輪をステッキに変換し、ソーイングセットを魔法で取り出す。
「空、裁縫できる……?」
「む、無理……」
 見つめ合う二人。俺にはわからないが、無言の会話をしているのだろう。それが終わると、床に横たわる俺を見つめ、また声を揃えて「打つ手なしです……」と言った。
「バカかお前ら!? 母さんに縫ってもらえばいいんだよ!!」
「あ、そっか。お母さんなら縫えるね」
 思い至らなかった、という具合に手を叩く空とルビィ。するとその時、母さんがノックもなしに部屋に入ってきた。
「ちょっと空ー。うるさいよー――って、あらルビィちゃんおはよう」
 笑顔で手を振る母さん。そして、ベッドに寝るリオを見つける。
「……あちらの方はどなた?」
「へ! あ、いや、そのー……と、友達?」慌てて言う空。さすがに無理がある。と、俺はもちろんルビィも思ったはずだ。
「あらぁ。空ちゃんのお友達? 髪の毛薄紫だけど、外国の方?」
 母さん気づいて。地球上に薄紫の地毛を持つ人種はないから。
「そ、そうそう! ちょっと事情があって……泊めてるというか……? ほら、リオさん起きてください!!」
 空がベッドで丸まっているリオを揺すると、リオはゆっくりと目を開き、ぼんやりと焦点の合わない瞳で空を見つめる。
「あらぁ、おはよう空ちゃん……」
「それはいいから、お母さんに挨拶して?」
「へ?」と、首を振り、母さんとリオの目が合った。
「うわ。な、なぜここに!」
 軽く手ぐしで寝癖を正そうとするリオ。挨拶するには身嗜みが甘いと思っているのだろう。数秒間慌てて寝癖と戦うが、あまり直らないまま諦めたらしい。
「は、初めまして。空ちゃんの友達で、リオと言います……」
「あら! 日本語お上手ねえ。日本長いの?」
「え、えぇ。しばらくお世話になります」
 そんな不穏なことを言うリオだが、その発言を無視して母さん。いつも思うんだけど、母さん器がでかすぎる。
「あらぁ。もしかして、ルビィちゃんと同じ国?」
「まあ、そうです……」
「ちなみにどこ?」
「……ぶ、ブラジル?」
 なんで!? というか疑問符ついちゃってるし!
 そんなツッコミを必死で抑え、会話が弾む二人を眺める。そうしていると、ゆっくりと光の球がこっそりと俺の中から出てくる。それはどんどん人の形になり、アスになった。
「お母様。私もお世話になります」
 突然ルビィと空の間に現れたように見えるアスだが、母さんは「あらっ! 我が家大所帯だわぁ」と嬉しそうに笑う。いや、そんな問題と違う。父さんが居ないからって、許していいのかい。

  ■

 その後、俺は腕を縫われ、自分の部屋で人間に戻り、腕がくっついていることに感動してしまう。あるべきものがそこにあるというのは、貴重なのだ。
 制服に袖を通し(やっぱり感動)、アスとリオを置いて、学校へ。
 三人で教室に入ると、それを見つけた比叡が「おいっすー!」と駆け寄ってくる。
「なんだよ同士! ルビィちゃんと一緒に登校してくるなんて!」
 と、地団駄を踏み、俺の横に立つルビィと空を交互に見る。ルビィを見て嫉妬するならわかるが、空まで見たのはどういうことだ。
「……あのなぁ。妹を嫉妬対象にするなよ。血が繋がってるんだから」


「え? ……血が繋がってるのは必須条件だろ」


 空気が凍った。
 近頃マンガやらアニメやらで妹モノとか出ているが、本来近親相姦はいけないことであると認識する為の時間だ。当人は「え、なんで?」みたいな表情をしているが、ルビィは妹を思い出すからか、わりとマジで引いている。
「なぁ比叡……それをリアルで言っちゃあ」
 引きすぎて言葉が出ないルビィに変わって、一応注意を促す。というか、比叡にもリアル妹がいたはずなのだが……。
「そうかなぁ。比叡さんの言うことも、わかりますよ?」
 なぜか嫌っている(はず)の比叡に同意する空。
「おぉ! さすが空ちゃん! 話がわかる!!」と、手を差し出す比叡。しかし、空はにっこり笑顔でそれを叩き落とした。呆然とする比叡。そして、自分がされたことを理解したのか、「やはり、リアル妹などおぉぉぉ!!」と俺の横を通り抜け教室から出て行った。
「空。お前……」
「ん? なにお兄ちゃん」
 ……比叡にさらなる絶望を与える為に同意したのか。恐ろしい。

  ■

 教室から抜け出した比叡護は、屋上に出ていた。本来屋上は立ち入り禁止なのだが、カギが壊れていて自由に入れるのだ。
「はぁ……俺の思想は、理解されない」
 深い溜め息をつき、まるで重大な発見をした科学者のような表情になる。周りが真実に気づかず、自分だけが発見した為にバカ呼ばわりされているような。
「なぜだ! なぜ理解されんのだ!!」
 一般人からすればどうでもいい問題ではあるが、彼からすれば大問題だ。自身の宗教が否定されているような物なのだから。
 その時、目の前に六角系の透明な石が落ちていることに気がついた。なんだろうと近づいて、綺麗だなと持ち上げる。
「……水晶みたいだ」
『そう言われるのは好きだけど、ボクとしては、クリスタルと呼ばれる方が好きだな』
 どこからか、せせらぎのような優しく、落ち着いた声が聞こえてくる。辺りを見回すが、屋上に声の主らしき人間はいない。
『ちょっと、クリスタルを高く投げてくれない?』
 この声は気のせいだろうか、と首を傾げながらも、比叡はクリスタルを真上に放り投げた。仮に気のせいであっても、キャッチできればと思ったからだ。 放り投げたクリスタルの行方を見ていると、クリスタルがどんどん人へと形を変えて行く。そして、その人影が比叡の目の前に降り立つ。
 それは、比叡と同い年ほどの少女だった。黒いショートカットの髪に、何かの触角を思わせる寝癖がある。首元には赤いマフラー。黒いベストにダルダルのTシャツ。スキニージーンズをブーツの中に入れている。目は透き通っていて、ビー玉を思わせる素朴さがあった。
「はじめまして」
 少女は手を差し出す。先ほどの空を思い出したものの、傍目にはあまり躊躇せず手を差し出した。が、少女の手を掴もうとする前に、少女のTシャツの袖から蛇の様に這い出してくる、木のような物体に腕が捕まった。
「……え?」
 なんだこれは、夢を見ているのか。そんなあれこれを考えている間に、差し出された少女のから伸びる木の根が、比叡の全身を締め付けようとしていた。
「あぁ!? なんたこれ!!」
 悲鳴を上げようとするが、比叡の顔も木の根に巻きつかれ、ミイラのようになる。最初はピクピクと痙攣のように動いては居たが、次第に動きが止まる。
 残った少女は小さく笑い、動かなくなった比叡を撫でた。
「さようなら。ボクの肥料として、新たな種となってください」


 予鈴が鳴った。そろそろ授業が始まるという頃合いになっても比叡は帰ってこない。よほどのショックだったんだな、と哀れには思うが、自分の成績より大きい心配には思えず、俺は自分の席に座って一限目の準備をした。一限目は現国。
 生徒を一切指さないことで評判のオートマ先生だ。提出物をしっかり出せば成績は入るので、多少気を抜いても大丈夫だろう。内職し放題の授業だというのに、比叡ももったいないな。
 そんなことを考え、暇を持て余した俺は教科書をパラパラと捲る。面白いことが書いてあるわけじゃないし、未来のことが書いてあるわけでもない。むしろ過去の物が書いてあるわけで、そこに一片の興味もないが、単位の為に読まなくてはならない。
 ふと窓の外を見た。いつもと変わらない朝の街が目下に広がっている。視界の片隅で、うねうねと動く物を発見し、それへ視線を移すと、それは木の根だった。まるでヒルの様にうねりながら、窓をバンバンと叩く。その音で、俺以外にも木の根に気づくヤツが現れた。クラス中がその根に注目していると、その視線に怒ったのか、根が窓ガラスを割り、教室に侵入してきた。
「キャァァァァァァァッ!!」
 誰かの空気を割るような悲鳴。それを皮切りに、教室にいる人間全員が悲鳴を上げた。さらに天井から、それを突き破る様に大量の根が這い出してきた。
「えぇ……!?」驚いて言葉が出ない俺。

『なんだよ!? どうなってんだこりゃあ!!』
『ちょ、逃げよう逃げよう!!』
 クラスメート達が教室から出て行く。残ったのは、俺とルビィと空だけだ。
「ルビィ! なんだよこの騒ぎ!?」
「多分、シードクリスタルじゃないかしら。ここまで木を生やす能力を持った魔法使いも、アイテムも。それ以外思いつかない」
「じゃあ、なんとかしないと……。もうほとんど木の中みたいになってますよ!」
 空に言われ、周りを見た。木々が生い茂り、もはやジャングルと化している。気の所為か、植物特有の青臭さが俺の鼻を撫でてきた。
 変身しなくては、と思った瞬間。俺の目の前にアスが。空の目の前にはリオが現れた。
「七天宝珠の気配を感じたから来たが。これはシードクリスタルかな?」首を傾げながら、辺りを見回すアス。
「やっほう空ちゃん。助けに来たわよ」笑顔で空に向かって手を振るリオ。
「よし。行こう!」
 俺が叫び、合図をすると、アスは俺の中へ戻ってリオはアメジストの姿に変わる。

『変身!!』

 ルビィはいつもの様にエプロンドレスの様な魔法少女ルック。空はスカイとなり、俺は女体化だ。剣を持ち、ゆっくりと教室のドアを開ける。横に伸びる廊下は、やはりアマゾンの奥地の様に薄暗く、木々が蠢いている。
「そういえば。あいつら逃げれたのか……?」
 変身できる俺達ならともかく。この状況で逃げられるとも思えない。そう考え、下駄箱へ向かうべく廊下を歩いた。階段を降りる前に、木でできた繭(まゆ)の様な物をいくつか見つけた。
「……なんじゃこりゃ?」
 掌で撫でてみる。別に、形は幾分歪ではあるが、ただの木だ。
『……それはおそらく、この学校の人間だろう』
「はっ!?」
 驚いて、勢い良く手を離してしまう。まるで、あとから毒があると知らされたみたいに。
「それ、どういうことですか?」
 空が、俺の持つ剣――アスに向かって話しかける。それに答えたのは、空の口を使うリオだった。
「シードクリスタルはね。七天宝珠の中で唯一、持ち主に寄生して、その魔力を吸って力を発動させるの」
「……それってつまり、今は学校に寄生して、生徒や先生なんかの魔力を吸ってるってことですか?」
 リオはそれ以上答えなかった。沈黙は口に出すより雄弁な肯定だ。
「吸われ尽くすと、どうなるんですか」
「死ぬわよ。カラカラになって」今度はルビィが答えた。「けど、簡単な話よ。だったら吸われ尽くす前に、シードクリスタルを回収すればいい」
 それしかなさそうだ。頷いて、俺達は三人バラバラに別れることになった。この学校は無駄に広い。まず、三つの校舎が渡り廊下で繋がれ『コ』の字になっているのがこの光源学園だ。学年別に校舎が別れており、ジャンケンでどこを探索するかを決める。俺は一年。空は三年。ルビィはここ、二年の校舎でシードクリスタルを探すことに決まった。
「二人とも気をつけなさいよ。ここは圧倒的に、シードクリスタルがイニシアティブを持ってるんだから」
 心配そうに言うルビィだが、俺は自分の胸を叩いて、「大丈夫だって」と言った。意外に豊満な胸で驚いたのは秘密だ。
「ルビィさんこそ。気をつけてくださいよ」それだけ言って、空は踵を返し三年の校舎へ向かった。
「うしっ。俺も行くかな」
「龍海」ルビィは手を挙げると、何かを待つようにしてじっと俺の目を見る。呆気に取られ、ワケがわからずにいると、ルビィは「ハイタッチ」
「あぁ。なるほど」
 ルビィの手を叩いて、俺も一年生の校舎へと渡った。渡り廊下は二階にあり、俺達の教室も二階なので、楽に一年生の校舎へと侵入することができた。そこには相変わらず、アマゾンの景色が広がっていた。
「二階だってわかんなかったら、これ迷ってるな」
 教室のドアも、ツタが絡まって開そうには見えない。事実、開けようとするが、スライドすらできなかった。
「やっぱダメか」
 諦めて、とりあえず上に向かおうと廊下を歩く。その時、俺が何かのスイッチを踏んでしまったみたいに、木々が一層ざわめき始めた。
「なんだ?」
 俺の前に、木の包帯で巻かれたミイラが地面から三体程生えてきた。ゆらゆらと揺れながら、俺に歩み寄ってくる。
『シードクリスタルの能力だ。木々に知能を与え、自分に従わせるというな』
「はあ。なるほどね。不気味なもんだ」
 剣を構え、様子を覗う。尖った腕を振り被り、襲いかかってくる。その動作は素早いものの、隙だらけだ。俺はその腕をぶった斬り、さらにそのままそいつの胴を両断する。残った二体も、頭から真っ二つにしたり首を落としたりして倒してやった。

 雑魚だけあり、酷く楽勝だったし、木だけあって切り伏せた時の罪悪感がなくてよかった。それを放って、歩き出そうとした瞬間、切り伏せた三体の残骸から新たに木の根が生え、六体になって復活した。
「え」
『木の根だからな。生命力はゴキブリ以上だ』
「それ早く言えよッ!!」
 立ち上がって来た六体は、やっぱり俺に抱きつこうとしてくる。
「こうなりゃ、あの波動砲を――!!」アクセルに放った、あの巨大な斬撃を放とうと、剣を振り上げるが、『それはやめておけ。あれを撃てば学校は壊れるし、なにより魔力が無くなって変身が解けるぞ』
「マジかよ!」
 ここで変身解除はマズイ、と剣を収めようとした瞬間、一人の木目ミイラに抱きつかれる。しまった、と思う前に、ミイラが解け、俺に木の根が巻きついた。それはそのまま、俺の全身を包みこみ、繭の様に形を変えていく。
「くっ……!! くる、しい」
 ギチギチと俺を締め上げるその木の根。手足の自由が聞かない。剣も落としてしまった。これでは脱出できない。
『気合砲だ。全身の穴という穴から爆風を上げるイメージで』
 その言い方嫌だな。と思いながらも、俺はそんなイメージを膨らませる。その瞬間、俺の体を中心に爆風が起こり、木の根が吹き飛んだ。
「よっし!」
 木目ミイラ達がそれを見て怯んだ。その隙に、俺はとっとと先へ向かって逃げる。ミイラもゾンビとほとんど同じなのか、走って追ってくる事はしない。やはり、ホラー系の化物は走っちゃいけないな。余裕ある足取りで、徐々に追い詰めてくれないと。
 最近のゾンビ系映画の現状を憂いながら、俺は屋上に向かって走る。途中、幾人かの繭と、ミイラに出会うが、無視して屋上のドアを蹴破った。――ドアを蹴破るのって、やってみたかったんだ。
「……ここの屋上、なんかないかなあ」
 なんか無いも何も、もはや小さな森と化していた。一見シードクリスタルがあるかどうかもわからない。
「しゃあない。全部ぶった斬るか」
 剣を構え、手当たり次第に木をぶった斬っていく。剣の切れ味がいいお陰で、大した苦労もなく見る見る見渡しがよくなっていく。森がハゲになると、そこにシードクリスタルが無いことがわかる。
「……ここじゃない。他の校舎か?」
 屋上から出て行こうと体を翻す。その瞬間、切り倒した木々達が風に葉を揺らす。その瞬間、腹の中にあるガイアモンドが熱くなる。多大な魔力が近くにある。
『――森を切るな。贖罪しろ』
「は?」
 木々たちが根を伸ばし、互いに結び合う。その木がどんどん高さを増して行き、木のドラゴンが出来上がった。
「な、なんじゃああこりゃあああ!!」
「よくも我々を斬ってくれたなあああ!!」
 木の恨みかよ! ああ、シードクリスタルの能力か!? そのドラゴンは、木で出来た巨大なトカゲのような姿をしていて、大声で俺を威嚇してくる。
『シードドラゴンだ。これはシードクリスタルの作り出す、木の最上級モンスターだ』
 さ、最上級って。ってことはそうとう強いんじゃ……。
「ライラックと、どっちが強い?」
『さあ? 互角くらいじゃないかな』
「嘘だろおおお! そんなんとやれってか!?」
『変わろうか? 私なら、キミより上手く能力が使える』
 頼んだ、と、俺の意識がすうっと後ろの方に追いやられる。そして、俺の体が性格も含めて完全に女と化した。
「さあ、シードドラゴン。遊ぼうか」
 アスが人差し指でシードドラゴンを挑発する。その挑発に乗ったわけではないだろうが、シードドラゴンは腕を振り上げ、アスを狙う。アスはその腕をダイヤモンドの壁で防ぎ、腕を切り落とす。が、先程の木目ゾンビ以上に早い回復力で腕を生やす。
「おお。トカゲも真っ青だな――けれど、私はキミの弱点を知っているぞ」
 シードドラゴンはハエでも潰すような感覚で、アスを叩き潰そうと何回も腕を振り下ろす。だが、まるでバレエのダンスでも踊るかの様にくるくると優雅に回りながら躱していく。そして、懐に潜り込むとシードドラゴンの腹を縦一文字に裂き、アスはその中に腕を突っ込む。
「ぬうう!?」
 そして、その腹の中にあった丸い玉を取り出した。薄い桃色のソフトボール大の玉で、アスはその玉を握りつぶした。
「く、くっそ……シュシュ様、申し訳ありません……!」
 シュシュ、という謎の名前を残し、シードドラゴンは地に伏せた。どごん、という大きな音を立てて、物言わぬただの木になった。
『なあ、アス。シュシュって誰だ?』
「シードクリスタルの通り名だ。ちょっと変わり者なんでね。――それより、この校舎にはないみたいだぞ。シードクリスタル」
『じゃあどこだよ』
「知らないよ。魔力が充満しすぎて、どこに向かえばいいか。他の二人を待とう」
『それもそうだ――』
 と、屋上から向かいの三年校舎を見る。そこにはスカイが居るはずだ。
「ん?」
 屋上にスカイの姿が見えた。向こうもこちらに気づき、手を振る。
「お兄ちゃーん!! そっちはなんかあったー!?」
「ああ! ドラゴンが居たが、倒したぞー!!」
 残るはルビィだけか。――ってことは、二年の校舎にシードクリスタルがあるんじゃないのか?
『おいアス。二年の校舎にあるんじゃないのか?』
「――そうかもしれないな。しかし気になるのは、こんなに大量の魔力の出所だ」
「は? ――生徒とか、先生から取ってんだろ」
「いや。さっき説明されただろ。シードクリスタルは、宿主に寄生しないと何もできない。できても、寄生することだけ。ここまで大きな魔術を扱えるということは、少なくともシードクリスタル本体に寄生された誰かが居るはずなんだ」
『寄生された誰か、ねえ……? 可哀想、に――』
 と、そこまで思って、一つ思い出した事があった。そういえば、比叡はどこに行ったんだろう?
 あの出来事で走って行ってから、見てないよな?
『……も、ももももももしかして』
「どうした龍海?」
『もしかして、もしかして! 比叡なんじゃねえの!? シードクリスタルに寄生されたのって!!』
「比叡……? 友達か?」
『ああ! 友達というか、悪友というか、できれば世界で一番他人でいたいというか』
 ……おそらく、二年の校舎にいるだろう。くっそ。もっと早く気づいてれば――!!
「龍海ー!! シードクリスタルあったー!!」
 ちょうど、俺が二年の校舎に当たりをつけた所で、ルビィが屋上に現れ、手を振っていた。
「よし、行こうか龍海」
『了解』
 屋上のフェンスを飛び越えると、二年校舎の屋上までひとっ飛びするアス。ルビィの隣に着地すると、それを見ていたスカイもやってきた。
『……うわ、でっけえ木だな』
 二年の屋上には、世界樹と行っても申し分のない大きな木があった。軽く樹齢五百年はありそうな、世界遺産登録されてもおかしくない様な立派な木だ。
「多分、この中にシードクリスタルがあるのね。さあ龍海。そのでっかい剣で、切っちゃて」
 ルビィに背中を叩かれ、アスは仕方ないなとため息を吐き、剣を構える。
「ああ、やめてよ。せっかく僕が大事に育てたのに」
 木の上から、声が聞こえる。そこには、一人の少女が枝に座っていた。黒いショートカットの髪。触角のような寝癖。首元には赤いマフラー。黒いベストにダルダルのTシャツ。スキニージーンズをブーツの中に入れている。木こりというか、森ガールというか、素朴な格好だった。


「やあアス。なんだいその格好?」
「やあシュシュ。相変わらずあまり感心のできないスタイルだね」
 あれがシュシュか。……可愛いな。こう、他の七天宝珠と違って、親しみやすさが全面に押し出されているというか。他の奴らは高嶺の花という感じなのだが、シュシュはこう、文字通り自然に接せる様な、癒しの空気が出ているのだ。シュシュは地面に降り立つと、アスに歩み寄る。
「悪いんだけど、この木を切るのはやめてくれない? 僕の自信作なんだ」
「ちょ、ちょっと待て!」
 アスをどけ、俺が体の主導権を握る。それを見たシュシュは、一瞬目を丸くする。
「ちょっとびっくりしたな。そっか。キミがアスの宿主か」
『宿主じゃなくて、パートナーだって言って欲しいんだけどな』アスのボヤキが、俺の頭に反響する。
「お前が宿主にしてるの、金髪で緊張感のなさそうな顔の男か?」
「ん? ああ、そうだよ。あの木の中にいるよ。そろそろ枯れ果てるんじゃないかな」
 枯れ果てたら、次は繭の中にいる人達の番かな? とにっこり笑う。
「……おいアンタ」
「ん?」
 なんだろう。俺の腹の底から、ぐつぐつと煮えたぎる何かを感じる。それは徐々に溢れでてきて、俺の身を震わせる。目の前がよく見えない。
「そりゃ、比叡は馬鹿だし、呆れるほど変態だし、正直言って、いいところは数えるほどだって無いかもしれない。俺も、たまにどうして友達やってるのか疑問に思うくらいだ。けどな、それでもやっぱり俺の友達なんだよ! とっとと比叡返せこの野郎!!」
「……やだ。その、比叡って子? すっごくいい魔力してるんだもの。じゃなかったら、ここまで立派な木は育たないわ」
「なら、こんなもんぶった斬る!!」シュシュの横をすり抜け、木に剣を叩き込む。だが、先ほどまではすんなり切れたのに、この木はとんでもなく堅い。
「ムリムリ。その木は一等堅いよ。なんてったって、魔力の源だからね」
 あはは、と軽快に笑うシュシュ。
「だったら! アンタを倒せば早いんでしょうが!!」
 ステッキを構えたルビィが、シュシュに向かってフルスイングする。しかし、シュシュは巨大な木刀を地面から引き抜くと、そのステッキを受け止めた。
「ぐむ、うううううう!!」
「ムリだよルビィちゃん。貴方は七天宝珠を使いこなせてないんだから」
「な、なんですって……!」
 ……そういえば、以前スカイも言ってたな。ルビィの持っている七天宝珠――ブラティルビィは、まだ覚醒していないと。俺のガイアモンドは、一応覚醒しているが。ブラティルビィは、まだ力を見せていないのだ。
「だから、ほら」
 シュシュはルビィを弾き飛ばすと、屋上のフェンスに叩きつけた。
「だったらこれはどう!?」
 スカイが時空を切り裂き、ライラックの腕を呼び出す。その腕がシュシュに迫るも、シュシュが木刀で地面を突くと地面に張り巡らされていた木の根が集まり、シードドラゴンの腕が地面から生えてきて、ライラックの腕と掴みあった。
「ライラック! 捻り潰しなさい!!」
「木のパワーは舐めない方がいいわよ。ジュエルスドラゴンにだって、負けないわ」
 シードドラゴンの腕から新たに木の枝が生え、それがライラックの腕に絡みつき締め上げる。
『グッ、オオオオオオ――!!』
 時空の裂け目から、ライラックの叫び声が聞こえる。見れば、ライラックの腕に亀裂が走っていた。これはマズイ、と俺はシュシュの後ろに回り、剣の柄を背中に叩きつける。
「あぐ――ッ!」
 シードドラゴンの腕の力が緩まり、ライラックは腕を時空の穴に引っ込めて、引きこもってしまった。
「っち! アス――余計なマネを!!」
 振り向いたシュシュは、手に持っていた木刀で俺の腹を突き刺した。腹の中がぐるぐると周り、吐きそうになるがグッと堪える。そして、その木刀を掴んだ。
「捕まえたぞ……!! ルビィ! スカイ! 頼んだ!!」
「「了解!!」」
 上から飛びかかるルビィとスカイ。それを一瞥して、「ムダムダ」とため息を吐くシュシュ。足元の根がルビィとスカイの体に絡みつき、捕縛する。
「あなたもよ」と、俺の足元にあった根も伸び、俺の手首を捕縛し持ち上げる。二本の木に磔られた俺を、シュシュはたまらなく幸せそうな笑みで見つめる。
「お、おい……なんだその顔は……俺には見覚えがあるぞ、なんというか、スフィア的な笑みというか」
「僕、アスとリオってとても魅力的だと思ってたの……。まあ、アスがちょっと成長しちゃってるのは気に食わないけど、しかたないっか。それに、ルビィちゃんもすっごくいいなあ――」
 ちっくしょー!! やっぱこいつ向こう側の世界の人間かああああああ!! 女性なのに女性を愛しちゃう人間――もとい、七天宝珠かあああ!! 俺が男――いや、男だけど――男の体だったら嬉しいんだが――くっそう!!
『あー……こりゃ純潔死んじゃったかな。噂に聞いたけど、シュシュはすごいらしいよ? 木で作った■■■■で的確に弱点を突くとかなんとか。一晩中弄ばれて、足腰立たなくなるまで』
 アスの声が恐ろしく俺の中に響いた。そんな薄いご本でよくありそうな百合シーンを、自分で体験することになるとは……。
「もうやだ、死にたい……」今までの人生を走馬灯の様に思い出し呟く俺。思えば、ガイアモンドを飲み込んだ辺りから、不幸続きだったんだよなあ。
「それこっちの台詞だから! せっかく危険な妹を倒せるチャンスだったのに、なんで同じ人種に処女散らさなきゃなんないのよお!?」足をじたばた動かし、なんとか脱出しようと試みるルビィ。
「私もそれは嫌だ……しかも、お兄ちゃんの前で……」スカイこと空は、顔を俯かせ、この現状を憂いているかの様だ。
 先ほどの怒りとは別種類の怒りというか、恐怖というかが沸き上がってきた。俺は女体化した挙句、女相手にしなきゃならないのかよ。そう思うと、心の中がいろいろな種類の感情でごった煮になる。
「いやだああ!! せめて男の姿がいい!!」
「男なんて、僕が相手にするわけないでしょ。浅ましい」
 腕をジタバタと暴れさせ、脱出できないかと抵抗する。
「ムダムダ。僕の捕縛から脱出できる人なんて、いないんだから」
 あははははははは!! と、声高々に笑うシュシュ。だがどうしても諦めきれない俺は、拘束された腕を必死に動かす。まるで飛ぼうにも飛べない鳥の様な見苦しさだ。
「くッ!! やっぱ外れない……!!」
 その時、両肩に奇妙な感覚を感じた。そして次の瞬間、肩から腕が取れた。まるで、ぬいぐるみの腕が取れるかのように。拘束が解除された俺は、そのまま足元にいたシュシュへと落ちていく。景色がスローモーションに見える。シュシュは驚いて、ただ黙って俺を見ているだけだ。
『龍海! 今だ!!』
 アスの言葉に従って、俺は思い切りシュシュに向かって頭突きをかましてやった。
「う、そでしょ……」
 その言葉を残して、シュシュは膝から崩れ、倒れた。まるでシュシュを栄養源にしていたかの様に、周りの木が枯れていき、ルビィとスカイ、そして俺の腕を捕らえていた木と世界樹が灰になって消えていった。着地したスカイは俺を見て、ぽつりと「……なんで腕が取れたのかしら」と腕を組んだ。
「多分、あれ。今朝のぬいぐるみの時に縫合した腕が、完全にくっついてなかったんじゃないの?」
 ルビィが、地面に落ちた俺の腕を拾って見せる。切り口には確かに、母さんが縫合に使った茶色の糸が見えていた。
「あー……本当だ。腕がくっついてなかったんだなー……って、腕がついてないって大事じゃねえかああああ!! ルビィ、空! お前らが引っ張ったりするからこんな目に!!」
「ま、まあまあ龍海。そのお陰で助かったんだから、ねえ空?」
「そ、そうだよお兄ちゃん! 腕は後で、私とルビィさんがくっつけるから」
 絶対だぞ! と念を押し、枯れた世界樹の中心に倒れている比叡の元へ歩み寄る。その比叡の胸元には、クリスタルが埋めこまれていた。心臓の様に鼓動し、比叡から何かを吸い上げているかのように見える。
「まだ生きてんのか、比叡」
『……生きてはいるが、衰弱が激しいな。魔力が足りなくなってる』
 アスの言葉を聞きながら、しゃがみこむ。確かに比叡の顔が青ざめて、精気が見えない。
「病院に連れて――」
『それは無理だ。魔力のダメージは、通常の医学では治療できない。失った魔力を補給することでしか、回復はできないさ』
「はあ!? ……じゃ、どうすりゃいいんだよ!」
『大丈夫。アテはあるさ。スカイ!! シードクリスタルを抜き取ってくれ!!』
 俺の隣に立ったスカイが、大鎌の先端でシードクリスタルをくり抜いた。
「綺麗だなあ……。さすが七天宝珠」
 スカイは、様々な角度からシードクリスタルを覗き込む。太陽の光を吸い込み、乱反射させるそのクリスタルは、通常の物より神々しさが上がっている様な気さえした。
『そして、私たちの魔力を彼に送り込む』
 なるほどね。そういう点では、医療機関より手軽だ。いつも通り、ルビィにやるような感覚で、掌がないので額を胸につけ魔力を送り込む。その瞬間から、腹の中でガイアモンドの存在感が急激にしぼんでいく。おそらく、魔力がなくなっているのだろう。米粒くらいの存在感になると、アスが『もういいぞ』と呟き、俺は額を離した。
「ん……んん?」
 目をしぱしぱさせ、比叡が目を覚ました。そして、俺の顔を見ると、首を傾げた。
「よう。目を覚ましたな比叡」
「……んん? お姉さん、どなた?」
 俺の顔を忘れたのか? と聞こうとしたが、そういえば、今の俺は女だったな……。
「あー、えーっと、俺――じゃなくて、あたしは――あ、アース・プリマ? そう! アース・プリンセス! なんてどう?」
「え、や、どう、と言われても……」困惑顔の比叡。そりゃ、当たり前か。
『ちょっとセンスないなあ』うるせえよアス。魔法少女モノっぽくていいじゃねえか。
「あ、アース・プリンセス……! 素敵だ!!」
 ガバっと起き上がり、俺の腕を取ろうとする比叡。だが、俺に腕なんてもんはなく、それに気づいて目を丸くした。
「あ、アースお姉さん! 腕がない!!」
 そうして、比叡は再び倒れこんだ。俺の腕がないというのが、やたらショッキングだったのだろうか。……まあ、もう大丈夫なのだろう。立ち上がると、スカイがまだシードクリスタルを見つめていた。
「おい、いい加減に――」
 言いかけた所で、スカイの手からシードクリスタルが消えた。
「え、あれ!?」
 スカイが足元を捜すが、そこには何も無い。
「これは、返してもらうよ」
 見れば、シュシュが木の根でシードクリスタルをかっぱらっていた。そして、準備していたのか、転移魔法を使い、どこかへ消え去った。
「ああ、しまった! 捕縛すんの忘れてた!!」
 と、ルビィが頭を抱える。……まあ、仕方あるまいよ。と、俺は黙って頷くことしかできなかった。


  ■


 その後、俺の腕は二人の治癒魔法によってくっついた。
「だあからああ!! 私の治癒魔法だけで充分だし! ていうか、ディープアメジストに頼ってるだけでしょそれ!?」
「ルビィさんはブラティルビィを使いこなしてないんでしょう? だったら、私がディープアメジスト使った方が治るんじゃないですか?」
 と、火花を散らすルビィと空だったが、俺は、「片方ずつやればいいだろ」と投げやりに言った。すると、今度は利き手を治療するのは私だ、とバトり始めるお二人さん。「じゃんけんにしろおおおおお!!」と俺が切れるまで続き、なんとか無事に両腕がくっついた。その後、校舎を見て回ると、生徒やら教師やらが倒れまくっていて、アスによれば魔力による衰弱ではなく、体力の消耗らしいので、無事らしい。あとは警察に任せようという空の言葉で、この一件は国家権力に預けられることになった。ほとんど唯一無事だったということで、取り調べを受けたりしたが、基本的には災害にあった被害者を慰めるような、形だけのものだった。
 ちなみにその夜。比叡がかけてきた電話が、嫌に衝撃的だった。
「よう龍海同士」
「あ? 比叡じゃねえか。お前、入院してんじゃなかったのか?」
「いや、それがさ、俺は他の連中に比べて衰弱が軽かったから、点滴打って退院したのさ」
「そりゃよかったな」
「あ、なあ龍海。お前、アース・プリンセスってお姉さん知ってるか?」
 固まってしまう俺。ちょっと裏返って声で、「し、知らない」と言った。
「ああ、そうか。いや、もしかして今日の事件って、魔法少女的な事件だったんじゃねえかなあ、と思って」
 す、鋭い。さすがゲーム脳。
「きっとあのアース・プリンセスって、魔法少女だったんだなあ」
「そ、そそそうか。あ、俺もう寝るわーおやすみー」
 と、電話を切る。枕に放り、ベットに倒れこみ、頭を抱えた。
「あああああ! なんだよアース・プリンセスってええええッ!! 俺の馬鹿ッ! 黒歴史!!」
 と、ジタバタ暴れた。
 隣の部屋から、「龍海うるさい!」とルビィの声。誰のせいでこうなったと思ってんだ、とは言えなかった。

次のページ
TOPに戻る
inserted by FC2 system